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07

 カレンの手が晶紀の肩を掴む。

「止めよう。危険だよ、だってイヤな予感がするんでしょ。入っちゃダメなんだよ、きっと」

 晶紀はカレンを振り返ると、突き飛ばした。

「な、何するの」

 カレンが怒り気味にそう言うと、晶紀の前の扉が勢いよく開いた。

 何かがいる。

 その見えているモノは、防音の為二重になっている扉と扉の間にいた。

 薄暗いそこにいる者の姿は、はっきりと見えない。しかし、睨みつける目だけは、はっきりと確認出来た。

「カレンさん、逃げてください」

「えっ」

「私はここで時間を稼ぎます」

「だめだめ、それもフラグだから!」

 晶紀は、闇の中に見える目の何者かと対峙していて、カレンの方には目もくれない。

「じゃあ、すこし離れてください」

 言いながら、晶紀も扉から後ずさる。

 晶紀が引くのに反応して、扉と扉の間にいるものが出てくる。

 黒い毛で覆われ鋭い眼光をもっている。

「ヒョウ?」

 カレンがボソッと言うと、その黒い毛で覆われた四足の(けもの)が、口を開きゴウッと喉を鳴らした。

 と同時に、カレンを睨みつける。

「こっちよ」

 晶紀が言うと、豹のような獣は向き直り、一歩一歩、ゆっくり進んでくる。

 神楽鈴のない晶紀には、この獣を退かせる術が分からなかった。そんな事情はお構いなく、獣は距離を詰めてくる。

 どうやって構えていいのかすら分からず、晶紀は新月の姿を思い出し、それとなく真似てみた。

「け、獣だから炎を怖がるんじゃないかしら」

「炎」

 ライターでもマッチでもあれば、そんなことも出来たかもしれない。晶紀は拳と拳の間から漆黒の獣を見つめながら考え続ける。神楽鈴がなくとも、霊力を使って何か出来るはずだ。体の動きは俊敏になるはずだし、新月らと戦った時のように、目と反射速度は上げられる。

「じゃ、これはどう? 目をねらって目が見えなければ獣は戦えないから、逃げるはず」

 晶紀が下がると、踵が壁に当たった。

 もう下がれない。確かに目はどんな生き物も弱点に違いない。目は大きな口の近くにあって、狙うのが難しいのが問題だ。攻め間違えれば、噛みつかれてしまう。

 黒い獣が、弾けるようにとびかかる。

 反撃方法が、まったくイメージ出来ていない晶紀は、目と反射速度を霊力でアシストして、横っ飛びして獣をかわす。

 晶紀を見失った獣は壁に足をついて体をターンする。

「いやっ!」

 豹のような獣はカレンに向かって蹴り跳ぶ。

 晶紀も反応し、牙がカレンに届く寸前、豹の尾を握って止めた。

「重い……」

 獣は後ろ脚で晶紀を蹴ってくる。鋭い爪、強い力、狙いが的確でスピードもある。晶紀は尻尾を掴んだまま避ける。

 痛みに耐えかねたのか、獣はUターンして晶紀に顔を向けた。

「!?」

 獣が見せた牙に、異常に反応してしまった。思わず引っ張っていた尻尾を放してしまう。

 尻尾を引っ張る為斜めになっていた体が、支えをなくして後ろに倒れていく。それを見て、獣は覆いかぶさるようにとびかかった。

 このままでは仰向けに倒れてしまう。そして獣にマウントを取られる。いくら見えていて、体の反応が速くても、態勢が崩れていては何も出来ない。一か八か、やれることにかけた。

「晶紀ちゃん!」

 カレンから見て、晶紀の体と黒い獣は完全に重なって見える。

 ダメだ、助からないと思った時、獣の軌道が変わり、天井に跳ね上がった。

「えっ?」

 天井の板が割れ、獣は頭を突っ込んで突き刺さった。

 黒い毛の獣は天井から釣り下がったようになり、動かなくなる。

 晶紀はカレンの方を向いて膝をついてしゃがんでいた。

「な、なにがあったの?」

「思い切り蹴ったら、バック転してた」

 カレンは、何かを思い出した。

「サマーソルトキックだ。すごいじゃない」

「?」

「ほら、格闘ゲーとかでよくあるじゃない。後方宙返りしながら、上方へ蹴りを入れるヤツ」

「ごめんなさい。知らないです」

 晶紀は首を横に振った。

「まあ、いいわ、とにかく逃げましょう。こいつがまた動き出したら危険だわ」

 黒い毛の獣の体表を伝い、体液が垂れてくる。ポタ、ポタと床に広がり、溜まっていく。カレンはその溜まりを避け、晶紀の手を取る。

「早く、逃げよう」

 地上へ向かう廊下を進もうとすると、晶紀の頭の中にイメージが飛び込んでくる。

 床に溜まった獣の体液。

 体液はその場にとどまることが出来なくなり、流れ始める。

 廊下を流れる体液は、次第に隆起して塊を作り出す。

 ふと見ると、天井から下がった獣の体は、やせ細って、皮だけになっている。

 赤黒い体液が形作ったのは、さっきみた豹のような獣……

「!」

 晶紀は雷に打たれたように立ち止まり、後ろを振り返った。

 獣の体液は、さっきより勢いよく流れ落ちていたが、体液が獣になるほどの量ではなかった。

 幻覚かなにか。自分の中の恐怖が作り出した幻想なのか。

 カレンが言う。

「ど、どうしたの?」

 晶紀の手ではなく、つないでいるカレンの手が震えている。

「今、へんなイメージが」

「えっ、まさか」

「何、まさかって」

 どちらのせいか分からないが、つないだ手の震えが大きくなった。

 カレンは、獣の方を見つめながら言う。

体液(あれ)からさっきの獣が再生される……」

 晶紀は手を放して身構える。

 体液の溜まりから、豹の頭のようなものが上がってくる。

 その様子は、床の表面上に溜まっている体液が、まるで深い底があるかのようだった。

「ほ、本当に再生してきた」

 この再生力は、この獣が持つ能力なのか。それとも……

 頭が出来始めると、体から流れ落ちる体液の量が指数関数的に増えていき、あっという間に床の上にさっきとほとんど同じ格好の獣を作り出してしまう。

 一度は勝ったとはいえ、負ける寸前の逆転勝利。

 新月を真似たファイティング・ポーズをとる晶紀の額から、イヤな汗が流れ落ちた。




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