表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

26

 そう言った瞬間、児玉の差し棒に雷が落ちた。

 晶紀も、もう動けなかった。ただ児玉の様子を呆然と見つめているだけだった。

「?」

 奥で、綾先生が飛び跳ねている。

「出来ました。雷が出ました!」

 神楽鈴を鳴らし、踊るようにその場を回っている。

「なぜ、お前が……」

 児玉は雷と同じような青白い炎に包まれていた。

 生きたまま燃えているようだった。

 児玉は形を変えずに、大きさだけが小さく縮んでいく。

 必死に手を振って、炎を消そうとしているが、児玉の方にもその炎を消すだけの力は残っていなかった。

 小指ほどの大きさになった児玉は、炎と共に消えた。

「えっ?」

 真っ暗だった空に、雲が見えた。

 夕陽と言うには少し早いくらいの太陽が、グランドを囲む木々の間から晶紀達を照らしていた。

「戻った?」

 振り返って晶紀は、かなえにそう言った。

「そうかも」

 かなえは知世を抱きしめながらそう言った。

 かなえの声を聞いてか、知世が目を開ける。

「あれ?」

 そして周りを見回す。

「いつの間にか、元に戻ってる! 元の世界。元の学園に戻った!」

「知世! 知世、身体、大丈夫なの?」

 膝をついてしまい、その場を動けない晶紀。

 その晶紀のもとに、知世が駆け寄る。

「大丈夫。痛かったけど、もう大丈夫」

 知世も膝立ちして、晶紀を抱きしめる。晶紀の身体の中に、自然と力が湧き上がっていた。

「よかった。本当に良かった」

「そうかな」

 と言う男の声に、晶紀と知世は同時に振り返った。

 神楽鈴を握りしめた綾先生が、二人を見下ろしている。

 結果として児玉先生を倒したのは綾先生だった。しかし、綾先生が味方なのか、それは確実なこととは思えなかった。

 ただ仲間割れして、児玉の地位を欲しがっていただけかも知れない。

 この状態で綾先生と戦ったら……

 勝てる気がしない。晶紀は知世庇う様に立ちあがった。

「ほら」

 綾先生は神楽鈴を放り投げる。晶紀は考えるまもなく神楽鈴を受け取った。

「ボクにも『清冽な力』というのが使えることが分かった。それなりに強いじゃない。びっくりしたよ」

 その時、音がしてグランドの一部の土が盛り上がり始めた。

「また、土坊主!?」

「ああ、忘れてた」

 綾先生は土が盛り上がったところで、しゃがむと、土を掻いた。

「やっぱり」

 綾先生はそう言うと立ち上がった。

「ここに児玉先生がいるから助けてあげて。悪いけどボクは用事があるからこのへんで失礼するよ」

「待っ……」

 綾先生が、飛び上がり、前方宙がえりすると、着地寸前に姿が消えた。

「消えた」

 土坊主も、綾先生も、児玉先生もいない。

 敵と思われる者がすべていなくなった。

 土坊主と戦う為にグランドの端にいた山口や小泉、校舎側にいた佐倉先生も含め、全員がグランドの中央に集まってくる。

 佐倉先生とあきなが持ってきた担架に乗せられ、晶紀は保健室に運ばれる。

 晶紀が運ばれていくのを見ると、知世も倒れてしまった。

「こんな傷がすぐに回復するわけないか」

 新月はそう言った。石原が保健室に担架を取りに行き、阿部と一緒に知世を担架に乗せて運んでいった。

 元気のある小泉と仲井、木村かなえは児玉先生が埋まっているという場所を掘り返した。

 落とし穴のような空間の下で、児玉先生が寝ていた。

 児玉先生をグランドに引き上げ、保健室に運んだ。

 新月がグランドを見回ると、三倉と昭島カレンを見つけた。

 二人はそれぞれ木の幹に背中を預けて、眠っていた。

 新月が二人を起こし、保健室に行こうと話す。




 晶紀と知世を同じベッドに寝かせた。

 佐倉は二人の手当てを続けていた。

 全員がこの狭い保健室に集合している割には、静かだった。

 全員分の椅子はないので、椅子を重ねて端に避けて、替えのシーツを床に広げてみんなで腰を下ろしていた。

 ベッドで寝ていた児玉先生が起き上がってくると、場の雰囲気を感じたのか『仕事があるので』と言って職員室に戻って行った。

「さっきのメガネの治し方、いつもの児玉先生だね」

 仲井がいうと、小泉を始め全員が同意したようにうなずく。

 皆で待っていると、佐倉先生が頼んだファストフードが届いた。

 それを中央に広げて、皆で飲み食いを始める。

