第1話
噎せかえりそうな程の錆びた匂い。赤が飛び散り部屋を染め上げていく。豪華な装飾は見る影もない。部屋に佇む男。男の白い服は上から赤く染まっていく。体格に合わない大きな鎌。鎌から滴り落ちる赤。あれは誰の赤なんだろう?男の足元の青白い何か。私はあれをよく知っている気がする。ぼやける。霞む視界。赤黒く視界が染まって、私は僅かな意識をゆっくり手放す。
「おやすみなさいお嬢様」
男の言葉を最後に私の意識は闇に沈んだ。
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朝は嫌いだ。眠いし……毎朝毎朝嫌いなメイド達と顔を合わせるのが本当に億劫だ。布団から起き上がり枕元の鈴を鳴らすと待っていたかのように扉が開きメイドが入ってくる。
「おはようございますお嬢様」
「……おはようメイド長。着替えを頂戴」
「……流石ですねお嬢様。一介のメイド長如きの名前を覚える気は無いと」
「私は誰の名前も覚える気は無いわ」
名前なんかどうでもいい。どうせ此奴らはうちの親のご機嫌を摂るためだけに私に擦り寄って来てるのだから。メイド長はぶつくさと何かを呟きながら私の服を変える。着替え終わった私を連れて食堂へ向かった。
「おはようございますお父様」
今日はお父様か。ヒステリックなお母様よりはマシだけど、この人は後継者以外に興味はない。私はあと2年後には嫁ぐのだから嫁いだ先の男がうちの後継者か……まぁこんな家には未練も何も無いから別に誰に乗っ取られようがどうでもいい。
「……おい、聞いてるのか」
「すみませんお父様。何でしたか?」
「今日から新しい執事が来る。あと、私はこの後また仕事で出る。帰りは1週間後の予定だ」
「……分かりましたお気を付けて」
お気を付けて……ね。別に✕んでくれてもいいんだけど。まぁそんな事を言う勇気はない。私はこの味のしないご飯を食べ終えたら自由時間だ。
……そういえば何時から味がしなくなったんだっけ……?昔はこんなじゃなかった筈なんだけどなぁ…
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私はご飯を食べ終え、お父様に挨拶をしてから庭園に向かった。勿論、メイド達は連れてきていない。この庭園は私が1部分を管理しており、その部分は迷路のようになっている為、私以外が奥に辿り着くのは難しい。無理という訳では無いが時間はかかる。
奥に辿り着き、お気に入りの場所に寝転ぶ。後は1日中このままだ。習い事は全部やらずに無視。夜までここで過ごして星空を眺めるのだ。
「……この空間が素晴らしく幸せ…」
「…失礼。○○お嬢様でしょうか」
足下から声が聞こえる。身体を起こすと見たことの無い男が立っていた。真っ黒な燕尾服を纏い、にこやかにこちらを見ている。
「そうだけど……貴方はどちら様かしら」
「これは失礼しました。メイド長よりお願いをされまして……今日からお嬢様の担当をさせていただく『不知火』と申します」
「ふーん。で、あんたは何処から入ってきたのかしら」
この場所には簡単には入れない。ましてや、今日来たばかりの執事なんかには絶対辿り着けやしない。ここは私の庭なのだ。私の庭に私以外の誰かが自由に出入りできるようになっているのは面白くない。
「普通に道を通ってきました」
「私の庭を補助なしで?ここに来たのは今日が初めてでしょ?」
「確かにそうです。ただ、私には心強い味方が沢山いるもので」
「そう。まぁとりあえずこの事は不問にするわ。さっさと来た道戻って帰りなさい」
「いえ、そうもいかなくて……」
そうもいかない?ここに来れたくせにここから帰れないとでも言いたいのかこの男は。私の庭に1秒でも長くこんな訳の分からない奴がいるのは耐えられない。さっさと出て行って欲しい。
「帰り道が分からないなら教えてあげるわ」
「いえ、帰り道は分かったので一先ず本家の方でお待ちしております」
「はいはい。あと12時間後に会いましょう」
「……失礼します」
男……不知火はそう言って迷路の中に入って行った。ようやくこれで落ち着いた時間が取れる。さて、まずは………………
気がついたら日が高く昇っている。お腹も空いた。夢中で庭園を改装していたようだ。これだけ改装すればあの執事も私の庭園には入ってこれないだろう。そう思いながら、お気に入りの場所に戻ると……いた。不知火は私のお気に入りの場所で私のように寝転んでいた。
「あんたねぇ……本家で待ってるって言って無かったかしら」
「言いました。ですが、食事が必要だと思い……」
「いらないわ。ここには木の実も水もあるから困ってないの」
「……そうですか、差し出がましい行為でしたね。失礼しました」
そう言って不知火は帰って行く。はぁ……また庭園の改装をしなくちゃ…あれ?これは……
横を見るとバスケットの中にお菓子が入っている。あの男、昼ごはんとか言いながらおやつを持ってきたのか……まぁいいわ。これは後で食べましょう。お茶がないのは残念だけどどうせ味もしないし……何時食べても変わらないわ
私は近くに生えていた木の実と少しの水を飲み、庭園の改装を始めた。
「あら……いつの間に…」
気がついたら夜。今日はいつも以上に集中して改造してるらしい。不知火に侵入されたのが気に入らなかったからなのか、集中力がいつもより圧倒的に高かった。いい事なんだろうけど、私以外の誰かの力を借りないとこの集中力が無いのはなんだか残念。
私は道具をいつもの場所に隠し、お気に入りの場所に寝転びバスケットのお菓子を食べながら空を見上げる。星を見ていると夜に溶けるように身体の感覚が鈍くなり、ふわふわと浮いてるような感じに襲われる。心地良い。
「失礼します」
あー……また来たよあの執事。しかも大改造した私の庭に当然のように入ってきてる……不快だわ。
「……何しに来たのよ」
「朝からきっかり12時間経ったので迎えに参りました」
「なるほどね……で?今度はどうやってここまで来たの?」
「……私のお友達に道を教えて貰いました」
「はぁ……もういいわ」
誰か知らないけどそのお友達とやらは許さない。見つけ次第罰を与えよう。大方、隠れてこちらを見ていたメイド達とか私の勝手な改装に耐えられなかった庭師とかその辺だろう。なんにしても、此処に入れるように手引きした……ちょっと待って。今日改装したのだから、道を教えてくれるお友達なんてものはいないのでは?
……かと言って教えてくれた人がいないのに此処に普通に来れるのは色々とおかしい…うーん……考えても全く分からないわ。諦めましょう。ここを荒らしに来たのじゃないなら……まぁギリギリ100歩譲って、来るのだけは許してあげることにしよう。
「……帰るわよ」
「はい、お嬢様」
私は不知火を引き連れて本家に戻りお風呂に入る。1人で入るにはかなりでかいお風呂だが、メイド達とお風呂に入るのは死ぬ程嫌だ。私のメンタルがもたない。
お風呂を出て部屋に戻ると、不知火がいた。まぁ当然か。私の担当とやらになったらしいからいない訳が無い。
「お帰りなさいませお嬢様。寝室は整えておきましたので」
「戻っていいわよ。明日の朝、メイド長を連れてきて」
「承知しました。それではおやすみなさいませお嬢様」
不知火が部屋から出ていく。ベッドに倒れ込むと疲れと眠気がどっと出てくる。いつも以上に頑張って改装した結果だろうか。いや、多分あの執事のせいで急に増えたストレスのせいだな……とにかく疲れた。いつもならこの後本でも読んでから寝るが、今日はもう寝よう。私は布団に潜り込み、深い眠りについた。