05
「出来ないかしら」
「動かす部分が具体的に分かれば出来るかも」
中の構造のどの部分かなどが分かってくれば、直接見えないものでも動かすことは出来る。
「じゃあ、透視して、まずこの鍵の中身を直接イメージにできないかしら」
「うーん」
晶紀は足枷についてる錠を指でなでてみる。
中身のイメージを読み取るなどは、初めての経験だった。
何も感じられない。
本体だけでなく、吊(U字型の部分のこと)の部分も触ってみる。
本体との感じ方の違いがある。この違いが、中身の違いなのかもしれない。晶紀は気持ちを集中した。底面にある鍵を差し込む部分も触ってみる。やはりさっきの本体ともまた違う感じがする。何度も、指を押し付け、何度も往復させていると、中の空間が見えてきた。
総合させてそれらを鍵の形状に合わせてイメージしてみる。
「カレンさん」
カレンに伝わっただろうか。
これのどこを動かせばいいのか。
カレンは目を閉じて、手を空間で動かしている。
「うんとね」
晶紀はそのカレンの手を目で追う。
「このいくつかあるピンを、ここに沿う様に真っすぐにするの。そうすると、この筒になっている部分が簡単に回転するようになる。これがぐるっと回りさえすれば、吊の部分を止めている部分が引っ込んで開くわ」
「……やってみる」
晶紀も目を閉じ、もう一度鍵を触ってみる。
確かにカレンが言ったようにピンがあってそれを動かすことは出来る。一つピンを動かして、次のピンを動かすと、最初のピンが元に戻ってしまう。全部を同時に同じ位置に揃える為に、集中力が必要だった。
一つ一つのピンを動かすには、食事のトレイを動かすよりずっと簡単だった。
意識として同時にピンを動かすようなイメージが出来ない為に、一つを動かしている内に、別のピンへの意識が消えてしまう。
「失敗した」
晶紀はそう言うと、鍵を手放した。
大きく深呼吸して、手の平を合わせ、温めるかのようにすり合わせる。
もう一度目を閉じ、合わせた手の平を祈るように顔の正面にして、頭を下げた。
「よし!」
一つ一つの動きではなく、差し込む鍵をイメージして、全体を同時に動かすようにトライする。
「まず鍵を差し込んで……」
晶紀は、そう声に出して言った。
端からピンが動いていき、すべてのピンが揃う。
「で、回す!」
晶紀の手元で『カチャリ』と音がする。
カレンの足枷が外れた。
「あ、開いた! 見て見て!」
晶紀は自身の眼で確認して驚いている。
カレンもそれを見て声を上げた。
「すごいよ! 晶紀ちゃん!」
一瞬、間を開けてカレンが謝った。
「ごめん、晶紀『ちゃん』とか言ってしまって」
晶紀は手を横に振りながら言う。
「カレンさんの方が年上なんですから『ちゃん』でも呼び捨てでも構いませんよ」
「本当? じゃあ『晶紀ちゃん』って呼ばせてもらうわね。あと、こっちも『カレン』でいいから」
「それは悪いです」
「いいよ。同じ家に住んでるんだし。タメでいきましょ。はい、決まりね」
「は、はい」
「ほら、晶紀ちゃんの分も開けないと」
晶紀は自らの足枷の鍵に触れながら、もう一度中の仕組みを確認する。
ピンの配置は違うもの、構造的には同じだった。ピンを揃えて、中の筒を回せばいい。
晶紀は精神を集中させて霊力をピンポイントに集中して使う。
カチャリ、小気味いい音がして、解錠した。
「よしっ!」
足枷がはずれ、晶紀は勢いよく立ち上がった。だが、まだ部屋の扉も同じように鍵が掛かっている。晶紀は扉の鍵穴付近を触った。
カレンは目を閉じて晶紀が送るイメージを確認する。
そして目を開けると、指で扉の鍵の構造を指し示した。
「少し構造が違うわ。けど、最後の、この鎌のような形のロックを上に跳ね上げれば、このシリンダーが回ってデッドボルトが扉側に引っ込むわ」
「シリンダー? デッドボルト?」
