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「誰だおまえ?」
エスタが不思議げに尋ねた。
三人娘の知りあいかと思ったら、違ったらしい。
「よくぞ訊いてくれた。ビルトソーク・ヨルバインと申す。始めたての剣士だ」
風貌はやや美男で理知的、年齢は俺と同じくらい。敏活そうな鍛え方をした戦士っぽい。
鍛え方より神の恩恵がモノ言う世界ではあるが。
装備は金属補強のある新品に近い皮鎧で、いくつか金の飾りがついている。
左手の盾も使い勝手の良さそうなサイズだ。
さやに入った剣は評価不能だが、柄の造りは実用本位にしっかりしている。
また、この世界の住人の名は単名が基本だが、名家は創始者の名を後につける。
剣士の名乗りも、戦士の職を得て、しゃれっ気のある連中が自称するところだ。
「それで名家の御方がなに用でしょう? 私たちに」
チリリが問い直す。
「うむ、先ほどのあなたの気風の良さを目にしてね。どうだろう、私のパーティに参加してもらえないかと声を掛けたのだ」
チリリは皆と目を合わせた。
「折角ですが、私はこのチームの一員です。今から迷宮に向かう途中ですし、お断りいたします」
「いや、君だけじゃなく全員でどうだろう? みたところ結束の強い立派な一党と見える。ぜひ同道願いたい」
「今から行くのは初級のダンジョンだよ。そちらのチームには相手不足と思うけど?」
ジーネが首を傾げる。
「いやまったくそんなことはない。僕もまだまだ力不足だからな、初級でいっこう構わない」
「それより、そちらのチームはどこにいるんだ?」
誰も付いてきていないようなので、俺は不思議に思った。
「もう一人いる。今買い物に行っているんだ」
「じゃあハグレてしまうだろう」
それにチームメンバーが二人か。欠員補充ってことだな。壊滅したんか。
「じゃあそっちのが人数少ないんじゃん。こっちに加わるってんなら分かるけど」
とエスタがいうが
「待って。全く知らない人とは連携が取れないから」
とチリリが抑える。
彼女は不審な新人を混ぜたくないようだ。
「む。確かにそうだが。
しかしヨルバイン一族の一角として、一般庶民の下に付くというのは」
「だけど盾も鎧も、特に家紋の様なものも付いていないようだが?」
俺は過去に血筋を誇る連中を見かけたときを思い出して、そう尋ねた。
「あ、この鎧叩いたあとあるよ。金細工潰れてる」
ジーネが気づいた。
「兜にもある。盾は新品だな。ひょっとして?」
エスタも気づいた。
こいつ勘当されてね?
「ちょっと家族と行き違いがあってね。一時的に一族の名を使うのをやめてるだけさ。実績を上げればまた名乗るつもりだ」
「さっき名乗ってたような」
ジーネが無心に人の傷口をえぐる。
エスタ「だけどヨルバインといえば、ここの領主にほど近い武家よね」
チリリ「そうだけど… で?」
エスタ「何かの折に助けてくれるかも」
チリリ「そうかしら?」
聞こえるように二人の姐さんが小声の相談をしている。
「基本的には家名を使って横車を押すつもりはない。
ただ、さっきのような君らに降りかかった災難では、か弱い女性を救うとあらば、実家の力を借りることもやぶさかではない」
ビルトソークが胸を張った。
ジーネ「でも勘当されてたら無理じゃない?」
エスタ・チリリ「「うーん」」
