14
校庭の真ん中。
四つん這いになっている綾先生。
綾先生の背中に腰かけている児玉先生が、足を組み替える。
組み替える時、赤いピンヒールの靴が高く跳ね上がる。
黒い、目の大きな網タイツとその下の白い太ももがなまめかしい。赤くタイトなスカート、胸元が大きく開いた黒い上着。
いつもの学校で見る児玉先生とは真反対の恰好と言えた。
児玉は舌打ちし、口を開いた。
「おかしい。ちっとも燃え上がらないし、第一、カレンからも天摩からも霊力が上がって来ない」
晶紀は十字架に手足をくくりつけられ、隣の十字架に、昭島カレンが同じように縛り付けられていた。
児玉は晶紀を睨みつける。
「お前か……」
一度両足を上げ勢いをつけ、両手で強く綾先生を押し出しながら、児玉は立ち上がった。
両手で押し出された綾先生は、ごろりと倒れ、仰向けになる。
児玉は、どこからか差し棒を右手に持つと、左手の平を何度も叩いた。
「余計なことが出来ないよう、直接お前に罰を与えてやる」
人差し指と親指でつまむように差し棒を持つと、指揮者のようにそれを振り上げた。
「サンダーストラック」
ボソりと言ったその声に反応して、暗い夜空から雷が差し棒に落ちる。
落ちた雷を撃ち返すように差し棒を振ると、晶紀の胸に雷が入った。
「!」
激しい熱、痺れ、痛み。
晶紀は強い電撃を受けて、制服から焦げたような煙が上がっていた。
横目でカレンの足元を確認する。
『怨念の炎』は消え去っていた。
カレンの足元の炎を消す時間、無防備であった分、児玉からの雷の直撃を受ける時間が長くなってしまったのだ。
「雷は最短距離を走る…… つまり雷が胸に入ったということは、そんな胸でも、お前の体の中で一番出ている部分なのだな」
晶紀は、児玉先生や隣のカレンに比較すると胸が小さい。以前からそのことは気にはなっていたが、そんなことよりこれ以上カレンが責められなければ良いと思っていた。
「さあ、次はもっと強く、そして長くしてやる」
さきほどより、素早く差し棒を振り上げる。
晶紀は苦痛に耐えようと、瞼をギュッと閉じる。
「サンダー……」
綾先生が、晶紀と児玉先生の間に割って入ってくる。
「児玉先生、お待ちください」
「何事だ」
晶紀は薄目を開ける。
綾先生はタブレットを持って、児玉先生に見せている。
晶紀からはタブレットの画面は反対になっていて何を見せているのかまでは見えない。
「侵入者たちが、かなり侵攻してきました。いかがいたしましょう」
「どうせ大した霊力も無い連中など取るに足らん」
児玉が、綾先生をどかして前にでて、晶紀に再び雷を落とそうと構える。
「そうとも限りません。ご覧ください。個々に覚醒を始めているように思えます」
綾先生が再び周り込んで、タブレットを見せる。
「……」
児玉は差し棒で、左の手のひらを何度か叩いたのち、真上に差し棒を向けて止めた。
「図書館から鉄鼠を向かわせろ」
「はい。直ちに」
「ここに映せ」
児玉は、差し棒で空間に四角形を描くと、まるで透明なスクリーンのようになって映像が現れた。
何千、何万という鼠。
図書館の本を突き出た前歯で削り、喰らっている。
綾先生が、両手の指をテンポよく組み合わせてから、念じ、
「鉄鼠、校舎の侵入者を倒せ」
と言った。
空間に浮かぶスクリーンに映る鼠たちが、何かの声を聞いたように上を向き、鼻をヒクつかせると、同じ方向に走りだした。
児玉は晶紀に向かって言った。
「仲間の最後を、ここで見せてやる」
映像が切り替わると、激しく上下動する映像になった。
それは鼠の目に映った様子が映し出されているものだった。
「校舎の中まで、お前の力は及ぶまい。見ながら、たっぷりと汚れた霊力を作り出せ」
「遅いな」
佐倉が言った。
「今心配するなら、あの時、何故もっと強く止めなかったんです」
佐倉の力で回復した新月が、B棟の方を向いて言った。
「あきな自身が言ったように、一人で出来る可能性もまだある」
「失敗したみたいに言うなよ」
小泉がそう言った。新月もその言葉に頷いてから、
「黙って待っているのではなく、我々がB棟に迎えに行きましょう」
「だめだ。帰ってくるのと入れ違いになったら」
「せめて私一人で渡り廊下まででも見に行けば」
「これ以上、人数を分断するわけにはいかん」
「待っているだけじゃらちが……」
佐倉は新月の言葉を遮るように手で合図した。
「!」
教室の外から音がする。
あきなが、B棟を探査している連中を連れて戻って来たのか、と思い、皆黙って耳をすます。
よく聞くと、その音は人の足音ではない。
動物の鳴き声も混じっている。
小動物の鳴き声。
ただ、一匹や二匹ではない。
