21
晶紀は雷が落ちた、後ろのグランドを見ようと必死だった。
声は聞こえたが、佐倉達の姿までは見えなかった。一方で、児玉が作り出した『土坊主』の姿は、大きいせいか視野に入る。あんなものが襲ってきたら、ひとたまりもない。早く助けなければ…… 晶紀は、気持ちばかり焦っていた。
神楽鈴を早く手に入れなければ。
離れたところにあるバックパックに向かって意識を集中する。
また少しバックパックのチャックが開いた。この調子じゃ、いつまでも神楽鈴に届かない。何か、もっと違う方法は……
「?」
晶紀は綾先生が、自分を見ていることに気が付いた。
素知らぬ表情でごまかすと、綾先生はこめかみ指を当て『頭を使え』と言わんばかりのポーズをした。
『頭を使え?』とはどういう事だろう。晶紀は考えながら、綾先生をじっと見ていると、今度は人差し指と親指で小さな粒をつまむような仕草をした。そして、両手を合わせた状態から、大きく横に広げるように動かす。
綾先生はもしかしたら味方なのではないか。晶紀は考えていた。粒をつまむような恰好から、小さいものが大きくなる手の動き。どういうことだ。それが私となにか関係しているのか?
何か、うっすらと見え始めているものがあったが、具体的な考えにまとまらない。
そうしているうち、児玉先生が『土坊主』に指示をする。
「こないなら、こっちからいくぞ」
差し棒を昇降口方向に振り、声を掛ける。
「それ『土坊主』、連中を踏みつぶしてしまえ」
土で出来た体を揺らしながら、土坊主が知世たちに向かって進行する。
「よし。知世、一緒に来てくれ」
「はい」
かなえが竹刀を構え、知世はその後ろについた。
「まずはさぐりを入れる」
かなえの間合いにはまだ遠い。
しかし、体の大きい『土坊主』は、間合いも大きい。かなえが近づく前に、その大きな足をふり込んできた。
かなえは、横に避けたが、反応が遅かった知世は、間に合わず後ろに飛んで避けた。
「知世!」
ゴロゴロとグランドを転がり、校庭の端で止まると知世は膝立ちし、言う。
「自分で飛んだだけですから、大丈夫です」
知世の声を聞きながら、かなえは土坊主のすねを竹刀で叩く。
何もない地面をたたくのと同様で、土坊主は何も反応しない。それどころか、拳を振り下ろしてきた。
かなえは冷静にそれをかわすと、竹刀で小手を叩きにいった。
「!」
竹刀を土坊主に掴まれてしまい、竹刀ごと放り投げられる。
かなえは空中で後転すると着地した。
そこに別の土坊主が、近づいてくる。
「かなえ、もどるんだ。昇降口まで戻れ」
佐倉が言うと、かなえは周りを見ながら戻ってきた。
幸いなことに、土坊主の移動速度は、速くなかった。
土坊主達は、かなえを見失って、グランドを当てもなく歩いているように見える。
「足も遅いし、目もあまり良くないみたいね」
「けど、ゴーレムじゃないなら、どうやって壊すの? 弱点はないの?」
「だからそれを話し合ってるんだろ」
仲井すずが、ゴーレムの足運びを見ながら、言った。
「阿部、リボンであいつの足を引っかけて転ばせられないか?」
「見た通り、体はかなり重いんじゃない? こっちが引っ張られちゃうかも」
「とりあえず、ヨーヨーのワイヤーで試してみるか」
小泉はヨーヨーを持って昇降口を飛び出す。
土坊主が一体、小泉を見つけて追いかけていく。
隠れながら外を見ている石原は、阿部に言った。
「土坊主同士のコミュニケーションもないみたい」
「うまくやれば一体ずつ倒せるね」
「……」
佐倉は昇降口の中からじっと見つめたまま、何も語らなかった。
言葉を待っていた新月は、昇降口を飛び出していく。
「メアリー様の様子を見てきます」
小泉は、グランドの周りに植えてある並木を縫うように走っていた。
新月は並木の端を一直線に走ってそれを追った。
並木から飛び出すと姿が見えるのか、土坊主は小泉がグランド側に出ると動き、並木の奥に引っ込むと動きを止めた。
小泉が横目で新月の姿を確認し、新月もそのことに気付いた。
新月は、走る方向を変え、グランドに出た。
すぐに土坊主に見つかる。
土坊主は肩をゆすりながら、新月に近づく。
新月は小泉を気取られないよう、土坊主の足の動きだけを見て、間合いを保つ。
小泉は、並木の裏を走りながら、新月を追う土坊主の足を狙っていた。
単純に足に掛けて引っ張るだけでは、重量と力の関係で負けるのは明確だった。
新月はじりじりと並木の方へ後退していた。
土坊主はじれたように拳を振り下ろす。
新月は、冷静にさがってそれをかわした。
小泉はチャンスと判断した。うまいぞ新月! と心の中で叫ぶ。その瞬間、並木の影からヨーヨーが投げられる。
土坊主の足にヨーヨーのボディ、リムの部分が触れると、ヨーヨーは生きているかのように足の周りを走りだす。
何度か回り、しっかりワイヤーが巻き付くと、小泉はワイヤーを並木に掛けて引っ張る。
新月はその間も、ワザと土坊主の間合いに入って、陽動する。
ワイヤーが、土坊主の強い力で引っ張られる。
小泉は、ワイヤーを両手で持ち、並木に足を踏ん張って、ワイヤーを保つ。
「負けるかぁ!」
叫び声を上げると、小泉の身体から小さな粒子が爆ぜた。
粒子はワイヤーを伝わり、土坊主の足に至る。
土坊主は、動きが止まって、そのまま新月の方へ倒れこんだ。
「新月!」
倒れ込むと同時に土坊主は粉々に砕けた。上がる土煙が、グランドを照らすナイター照明に浮かび上がる。
「新月!」
姿が見えない。小泉はヨーヨーを手放し、並木を飛び出して新月を探す。
土坊主の体の形に砕けた土が盛られている。小泉は、必死に土を手でかき出す。
「新月、新月、しんげつ…… しんげつ」
小泉の手が、土で真っ黒くなる。爪の間に土が入った。そんなことは重要ではない。必死に土を掘り返す。
「新月、新月、しんげつ」
小泉の手に、温かいものが触れた。動く。少し掘り返すと、オープンフィンガーのグローブが見える。
「新月!」
新月自身も、体を動かしながら、土をどけ始めた。
土の中から、新月の顔が現れる。
「メアリー様……」
「しゃべるな、いま掘り起こすから」
小泉は、ハッとして周りを見回した。
後六体の『土坊主』はどこにいる? この場を襲われたら、新月が危ない。しかし、周囲に『土坊主』の姿は居なかった。昇降口の方を見ると、木村かなえと石原美波、阿部真琴と宝仙寺知世がそれぞれペアを組んで『土坊主』と戦っていた。
四人が暴れているおかげで、小泉と新月の方に残りの『土坊主』も来ないのだ。
「新月、悪いがあまり休んでいる時間は無いみたいだぞ」
土のなかで新月はうなずいた。
小泉と、新月自身の力で土の中から這い出ると、二人は四人の応援に向かった。