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 グランドの中では、仲井すずが、突然飛び出してくる土坊主の攻撃を、ギリギリの状態でかわしていた。

 もちろん運動能力があってそうしている訳ではない。今、避けれているのは、運がいいとか、勘が働くと言った類のものだった。グランドを見ながら、小泉は気が気でなかった。

「すず、頑張って。もう少し持ちこたえて」

 つぶやくようにそう言った。

 その瞬間だった。

 土坊主が出した手の指に足を掛け、仲井すずが倒れてしまった。

 揺れて立ち上がれないところに、別の土坊主が浮上しようと土が盛り上がる。

 足場が揺れて、すずは立ち上がれない。

「危ない!」

 晶紀は大きくジャンプして、すずの横に降りた。

 そのまま『すず』の腕をつかんで、立ち上がらせる。

 抱きかかえるようにして移動すると、二人で近くの土坊主の頭の上に乗った。

「天摩。ありがとう」

 土坊主は一気に浮上してくる。

「ほら、土坊主(こいつ)の腕を伝って、木の枝の上に!」

 すずはうなずくと、土坊主の腕の上を走った。

 土坊主は、頭に乗っている晶紀に気付いて、叩こうと腕を曲げる。

 腕が曲がり切ってしまう前、すずは木の枝に向かってジャンプした。

 小泉は思わず声を出す。

「すず!」

 届かない、落ちると思われたすずの軌道が伸び(・・・・・)、手が枝を掴んだ。

 晶紀はすずの無事を確認すると、高くジャンプして、別の土坊主の頭へ飛び移った。

 土坊主達は、晶紀とすずの陽動作戦にまんまと引っかかり、五体全部がグランド端の木の周辺に出てきていた。

 知世達は間隔をあけて、一気に土坊主を破壊するタイミングを計っていた。

 すずは、木の枝を上下左右に器用に動き回り、土坊主の攻撃を避けつつ、土に潜らないよう、上方へ注意を引きつけた。

 晶紀は、地上の知世に目線を送ると、強く念じた。

『やって!』

 知世もその不思議な感覚を受け取って、言った。

「今ですわ!」

 全員、それぞれ隠れていた木の後ろからグランドに走り出る。

 まずは石原が、体を縮めるようにして叫ぶ。

 土坊主は、五体とも抵抗できないまま制止した。

 かなえはアキレス腱を打つために竹刀を振りかぶる。

 知世はかなえの竹刀に光の刃を与え、小泉はヨーヨーを、阿部は、体操のリボンを振った。

 山口は平たい鞄を、新月は膝蹴りを振りだした。

 すべての打撃が決まると、石原の『制止』の効果が解けた。

 五体の土坊主は、五角形の辺を描くように、倒れ始める。

「逃げろ、土に埋まるぞ!」

 小泉は叫んだ。さっき新月が埋まった。逃げなければ、同じことが起こってしまう。

 新月はあらかじめこのことを予測して、素早く移動していた。

 山口も左右を見て、一番近い方向へ体を投げ出した。

 阿部、小泉は持ち前の運動能力で、かなえは、竹刀で叩いた流れで土坊主から離れていた。

「知世!」

 崩れる土坊主と一緒に、グランドへ落下していく中、晶紀が叫んだ。

 五体の土坊主が、突然、土になって頭から降り注ぐ。

 知世には、どこへ避けるべきかの判断力と、避ける運動能力、双方が足りなかった。

 ダメだ、そう絶望した知世は目を閉じ、手で急所である頭を押さえて縮こまる。

 容赦なく振り注ぐ土砂。

 あっという間に山となった土砂で、知世の姿は見えなくなった。 

 ナイター用のライトがグランドを照らしている。

 ライトは、立ち上る土煙を浮かび上がらせていた。

「知世!」

 小泉が、阿部が、石原が…… 全員が叫んだ。

 収まらない土煙。

 知世の姿は見えない。

「知世!」

 狂ったように叫び続ける晶紀は、素手で土を掻く。

 呼びかけに答えもない。土砂は積もったまま、動かない。

 晶紀が掻き出す土の量は、積もった山の大きさに比較してあまりに小さい。

 グランドの中央にいる児玉が笑った。

「ほら、私を恨みなさい。憎しみで汚れた力を吐き出しなさいよ」

