13
何度かあちこちのパーティに参加してきた経験から言うと、あまり逃亡のできる探索者というのは見かけない。
この世界の住人は、特に戦闘ではゲームのルールに縛られるので、あらかじめ行動表に仕込んだ行動以外をとることはできない。原則は。
彼らの言いかただと「心構えをしておく」というやつだ。
つまり逃げ出せるとしたら「逃げる心構え」をしていた人物となるのだ。
条件を付けてこれを仕込んでおくこともできるが。
例えば『味方が全滅したら逃げる』というような。
しかしこいつはまだ味方が残っている状況で走ってきてるよな。
これは厄介ごとだと考えた俺は、三人娘に下がるよう知らせ、自分も無音でそちらに引き返し始めた。
だがこれだと駆け寄る誰かの速度には届かない。
しかも三人娘はこちらの説明を求めてかその場を動かずにいた。
「どうした?」
小声でエスタが問うてくる。
「逃げてくるものがいる。スケルトン系の魔物に追われているようだ。巻き込まれないよう下がったほうがいい」
「敵の数は? 少ないようなら、倒してしまう手もありそうだけど?」
とチリリ。
「む」
言われてみればその手もある。
単独行のときは危険回避を優先するから、交戦しているようなら道を替えるのを常としていた。
「逃げる革サンダルがひとり、追うスケルトンらしきのが2体だったな。その後方で戦闘は続いている」
「なら逃げてるのを助けて話を聞こう。戻りルートに何がいるのかで別の道を選ぶこともあり得るけど、そっちだって何がいるのかわからないのだし」
エスタが提案する。
「ジーネもそれでいい?」
「う、うん」
チリリの問いにうなずくだけで答える。
まだ自信がついているわけではないらしい。
「ならもう少し下がって広かった場所に移ろう。あっちが細道を出たところで囲んで殴るんだ」
俺の提案に全員がうなずいた。
岩壁の陰でしばし待つと、まだらに溜まった土を踏み、露呈した岩を蹴って進む革サンダルの音、切羽詰まった息遣いが聞こえてきた。
そのあとをつけてカチャカチャと、骨の鳴る音がやってくる。
手信号で仲間に合図を送り、逃亡者が駆け抜けたあと、細道を出た追跡者に左右から奇襲をかける。
走り出たのは普通のスケルトン2匹だ。
俺の要望で片側は俺だけ、もう一方に三人で、二人の戦士が魔術師を守る体勢だったので、3人の発動判定を見ることができた。
まず突撃隊長のエスタが槍を振り下ろす。《1:6》
骨の駈ける速度とタイミングがずれて危うく外しかけたが、肩甲骨から背骨を砕き、【豪打+19】が発動して一瞬で屠りさった。
「うぉっしゃー!」
姐さんから歓喜の雄たけびが上がった。
次いでチリリのフレイルが横に振るわれ、スケルトンの大腿骨にひびを入れる。
股関節を狙ったようだ。
ジーネが祈る。《1:5》
あ、【眠りの雲】
スケルトンがふらつくとともに、前方を走っていた鎧の男が倒れた。
戦場にいるパーティメンバー以外が対象だからな、しかたない。
向こうでガッツポーズし、小声で歓声上げてる魔法少女=御年18歳見た目20代が喜んでいるのだから構わないだろう。
最後に俺が進み出て、両手で槍の石突き突きおろし、頭蓋を砕いて戦闘終了となった。
「発動したぞーっ」「発動したぞー」
ぱあん
ハイタッチして喜んでる二人を置いて、魔石を回収したあとはチリリと二人で寝ている男を検める。
髭づらだがきちんと刈り込んであり、若く、美男ではないが愛嬌のある顔をしていた。
背中に逃げ傷があり、それなりの出血がある。
装備は安い皮鎧と小型の盾、山刀だ。
使い込まれているが手入れはよく、清潔な感じがする。
「起こす?」
「いや、その前に探らせてくれ」
チリリに断り、背の傷の近くに手を添えて凝視する。
能力値は『25-17-07』
判定基準は高いほうだが、霊格が乏しい。
戦士
HP=15=10+1+3+1
追加物理ダメージ +1
【豪打+5の5】
そんなにパッとしないもので、霊格の枠が6つ埋まっている。
行動表の1に『逃亡』とある。
戦士なのに無条件逃走を置いたのか。
仲間がいるなら、『仲間が全滅するか逃亡し終えたなら、逃亡』とか書きそうだが。
うーん?
