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「ごめんね迷惑掛けて」
「まあいいですよ。同じチームと言ってもらったし」
チリリの謝罪を受けながら、エスタを担いで運ぶ。
チリリには半睡状態のジーネを寄りかからせて運んでもらっている。
エスタは最初おんぶしたのだが、ずり下がって後ろからだと生尻やその前が見えているということなので、今はファイヤーマンズ・キャリーである。
この方が片手があき、槍を杖にできるので都合が良い。
側面からだとお尻が見えるかもしれないが、そちらはチリリが回って視線を遮っている。
逆流しても安心の位置取りだ。
「チーム・リーダーは大変そうですね」
「また敬語に戻ってるよ。やだなあ」
「あ、ごめん」
「ほんとはあんまり向いていないと思うんだけどね。それでも三人で生きてこないとダメだったから」
「向いてるように見えるけど」
「ほんとはね、私欲深だよ。お酒もぐいぐい飲みたい。素敵な旦那様も欲しい。ただ我慢してるだけだって」
「頼りにしてます。残りの二人が自由人だから」
「ほんとだよ。エスタは言いたいこと言えちゃうから羨ましい」
「こやつは」といいつつ、エスタの膝裏を撫ぜている。
「一緒に里を出たみんなは消えちゃった。人手が足りなくても、危ない人しかいなかったし」
「また里に戻って新人募集する手もあるけど」
「全然成功していないのにそれをするのはね」
「そういえばうちの里でも、あの年先輩たちは戻ってこなかったな」
一発当てずに、国元で新人募集は恥ずかしい気がする。
「やがて君もジーネも、もっと上を目指すんだと思う。でも少しの間一緒にいてね。信じられる仲間がいるのはホント嬉しい」
「ジーネはいるんじゃないかな。二人のこと頼ってるし。
俺も縁切る気はないよ。そんな天下狙うような強さも欲もない」
「確かにジーネは残ってくれたんだけどね。
里の仲間の内でも上を目指せる人らが離れて行ったとき、ジーネは誘われたのにこっちにいてくれた」
霊格を神殿が教えてよこすのは、各自に将来設計をさせるためだが、幼馴染が分かれるきっかけでもある。
「それにしても不思議だね。君はそんなに人から不信を買うような行動とってないのに、なんで悪く言われるんだろう?」
「今日はたまたまだね。
いつもは時々戦闘中に体が動かなくなる時がある」
「それも呪い?」
「そう。それで悪い心構えをしてると言われる。
とくに負傷したときなりやすいんだ」
実際には、戦闘中迷っていたり【賭け治癒】してるからだ。
前者は行動表無き者の特色だ。
状況判断に迷ってウロが来てる間に、周りに置いて行かれる。
一方、この世界の住人は、いったん戦闘状態に入ると迷いがない。
新人が戦闘慣れする早さではまるで敵わなかったものだ。
最近は流石に、戦闘中パニックでどうしようもない、ということは減ったけど。
後者はあまりHPが下がってから使うと万一があるため、傷つくとすぐ使う。そのため不信を買う。
説明しても俺以外には【賭け治癒】は戦闘中使えないものだし、俺を霊格1と思ってる相手にはなおさら信じてもらえない。
以前は『呪い』という言い訳を思いつかなかったから、他人に使いにくかったし。
「今日は戦闘中、負傷を殆どしてないからな。そういう症状が出なかった」
「なるほど…」
「一度悪く言われると信頼回復は難しい。良くなることはないな」
いいながら今日のユビソールを思い出していた。
「私たちもそう。いつの間にか悪い噂になってて、生きづらくなってた。
本人観てほしいよねぇ」
「だね」
とはいえ俺でも、悪い噂の相手には、選択肢があるなら近寄らないだろう。
探索者にとって、『実戦で試したらダメなやつだった』は自分の死に繋がる。
世の中きれいごとでは生きられない。
「あ、この宿よ」
そんな会話をしているうちに、三人娘の泊まる宿にまで着いた。
◇ ◇ ◇
「エスタはそっち。皮鎧はずしてやってくれる?」
宿は平屋で、奥に細長く、中央の廊下の左右に部屋が並んでいた。
三人娘は四人部屋に同居していて、そこは左右の壁に二段ベットが寄せられた、寝るためだけの場所である。
とはいえ最底辺では全然なく、板敷きの床があり、寝藁がありシーツがかぶさっている。
閂の締まるドアがあり、開け閉め可能な窓がある。
明かりはアルコールランプっぽい、しかし獣脂を燃やす物が皿に載せられ、窓下の卓に置かれている。
