第2話
彼奴が来てから2週間経った。相変わらず彼奴は私の庭園に無断で侵入してくる。何度改装してもダメだった。まぁ、彼奴以外は絶対に此処に入って来る事は出来なくなったから彼奴が此処に来る事は許容しよう。それに、私が帰れと言ったら彼奴は帰るから……いや、当たり前なんだけどちゃんと従ってくれてるから許すことにする。ただ、今日は来てない。珍しいないつも先回りしてるのに。
----------------------------------------------------------------
場所は変わって此処は屋敷本家の書庫。書庫には司書である女性を除いて不知火以外誰もいない。不知火は何処からともなく携帯を取り出し、耳に当てる。
「はい。2週間経ちました。依頼は現在進行中です。焦らないでください。あと、五月蝿いのは嫌いです」
いつものお嬢様と呼ぶ優しげな声とは打って変わって、ナイフのように冷たい、冷酷な声が書庫に響く。司書は何も聞こえていないのか、澄ました顔でその声を聞いている。いや、澄ました顔というより懐かしげな顔と言った方がいいかもしれない。
「僕の方は準備段階が終了しました。望む最後はあと、2週間後には結果としてお届け出来るでしょう。はい。では失礼します」
「……相変わらず、あの学園で学んだことを仕事にしてるの?」
「余計なお世話だ。僕が何してようといいだろ?というか、完全に脚を洗った貴方にそんな事詮索されたくないね」
どうやら2人は親しげな仲のようだ。不知火の反応に対して、司書はクツクツと押し殺すように笑い。軽い口調で話す。
「冷たいねぇ。手引きしてあげたのは私だよ?」
「感謝はしてるよ。とりあえずあと1週間以内に辞めた方がいいよここ」
「言われなくてもお暇するさ」
その言葉を聞き受けて不知火は書庫から出た。そもそもあの司書の心配は1ミリもしてない。というより、あの司書が死ぬ方が有り得ないから心配する必要が無いと言った方がいいかもしれない。僕は僕がやるべき事をするだけだ。
----------------------------------------------------------------
お昼になっても彼奴は来なかった。庭園の入口辺りにバスケットと手紙が置いてあり、本人は姿を現さない。もしや此処に来る方法が分からなくなったか?彼奴が此処に来てないのは、2週間経って初めての事だった。
「なんで来ないのよ。いつもは呼んでもないのにいるくせに…」
……なんだかソワソワする。妙に落ち着かない気分にもなる。自分の感情に訳が分からなくなった私はバスケットのお菓子を適当に掴んで食べると寝っ転がる。こういう時は空を見上げるのが1番だと知っている。
「うーん……あー!もう!……なんなのよ!」
やはり落ち着かない。何故だろうか。彼奴のことが気になっているのか?メイド達とちょっと違うだけの彼奴の何処に気になる要素があるのか……モヤモヤした気持ちを抱え、居ても立ってもいられず、私は無意味に庭園の構造に手を加えていくのだった。
----------------------------------------------------------------
結局夜になった。寝っ転がり空を見上げる。星が綺麗だ。月も珍しくハッキリと見えており、夜なのに明るく感じる。足音が耳に入る。顔を上げると不知火がいた。
「お嬢様。お迎えに参りました」
「遅いわよ。それに昼も朝も来てなかったわよね?どういうつもり?」
「少し、メイド達の手伝いをする予定がありまして。すみません」
「ふん、まぁいいわ」
無言になる。静寂が辺りを包み込む。耳が痛い。静かすぎると耳って痛くなるのか……不知火が動き、右往左往してから私の横に座る。
「……今夜は月が綺麗ですね」
「……あんた意味分かって言ってる?」
「はい、意味は知っていますが単純に綺麗だと思ったので」
「はぁ……まぁ月が綺麗なのには同意見よ」
そう言うと、不知火はニコッと笑う。少しドキッとした気がするけど気がするだけだ。大体、出会って2週間ばかで人を好きになる訳が無い。ましてや、相手のことを1ミリも知らないのだから、ドキッとしたりするのは愛だの恋だのとは関係ない………………はず。
「月が綺麗ですねの意味は知ってるんですね。じゃあ、私から1つクイズを出しましょう。答え合わせは……1週間後の9月16日に」
「クイズね……まぁ退屈だから丁度いいわ。絶対正解してあげるから」
「それではクイズです『明日の月は綺麗でしょうね』この意味はなんでしょう」
明日の月は綺麗でしょうね?月が綺麗ですねが愛していますだから……明日には貴方のことをもっと好きになるでしょう。的な感じの意味かな?いや、でもそんな単純じゃなさそうだし……1週間後に答え合わせだったはずだから…それまで考える事にしようかな
「答えは1週間後に。それでは帰りましょうか」
不知火に手を引かれ、私は本家に戻った……態々、手を繋ぐ必要は1ミリもないんだけど……まぁ許してあげるわ。退屈しのぎのクイズをくれたし。
「○○お嬢様?顔赤くありませんか?熱でもあるのでしょうか……?」
顔が赤いのはいつもより暑いからよ。決して絶対手を繋いでるからとか、不知火の顔が近いからとかそんな理由じゃない……はず。というか、そんな理由だったら私の感性を私が疑うわ。
----------------------------------------------------------------
自室に戻りベッドに入る。不知火は次の指示を待つようにベッドの横で待機している。
「不知火。指示を出すわ。明日はこの部屋の掃除をしておいて。あと、お昼は紅茶とマカロンがいいわ。夜は星を見ながら食べたいから貴方のセンスで食事を用意しなさい。お昼と夜は明日から毎日やってもらうつもりよ。用事がある時は前の日に申し出なさい」
「………畏まりました。明日は特に用はないのでお食事の用意はしっかりとさせていただきます。それでは、おやすみなさいませお嬢様」
「えぇ、おやすみ」
不知火が軽く頭を下げ、部屋から出ていく。それを見届け、すぐに頭から毛布を被る。
……名前で呼んでしまった。執事やメイド達を名前で呼ばないという自分で作ったルールを曲げてしまった。おかしい。私がおかしくなってる。でも……名前で呼ぶのはなんか良い。初めての事は新鮮で凄く……凄く良い感じがする。
「ダメだわ……完全におかしくなってるわ私」
私は少しの間夢中に耽った後、目を瞑るとそのまま眠りに落ちた。
----------------------------------------------------------------
「あぁ……早く…1週間経って欲しい。僕はもう待ちきれないよお嬢様」




