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地に落ちた松明に照らし上げられ、争う俺たちも異相の怪物のようだった。
岩場が血に濡れ、草鞋の底が滑る。
蒸し上げられた死体から湯気が立つ。
残った敵はただ2匹。だが片方が難物だ。
俺は最後のオークと切り結びながら、なんとか立ち位置を変えようとする。
あ、間に合わなかった。
背後から我らのリーダー、魔術師イルティアの叫びが聞こえてしまった。
「なんでよ! 神様お願い! 次は【蘇生】を!」
半泣きになりながら、それでも魔術を飛ばしている。
しかし天は応えず、発動したのは【閃光】だった。
彼女の前に立つ戦士ゼルプスの背が白く染まり、さらに向こうの単眼巨人から視力を奪うことには成功する。
この助けを借りてゼルプスが両手剣を振り下ろす。
だがまあダメだ。
叩きつけられた剣が剥き出しのままの単眼に当たり跳ね返った。
あれは眼の形をした角なのだ。
硬くて割れるモノじゃない。
なにしろ設定したのは俺だからな。
単眼巨人の吠える声が、洞窟迷宮に反響した。
ゼルプスは怯みながらも、まだ立ちふさがる勇気を残している。
なにかに当たった松明の一本は火の粉を散らして転がっていき、岩壁に赤い光と黒い影が舞い踊った。
地面には幾匹ものオークの亡骸と、味方4人の遺体が転がっている。
いや、まだ【蘇生】が間に合うから心肺停止状態か。
あのうち二人が蘇生薬もってたはずだが、自分に使うチャンスはなさそうだな。
倒れた奴が使ってた【薙ぎ払い】と、リーダー・イルティアの【熱球】、どちらもが連発に成功して、あれだけいた雑魚どもをほぼ一掃してみせた。
このパーティの力量から見れば大したものだ。
大物が一匹残っちゃったけども。
俺はようやく立ち位置を調整、まだ動ける同僚二人を何とか視界に納め直した。
しかしそれは残るオーク1匹に、イルティアまでの道を開けことにもなる。
本音は防御に専念したいが、それじゃあこのオークが俺より魔術師イルティアを狙うだろう。
すると彼女は死に、彼女の【蘇生】を待ってる彼女の妹も死ぬというわけだ。
だからその前にオーク、お前が死ね。
そう念じてそいつの顔面に突きを入れる。
安っぽい短槍だが、左の口角から入って頬の内側を通り、顎の蝶番を割り砕く。
さらにありがたいことにまだ壊れずいてくれた。
ねじって引っこ抜く。
相手のオークはバランスを失ってよろける。
こいつらは毛のないチンパンジーの様な見た目だが、それだけに人と同様、耳に三半規管があるのだろう。
倒れても棍棒をはなさない右手に、盾の下縁を落として砕き、鳩尾に一突き入れる。
いかん、二人から目を離してしまった。
振り返るとまさにイルティアが動くところだった。
その頭上には《4》と《6》。
どっちだ?
