26
そう言った瞬間、児玉の差し棒に雷が落ちた。
晶紀も、もう動けなかった。ただ児玉の様子を呆然と見つめているだけだった。
「?」
奥で、綾先生が飛び跳ねている。
「出来ました。雷が出ました!」
神楽鈴を鳴らし、踊るようにその場を回っている。
「なぜ、お前が……」
児玉は雷と同じような青白い炎に包まれていた。
生きたまま燃えているようだった。
児玉は形を変えずに、大きさだけが小さく縮んでいく。
必死に手を振って、炎を消そうとしているが、児玉の方にもその炎を消すだけの力は残っていなかった。
小指ほどの大きさになった児玉は、炎と共に消えた。
「えっ?」
真っ暗だった空に、雲が見えた。
夕陽と言うには少し早いくらいの太陽が、グランドを囲む木々の間から晶紀達を照らしていた。
「戻った?」
振り返って晶紀は、かなえにそう言った。
「そうかも」
かなえは知世を抱きしめながらそう言った。
かなえの声を聞いてか、知世が目を開ける。
「あれ?」
そして周りを見回す。
「いつの間にか、元に戻ってる! 元の世界。元の学園に戻った!」
「知世! 知世、身体、大丈夫なの?」
膝をついてしまい、その場を動けない晶紀。
その晶紀のもとに、知世が駆け寄る。
「大丈夫。痛かったけど、もう大丈夫」
知世も膝立ちして、晶紀を抱きしめる。晶紀の身体の中に、自然と力が湧き上がっていた。
「よかった。本当に良かった」
「そうかな」
と言う男の声に、晶紀と知世は同時に振り返った。
神楽鈴を握りしめた綾先生が、二人を見下ろしている。
結果として児玉先生を倒したのは綾先生だった。しかし、綾先生が味方なのか、それは確実なこととは思えなかった。
ただ仲間割れして、児玉の地位を欲しがっていただけかも知れない。
この状態で綾先生と戦ったら……
勝てる気がしない。晶紀は知世庇う様に立ちあがった。
「ほら」
綾先生は神楽鈴を放り投げる。晶紀は考えるまもなく神楽鈴を受け取った。
「ボクにも『清冽な力』というのが使えることが分かった。それなりに強いじゃない。びっくりしたよ」
その時、音がしてグランドの一部の土が盛り上がり始めた。
「また、土坊主!?」
「ああ、忘れてた」
綾先生は土が盛り上がったところで、しゃがむと、土を掻いた。
「やっぱり」
綾先生はそう言うと立ち上がった。
「ここに児玉先生がいるから助けてあげて。悪いけどボクは用事があるからこのへんで失礼するよ」
「待っ……」
綾先生が、飛び上がり、前方宙がえりすると、着地寸前に姿が消えた。
「消えた」
土坊主も、綾先生も、児玉先生もいない。
敵と思われる者がすべていなくなった。
土坊主と戦う為にグランドの端にいた山口や小泉、校舎側にいた佐倉先生も含め、全員がグランドの中央に集まってくる。
佐倉先生とあきなが持ってきた担架に乗せられ、晶紀は保健室に運ばれる。
晶紀が運ばれていくのを見ると、知世も倒れてしまった。
「こんな傷がすぐに回復するわけないか」
新月はそう言った。石原が保健室に担架を取りに行き、阿部と一緒に知世を担架に乗せて運んでいった。
元気のある小泉と仲井、木村かなえは児玉先生が埋まっているという場所を掘り返した。
落とし穴のような空間の下で、児玉先生が寝ていた。
児玉先生をグランドに引き上げ、保健室に運んだ。
新月がグランドを見回ると、三倉と昭島カレンを見つけた。
二人はそれぞれ木の幹に背中を預けて、眠っていた。
新月が二人を起こし、保健室に行こうと話す。
晶紀と知世を同じベッドに寝かせた。
佐倉は二人の手当てを続けていた。
全員がこの狭い保健室に集合している割には、静かだった。
全員分の椅子はないので、椅子を重ねて端に避けて、替えのシーツを床に広げてみんなで腰を下ろしていた。
ベッドで寝ていた児玉先生が起き上がってくると、場の雰囲気を感じたのか『仕事があるので』と言って職員室に戻って行った。
「さっきのメガネの治し方、いつもの児玉先生だね」
仲井がいうと、小泉を始め全員が同意したようにうなずく。
皆で待っていると、佐倉先生が頼んだファストフードが届いた。
それを中央に広げて、皆で飲み食いを始める。