晶紀が聞き返すと、カレンはもう一度同じ図を指で示しながら言った。
「鍵が入って回るところがシリンダー。扉を開かないようにするため外に出っ張っている部分がデットボルトよ。正しい鍵が刺さった時は、シリンダーが回らないように止めているこの部分が、こう外れるわけ」
カレンが言いながら動かす指の感じで、晶紀は理解した。
「わかった。けど、なんでそんな言葉知ってるの?」
「……なんでだろう。私がオタクだからかな」
カレンは首をかしげながら、笑った。
晶紀は鍵のあたりを手で何度も撫で、場所を確認するとギュッと手に力を入れた。
「やってみる」
佐倉と集めた生徒は、入った時と同じ場所、学校の廊下に立っていた。
朝のホームルームが終わり、自習が始まったばかりの時間なのに、外は暗かった。
校内の灯りはすべてLEDだったはずだが、佐倉達を照らしている照明は蛍光灯と呼ばれる古い技術だった。
学校全体が静かだった。音がどこかに吸い込まれているかのような、深い闇と静寂につつまれている。
新月が見つけ、かなえが開いた扉から入った『異空間』だった。
異空間の学校。
最後にこの空間に入って来た小泉は、後ろを振り返ると、通ってきたはずの扉が無くなっているのに気づく。
「えっ、ちょっと。ねぇ、帰れないじゃん」
佐倉が言う。
「必ず帰る方法はある」
「なんで断言できるんだよ」
「ここと行き来したであろう人物を知っているからだ」
佐倉の頭には『綾先生』が浮かんでいた。
「誰だよそれ」
「今はその話をする時ではない」
そう言って佐倉は小泉の質問に答えなかった。
「ちょっと来て、教室に誰かいる」
「えっ、だれだれ?」
仲井すずが言うと、阿部真琴が教室に近づく。
「こっち向いたよ」
薄暗く照明が点いている教室で、水気のないぼさぼさの髪の生徒が振り返った。
肌が青黒く、ところどころ皮膚がなく、下の血肉が見えている。しかし、その血肉ですら生気がなく、赤黒かった。
開いた口に見える歯は、いびつに抜けていてガタガタだった。
「えっ…… なにあの顔。ゾンビか何か?」
「うっ、気持ち悪ッ」
二人のやり取りを聞いて、佐倉は慌てた。
「!」
教室の扉の前にいるすずと真琴の腕を、勢いよく引っ張った。
「危ない!」
「な、なんだよ」
「びっくりした」
「それは侵入者を迎え撃つための……」
扉がゆっくりと開いて、真光学園の制服を着た青黒い肌のバケモノが姿を現した。
「やばいやばい!」
「下がれ、純粋な悪霊が形を持ったものだ」
佐倉が両手を広げて全員を下がらせる。
「逃げろ」
全員で廊下を走って逃げる。
教室から、また一人、制服を着た悪霊が出てくる。
先に逃げていた小泉が言う。
「階下から、同じようなヤツが上がってきた」
ツインテ髪の阿部も言う。
「渡り廊下からも一人」
後ろに下がればすぐに行き止まりだ。
佐倉は焦った。
「やってやるよ」
新月が自分の左の手のひらに、右拳を叩きつけ、音を立てると、そう言った。
「私も」
木村が竹刀を持って前に出ると、竹刀を前方に突き出し構える。
「無理するな」
「見ればわかる。逃げ場はない。やるしかない」
新月は片手を上げて木村の竹刀に軽くタッチするとニヤリと笑った。
「先に行くぜ」
新月が素早く踏み込むと、制服の悪霊は新月の首を絞めようと手を伸ばす。
ダッキングしてかわし、踏み込んだスピードの乗ったボディブローが悪霊にヒットする。
手ごたえはあった。
しかし。
制服の悪霊は、大きく口を開け、新月に噛みつこうと攻撃してくる。
「危ない!」
今度はかなえが踏み込むと、悪霊の顔を薙ぎ払うように振り込んだ。
大きな衝撃音がして、制服の悪霊の顔が真後ろを向くまで回ってしまう。
顔が後ろを向いてしまって、かなえと新月を見失ってしまった悪霊は、それでも腕と足をバタバタと動かしている。