いや、【蘇生】が4なら、このチームより上にいるだろ。6だ。
俺は6を選んだ。
天から光が降りてきて、地に倒れた女戦士の体に入る。
正解だ。
「メリア! やったぞ! 神様ありがとう!」
なんかリーダーが叫んでるが、あとは観ずにゼルプスのフォローに向かう。
嫌だなあ。
あの優秀な女戦士メリアでも、一撃で昏倒してるのだ。
俺のいくらか増えてるHPでも、もつのかどうか。
少なくとも2回喰らったら終わりだ。
まだ盾もあるけど。
これが割れるとまた出費が。
【閃光】の効果は、ゲームだと次のラウンド終了までだったけど、単眼巨人はまだ回復してないようなので、今のうちに本物の目玉を潰してやる。
大振りの大棍棒を汗だくで避けているゼルプスを左に見ながら、巨人の大きく広がった左耳をめがけ突きあげる。
こいつらの本物の目は、尖った耳の先端にあるのだ。
単なるフレーバー要素だったが、今生では活用できる知識かも知れない。
そして顔面を削り上げるにとどまった。うまくいかん。
そもそも元のゲームでは部位狙いなんてない。抽象戦闘だったからな。特技ないとムリかも。
弱点情報は、一時的にその対象のみの特技扱いすることもあったはずだが。
逆に怒った単眼巨人がこちらに大振りしてきて、盾をかざすとともに後ろに跳ぶが間に合わず、叩きつけられた勢いで後方にひっくり返る。
槍の穂先がたまたま岩を突いて嫌な金属音をたてた。
いかんいかん、また目を離してしまった。
盾と受け身のおかげで、それなりの痛みと出血と眩暈くらいで膝立ちになったとき、ゼルプスの頭上に《6:6》と並ぶのが見えた。
自力で出しやがった。なんだこいつ主人公かよ。
あの男戦士ゼルプスは どんな敵でも即死させる。ごくまれに。
【首切り】持ちなのだ。
俺目がけて単眼巨人が大棍棒を振り切った、その直後の隙を突いた形だ。
太い頸部に綺麗な一撃入れていた。
ごろんと落ちた首が転がって、吹き上がる血しぶきが俺をびしゃびしゃにしてくれた。
魔物の血はその死とともに消滅するからいいけどさ。
振り返るとリーダーのイルティアが、妹の女戦士メリアを抱き抱え、泣きながら薬を飲ませていた。
マジックアイテムならぶつけて瓶が砕けても効果はあるのだが、ファンブルでダメージの入ることもある。余裕があるなら飲ませよう。
この4人以外にもまだ3人チームメンバーはいたのだが、もう紹介はいいだろう。ミンチになって時間が経過し、今さら【蘇生】は届かない。
そこへゼルプスが近づいてきた。
「どうにか生き延びたね。おめでとう」
と俺は声をかけるが、
「何がおめでたいんだマショルカ! この臆病者! なぜとっととオークを倒して前に出ない! 戦士が魔術師の後ろにいてどうするんだ!」
かんかんに怒っていた。
「いやいや、後ろに回ったオークだって物騒だろう。それを片してから前に出る気だったさ。実際に最後は肩を並べて…」
「時間稼ぎをしてたのは明らかだ! 君の実力であれほど時間がかかるものか!
死んでしまった【豪打】のリードイット、【薙ぎ払い】のジークたちがオークたちを倒してくれたから生き延びられたんだ。君も前に出ていたなら、みんなも助かったかもしれないんだぞ!」
そんな名前だったけか。
あの二人とは距離感あったから、さほどの感傷もない。
それにあと一人だろう、残りの彼の名も出せばいいのに。
寡黙なやつだったから俺も聞いた覚えないんだよな
ひょっとしたら同じパーティでも知られていないんだろうか。
まあ、確かに今のオークなら、もっと早く倒せていたろう。
防御に重点置いてたのも事実だ。
いざとなったら逃げだそう、という思惑もゼロではなかった。
「やれることはやってるつもりなんだ。多分これが限界なんだよ俺の。
それでどうしろと? ここでパーティから抜けろというならそうするが」
「ふざけるな。メリアを街に連れて行かなきゃならないんだぞ。ホントにクズだな君は」
脅したように聞こえたらしい。
「そんなつもりは。
まあいいや。
なら俺の取り分はないとかか?」
「そうしたことを言う気はない。
しかし二度と君とは組みたくない」
「OK。
それじゃあ宝箱を開けるんでそちらに下がってくれ。
コアには触れていくのか?」
「メリアの命のほうが大事だ」