 ある程度食べて、各々の空腹が落ち着いてくると、騒がしくなってきた。

 その内、全員が興奮したかのように、様々なことを話し始めた。 

「最初はみんな帰れないって思ったでしょ?」

「思ったよ。こんな薄暗い世界に閉じ込められて死ぬのかって」

「『死ぬ』まで思った?」

 話が進んでいき、

「あの鼠の人間体はキモかったね」

「『あれ』って、『成人男子』の形なのかな?」

「どっちだろう、かむってるのかな」

「えっと。私も机上の知識ですが……」

 急に昭島が保健室の小さなホワイトボードに土筆のような絵を二種類描き始め、佐倉と寝ている二人を除く全員が黙って見つめた。

「こっちが『未成熟、あるいはxxxx』、でこっちが『xxxx』」

 それを見た全員が、一斉に叫んだ。

 鉄鼠と戦っていた小泉、新月、阿部が、立派な方の絵を指差した。

「こっちだったよね、こっち」

 また全員が歓声を上げる。

「ビュって出たここから」

 と言って、しぶきを書き足した。

「土色がキモかった」

「生々しい……」

「けど、これで終わったのかしら」

「……」

「終わったんじゃない。児玉先生はどう見ても元に戻ってたし」

「つまり、この真光学園に平和を取り戻したのよ」

「この私たちの手で!」

 小泉が調子にのってそう言う。

 仲井すずと新月も立ち上がって、三人でハイタッチする。

 そんな感じに、食べ物、飲み物が尽きるまで騒ぎが続いた。

 騒ぎが落ち着いてくると、起きてこない晶紀と知世のことを心配して、かなえとあきなが仕切りの向こうを覗き込む。

「まだ寝てるね」

「二人のことだから、こっそりイチャイチャしていると思ってたけど」

 その言葉に反応して、晶紀の眉が少し動いたように見えた。

 だが、誰も気づかない。

「そんなに簡単に回復しないでしょ」

 声が大きくなってきたと感じた佐倉は、人差し指を立てて口の前に近づける。

「……」

 頭を下げると、木村と山口は引っ込んだ。

 座り込んでいる連中も、一通り話が尽きると、時計を見て一人、また一人と家路についていく。

 山口が仕切りから顔を出し、佐倉先生に言う。

「私もそろそろ帰ります。ごちそうさまでした」

「あれ、もしかして最後?」

 あきなは後ろを振り返る。

「そ、そうですね。佐倉先生と寝てる二人の分の食事は分けて机に置いてますから」

「気を遣う必要なかったのに」

「では失礼します。さようなら」

「うん」

 佐倉は山口に軽く手を振って別れた。

 晶紀も知世もまだ目を覚まさない。

 自らの力も加えているのに、回復進まない。

 いや、進んでいるのだろうが、受けた負荷(ダメージ)が大きすぎたのだ。

 佐倉は、ベッドを離れ、仕切りを動かして、机に移動した。

 保健医としての残務を始めた。

 しばらく仕事をしている内、ファストフードのロゴ入りの袋を見て、何となく開けてしまう。

「せっかく残してくれたのだし」

 佐倉は片手で食べながら、仕事の為にノートPCを開いた。

 その時、何か音がしたような気がして、晶紀の方に目線を動かした。

 が、佐倉からは仕切りが立っていて見えない。

「……」

 佐倉はそのまま向き直って、仕事をつづけた。

 仕切りの反対側。

 晶紀は、仕切りの向こう側の佐倉に気付かれたかも知れない、と感じていた。

 なんて勘がするどいんだ。晶紀は考えた。さすがに仕切りを透かして見えはしまい。だが、そうは言っても…… だ。

 晶紀はしばらく待った。

 だが、待っていても、佐倉はやって来ない。

 知世は、晶紀の表情を見つめ、何か言いたげだった。

 晶紀は知世を見つめ返し、頭の意思を言葉ではない方法で伝えた。

『佐倉、気付いたかも』

『平気ですわ、見えませんもの』

『そうだよね。けど、音には気を付けよう』

 晶紀は知世の顔を引き寄せると、唇を重ねた。

 かすかだが、湿った音が保健室でなった気がした。

 二人は目を見開いて見つめあう。

『だから、そんなにペロペロしちゃだめなんですわ』

 じっとしていると、ノートパソコンのファンの音が響いていた。

『大丈夫。この音がなっていれば』

 晶紀が笑みを浮かべると、知世も自然と笑顔になった。

『そうですわね』

 二人が見つめあう。

 晶紀と知世は瞳を閉じ、唇を重ねる。

 そして、学園に幸せな一時が訪れた。





 終わり


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