06
様子を見ている小泉が言った。
「気持ち悪りぃな」
「それより、かなえ。こっち、こっち。渡り廊下のやつ!」
仲井すずが、指差した。
かなえは渡り廊下側に移る。
新月は、首が後ろに回った悪霊の後頭部を殴りつける。
「とどめだ!」
ねじれた首が切れ、頭が飛ぶ。教室の扉に当たると、ゴロっと転がって顔がこっちを向く。
制服の悪霊は、手も足も動かなくなり、倒れた。
新月が言う。
「腹はちっとも効かない。頭をやらないと」
知世が佐倉先生に言う。
「先生、刺又とかはどこにあるんですか? 侵入者対策で学校に置いてあるって聞いてるんですけれど」
状況をみるのが精いっぱいで、知世の言葉が理解できないようだった。
「佐倉先生?」
ようやく知世の言葉が届いた。
「さ、さすまたは、職員室にしかなかったはずだ」
「じゃあ、知世、取りに行こう」
「小泉さん!」
新月が教室から出てきたもう一人の『制服の悪霊』の首を飛ばすと、小泉を止めた。
「メアリー、それはだめだ、やるなら全員で職員室へ移動しよう。刺又にたどり着く前にやられるぞ」
かなえも渡り廊下から来た悪霊の首を竹刀で叩き、ねじり切ると、新月に同意する。
「その通りだ。後一人やれば終わるから」
両腕をだらりと下げた制服の悪霊。
階段の方から、ゆっくりと佐倉達に近づいてくる。
かなえが飛び込んで、竹刀を水平に一閃した。
大きな衝撃音。
新月を襲った悪霊と同じように、首が百八十度回っている…… はずだった。
「?」
棒人間のように、ただ真っすぐ振り上げた腕で、竹刀を受けていた。
首は回らず、腕の肉がそげた痕がついただけだった。
「もらった!」
今度は新月が、制服の悪霊に殴りかかる。
一瞬はやく、悪霊が両腕を水平に伸ばし、新月をけん制した。
「どいて」
かなえが言うやいなや、悪霊へ踏み込んだ。
新月もその声に瞬時に反応して、再度ステップして避ける。
制服の悪霊は両腕を真上に上げた。
かなえはそれを見て、竹刀の軌道を変える。
「突きっ!」
大きな音がする。
今度こそ決まった、とかなえ以外の全員が思っていた。
「しまった」
制服の悪霊は、かなえの方を向いたまま、身体だけが九十度横に向いていた。つまり、真上に振り上げた腕が正面に来ていた。
竹刀は、その腕に突き刺さってしまっている。
かなえは竹刀を抜こうと必死に引っ張った。
時間が掛かっている間に、振り上げた両腕が水平に降りてきて、突き立てたままの竹刀を握った。
「うわっ」
制服の悪霊に竹刀を奪われることは、敗北、すなわち死を意味した。
かなえは必死に握り続ける。
悪霊は体を軸にして、腕を水平にしたまま回った。
竹刀も、それを握り続けるかなえも、勢いよく回る。そして、間もなく校舎の壁に激突する。
「クッ」
かなえの顔が苦痛に歪む。
制服の悪霊は、反対周りに腕を振り始める。
「このっ」
新月が振り回す腕に当たらぬよう、姿勢を下げて踏み込む。
腹、いや、軸になる足、いや、かなえを振り回している腕。
新月は、悪霊の真下から脇の下へアッパーを繰り出す。
垂直だった軸がブレると同時に、突き上げられた腕が曲がり、掴んでいた竹刀を放した。
すでに勢いよく振り回されていたかなえは、竹刀と共に飛んでしまう。その体は、飛んだ先に居た佐倉達が受け止めた。
新月がアッパーを放って伸びあがったところに、悪霊の逆回転してきた腕が迫る。
新月がダッキングして腕を避けると、もう一度顔面をねらう。
しかし、制服の悪霊の逆回転が始まっていて、新月はまた頭をさげた。
「ダッキング、だめ!」
佐倉達に捕まえられながら、かなえが叫ぶ。
悪霊は両腕を真っすぐ前に突き出すと、新月の頭を挟むように掴む。
「逃げて!」
