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朝方混む中で魔石を預金していると、いきなり拳を振るわれた。
かろうじて避ける。
「お前なに避けてんだよ。ケンカ売ってる?」
振り向くと醜悪魁偉な男戦士ウデンタがいて、その面をさらに気にいらなげに歪めていた。
「何が気に入らないんだよ」
「何もかもだ。俺の女を庇って死んでこいといったろう! なんで生きてんだ!」
理屈の通じる相手ではないので逃げるかと考えていると、チリリが前に出てきた。
「うちのメンバーに手を出さないで」
「チリリ、お前を守るために言ってるんだ。そいつみたいな極太の不運担いだ卑怯者と一緒にいたって、身の破滅が来るだけだぞ」
「それとあなたとは関係ないわ。私たちは今うまくいっているの。邪魔しないで。私のことを好きなら見守ってくれてもいいでしょ」
「無理だ! 霊格の湿気たモンに先はねぇんだ! 特に迷宮潜りには致命的だ。
俺のところに来い! ちゃんと面倒見てやる!」
「そういって連れていった娘たちを見かけないのはなぜ? 彼女たちはいまどこでどうしてるの?」
「お前なあ…」
ウデンタの目に凶暴さの炎がともった。
「いわれのない言いがかりは、いくら女だからといって手加減できなくなるんだ。謝るなら今の内だぞ」
「ここでやる気?」
チリリが盾を上げた。
ウデンタがこぶしを握りこむ。
左側にエスタが廻った。
ウデンタの仲間が奥で立ち上がり、武器の柄に手を置いてこちらに歩んでくる。
これ戦闘か?
ジーネを視界に納めるには
「待て待て! 俺らを巻き込んで戦闘するんじゃねぇよ!」
野次馬の中から叫びがあった。
「そうだそうだ」「どっちにも魔術師いるじゃんか」
同調する声も上がる。
「うるせぇな。ちょっと躾けるだけだ」
見もせずウデンタがうなる。
「後ろの娘は【雷撃】持ちだぞ。多分3級か4級だ。同じくらいで範囲も広い【眠りの雲】も持っている。俺は昨日一緒にいたから知ってるぞ」
最初の声が焦って言うので、見るとユビソールだった。
「【雷撃】?」「あれランダムだろ」「俺らが出て行ってからやりあえよ」
「やめてください」
組合の受付女性が大きな声を出した。
「みんなが出ていったら、私に当たる確率上がるじゃないですか。
ウデンタさん、揉め事は互いの間で解決してもらいたいですけど、周りにも被害出すようなら衛士を呼ぶことになりますよ。組合に被害出るようなら相応の賠償もしてもらいます。安くないですよ。覚悟のうえで行動してくださいね」
大男が目に見えてひるんだ。
【眠りの雲】の存在も大きかったようだ。
魔術抵抗は恩寵としては得やすいほうだが、獲れてる奴が多いわけでもない。
ウデンタは持っていないのだろう。
俺は持っているが。
というか重要なので、獲れるまで頑張った。
「もともとこっちは喧嘩する気はないさ。あまりな暴言にカッときたまでだ。
良かれと思っての言葉に唾引っかけるもんじゃないんだぜ。
次から気を付けろよ」
ウデンタはフンッと鼻を鳴らして向こうを向き、一派に問題ない、解決したという風に身振りを送って、悠然、卓の集まったほうに去っていった。
ちらりと見ると、まだユビソールがいたので軽く目礼したが、渋い顔をされてしまった。
昨日の探索の後半では、彼はパーティ外の同行者として敵同様魔術の対象になりっぱなしだったから、その恐怖がさっきの叫びになったのかもしれないなあ。
周囲のやじ馬は、ウデンタをにらむものもいれば、こちらに様々な表情を向けるのもいて、まだ騒ぎは収まらない感じである。
チリリが受付女性に
「迷惑掛けたわね」
といったが
「仕掛けてきたのがあちらなのは見てましたが、次から揉め事は外でお願いしますね」
と塩対応されてしまった。
彼女からすれば他人の男女のもつれだし、探索者というものは自力救済当たり前の職業でもある。
こういう態度も分からんでもない。
少なくとも、ここで問題起こしたらあちらの責任だ、と言ってくれただけでもましだろう。
