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 知世は精神を集中して、竹刀に稲妻のような、光る刃を作り出した。

 空間に浮く無数の手に向かって、竹刀を振るう。

 しかし、かなえの振る竹刀とは違い、速度が遅い。浮いている悪霊の手は、難なくそれを避けてしまう。

 知世は、石原を振り返る。石原は、怖いのか、まだかなり後ろにいる。

「石原さん!」

 知世は呼びかけると、慣れない竹刀の扱いに苦労しながら、必死に振り戻した。

 浮いた手が逃げた先に向かい、竹刀を振るう。

 どれか一つでもあたりそうな程数があるにも関わらず、ことごとく避けられてしまった。

 石原さんが、この手の動きを止めてくれれば…… 知世は、石原を振り返る。

 何度も振っている内に、竹刀の光は消え、振る速度はさらに低下した。

「やっぱりだめか……」

 肩で息をしている知世は、目を閉じて集中し、竹刀に光を灯した。

 そして目を開くと、

「石原さん! お願いだから!」

 と言った。石原は、

「無理、無理、怖いの」

 目を伏せ、耳を手で覆い、見るのも、聞くのも拒否しているようだった。

 仲井すずが、それを見てずかずかと近づいていく。

「言ってる場合じゃないって」

 すずが後ろから石原を抱きしめる。

「えっ、ちょっと」

「大丈夫だって。怖くない。怖くないからさ」

 すずの大きな胸が押し当てられると、石原は目を開いた。

 この感触…… 不思議と石原の頭には母のことが浮かんできた。


 石原は幼いころから一人で寝ていた。

 一人で寝ていると、よく夢を見る。

 見るのはいい夢ではなく、怖い夢ばかりだった。

 夜中に目を覚ましては、母を起こした。

『みなみ。みなみ。いいんだよ。そんなのママだって怖いもの。怖くなったらママのところにおいで』

 どんな夢で、何を怖がっていたのかは思い出せない。

 母の胸のぬくもりと、匂い。

 母に抱きしめられたそこは、温かく柔らかで、心地いい世界があった。

 安心と幸せ、そこから次の力が湧いてくる。

 大丈夫。私はもう大丈夫。一人で寝れる。


 すずは、石原を抱きかかえて、防戦一方になっている知世の傍につれていく。

「石原っ」

 すずが石原を下ろすと、石原は目を開いた。

「止まって!」

 知世は浮遊している手が止まる前のタイミングで、竹刀に力を込める。

 石原の力で、浮遊している悪霊の手が止まる。

 かなえの太刀筋には遠く及ばないが、竹刀の先は空間に綺麗な跡を残した。

 竹刀の光が悪霊の手を破壊し、手が消えていく時に光るせいで、竹刀の残像のように空間を照らす。

 山口あきなの手足を掴んでいた手も、知世の竹刀で消え落ちていく。

 あきなの体は、ゆっくりと床に足がついたが、眠っているように力が入らず、そのまま膝をついて倒れてしまう。

 最後の手を斬りつけると、知世も床に膝をついてしまった。

「ふう」

 悪霊が操っていたすべての手を切った。消え去っていく時の光も消えていくと、廊下が暗くなったかのように思えた。

「やっ……」

 すずが言いかけると、それを追い越すように喜ぶ声がする。

「やった!」

 石原は、飛び上がって喜んだ。

 モデルでクールな印象の石原が、人が変わったように全身で喜びを表している。

 それを横目で見ながら、すずは目を覚ました木村かなえを抱き起した。

「やったのね」

「石原と宝仙寺の二人で」

 かなえは手元に竹刀がないことに気付き、

「私の竹刀を使ったの?」

「ああ」

 すずは、どこかさみしい表情だった。

「どうしてそんな顔をするんだ」

「だって……」

 すずは一瞬、言うの躊躇ったが、言葉をつづけた。

「私だけなんか『能力』ないし」

「すずは皆に力を与えているんだぞ」

「えっ?」

「ハイタッチした時から少し考えていて、こうして『すず』に触られて確信したよ。すずはきっと佐倉先生と同じような『癒し』の力があるんだ」

「またまた、おだてるの上手だね」

 すずはそう言って笑いとばした。

 悪霊に捕まっていた山口あきなを介抱している知世や美波の方に行ってしまった。

 癒しの力は、君の能力なんだよ。かなえはそう確信した。

 皆で仲良く微笑む姿を見て、ぼそりと言う。

「……本当のことだよ」




 晶紀は児玉先生の術で空間に浮かんだ映像を見ている。

 無数の鼠の群れ。学校の廊下を進んでいる。

 児玉先生と綾先生が言っていた『鉄鼠』とかいう鼠が送ってくる映像なのだろう。それと児玉先生は『仲間の最後をここで見せてやる』と言った。仲間。つまり、知世や佐倉先生がここに乗り込んできたということか。佐倉先生はともかく、知世を危険な目に合わせてしまったのなら、胸が痛む。