ある程度食べて、各々の空腹が落ち着いてくると、騒がしくなってきた。
その内、全員が興奮したかのように、様々なことを話し始めた。
「最初はみんな帰れないって思ったでしょ?」
「思ったよ。こんな薄暗い世界に閉じ込められて死ぬのかって」
「『死ぬ』まで思った?」
話が進んでいき、
「あの鼠の人間体はキモかったね」
「『あれ』って、『成人男子』の形なのかな?」
「どっちだろう、かむってるのかな」
「えっと。私も机上の知識ですが……」
急に昭島が保健室の小さなホワイトボードに土筆のような絵を二種類描き始め、佐倉と寝ている二人を除く全員が黙って見つめた。
「こっちが『未成熟、あるいはxxxx』、でこっちが『xxxx』」
それを見た全員が、一斉に叫んだ。
鉄鼠と戦っていた小泉、新月、阿部が、立派な方の絵を指差した。
「こっちだったよね、こっち」
また全員が歓声を上げる。
「ビュって出たここから」
と言って、しぶきを書き足した。
「土色がキモかった」
「生々しい……」
「けど、これで終わったのかしら」
「……」
「終わったんじゃない。児玉先生はどう見ても元に戻ってたし」
「つまり、この真光学園に平和を取り戻したのよ」
「この私たちの手で!」
小泉が調子にのってそう言う。
仲井すずと新月も立ち上がって、三人でハイタッチする。
そんな感じに、食べ物、飲み物が尽きるまで騒ぎが続いた。
騒ぎが落ち着いてくると、起きてこない晶紀と知世のことを心配して、かなえとあきなが仕切りの向こうを覗き込む。
「まだ寝てるね」
「二人のことだから、こっそりイチャイチャしていると思ってたけど」
その言葉に反応して、晶紀の眉が少し動いたように見えた。
だが、誰も気づかない。
「そんなに簡単に回復しないでしょ」
声が大きくなってきたと感じた佐倉は、人差し指を立てて口の前に近づける。
「……」
頭を下げると、木村と山口は引っ込んだ。
座り込んでいる連中も、一通り話が尽きると、時計を見て一人、また一人と家路についていく。
山口が仕切りから顔を出し、佐倉先生に言う。
「私もそろそろ帰ります。ごちそうさまでした」
「あれ、もしかして最後?」
あきなは後ろを振り返る。
「そ、そうですね。佐倉先生と寝てる二人の分の食事は分けて机に置いてますから」
「気を遣う必要なかったのに」
「では失礼します。さようなら」
「うん」
佐倉は山口に軽く手を振って別れた。
晶紀も知世もまだ目を覚まさない。
自らの力も加えているのに、回復進まない。
いや、進んでいるのだろうが、受けた負荷が大きすぎたのだ。
佐倉は、ベッドを離れ、仕切りを動かして、机に移動した。
保健医としての残務を始めた。
しばらく仕事をしている内、ファストフードのロゴ入りの袋を見て、何となく開けてしまう。
「せっかく残してくれたのだし」
佐倉は片手で食べながら、仕事の為にノートPCを開いた。
その時、何か音がしたような気がして、晶紀の方に目線を動かした。
が、佐倉からは仕切りが立っていて見えない。
「……」
佐倉はそのまま向き直って、仕事をつづけた。
仕切りの反対側。
晶紀は、仕切りの向こう側の佐倉に気付かれたかも知れない、と感じていた。
なんて勘がするどいんだ。晶紀は考えた。さすがに仕切りを透かして見えはしまい。だが、そうは言っても…… だ。
晶紀はしばらく待った。
だが、待っていても、佐倉はやって来ない。
知世は、晶紀の表情を見つめ、何か言いたげだった。
晶紀は知世を見つめ返し、頭の意思を言葉ではない方法で伝えた。
『佐倉、気付いたかも』
『平気ですわ、見えませんもの』
『そうだよね。けど、音には気を付けよう』
晶紀は知世の顔を引き寄せると、唇を重ねた。
かすかだが、湿った音が保健室でなった気がした。
二人は目を見開いて見つめあう。
『だから、そんなにペロペロしちゃだめなんですわ』
じっとしていると、ノートパソコンのファンの音が響いていた。
『大丈夫。この音がなっていれば』
晶紀が笑みを浮かべると、知世も自然と笑顔になった。
『そうですわね』
二人が見つめあう。
晶紀と知世は瞳を閉じ、唇を重ねる。
そして、学園に幸せな一時が訪れた。
終わり