13
教室の中に入り、教室の探索を終えると、佐倉は疲労の見える小泉と新月を呼んだ。
「霊力が低下しているようじゃな」
机を寄せて二人を並べて寝かせると、横から佐倉が体を被せた。
二人のお腹をつなぐように佐倉の上体が乗った形だった。
小泉は腹をつぶされて言った。
「お、重いよ先生」
「……」
佐倉はただ、むっとした表情を見せる。
「けど…… なんか体が軽くなっていくようだ」
と新月が言った。新月の表情を見て、小泉も目を閉じて考えた。
「たしかに」
「二人の回復には少し時間が必要じゃ。皆も少し休むといい」
阿部真琴と、山口あきなは、それを聞いて、椅子に座った。
ふと、窓のほうに視線を向けた阿部は、座った瞬間に首をかしげて立ち上がった。
窓際に進むと、左右に体を動かし、隙間を探すように移動する。
あきなが声をかけた。
「何かあったの?」
阿部が振り返ると、手招きをした。あきなは窓際に行って、外を見る。
教室は二階にあり、窓から外を見ても木々の枝葉がじゃまして、大したものは見られなかった。
「何も……」
言いかけたとき、阿部があきなの腕を引いて、枝葉の隙間に誘導した。
「アッ!」
自身も思いがけず大声を出してしまったのか、あきなは口を手で押さえた。
小泉と佐倉が、あきなの見ている方に顔を向けるが、そこからは何も見えない。
「何、あれ。十字架?」
「うん。そう見えるよね」
「校庭に十字架が立ってる」
「なんだって?」
そういって佐倉が体を反らせた。
佐倉の体重が一点にかかったせいで、小泉が悲鳴を上げる。
しかし佐倉は小泉に謝ることもせず、慌てたように窓際へ進んだ。
そして二人が見ている場所から校庭を確認する。
木々の枝葉の隙間から、校庭が少し見える。
ちょうど校庭の中央付近だった。
「十字架。十字架に人がかけられている…… 晶紀と…… 昭島カレン?」
ああああ
「えっ、じゃあ、B棟を探査している知世達に連絡して、早く校庭に」
「……」
佐倉は何か考えるように指をあごに当てる。小泉と新月の霊力がすり減っている。このまま校庭に出て、敵が襲ってきたらどうする。いや、その前に渡り廊下でB棟の知世達に連絡を取るときに敵が出てきたら…… 小泉と新月の力が弱っていてはどちらも出来ない。
「まってくれ。二人の回復が先だ。まだ動ける状態ではない」
佐倉は起き上がろうとしている小泉と新月を手で押さえるようなしぐさをして、もう一度寝かせ、二人の上に重なった。
その様子を見ていた阿部が言った。
「そんな」
「こっちがやられては、助けることもできない。とにかく、いまは二人の様子を見ていてくれ」
阿部は振り返り、心配そうに窓の外を見つめるだけだった。
あきなは机に置いていた自分のカバンを手にすると、言った。
「連絡だけなら私一人でもできる」
あきなは教室を出ていこうと扉に向かう。
「待て! 今外に敵が出たら……」
「連絡だけなら、私一人でも大丈夫だって。知世達だって戦えているんだから、悪霊がでたら知世達にやっつけてもらう」
佐倉は引き止めるかのように手を伸ばす。
しかし、山口あきなは扉を閉め、廊下を走っていってしまった。
「美波ちゃん!」
知世が言うと、石原は、ぎゅっと目を閉じて、こぶしに力を込める。
すると右、正面、左とかなえを取り囲むようにして、襲い掛かってきた制服の悪霊が、静止してしまう。
「知世頼む」
かなえの声で、知世は頭に『竹刀が霊光を放ち破壊力が増す』イメージを浮かべる。
かなえが構えた竹刀がオーラをまとったように光を放つ。
「いけぇ!」
すずが叫ぶと、かなえが横一線に竹刀を振り切ると、三体の悪霊が上下に切断される。
切断された悪霊は、粒子状に分解され、粒子の一つ一つが光りながら消えていった。
「イエィ!」
すずが『かなえ』、知世、石原と、順番にハイタッチして回る。
ただそれだけのことなのに、四人とも気分が楽になり、体がすこし軽くなった。
「?」
石原が、何かに気づいたように周りを見回す。
「どうしたのですか?」
知世が石原の様子を見て、声をかけた。
「いま、山口さんの声が聞こえたような」
