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02




 佐倉は、知世を家に帰してから、監視カメラにアクセスして、二年の教室の外の廊下の様子を確認した。

 晶紀達が教室を出たり入ったりしている後、児玉先生が入って来て補習が始まる。

 補習が終わって晶紀を残し、二年の生徒が出て行くと教室の端に三年の昭島カレンがやってきて何か覗いている。

 その後、昭島カレンの映像が無くなり、晶紀も教室から出たような映像が映っていない。

「……」

 佐倉には意図的に映像が消されていると考えた。

 何度も見直すが、映像の角に映っている時刻はずっと連続しており、映像の乱れもなく、カメラは正常に動いているようだった。

「何かが間違っている」

 カメラ映像上は、カレンが瞬間移動したかのように消えている。ただ、それだけだとよくある事象の一つでしかない。不自然に消えたのか、カメラの記録レートの関係で、消えたように見えただけなのかが知りたいのだ。佐倉は繰り返し画像を見たが、宝仙寺家の者に解析を依頼することにした。

 佐倉が帰り支度を整え保健室を出た時、背後から呼び止められた。

「綾先生?」

 陽は落ち、廊下は暗く白衣だけが浮いているように見える。

「ちょうど良かった。すこし時間ありますか」

「……」

 佐倉は無言で身構えた。

「警戒してます? 大丈夫ですよ。ちょっと落ち着いた場所で話したかったんですが、ここで話しましょう。誰もいないようだし」

 綾先生が一歩踏み出す度、佐倉も同じだけ距離を取った。

「はあ…… 例えばですよ。スキンヘッドで、サングラスを掛けた男がいます。その人は悪人でしょうか?」

 佐倉は首を横に振る。

「じゃあ、白衣を着た男が学校を歩いていたら? その人は悪い人ですか?」

 佐倉は同じように首を横に振る。

「じゃ、これは?」

 そう言って綾先生は自らの鼻を指差す。

「悪い人ですか?」

「……」

 佐倉は首を横にも縦にも動かさない。必死に警戒を続けている。

「はぁ…… まあいい。()(みち)なるようにしかならないですから」

 綾先生が人差し指を立てた。

「所詮、一人では勝てないんです。天摩くん一人ではね。だから、いろんな人の助けを借りなければならないんですよ。それが出来るのはこちらにいるあなたしかいない。わかりますか?」

「……」

「ミツバチに集めさせていた蜜を、女王蜂が受け取る前に横取りしている蜂がいます。横取りがバレたら、その蜂は女王に殺される。そうおもいませんか?」

「何のたとえか、儂にはわからんが」

「まあ、そこは良いです。さっきの話です。一人では勝てないこと。助けが必要なこと。それを出来るのはあなたしかいないこと。大切な話ですよ」

「だからそれは……」

「こっちも、いろいろバレる訳にはいかないんで。これ以上は考えてください」

 廊下の灯りが、途切れるように消えて、去っていく綾先生の姿がストップモーションのように見せている。

 点いたり消えたりする灯りが、正常に戻ると、綾先生の姿は見えなくなっていた。

 佐倉は目を擦ってみた。

 綾先生が進んだ方向は、途中に横に曲がる場所はない。角まで行くにはまだ距離があったはずだ。故障した廊下の灯りに紛れて、姿を消した、そうとしか思えなかった。綾先生の、その力があればカメラに映らず、晶紀達をどこかに連れ去ることが出来るだろう。佐倉はそう考えた。

