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「なんだよあんたらツエーじゃん、だったらそういっといてくれよ」
「戻ってこなくっていいって。さっさと一人でお帰りよ」
「さすがに一緒にいたくないかなー。見えないところで幸せ探してほしい」
のこのこ戻ってきたユビソールに、エスタやジーネが辛辣である。
俺も別に擁護する気はないが。
なお得られたのは58点と6点の魔石であった。
「もう既にあなたはパーティから追い出したわ。今後ともにいると、攻撃魔術の対象になることがあるから、私たちから離れて」
チリリ・リーダーが決然と言い放つ。
パーティからは、自由に抜けてもいいし、リーダーなら誰かを追い出してもいいのである。
戦闘中ですらやり得る。
どうしても今の行動表にないことをしたいとき、ゾロ目が出たなら本来の行動をする代わりに、担当プレイヤーは行動表を書き換えてよい、という救済ルールがある。
事前に用意するのは難しいが、戦闘中の状況変化により、やらないと不自然という行動はあるのである。
『だれそれをパーティから外す』とか『メモにある合言葉を神像に唱える』といったたぐいだ。
この世界への転生後でも、同じパーティメンバーなら、ゾロ目を出したとき俺が行動表を替えることはできる。
短時間に決断しないとダメなので、事前決心してないとほぼ無理だけど。
それでさっきの戦闘ではチリリのゾロ目を見て、ここでユビソール追い出すか? と迷ったのだが、結局それより敵へのダメージ蓄積を優先したわけだ。
悪意を持つパーティメンバーというのは厄介な時があるので、さっさと外すに越したはない。
それはともかく
ユビ「いや悪かったって。たまたま心構え直すの忘れてたんだよ」
チリリ「その前の釣り針柳相手では逃げなかったでしょうに」
ユビ「ほんとに悪かったって。頼むから」
エスタ「先に行きな。たまたまあたしたちがアンタの跡を行ったとして、襲われてんの見かけたら助けてやるから」
ユビ「それで俺が死んだらどうするの? 君らの心にも傷が残るよ」
ジーネ「逃げだすつもりのままでもいいけど、こっちに戻ってこないでね」
ユビ「肩折れてるんだが」
エスタ「傷んじゃいるけどそこまでじゃない」
面白い顔の髭面は随分抵抗していたが、ついに諦めて先の道を行くことになった。
「さっきはさー、マショルカがあいつと一緒に先にたつと言い出したから焦ったんだよ」
ユビソールが離れてからエスタに文句を言われた。
俺「え?」
「彼の本音が読めないから、しばらく様子を見たかったのよ。危険に陥ったら助けるつもりではいたわ。でもそれ以上の義理はないと思う。本来彼一人で帰るはずだったのだから」
とチリリ。
「『コアに到達するため仲間を見捨てる』ってアイデアが、他人から言われるとこんなに信用できないものとはね。
『ホントに全員で約束したの?』と思ってしまうよ」
とエスタ。
チリリ「こうした場合は文章として残さないとダメね。各自がその誓約をしたと連署した文章をもって」
エスタ「あたし文字書けないんだけど」
チリリ「ごめん」
「いや、俺もユビソールが前の仲間も裏切って、一人で逃げてきたんじゃないかとは想像したんだけど、それ実行しても、一人になったら助からないからなあと」
俺は反論してみたが、
「それはさっき話しあったんだけど、たとえば彼の最初のパーティ、6人のうち4人が知り合いで相談していて、新人2人には伝えてないとかじゃないかと。そうすればトカゲのシッポ切りで4人組は助かるわ。
でも逃げた先まで追撃受けるとは思わなかったとか、別集団の魔物にあってしまったとか、予定外のことが重なって彼だけ生き延びたんじゃないかしら」
とチリリが解説して見せた。
俺「あー、そういや俺も同じようなことされてるわ」