「えっ、もしかして、晶紀さんが見つかったのでしょうか」
「だとしたら、渡り廊下のほうだろう」
かなえは指さした。
全員が顔を見合わせ、うなずくと渡り廊下へと走りだした。
渡り廊下の端にたどり着くが、あきなの姿は見えない。
「姿も、声もしないな」
かなえがそう言うと、石原は両手を握りしめて訴えた。
「うそじゃないよ。確かにさっき……」
「石原さんを疑っていませんよ。かなえは、事実を確認しているだけですから気になさらないで」
仲井すずが渡り廊下に何か見つけ、手に取る。
「これ、山口のカバンじゃないのか?」
「そのぺしゃんこ具合、間違いありませんわ」
「! 」
石原には声が聞こえた。そして今来た道を振り返った。
石原の、ただ息をのむような声が漏れ出て、他の三人も振り返る。
「山口さん」
振り返った知世が見たものは、暗い空間に浮かぶような、山口の姿だった。
山口の腕も足は見えず、ただ上半身だけが浮いているように見える。
明かりがついていたはずなのに、なぜ暗いのか。山口の周りの様子を見て、知世はやっと気が付いた。
「あ、悪霊に……」
「山口さん、食べられちゃう」
石原は指をさした。
通ってきた廊下が黒い霧で覆われていた。霧の後ろから、山口の手足を引っ張るように、つるしあげている。黒い霧で、通路の明かりが遮られているせいで、闇に浮かんでいるよう見えたのだ。
「山口さん! !」
知世が呼びかけると、あきなは目を開いた。
「今助けるから」
山口の上半身に、知世が飛びつくようにしてつかまえる。そして引き抜くようにして引っ張ったが、びくともしない。
「痛い……」
「がまんして」
かなえが廊下を覆う霧に向かって竹刀を突いてみる。何も手ごたえがない。
「なんだ? 何もない。何が山口を吊り下げているんだ」
「痛い、ヤメテ、腕が折れる」
知世は力を緩め、後ろに下がってしまう。
黒い霧の中にうごめくものを見た。
「かなえ、山口さんを引っ張っている手が見えました」
「手?」
今、かなえが霧の一番近くにいるはずなのに、知世に見えたものが見えていない。かなえは何度も竹刀を突いたり、振ったりするが、手ごたえがない。
「かなえ、危ない! 霧が動いてきているわ」
あっという間にかなえは霧に飲まれてしまう。
「かなえ!」
あきなの瞳が、紫に光った。
「かなえッ!」
あきなの口が開く。
『うるさい。騒がずとも、今、返してやる』
明らかにピッチがズレて、『ケロ声』になっている。まるで合成音声のようだった。
山口の足元に、竹刀が転がり出た。
続けて、坂を転がってきたかのように、転がりながら『かなえ』が出てくる。
「かなえ」
知世が駆け寄り、抱き寄せる。
かなえは気を失っていて、目を閉じている。
顔は、殴られたようにあちこちが赤くなっている。
普段、どれだけやられても絶対に手から離さない竹刀が、先に転がり出てきている。知世は『かなえ』が相当なダメージを受けているに違いない、と思った。
「許さない」
知世が言うと、あきなはまた口を開いた。視線はどこか遠くを見ている。
『お前に倒せる訳がないだろう』
「……」
知世は考えた。
無策で突っ込んで行ったら『かなえ』と同じ目に合う。せめて霧が晴れれば、この悪霊の正体が分かれば対応が出来るのに。
その時、すずが言った。
「いいこと思いついた」
すずは、赤い盤の前に立って、扉を開いた。
ボタンを押して、ホースを伸ばし、黒い霧に向けて構える。
「知世、『かなえ』と一緒に横に避けて」
強烈な放水が始まった。
水が当たった部分から、霧が抜けるように晴れていく。
『な、何をする……』
あきなにも水が掛かり、びしょ濡れになった。
霧が水を浴びて晴れていくと、悪霊の姿が見えてきた。
空間に浮いた無数の腕。
黒い霧の中に引き込み、霧で相手の視覚を奪っておいて、様々な方向から拳で殴っていたのだ。
後は……
「見えてしまえば、なんとかなるだろ、知世!」
すずが言った。そして放水を止めた。
「石原さん手伝って!」
知世は『かなえ』の竹刀を手に取って無数の腕に立ち向かっていった。