ビルト「今は差し迫った状況ではないだろう! むしろそうしたときには僕が身一つこの剣で義を通すぞ!」
さっきは手助けに来なかったよな。
エスタ「武具の類はしっかりしたもの用意してるんだよね…」
チリリ「できれば共通の知り合いがいればよいのだけど…」
ジーネ「もう一人の人を見てからにしたら?」
「いや、もう一人は従者なのでな。戦闘能力はないぞ」
ビルトソークが指を振る。
ジーネ「じゃあ実質あなた一人じゃない。それでリーダーは無理だよ」
ビルト「そうかな」
エスタ「仮にそちらがこっちと同人数居ても、あたしらのボスはチリリだ。リーダーを替えてまで人数増やすつもりはないよ」
「むぅ、仕方ない。ともかく今日一日、僕の才能を見ていただくというのはどうかな。戦士の手数はいて損にはなるまい」
エスタ「粘るねぇ」
チリリ「あなた一人だけで、かつ問題あればその場で叩きだしてよいという条件なら」
ジーネ「マショルカの手相占いで決めてもらう?」
俺「俺?」
エスタ「てそう?」
ビルト「貴殿占い師か?」
チリリ「大丈夫?」
「でも落ち着いたところが必要で、時間も掛かるぞ?」
まえ診たときには信じてなかったように思うが、と思いつつ答えると
ジーネ「ならビルトさん、奢ってよ」
ビルト「いいとも。皆さんの時間を借りるのだ」
ジーネ「あそこね」
ビルト「お? うむ…」
結構高そうな茶店を指さしていた。
高価な板ガラスを使い、レースのカーテン、内装美しく、御立派な服装の方しか出入りしていない。
ジーネ「外から見ていて美味しそうだったんだよね。お貴族様ならタカっても平気そうだし」
チリリ「タカるっていうな」
エスタ「金あっても名家の人と一緒でもなけりゃ入れんもんな」
ビルト「よかろう。好きなものを注文するがいい」
ジーネ・エスタ「「やったーっ」」
チリリ「…ひとり一品にしなさいね」
ため息をつきつつチリリが制限を付ける。いろいろ察した様子。
◇ ◇ ◇
入ってしまえば別段ドレスコードがあるわけではなく、どなたにも開放された店のようで文句を言われることはなかった。
チリリはパンケーキセット、エスタはピザトーストセット。いづれも『みたいな』もの。ジーネは容赦なく各種ケーキ盛り合わせを注文して、あれは数人で喰うものではないかと思うのだが、楽しそうにモシャっていた。
その一方で茶だけ注文した俺は、茶だけ注文したビルトソークの手をにらんでいる。
「さて僕の才能を読み取れるのかな」
「まあ動かないでいてくれ」
読み取れたのは、
能力値が 26-18-28
これは高いな。最高クラスだ。霊格もデカい。
職業は戦士。見た目通り。
そして
… 牧民・牧民・牧民・牧民・農民・魔術師
「つっかえねぇっ」
「なんだ君失礼だな!」
「えー? 奢ってもらってるのに喧嘩はやめてよ」
ジーネが不満そうに援護射撃してるが、確かによくないな。店にも悪い。
「君牧民やれよ」
「ななななななにをいきなりっ」
ガツンとぶつかりそうな勢いで額を寄せてきて、小声でどなるという器用な真似をするビルトソーク。
いや、牧民にも向いてないな。
複数採っても意味があるわけではない。
もう牧民としての特技を入れる余地もないし。
彼の霊格は28。
職業7つとって28枠ピッタリ埋めてる。
しかも最後が魔術師。
魔術の一つもあるならともかく、単体ではまったく意味ない職業だ。
なに獲りたかったんだろう? 斥候か?