「ねずみ?」
新月が教室の扉を少し開けてしまった。
水がこぼれるように、扉の隙間から、小動物が入ってくる。
「ねずみ!」
足を噛まれると思った新月は、近くの机に飛び乗った。
「まだ入ってくるぞ」
小泉は近づいてくる鼠を蹴り飛ばすが、数が多すぎる。
佐倉と阿部は、新月と同じように机の上に乗った。
「これも霊なの?」
阿部の問いに、佐倉が答える。
「そうだ」
鼠は机を上がってこようとするが、机の板が鼠返しのような働きをして登ってこれない。
小泉は、鼠が多すぎて机まで動けず、下がって窓枠によじ登った。
「どうするんだよ」
佐倉は考えるように腕を組む。
黙り込んだ佐倉の代わりに、新月が言う。
「試しに踏みつぶしてみるか」
片足だけを机から出し、床に向かって下げ、鼠を狙って勢いよく踵を落とす。
「あれ?」
思ったよりも鼠の反応が速い。
新月の足はかすりもせず、空を切る。
それどころか足を止めたところに、鼠が跳ねて取り付いてきた。
震えるように足を振るが、全部を振り落とすには至らない。
「助けて……」
小泉がヨーヨーを構えるが、距離を考えて届かないと悟る。
阿部がリボンを振って、鼠に当てると、ほとんど抵抗なく鼠は消えていく。
「あれ? こいつら、弱いよ」
それを見て小泉も、床に向かってヨーヨーを振ると、床とヨーヨーに挟まれてあっさりと鼠が消えていく。
「なんだ。怖がる必要ないか」
小泉はヨーヨーを床の直上で空転させると、ワイヤーを操作して床に少しふれさせる。
すると回転するヨーヨーが床を走る。そのヨーヨーは光を放ちながら床を進み、触れた鼠を消し去っていく。
掃除機をかけたようにヨーヨーのライン上の鼠がいなくなる。
小泉はヨーヨーを手に戻すと、窓枠を伝って机のある方へ移動し、机に乗った。
「ほら、阿部も一緒にやるぞ。この床の鼠を片付けちまおう」
小泉がヨーヨーを、阿部がリボンを構えると、床の鼠は察知したように、開いた教室の扉から出て行く。
まるで時間を撒き戻したように見える。
「あっ、逃げた」
小泉は机を飛び降りると、阿部に手だけで合図する。
「追いかけるぞ」
新体操部の阿部も、しなやかに机の上を飛ぶように跳ねた後、小泉の後を追った。
小泉と阿部が出て行くと、佐倉が叫んだ。
「バカ、行くな! 相手は我々を分断することが目的なのかも……」
反応がなく、二人に声が届いたか分からなかった。
新月が机から降り、二人の出て行った扉に近づく。
「待て、行くな」
「……メアリー様」
すると、外から扉が開いた。
新月は反射的に言う。
「おかえりなさい、メアリー様」
「そこを退いて、早く教室に入れてくれ」
後ろで、阿部がバタバタと足踏みをしながら言う。
「キモイキモイ……」
新月が扉の前を空けると、二人は教室に飛び込んできた。
「閉めろ新月!」
意味も分からず慌てて扉閉める新月。
「何があったのじゃ」
「見りゃわかる」
新月が扉を開けて見ようとすると、阿部が止める。
「ダメダメ、開けちゃだめ」
「見なきゃわからないというし、開けてはいけないというし……」
その時、扉の外に影が映る。
大きな鼠の影。
「こ、これか」
大きさに驚く新月。
「デカい鼠だ」
「違う、それは鼠の姿をした頭だ」
「意味がわからな……」
扉のガラス部分が割れて、鼠の顔がそこから突き出てくる。
「新月、いったん下がれ!」
小泉はそう言うと、ヨーヨーを構えた。阿部もリボンを放つ態勢をとった。
ガラスに大きな鼠が顔を突っ込んだまま、扉が外れてしまう。鼠は扉を首にぶら下げた状態で、教室の中に入り込んだ。
新月の位置からは、扉の板で隠れている鼠の体が見えた。
「うぇっ……」
鼠が大きく口を開き、首を振ると、扉が床に落ちた。
教室にいる全員にその化け物の姿が現れた。
鼠。
頭は何十倍もの大きさであるものの、姿、形、色は鼠そのものだった。グレーの肌に、茶色の毛が生えている。頭があって胴があって尻尾が後頭部のあたりから、ぴょこんと上に突き出ている。
しかし、その頭を『鼠』だとして、その鼠の手足のあたりから下に出ているピンク色のものが、異常に膨れ上がって、さらに下に伸びている。
それは白い産毛が生えたピンク色の肉。手足のあたりから伸びた肉は、人の首のような形を作り、さらにその下に伸び、同じく人の肩や人の腕、胸、腹、腰、太もも、足と同じ形を生成していた。
肌色や毛色は首と同じで、ピンクで、まばらに白い産毛が生えている。
それだけでも気持ちは悪かったが、教室にいた全員が着目して気味悪がったのは股間だった。
鼠が形作った股間は、男性のものなのだ。
教室内に佐倉の叫び声が響き渡った。