この辺は争いが起きた時、行動表に従ってしまうこの世界の縛りも関係しているようだ。
各自が採る行動は事前に設定した内容に沿っており、にわかに喧嘩となったなら、起きた場所や状況に配慮した行動なんて無理なのである。
特に、売られた側は変更する暇がない。
その場にそぐわない大技が飛び出すこともママある。
この組合に集まる探索者たちは、迷宮での戦闘を前提に行動表を決めてしまっているから、殴られたからパーティ外の全員に毒ガス攻撃、とかなりかねない。
第三者は戦闘状態に入らず逃げ出すこともできるが、逃げ口が細いなど逃げるのが難しいと、殴られたら殴り返す、更に巻き込んでも反撃するというやつが出てくる。
連鎖的にバトルロイヤルになってしまうのも結構あることだ。
ゲームだと「無関係なものは逃げ出した」で済むんだけどね。
こうしたことから、喧嘩を売るほうが悪いという常識が、地球とは別のレベルで存在するのである。
「こっちとしてはまったく喧嘩する気はないんですけどね」
「わかってますよ」
その後は事務的に手続きを済ませ、俺たちは外へと出た。
人通りのある道を進み、城塞都市の外へと向かう。
「こう毎度迷惑を掛けるようなら、俺抜けますが」
しばらくして俺が言うと
「逆よ。メンバーが減れば圧力が増えるだけ」
とチリリが強張った声で答えた。
「向こうはチリリに執心だけど、こっちは嫌ってるからね」
とエスタ。
「寄ってこられると怖いよ」
とジーネ。
俺「戦士が取れれば、避けることもできるようになるが」
ジーネ「取れればね」
俺「にしても叩けばホコリの出そうな様子だけど、衛士は動いてくれないのかな」
ジーネ「金持ちが被害者ならねー。あたいらじゃ無理」
エスタ「明確な証拠があれば別だけど。
たぶん消えちゃった娘の何人かは死んでると思うし」
俺「売り飛ばしたんじゃなくて?」
エスタ「あいつドSなんだよ。買った女壊しちゃうくらい」
チリリ「だから絶対無理。私そんな趣味まるでないもの。噂を聞いてから極力距離置いてるんだけど」
エスタ「聞いてるだろうけど、あたしらそっちの商売もしていてさ、あたしは買われたことあるんだよね。
コテンパンに苛められたあと、あいつの手下にも寄ってたかってされちゃってさ」
俺「それはなんというか」
エスタ「嫌いじゃないんだけどね、ああいうの」
俺「嫌いじゃないんだ」
ドMだった。
エスタ「されてる時は殺されると思ったよ。
あとであっちのチームの魔術師が癒してくれたけど」
ジーネ「エスタは縛られて手も足も出ない状態で、好きなようにされるの好きだよね」
エスタ「痛いかどうかよりそっちだな」
ジーネ「彼氏はできるんだけど、それで引かれちゃうんだよねー。だんだんエスカレートして」
エスタ「愛すればこそ素直になってしまうんだよ。嘘をつきとおすのはあたしじゃない」
俺「俺この場にいていいのかな」
チリリ「城門でればしゃきっとするから、それまで我慢して」
その城門が遠くに見えてきた。
俺「じゃあエスタはウデンタでもいいのか」
エスタ「いやぁ、あいつブサイクじゃん。すっごい雄臭いしさ」
俺「まあ」
エスタ「それは嫌いじゃないんだけど」
俺「ないんだ」
エスタ「ケチなんだよ。チーム全員相手にしたのに、プレイだからって一人前しか出さないし。飽きっぽくて、お前やっぱブスだわとか言いやがるし。
死ね」
ふと思い出して言ってみた。
「そういえば、Mなエスタなら昨日のも、放置プレイってことで許されるんじゃないのか?」
「アホか! ビビッて手を出さない根性なしと、こっちをベンチ扱いして無視してるのを同列に置けるか! あれはちゃんとこっちの反応見てるんだよ! ケツに熱いコップ置くのも、気にしてないようでコツがいるんだ!」
エスタの激怒を買った。
俺「ア、ハイ」
チリリ「落ち着こう。周り観てるから」
そのとき背後から声がかかる。
「やっと追いついた。預金を降ろしていてね、危うく見失ってしまうところだったよ」
少し荒い息をした若い男である。