そういえば俺も5つ棄ててやっと斥候獲ってたわ。
「あ」
「『あ』、ってなんだ?」
「あくまで素人占いなんだが」
「うむ」
「追加で職をとっていると出ている」
「ほほう、なかなか大胆な予測だ」
「とりすぎて成長の余地がない」
「ハハハ。そんなことがあると思ってるのかね」
「そんなことがないというなら、それでもいいけどね」
「それで結局どんな人って出たの?」
ジーネがお菓子を満喫しながら、あんま興味もなさげに訊いてきた。
「基礎的な能力は高い」
「であろうな、よく読めている。手を触ったということは、筋肉の付き方をみたか?」
「しかし伸びしろはない」
「だから君、何を根拠にだな」
「凄い汗だね。どうした?」
口もとから伸びたチーズをパンに絡め直しながら、エスタが新人に訊く。
「私たちと初級ダンジョンに行くのは、何の目的? 名家の方なら良い恩寵を得るためにも、家中の人とともにもっと良い迷宮に行くものだけど」
チリリも畳みかける。
「いづれ上級に挑むとしても、初級のダンジョンでの経験は生きると思うのだ」
ビルトは茶を一口含んでからそう答える。
ジーネ「指導者と上級行っても教われると思うけど」
エスタ「もう霊格の枠一杯か? あたしとおんなじだね。なら霊格や基礎能力増やす恩寵しか用なくなるから、初級でもいいか」
チリリ「そうでもないわ。心身を育てる恩寵も上のほうが得やすいから」
エスタ「霊格低すぎで家からおん出されたのか? 家紋削られたみたいだし」
チリリ「よほど大きな失態がないと…
あ、ごめんなさい」
飲み食いしながら三人娘が好き勝手言い、ビルトソークはだんだん内なる圧力を強めているようにみえる。
「ただ、この手相には光明も見える」
そう俺が言うと
「 ……なんだ?」
内圧をこらえるように、低い声の問いかけがあった。
「恩寵というのはもらうばかりではない。
中には、本人がどうしてもいらぬと思う個性を外してくれるものもある」
「ほう?」
「例えば追加の職業が重なってしまったとかだな」
「まれな事例だ」
「削れてしまえば随分空きもできよう」
「しかし、そんな恩寵聞いたこともないぞ」
「アイテムを使うのもあるだろう?」
「あー、あれは良くない。本来呪いを解くためのものの転用だろう。
つまり恩寵を呪いと見做した行為で、神への冒涜だぞ」
なるほど。これは上のほうでは明確な禁止事項っぽいな。安易に口にするのは避けよう。
俺「とはいえ実際使わぬままの恩寵もあるわけで、それを削除して欲しいという願いに天は応えるわけですよ」
「まあ、恩寵は多様で、すべてを知るわけではないが…」
「そう、甚だ稀です。
しかしあなたは運がいい。
私は今あなたの幸運を引き寄せる鍵を読み取った」
「幸運の …鍵?」
「その前に正直に答えてください。
あなたは牧民の職を削りたいですか?」
「け、…削りたい。
無論天意に従った上でだぞ…」
「いいでしょう。条件を言います。
まずあちらの三人の女性」
「あたしら?」「もぐもぐ?」「なぁに?」
「うん」
「あの中にあなたの運命の女神がいます」
「貴殿らの中に?」
「そっかあ?」「んぐっ」「どういう展開?」
「それが誰かは分かりません。
しかしその女性を守り、裏切らないことが幸運を引き寄せます」
「そんな相手がこの中にいるなんて、そんな都合のいい話はないだろう」
「逆です。側にいるから見えた。私の知らない相手、別の場所にいる人なら、私は読み取れない。
これもあなたの幸運です。生涯に何度も出会えない、幸運です」
「うーむ」
「次にこのことは他言無用」
「彼女たちがガン聞きしているが」
無視して「知られてない恩寵は、すなわち知らせるつもりがないという事。
天に理由を問う必要はありません。問うてはなりません」
「神官もそういうな。一見不合理な戒律も、守ることで忠誠を示せるのだと」
「最後にひとつ、幸運のアイテムです」
俺は卓上の小壺から爪楊枝をとった。
「これを今日一日、肌身離さず持ち歩きなさい」
「なんか手近なものをとっただけのような」
「人の運不運は気付かぬ形で転がっているのです。私もこの距離でなければ見抜けなかった。
この店に入れたのは貴方の強運です」
「では、この店を選んだあなたが幸運の女神か」
ジーネ「あたい?」
俺「さてそこまでは。そしていまのこと、信じるも信じないも、あなた次第です」
ビルトソークはしばし考え込んだ。
「 …信じよう。
貴殿はなかなかに、僕の苦悩を言い当ててくれた」
落ち着いた声、澄んだ瞳で、そのように言った。
「では今日の探索のあと、戦士としてでも魔術師でも、恩寵を願いなさい。ふさわしい行動をとれば、新たな恩寵が得られましょう」
「じゃあ枠が詰まってるのはホントか」
とエスタが言うけど
「その話は道々聞きましょう」
とチリリが抑えた。
ビルトソークが周囲に視線を飛ばし、それをチリリが気づいた様子である。
こうした店であり、しかも城塞都市はそこまで広いわけでもない。
知り合いがいたのかもしれない。
そして彼が支払いをすますというので、俺たちは先に外に出たのだった。
◇ ◇ ◇