かなえの声より先に、悪霊の膝が新月の顔面を捉えていた。
突き上げられ、海老反る体。
額から飛び散る赤い体液。
新月は、そのまま後頭部を床にぶつけ、転がる。
「鏡水! 大丈夫か」
小泉が叫び、身を乗り出す。新月はそのまま動かない。
「だめだ! さがれ」
かなえが、新月に駆け寄ろうとする小泉の腕を引く。
すぐに仲井や阿部も小泉の手を引くと、かなえは竹刀を構えて悪霊の前に立った。
「かたきはうつ」
「まだ死んでねぇよ」
「いいから黙ってろ」
かなえは突きを中心に攻め立てる。
階下から来た制服の悪霊は、かなえの竹刀に翻弄され、少しずつ後退した。
「大丈夫か、鏡水」
小泉が新月を抱きかかえる。
照らしている蛍光灯の端が黒ずんでいて、時折光を失う。
「鏡水」
「……」
「わかるか?」
気が付いたのか、新月は目を開く。
しかし小泉の呼ぶ声に対しては、天井をじっと見つめたまま、答えがなかった。
「ここ、どこだろう」
晶紀が鍵を開けることに成功し、閉じ込められていた部屋から出ていた。
カレンは、周りを眺めながら言った。
「学校だと思うけど」
「学校?」
確かに構造的には学校の廊下に酷似している。
「そっか、普通は来たことないよね。ここ学校の地下だよ多分」
「地下?」
「防音を考えて、地下に音楽施設を作っているの。けど、音楽科がなくなっちゃったから、使われなくなってるんだ」
信じられないということではないが。晶紀は考える。学校にしては灯りが薄暗い。時々、灯りが点滅しているところもある。
そんな風に晶紀が天井を見ていると、カレンも天井を見て言った。
「た、確かに、灯りは古い感じするよね」
「で、どっちに行けば出られるんですか」
「うーんと」
右も左も、言った先は角になっていて、同じ方向に曲がっている。
「どっちでもいいはずだけど」
「?」
「多分、ここはその音楽施設の裏側なのよ。あの角を曲がった先を登っていくと、外に出る為の階段があるはず。なのよ」
指で宙に描いた図を、晶紀は頭に描いた。いまいる所が舞台裏側。観客席側に通路は曲がっていて、地上に出る口は観客席側の先にしかないということだ。
ここに閉じ込めて、周りで監視がいないということは、地下からの出口を守っていれば良いと思っているに違いない。
右に進み、突き当たった角から先を確かめた。
同じような廊下がつながっていて、灯りが途中暗くなっていた。
「大丈夫みたいです」
晶紀が言うと、カレンが隠れるようにしながらついてくる。
しばらく進むと、非常灯のついている扉に近づいた。
「ここ、音楽設備に入るための扉ですよね」
「うん」
晶紀は黙って扉を見つめた。
「確かめる?」
「止めておきましょう。何か嫌な予感がします」
「それってフラグじゃないよね」
「なんですか、それ?」
晶紀が聞き返すと、カレンは困ったように腕を組んだ。
「長くなってもいい?」
「あまりよくはないです」
「晶紀ちゃん、ゲームとかやる?」
「ええ」
「ゲームなんかで、ストーリーがこうドラスティックに分岐するところがあるじゃない?」
「ドラスティック?」
晶紀が首をかしげると、カレンは必死に四肢を動かしながら説明を始めた。
「そこは気にしないで。ここでハンカチを落とすとA田さんと恋愛になるルート、落とさないとC木くんと仲良くなるルートになるとかあるじゃない。その場合、この『ここでハンカチを落とす』がフラグ」
「条件みたいなものですか。それが今のと何か関係あるんですか?」
「いやな予感がする、と言った扉から……」
「!」
物音がして、晶紀が人差し指を口の前に立てる。
静かにしていると、音楽施設側から音が聞こえた。音楽施設であり、防音がしっかりしているはずだ。晶紀は扉に手を掛けた。