 だが、その声は晶紀に届かない。

 晶紀にとって知世は、自分の命よりも優先して守るべきものだった。

 大好きな友達一人守れないのに、世界を守れるわけがない。晶紀はそう思っていた。

 名前を叫びながら、土を掻くと、急に手ごたえが消えた。

 回りの土を避けていくと、何か光るものが、うっすらドーム状に覆っている。その覆われた空間の中に膝を抱えて座っている…… 知世がいた。

「知世! 知世、答えて!」

 その光るものに手を伸ばすと、光っている何かが手を押し返してきた。

 光っているものを引っ張って破こうとしても、押し分けて入ろうとしても、破くことも、入ることも出来なかった。

「知世、気付いて!」

 そう言って晶紀がその光るものに手を触れた時だった。

 覆っていた光るものが、より強い光を放ったかと思うと、強く膨らみ始めた。

 知世を覆っている光は、膨らむように土を押し広げていく。

 まぶしさに晶紀が腕で顔を隠すと、覆っていた光るものは消えており、目の前には知世が座っていた。

「……知世」

 小さい声で呼びかけた。

 すると、膝を引き寄せている手の小指が、ピクリと動いた。

「知世!」

 晶紀の声に反応し、知世の目が開いた。

 ゆっくりと顔を上げる知世を、晶紀は抱きしめていた。

「……ど、どうしたの?」

「知世、覚えてないの?」

「あっ……」

 周りを取り囲んでいる土を見て、何かを思い出したようだった。

「そうだ、私」

 知世は言いかけて止めた。

 過去の嫌な思い出に繋がるから。気味の悪い老人。下品な笑いのせいで、より気味悪さがましていた。なぜこの男のことを思い出さなければならないのか。この世界で、頭から土が降り注ぐ場面で何故、その老人のことを思い出すのか。

 この老人に奪われないように、守らなければならないものがある。

 多分、『守らなければならない』という気持ちが共通しているのだ。

 おそらく、過去にも同じことが起こったに違いない。同じことが起こったから、想起されたのだ、と知世は思った。

「とにかく、よかった」

「うん」

 かなえが竹刀を十字架が立っている方に向け、そして言う。

「残るは先生二人のみ!」

 晶紀は知世を立ち上がらせ、児玉のいる場所を振り返った。

「わかってる」

 言った直後、爆発したような土煙が上がると、晶紀は走り出していた。

 それを見たか、見ないか、ほぼ同時に児玉も晶紀に向かって弾かれたように走りだしていた。

 瞬間、二人はぶつかり、角度が変わって互いにグランドの端に現れた。

「ぶつかってとまるんじゃないのか?」

 小泉が言うと、かなえが答える。

「あのスピードの物体が『ぶつかって、止まる』ということは、お互いの体にものすごい衝撃が入ることになる」

「止まったら死んでるってこと?」

「角度が変わる程度でも衝撃はすごいはず…… 見てみろ」

 かなえが言う通り、児玉先生は笑ってはいるものの、肩を手で押さえているし、晶紀は体を庇う様子はないものの、歯を食いしばっているのか、口元が歪んでいた。

「!」

 晶紀と児玉が、互いを目掛け飛び出した。

 瞬間、ちょうど衝突する辺りから、強い光が放たれた。

 全員が強い光に目を閉じ、そしてゆっくり目を開いた。

 児玉は背中を丸めているが、かろうじて立っており、晶紀は手をついて、うつ伏せの状態で、グランドに倒れている。

「晶紀さん!」

 知世は言うなり走り出していた。

 かなえが、知世を追いかけて、腕を掴んで止めた。

「まだ、決まってない」

「けど、晶紀さんが」

 児玉は差し棒を杖のように地面に突いて、そこを基点にぐるりと回って晶紀の方を振り返った。

 ふらふらと晶紀も立ち上がるが、どこに敵がいるのか分かっていないらしく、児玉に背を向けたままだった。

「晶紀さん!」

 知世が叫ぶが、聞こえていないようだった。

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