19
暗い校庭の真ん中。
晶紀とカレンは、十字架に縛られていた。
カレンは気を失ったままであり、晶紀は児玉、綾の両先生が見せる映像を見ていた。
表面上は。
晶紀の一番の関心事は、少し離れたところにあるバックパックだった。ただのバックパックではない。奪われた晶紀の神楽鈴が入っているのだ。
それさえ手に入れば。
この十字架でさえ武器として、児玉を、綾を倒すのに。晶紀はそう考えていた。何か見えない力を働かせ、神楽鈴を宙に浮かせ、自分の手元に戻したい。そんなことを考えていた。
一方、児玉と綾は、空間に映し出した映像に夢中だった。
空間には、『鉄鼠』という鼠が変化した『鼠男』と、晶紀の仲間である佐倉達とが、教室内で戦う様子が映し出されている。
鼠男は、小泉メアリーと新月鏡水の二人を先頭不能とし、戦かう能力を持った最後の一人、阿部真琴を倒す寸前、阿部の操るリボンを首に巻かれてしまったのだった。
「まずい、首にリボンを巻き付けられたぞ」
児玉先生が、言いながら綾先生の尻を蹴る。
そのまま阿部がリボンを引けば、首が締まって『鼠男』が死ぬ。
「リボンを外すんだ!」
綾先生も夢中になって叫ぶ、しかし鼠男にはその言葉は届かない。
無常にも首に巻きつけられたリボンは締まっていき、首から上、大きな鼠の形をした頭が『ごろり』と床に落ちていく。
「あーーー!」
児玉先生は綾先生の胸倉をつかんで、揺すった。
綾先生は、映像をしっかり見て、言った。
「大丈夫でした。間に合いました」
「何を言っている?」
綾先生は、児玉先生の手を外し、映像を説明した。
「ほら、ここ、リボンで切られた首の断面」
「鼠がいるな」
「そうです。この『鼠男』を構成する元の『鉄鼠』です。本当に首を斬られたのなら、ここはただ真っすぐな肌色になっていた」
「もっとはっきり言え」
「切られたのではなく、鼠達の意思で分離したんです」
綾先生の説明を、児玉先生はまだ理解していないようだった。
「……だから?」
「やられたわけじゃない」
「じゃあ、早く反撃しなさい」
「もちろんです」
綾先生はブツブツと口で呪文を唱えながら、指を組み合わせる。
すると、床に落ちた大きな灰色の鼠が小さな『鉄鼠』一匹一匹に分解された。
小さくなった鼠達は、元の『鼠男』の体を駆け上っていく。
そして再び首の上で組み上がると、各々の鼠の肌が溶けるように一体化し、灰色の大きな鼠の形を成した。
「行けっ!」
児玉先生が言うと『鼠男』は再び股間を弄り始めた。
「……」
児玉は映像を見て言葉失うと、綾先生の頭に手を乗せた。
「どうしましたか、児玉先生」
頭の上に乗せた手を、握り込んで、グリグリ押し付ける。
「痛い痛い……」
「なんでこの鼠の攻撃は単調なんだ。もっとましな攻撃はないのか」
「反撃できなくすれば、後はなんとでもなりますので」
綾先生はそう反論したが、映像を見つめる表情は不安げだった。
児玉先生は理解しているかどうかわからないが、男と言うのはそうなんども『アレ』を射出出来ないのだ。綾先生は考える。もうすでにこの短時間の間に四回している。自然と発射されただけではなく、自らの手で絞りだしての四回だ。さすがに溜める時間が必要ではないのか。
綾先生が心配した通り、映像に映る『鼠男』の股間は元気がない。
「まずい」
新しい刺激でもあれば別だが、このままではリボンの女に倒されてしまう。綾先生は、後に残した鼠達に新しい本を持ってくるよう、指を組み合わせ、呪文を読み始めた。
が、反応がおかしい。綾先生は手を止め、映像を見つめる。
「……」
綾先生の様子に気付いた児玉が問う。
「何があった」
「後続の『鉄鼠』からの反応がありません」
「やられたとでもいうのか」
綾先生は知っていた。後続の鼠達は、大蛇に変化して晶紀を追ってきた連中の別部隊と戦っていた。しかし、児玉にそれを伝えなかった。
「わかりません。急がせます」
綾先生は、全く意味のない指の組み合わせと、意味のない呪文を唱えた。
児玉先生は綾先生には目もくれず、表示されている鼠男に向かって叱咤していた。