エスタ「あたしたちもされてるんだよね。その類のことは」
俺「だよなあ。俺の3倍の冒険者人生だし」
三人娘「「「ちがうよ、プラス2年ね」」」
なにが不満かやけに強調された。
「でもチリリもエスタも、よくそう気が付くなあ、と感心する」
ジーネが言うが
「お前も頭使うんだよっ。大体お前のが地頭いいのに、あたしらがいると頼り切るのどうにかしろっ」
エスタに説教とヘッドロック喰らってた。
「ではそろそろ出発しましょう。ユビソールとの距離も程よく開いたわ」
とチリリが声を掛けた。
「そうだな、さすがに死なれるのは後味悪い」
とはエスタ。
俺は内心では、むしろ後腐れなく殺したほうがいいかも、とは思わないでもなかったが、浅い知り合いの三人娘にいうほどではなく、また仮に三人娘の中にそう思うものがいても、俺の前では言いにくかったに違いない。
◇ ◇ ◇
その後は泥田髑髏のような大物に会うことはなく、いやスケルトン9匹との対決は結構ヤバくてジーネの【眠りの雲】がさく裂しなかったら死人が出ていたかもしれなかったが、なんとか鬼崩しの外にまで欠員なく到達できた。
ユビソールはボロボロだったが。
へたりこんで潰れている。
「おい先輩、【賭け治癒】でいいから掛けろぉ…」
相棒から先輩になったらしい。迷惑な。
「いま使うと結構な確率で死ぬだろ」
「じゃあ薬くれ」
なにが「じゃあ」なんだか。
「あたいが【治癒】使ってみようか?」
ジーネが何の気なしにいう。
不用心な、といった風に、隣でチリリが天を仰ぐ。
「ほんとか? 頼むわ…」
「いいんじゃないの? 後半はちゃんと戦ってたし」
エスタはうなずいている。
ジーネ「今日はなんかすっごい魔術の発動が上手く行くんだよね。これは運が向いてきたって気がするし、今まで一度も成功したことのないコレもできるかもしれない」
ユビ「したことないのかよ…」
ジーネ「いくよー」
テンションアゲアゲのまま、ジーネが念を込める。
《6:5》
しっかたないなあ。
「うおおおおぉ!? え? 全快? 一発で痛みが消えたぞ。え? もしかして【完全治癒】か?」
「よっし、こいつも成功したよ! 今までの不運が今逆転した?」
「あんまり有頂天にならないように。新しい恩寵を得たわけじゃないのよ」
チリリがジーネを抑える。
そういや今のは俺が介入する理由少なかったな。
むしろ失敗するままにして頭冷やさせる方がよかったか。
ジーネが喜ぶのを見たいと無意識に考えてしまったんだろうか。
「あんた、ホントにすげえよ」
愕然とした表情のまま、ユビソールが一歩前に出た。
「え、ちょっと」
両手を広げたユビソールが近づくのを、怯えたジーネが一歩後ろに下がり、間にチリリが入ってフレイルを突き付けた。
「そうじゃねぇよ、感謝しようとしただけだ。アンタ大魔術師じゃねぇか」
特に特技の等級を言っていないから、かなりの成功率の魔術を持つと、ジーネを勘違いしたようだ。ユビソールは。
その間に魔石を数えていたのはエスタである。
「ほれ。アンタの取り分。泥まみれと戦ったより前のはダメだけど、その後のは5等分にしていいだろう」
「おう。 …すまねぇ」
「今の回復分でそれ以上取れるんじゃない?」
相変わらずチリリはユビソールに塩対応である。
「まあいいじゃん。今日はこいつ良いとこなしだし。飯代と宿代くらいは残してやらないと」
意外と人情肌のエスタ。
「 …いいでしょう。それで縁きりよ、ユビソール。それとしばらくここにいて。私たちが立ち去り、姿が見えなくなってから帰宅してね」
「わかったよ。またな」
その挨拶には答えず、チリリの合図に応じて俺たちは歩み始めた。
しばらくして振り向くと、約束を守って彼はその場に座り込んでいた。
変わらず天から落ちる陽が朱く染まりつつあり、孤影は悄然として見えた。
◇ ◇ ◇