金を払って泊まれる最底辺は、馬のいない馬小屋とか、柱から柱に2本のロープを張って、片方に尻を載せ、もう一本に腕と顎を引っかけて、何人もで電線の雀のように寝るとか、そういったやつだ。
いやほんと。
武器や盾を持っていると、泥棒対策で殆ど休めない。
「俺がやっちゃっていいの?」
「いいよ。その子気にしないから」
チリリのほうは反対のベッドにジーネを置くと、空の桶をもって外に出た。
すぐに水を汲んで戻ってくる。
いいというならいいか、と鎧を剥ぎ取っていると、エスタが酔眼を開けた。
「今日はよく働いたぁ。褒美にあたしをファックしていいぞ~」
「これ、離しなさい」
助けを求めて後ろを見ると、鎧を外したチリリがワンピースの上衣も脱ぎ捨て、二人分以上ありそうな大きな胸を支えたサラシを解くところだった。
「おっと失礼」
ふぅ、っとため息をつかれた。謝罪する。
「ん? 今のは君にじゃないよ。圧迫感から解放された声。
たぶん察しついてると思うけど、私ら女を売って暮らしてきたから、見られたくらいじゃ気にしないの」
水を張った桶で手ぬぐいを絞り、胸の周りから始めて体中を拭きあげる。
「あ、じゃあ俺そろそろ。
痛い痛い、ちょっと、掴まないで」
「アハハ。
こいつ見た目そうでもないのに、道具大きい」
「ほらジーネ、あなたも汗臭い服脱ぎな。そのまま寝たらダメだって」
「わぁちょっと待って。私は恥ずかしいからっ。シーツ、シーツで隠してっ」
「じゃあまた明日にでも。どこで待ち合わせる? あの店か組合か。
だからエスタ離して」
「いいじゃん、泊まってけよ。四人部屋でこのうえ空いてるんだ」
チリリがこちらを向く。
「実際いい時間だし、私たちは泊まる場所を確保するため前払いしてるけど、君はしてる?
してないんだ。
じゃあエスタの言うように泊まっていけば?
四人分としてお金は払っているから、問題ないよ。
探しても空きがなかったりしてヘンなとこで寝て、装備盗まれるのはよくないよ」
「今日の飲み会でモノ持ってそうと目をつけられたかもしれないぞ。
他人の悪心を誘うのもよくない行いだ」
なんか神官の言いそうなことをエスタが言ってくる。
「ただしエッチはなしね」
シーツに隠れてごそごそしながらジーネが言う。
「絶対ダメではないけど、騒がしいと追い出されるから、ここではしないことになってるの。
あと選べるのは私かエスタ。
ジーネはダメ。
エスタは知らないけど、私は商売として応じます。
それに片方選んだらもう一人はダメ。
身内でお客の取り合いしないことにしてるからね」
小さなテーブルの上にあった瓶の中身を少量コップに開け、きゅうっと一気飲みしながらチリリが解説する。
酒好きだけど外では飲まないというのは事実らしい。
火酒のニオイがした。
「ルール違反しないなら、泊まるのは賛成だよ。人数多いほうが安心だし」
とジーネ。
シーツの陰からワンピースを差し出し、チリリが受け取って上に張った綱に引っかける。
そして手ぬぐい絞って渡してやる。
「ありがとう」
「そう信じてもらえるのは嬉しいし助かる。正直今から宿探しきついなと思ってたし。
あとエスタ離して」
「この握り心地がなかなか良い。これカタドリして武器の柄にしたい」
「離しなさい」
「育ってるじゃーん。男日照りなんだよ」
「弄れば育つわ。ここじゃダメなルールなんでしょ」
「ちくしょう、わがままだな」
「エスタの上があいてるからそこ使ってね。良ければ桶の水で体拭いて。あとできればエスタの体も拭いてあげて。それじゃあうまくエスタ宥めてあげてね。
おやすみ」
なんとなく冷たーい感じでチリリが締めて、上の段に登っていった。
「はい。これあげる」
シーツの陰から手ぬぐいをジーネが差し出し、俺が受け取ると、巧いことシーツで身をくるんで、早くもすかぴーと寝息を立て始める。
もはややむを得ないので、握られたまま自分の鎧を解き、上衣を脱いで上段にひっかけ、自分の体を拭いていると、なんか言ってたエスタも応答がないせいか、だんだん眠りに落ちていった。
やっと握りがほどけたので、エスタの上衣を引っ剥がし、体を拭きあげる。
美人ではないが愛嬌のある顔だちで、スタイルも標準的な十代後半のものなので、危うく手を出しそうになる。が、なんとかおさえた。
というかタコのように絡み付いてくるのをなんとか宥めて、干すべきものを紐にかけ、燈明にフタを被せて消し、上段に登って眠った。
◇ ◇ ◇