20
「急ごう」
かなえがそう言う前に、知世は走り出していた。
早く合流して、早く晶紀を助けにいかないと。知世はこちらの世界に来てかなり時間が経っていることを気にしていた。色んな敵と戦い、自信は付いたが、遅くなればそれだけ晶紀が危険な目に合っているはずだ。
渡り廊下を過ぎると、教室の中から阿部真琴の声がする。
知世は振り返り、
「こちらですわ」
と言って教室の扉を開け、何も確認せずに足を踏み入れてしまう。
「?」
「知世!」
佐倉がそう言った。
知世が佐倉の方を見ると、頭が大きな鼠の姿をした鼠男がいた。
「うわっ……」
頭の鼠から、視線を下げていくと首から下は人間の姿だった。人間。しかも裸の。
「どうした知世」
扉からなだれ込むようにB棟を探査していた木村かなえ、石原美波、仲井すず、そして呼びに行った山口あきな、が入ってくる。
「宝仙寺さん、なんか踏んでる!」
石原に言われて、知世は足元を見る。
踏みつぶされた鼠が、小さな光の粒になって消えていく。
「知らぬ間に敵の鼠を踏んでしまっていたのですね」
「みんな!」
小泉が叫んだ。
「この鼠男に『かけられたら』攻撃できなくなる。かけられそうになったら避けるんだ!」
鼠男が、かなえ達を振り返った。
頭は大きな一匹の鼠の形。首、肩、腕、手、胸、腹、腰、足は人間、男性の裸だった。振り返ったその姿を見て、全員が『気付いて』しまった。
「キャー!」
キャーなのか、ギャーなのか、イヤーなのか、同時多発的に叫び声が響いた。その声に『鼠男』が誘起された。その変形過程を見て、さらに叫び声が上がった。
まずい。小泉は考えた。B棟を探査していた連中が、新しい刺激となり、さっきまで戦えなかった『鼠男』が再生してしまった。
これでまた誰も攻撃出来なくなると、戦いは泥沼化する。
「誰でもいい! かけられる前に、倒せ!」
かなえが冷静さを取り戻して、竹刀を構えて鼠男を狙う。
竹刀が届く、という間合いに入った時、鼠男は射出した。
「しまった……」
かなえは、足を踏ん張って後方へ飛び退く。
液体が宙を飛ぶ速さと、かなえの蹴りだした体の速度。どちらか速いかの勝負だった。
「えっ?」
小泉は、阿部の動きに気がついた。
かなえと同時に、放っていたリボンを横目で追う。
リボンは鼠男の頭を貫いた。
鼠男は、各々の鼠に戻る時間もないまま、全身の動きが止まってしまう。
かなえが着地すると、射出された液体手前の床に落ちた。
すべてが止まった。
リボンがスルスルと阿部の手元に戻っていくと、鼠男は霧のように粒子に分解され、粒子は光りながら消えていく。
足の先が光り、その姿が完全に消えた。
「勝ちましたわ!」
知世の声と共に、教室が歓喜に包まれた。
各々が再会を喜び合い、勝利の声を掛け合った。
その興奮が収まると、全員が校庭を確認した。
肩を組み、円陣を組んだ。
仲間の身体から、力が流れ込んでくるように思える。
それぞれの役割、それぞれの力。
ここに来たには意味がある。
佐倉が声を掛ける。
「もう一息だ。いくぞ!」
全員が叫んだ。
各々、引き締まった表情になり、階段を降りた。
そして、全員同時に校庭へ出る昇降口を飛び出した。
校庭に見える二つの十字架。
立ちはだかる二人の教師。
綾先生は、横目で児玉先生を見ていた。『鉄鼠』が倒されたことは、綾が伝えていた。そして言った。
「来ます」
佐倉達は、児玉先生の顔を確認すると、気配を感じて足を止めた。
児玉先生は佐倉達の顔を一人一人、確認するかのように見つめ、間を置く。
そして、不敵に笑った。
「おまえらごとき、何人集まっても相手にならんわ」
そう言うと、持っていた差し棒をグランドに振り下ろした。
空から、バケツをひっくり返したような水が落ちてくる。
知世たち九人は、びしょ濡れになって、立ち止まった。
乾いていたグランドは、水を吸ってぬかるんでいる。
「土坊主」
児玉先生はそう言うと、差し棒を振り上げる。
空から、数本の雷がグランドに落ちた。
落ちた場所の土が盛り上がり始める。頭、肩、胸…… 土で出来た、人の形をしたもの。校舎の三階に達しようかというその身長は、九人の後ずさりさせた。
土坊主は背が高いものの、体型は子供のようだった。頭身にして四~五頭身といったところだろうか。胴や手足は短く、太かった。力と重量はありそうで、殴られたらひとたまりもないだろう。
「ご、ゴーレムってやつかな?」
仲井が言うと、小泉が冷静に言い返す。
「見ろ、額に『emeth』と書かれていないから、先生が言った通り『土坊主』であって『ゴーレム』じゃないんだろ」
「一、二、三…… 七体もいるし」
仲井は、わざと大きなゼスチャーで土坊主の数を数える。
これでは晶紀を助けるどころか、一歩も前に進めない。佐倉が言った。
「一体、一体がデカい上に、数が多すぎる」