 もしそうだとしたら……

 確かに自分一人の力では綾先生と戦うことはできない。

 もっと力を集めないと綾先生と戦う以前に、晶紀を助けることも出来ないだろう。

 佐倉は今まで会った生徒達の力を借りることを決意した。




 綾先生が去っていってから、しばらくすると寝ていた昭島カレンが目を覚ました。

 二人は壁に背を預けて並んで座り、晶紀は分かるだけの現状をカレンに話した。

「つまり、ここがどこかわからないと……」

 晶紀はうなずく。

「カレンさんが何か知っていることはないですか」

「気を失う前、あなたと…… あなたと…… あれ?」

 カレンは頭を押さえる。

「頭が痛い。思いだせない。ここまで出てるのに」

 晶紀は、自らが覚えていないようにカレンも直前の記憶を消されていると考えた。

「大丈夫です」

 敵は晶紀と同じように霊力を使って術を使える連中だ。証拠になるような記憶を残しておくわけがない。晶紀は扉の方をにらんだ。

 その時『ぎゅるるる』と大きな音がした。

 カレンは頭を押さえていた手をお腹に当て、言った。

「恥ずかしい…… けど、なんか滅茶苦茶お腹空いてるのよね」

「……」

 カレンの様子を見て、晶紀は思った。もしかしたら、カレンは佐倉と同じように霊力を補充し、癒してくれる力を持っているのかもしれない。その力が、重なって寝ていた時に発動されたせいで、自分は元気で、カレンはお腹が空いているのではないか。

 ドン、と扉から音がした。

 二人は壁に背中を当てながら、ゆっくりと立ち上がり、扉から離れるように移動する。

 カチャカチャと、金属音がすると、今度は鍵がいたように音がした。

 誰か来る。二人は顔を見合わせてから、扉に注目した。

 扉が開くと扉の半分より低いぐらいの背の高さの男が現れた。

 刑務官なのだろうか。天辺が平らな帽子、仰々しいジャケットにズボンをはいている。ジャケットは、サイズが合っていないのか、膝のあたりまで伸びていた。

 上着のせいで見づらいが、腰には大きな金属製の輪を下げ、そこには沢山の鍵がついて音を立てている。

 髪はぼさぼさで肩まで伸びていた。その髪の間から見える顔は皺だらけ…… ではなく、氷が溶け、垂れたように肌が変質して波のように重なっていた。パッと見、それが皺のように見えたのだろう。

 男は、ニヤリと笑った。

「捕まった、捕まった」

 そう言うと、部屋の中に入ってきた。

「大きい、大きい、胸、大きい」

 男はカレンの方に近づいてくる。人差し指を伸ばし、カレンの胸に触れようとする。カレンは慌てて避ける。

「何するの!」

 晶紀は男の手を掴んで、払う。

 体のバランスを崩して体が独楽のようにクルクルと回り、扉の方まで戻ってしまった。

「小さい、小さい。お前は小さい」

 男は晶紀を指で差しながら言った。

「お前の方が背は小さいだろうが」

 晶紀が言うと、男は両目のまぶたの下を、それぞれ指で押し下げると、舌を出し両目で『あっかんべー』をした。

「食事やらない、やらないぞ。やらないぞ。食えない、食えない、ざまあみろ」

 向きになって怒る男の姿を見て、晶紀は逆に冷静になった。

 この男が持っている鍵のどれかが、この足枷を外す鍵になっているのではないか。だとしたら、なんとかして、こいつの機嫌を取ってもう一度こっちに来させて、鍵束を奪えばいいのではないか。簡単に男の手を掴めたし、ちょっと手を払っただけで扉の方まで行ってしまうのだ。近づけば鍵など簡単に奪えるだろう。

「ごめんなさい。お腹空いているの。食べ物をちょうだい」

「小さい、小さい、お前は小さい」

「ごめんなさい。あやまるから、ご飯を食べさせてよ」

 食事を持ってくる時に部屋に入ってきたら、そこを捕まえる。晶紀は少しずつ扉の方に進んでいった。

「謝っても、謝っても、駄目。駄目だ」

 意地を張ってしまった。晶紀は考える。体側(たいそく)から腕を真ん中に寄せて見せた。

「じゃあ、触ってもいいよ」

「!」

 その小さな男の様子が明らかに変わった。

 視線が晶紀の胸に向かっているのが分かる。

 唾を飲み込んだ後、いきなり髪を振り回すように首を横に振った。

「小さい、小さい。お前は小さい。そっち、そっち。そっちならいいぞ」

 男の視線を追うまでもなく、それはカレンの大きな胸のことを意味していた。

 カレンの口元が歪み、助けを求めるように晶紀を見つめる。

 カレンに作戦を伝える時間はない。両手を合わせて謝るように頭を下げる。

 それを見て、カレンは自身を抱きしめるようにしていた腕を開き、体側に沿わせた。

「……い、いいよ」

 うつむいた顔。すこし下がったメガネの上の方からの視線。苦痛にたえるように震える体。

 カレンのそれらの様子が、扉の外の男の何かを刺激した。

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