 映像は教室の中に移っていく。

 床に転がってくる鉄の輪で、鼠が消えていく。

 鉄の輪は、ワイヤーを巻いて制服の女の子の手に戻っていく。

「小泉?」

 晶紀は思わず声を上げていた。

 ヨーヨーを使っていることもそうだが、この空間に小泉が乗り込んでいることに驚いた。転校初日に、足を引っかけるように指示した小泉が。私を助けにきた…… 驚愕すると同時に感激で涙があふれてきた。

 鼠は後退を始める。

 ヨーヨーの攻撃の他に、リボンが叩きつけられて鼠が消えている。

「阿部さんも……」

 鼠が、向きを変える時に机の上を見て、他にいる二人を映した。佐倉と新月に違いない。そうか。晶紀は考えた。どうやってここへ来たのかはわからないが、佐倉は『戦える連中』を選別して乗り込んできたのだろう。

「こら」

 児玉先生が、白衣を着た綾先生の尻を蹴り飛ばした。

「鉄鼠が弱すぎるぞ。数を増やすか戦い方を練り直せ」

 叩かれた尻を片手で押さえながら、

「一度撤収し、組み立て直します」

 そう言うと、また両手の指を組み合わせて呪文を唱えた。

「早くしろ」

 教室から逃げ去っていく映像が映る。

 後方から、追いかけてくる小泉と阿部の声が聞こえた。

 映像を見ていると、正面から本を背に載せた鼠が集団でやってくる。

 鼠達がとびかかるように本にかじりついていく。

 かじった鼠は立ち止まって、もう一度向きを変える。

 本をかじった鼠は、複数の鼠が、重なり、組み合い、山のように高くなった。

 鼠の足の間や鼠同士の体の隙間は、鼠の体が溶けて埋まっていく。

 鼠同士が溶けてくっつき、大きな鼠が出来上がったかと思うと、その大鼠は上昇して映らなくなった。

 最初に出来た大きな鼠を、下から押し上げていくのは、肌色をした肉塊だった。

 最終的に足が映ったところで、鼠の合体ショーは終わった。

 肌色の肉体が歩を進めると、次第に合体した鼠全体が画面に入ってくる。

 人のような肌色の足、尻、腰、腕、肩、首…… その上は鼠の毛で覆われた大きな鼠だった。

 頭がまるごと一匹の鼠、となっている『裸の人間』の後ろ姿。

 後頭部にあたる部分にある尻尾がピッと立ち上がる。

 そして、映像を捉えている鼠に振り向くかのように体を向けた。

「!」

 晶紀はその映像を見て、言葉を失ってしまった。

 男。ピンク色の裸の人間は、男性、女性の区別を言うと男、『成人男性』だった。振り返った時にその…… 股間のある部分が…… 晶紀は子供の頃の記憶を手繰っても父のそれの記憶はなかったから、初めてものを見たと思われた。

「なんだこの姿は?」

 言うと同時に、児玉先生は綾先生のお尻を指し棒で叩いた。

「よくわかりませんが、対女子形態(フォーム)といったところでしょうか。股間のものに目が行って、一瞬、対応が遅れることを狙っているかと」

「ふん。とにかく早くやってしまえ」

 鉄鼠が変化した『鼠男』は逆襲を始めた。

 阿部が金切り声をあげ『キモイ』を連呼する。

 小泉は、チラチラと振り返りながら、逃げていく。

 鼠男は特に攻撃を仕掛けるわけでもなく、ゆっくりと肩を揺らすようにゆっくり歩いていく。

 教室に阿部と小泉が逃げ込むと、鼠男は押し開けようとしたのか、教室の扉の上の小窓に頭を突っ込んだ。

 ガラスが割れて落ちる音がする。

 鼠男はバタバタと手足を動かして、扉を押し込んでいく。

 そしてついに扉を外し、床に扉を倒してしまった。

 佐倉の叫び声が響き渡る。

「つかみはOKと言ったところでしょうか」

 綾先生が言うと、児玉先生が首をかしげる。

「つかみなどいらんのだが……」

 空間に映った映像は鼠男の尻がズームアップされていく。

「このカメラワークもふざけすぎだ」

 私を笑わせたいのだろうか。晶紀は二人の先生のやり取りに疑問を感じていた。




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