「そうかい」
これ以上口にすると斬りかかってきそうなほど悲壮感あったので、口を閉じることにした。
あと少しで最奥だし、そこにあるコアに触れて帰るのは、迷宮に入る目的の半分くらいではあると思うのだが。
気分を入れ替えて、単眼巨人の死骸のあとに生じた宝箱に向き合う。
迷宮内の魔物たちは、死ねば消えて魔石や宝物に置き換わる。
死骸が残らないのが、彼らの弱点や特性を知りがたくしている部分はありそうに思う。
解剖とかできないからな。
設定しているときには、死骸の処理をしないで済むのがいいよな、くらいしか考えていなかったが。
外から来た人間の死体も、その場に人がいなくなれば消えてしまうし、残したままだと装備や現れた魔石や宝もなくなってしまう。
回収はその場でしないといけない。
そして宝物が剥き出しで出た時はいいが、宝箱に入っているときは、斥候職の出番だ。
宝箱は動かせない。その場で開けないと消えてしまう。
開けそこなっても消える。罠が付いてることもある。
だから戦力として乏しくても、パーティにひとりは斥候職がいるものだ。
床や天井のトラップにも気づく才も高いし。
戦士と斥候、兼業のものもいる。
それなりのデメリットとコストがかかるので、数はいないが。
しかし俺はその兼業だ。
斥候職で得やすい恩寵、【魔術見習い】も引いていた。
低レベルの魔術を半端に使えるようになる代物だ。
治癒系の魔術も持っている。
まさにワンマンアーミー。
ボッチ対応ともいう。
それはともかく、俺は小さな宝箱と向き合った。
慎重に観察し匂いを嗅ぎ、二本の針金を操って鍵を外す。
「ふぅ。金貨が2枚とナイフが一本だ。このナイフ、帰るまで俺の武器にしていいか?」
「なんでだ?」
戻ってきて、オークの魔石・仲間の遺体から武具や財布など、とれるものをとっているゼルプスから問い返される。
「さっきの戦闘で槍先がダメになった」
「安物を使っているからだ。後でちゃんと返せ」
熱が冷めた感じで、ぼそりとそういわれた。
二人で価値あるモノの回収を済ませ、遺髪を切り取り、姉妹のところに戻ると、リーダーがまだ泣き顔で愚痴をこぼしていた。
「あのとき三連続で【薙ぎ払い】が決まった時は勝ったと思ったのに。全員で生きて帰れると」
「もうやめなよ姉ちゃん、私たちは生きている。むしろ単眼巨人相手によくやったよ」
「そうだな。普通なら全滅している。俺たちクラスじゃ」
ゼルプスもいう。
あの大棍棒で一人一撃に死んでいった。
もっと高難度の迷宮にいるもんだろ、とは思うけど、ごくごくまれに出会っちゃうのも仕様なのだ。
『たまにそういうのに遭うから笑える』とか前世では言ってたけどな。多少成長したところでドラゴンに遭遇して焼かれたりしたもんだ。
5分で次のキャラ作れたし。
気づくとゼルプスが俺を見ていた。
「お前【治癒】を持っていると言ってなかったか?」
「言ってない。見習いでも得られる【賭け治癒5】ならあるが」
「欠陥の方か…」
「なんどか俺自身には使ってるんで、【治癒】もってると噂にはなってるようだな。
使うか?」
「バカ言わないで」
イルティアが腹を立てた。疲れ果てているのかこっちを見ずに。
「安物の治癒薬しか買ってないし、それももう使い切ったわ。ギャンブルするには種銭が足らないわね」
胡坐をかいたメリアが薄く笑う。
【賭け治癒】はしくじると対象にダメージが入る。
「ああ、中級のだが一粒あるぞ。飲めよ」
思い出して腰袋から取り出す。好きで【賭け治癒】を使うわけでもないので、いざという時のため購入しておいたのだ。
「くれるの?」
イルティアは『もう仲間じゃない者』を見る目でそう問い、
「ありがとう」
メリアはにっこり笑って手を差し出した。
「どういたしまして」
【蘇生】で現在HPが「1」になり、初級の治癒薬で1D6が回復する。中級では2D6。ゲームのときにはこうなっていた。
出来立てキャラはHP10なので、彼女の今が上限いくつかは知らないが、大体回復したと思う。
いやたぶんHPは初期値のままか。
単眼巨人の一撃で沈んだし。
それから俺たちは帰路についた。
◇ ◇ ◇
探索者たちの頭上に浮かぶのはダイスの目。
プレイヤーの転生である主人公以外には見えません。