「治すの?」
動きを止めていたのを不審に思ったか、チリリが尋ねてくる。
「あ、いや。先に起こそう」
「どしたん? マショルカ同性愛者だったの?」
ずっと触れてたせいか、後ろからエスタの声がした。
「違うわ。治すかどうか迷って、まずは本人に確かめようって」
「ふーん」
気のない返事を返して、倒れた男の開いた脚の間を覗いていた。
男女とも腰巻とワンピースが常服なので、そうすると直接見えるのである。
「見栄えはそんなよくもないけど、イチモツ結構大きい」
「エスタはすぐそういうことする」
その背を押しやってバランスを崩させながら、ジーネが寄ってきた。
「どんな感じの人?」
「戦士。髭面。年齢は20歳くらいか。清潔感はある」
「男は男の歳がわかるのかー。髭モジャなのは威厳付けるためかな?」
ジーネが無邪気にそんなことを言っていた。
「戦士に見えるが、一人で逃亡した風なのが気になるのだよなあ。信頼できるのかな」
俺が不信感を示すとチリリが
「話だけきければいいわ。同行を希望するなら先にたってもらいましょう。別に行くならそれでいいし、それで黙ってついてきてもあなたが気づくでしょ?」
「そうだな」戦士しかもっていない相手だし「おい、起きてくれ」
揺すると目覚めた。
「う、うご…?」
「受け答えできるかい?」
「あ? …お前たちは誰だよ」
「俺らはアンタを助けて追手のスケルトンを倒した探索者だよ。巻き込まれたともいう。
あんたは倒れて気を失ってた」
「そうだ!
すまなかった。命拾いしたよ。俺の名はユビソールだ」
「しかし追っかけてたのはただのスケルトンだ。戦士のアンタが引く理由がないようにおもうが。
何と戦って何で逃げ出したんだ? 教えてくれ」
「う、でかい泥まみれの骸骨なんだが、頼む、助けてくれないか。仲間が付いてきていないんだ」
「その仲間を置いて戦士のあなたがなぜここにいるの?」
チリリがややきつめの声で問いを発した。
「それは最初からその計画だったからだ! 別に裏切ったとかそんなんじゃない」
「最初から?」「計画?」
エスタとジーネが顔を向け合い首をひねる。
「強いやつと当たったら逃げる。逃げてコアにたどり着く奴を一人でも出す、そういう取り決めだったんだ!」
「「「あーぁ」」」
思い当たる節のあった三名が嘆声をあげる。
「だがアンタらがいればみんな助かる。お願いだ! 手伝ってくれ」
「ひょっとしたら勘違いしてるかもしれないけど、あたしらもココに慣れてるわけじゃないんだよね」
首を振りつつ、エスタがそっけなく断る。
チリリが男の来た細道のほうを振り返る。
もう遠くの交戦音が聞こえてくる様子はない。
仮にまだ生き残りがいたとして、駆け付けて助ける?
急げば疲労困憊でたどり着くし
ゆっくり行けば間に合わないだろう。
「何体の敵がいたんだ?」
俺が訊くと
「最初は1体」
「最初は?」
「それと取り巻きのスケルトンが3体だな。
斥候が知らせてきて、逃亡優先の心構えを確認し合ったあと、そいつらとぶつかった」
「そして逃げた」
「逃げるのに成功したのは4人だった。
そしてスケルトンどもが追いかけてきた。
俺たちは次の空き地で、そいつらを片そうと立ち止まり振り返った」
「戦えたのか」
「いや、心構えの切り替えってのは落ち着かないとムリだわ。
たかがスケルトンにオタついてる間に、泥まみれが追い付いてきやがった。
また一人を残して抜け出すのに成功したが、次の広間にまた泥まみれがいた」
「だめじゃん」
「そこでも逃げるのに専念したが、斥候がやられた。
しばらく駆けたが、骨共に追いつかれた。何とか掻い潜って、魔法使い残して俺だけが抜け出せた。
あとは駆け抜けて今だ」
「なるほど」
俺は三人娘を見た。
「逃げよう」
皆がうなずく。
「待ってくれ。みんなで手を携えれば」
なんかいってるが
「要は君らが泥田髑髏を2体合流させてしまい、そいつらが君をまだ追っているかもしれないという事だろう。
こっちにとっても勝ち目が薄すぎる。
これ以上巻き込まないでくれ」
たぶん彼以外の戦士は『魔術師と斥候が逃げ出していたら逃げる』と行動表に載せたんじゃないだろうか。
そのため残って泥田髑髏と戦い、それを倒した泥田髑髏がスケルトンに足止めされた逃亡組に追いつき、を繰り返したのだろう。
もう他の戦士は生きていないし、魔術師も言わずもがなである。
「しばらく戻ったところに枝道があったわ。そこまで戻りましょう」
チリリがいうと、
「わかった。じゃあ君らのパーティに入れてくれ。戦士の数は増えても問題ないだろう」
といいだした。
「まずあるこ」
ジーネの声で俺たちは戻り始めた。
◇ ◇ ◇