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 バラバラのパーツから、再び組みあがった制服の悪霊の口は、あざ笑うようにゆがんだ。

 かなえは竹刀を構えたまま右に回りこみながら言う。

「今度こそ」

 仲井すずが知世の肩に手をかけた。

「無理だろ。さっきから、まともに当たってない」

「木村さんも疲れてきているみたいだし」

 石原美波は、かなえの首筋に流れる汗を見ていた。

 知世は二人が言うことはもっともだと思ったが、どうやって解決すればいいのか思いつかなかった。

「……」

 私たちはなぜこんな組み合わせでB棟の探索を任されたのか。知世はそこから考えるべきだと思った。攻撃できる技を持った人は『かなえ』ひとり。A棟を探査する人たちは佐倉先生以外、全員なんらか武器が使えることが『確定』していた。

『私たちは一人一人、ここに来た意味がある』

 山口あきなが言って、佐倉先生も肯定していた。

 だから、それが見つかっていない私や、仲井さん、石原さんにもあるはずだ。知世はそう考えた。

「ねぇ、私たちも何か」

「どうしろっていうんだ」

 と仲井が言うと、

「私の机には何もはいっていませんでした」

 石原はそう言った

「わ、(わたくし)にも分かりませんけれど、私を含めてきっと何か……」

 かなえの竹刀を悪霊が受け止め、そのまま押し返している。

 ずるずる後退するかなえは、耐え切れずに、体をひねってしまう。

 力の軸をズラされた悪霊が、勢いよく知世達三人のほうに飛び込んできた。

「危ない!」

 知世の声に石原が振り返る。

「いやっ!」

 石原が、目を閉じ、大きな声を出す。

「!」

 同時に、激しい振動が起こった。

 三人の近くにあった教室のガラス、廊下のガラスが割れた。

 風が起こったような感覚はあるが、ガラスは下に落ちただけだったし、誰の髪もなびいていない。

 ただ、悪霊だけは、しびれたように空間に固定されたように止まってしまった。

「なに、今の」

 仲井がたずねるが、誰も答えを持っていない。

 知世は状況を判断して『かなえ』に言う。

「今、切って、あの時みたいに」

 知世の頭の中に『かなえ』の竹刀が、晶紀の神楽鈴の剣のように白く光り、悪霊を切り裂く姿が思い起こされた。ついさっき、かなえに備わったのではないか、と思われる力のことだった。

 三人が悪霊から離れると、かなえが飛び込むように入って竹刀を振るう。

 知世のイメージの通り、かなえの竹刀が一直線に白く光った。

 止まったままの悪霊は竹刀で切り離されると、粉々になって、粒子は光ながら消えていった。

「さっきの、光る竹刀。かなえ、すごいよ」

 知世はそう言うが、かなえは否定した。

「違う」

 首を横に振って、言葉を続ける。

「何度もこれを使おうと思ったけど、できなかった。何か違うんだよ」

「……」

「知世。この光る剣は、お前の力じゃないのか」

「えっ? なぜそんなことが、私はただ見ていただけですわ」

「……」

 かなえは知世を見つめながら、黙り込んでしまった。

 仲井が慌てたように口を開く。

「それより、悪霊の動きを止めたのはなんなんだ。もしかして、石原さん? 石原さんの力じゃないのか」

「そ、そうですわ。きっとあの『いやっ!』とおっしゃったのがきっかけではないかしら」

 知世が言うと、石原は涙ぐんだ目をこすりながら言った。

「わからないけど、もうあんな怖い目にあうのはいや」

 仲井が石原を抱き寄せ、頭をなでて落ち着かせ、

「とにかく、これで探索が進むな」

 と言った。

「B棟の探査を終わらせられれば、A棟の方々に合流できます。そうすれば『かなえ』ばっかり戦わなくてもよくなりますわ」

 知世が言うと、皆がうなずいた。




「つまり、こっちの霊力の方が結果として強い力を生み出せるってことだな」

 綾先生が言い終えたとき、晶紀は強い霊力の存在を背後に感じた。

 直後、綾先生はグランドから立ち上る雷を浴び、倒れた。

「!」

 綾先生は痙攣したからだを抑え込みながら、必死に立ち上がる。

「す、すみません……」

「愚かな悪党は自らの手の内をバラしたがる。しかも自慢気(じまんげ)にな」

 言いながら児玉先生が姿を現し、立ち上がったばかりの綾先生の足をかけて倒すと、その頭をピンヒールで踏みつけた。

「準備ができたら、さっさと伝えに来ぬか」

「すみません」

 声を出すために頭を上げるも、言い終わると同時にまた踏みつけられる。

「すみませんで済むか。何度目だ。まったく」

 返事をしようと頭を上げようと力を入れるが、児玉先生の足が何度も押し返し、顔に傷がついていく。

 何度かやった後、気が済んだのか足の力を緩めた。

 綾先生は声を出して謝った。

 児玉先生はそれを無視して、晶紀のほうに進んでいく。

「ふん。さて。さっそく、こいつらの処理をしよう」

 そういって、胸の前で手を合わせると、何か、小さく光るものが手の中で生まれた。

 手の間にできた、紫色に光るボールのようなものが次第に大きくなっていき、両手で抑えるように力が入っているのが見てわかる。

 先生の頭ほどの大きさになったとき、晶紀に言う。

「この『怨念の炎』でお前らを焼いてやる。焼いてやるが、まず、お前を直接焼くか、先にこっちから焼くか。さあ。どっちがいい?」

 晶紀は視線や考えを読まれないよう、目を閉じた。

「やるならやれ」

 児玉先生が突然、大きな声で笑った。

 笑い声を聞いて晶紀が目を開けて睨み返すと、先生は言った。

「わかりやすいな」

 手で光る怨念の炎を抱えながら、カレンのほうに移動していく。

「こっちを先に焼く方が、自分を焼かれるより辛いんだな。わかったよ」

 寝ているカレンを眺めるように見回した後、

「この女も晶紀のせいで先に焼かれれば、怨念の炎もより激しく燃え上がるだろう」

 晶紀はなぜすぐ殺すのではなく、十字架に縛りつけ、怨念の炎で燃そうとしているのか、理由に気づいた。

 それは綾先生が言っていたことだった。

 『清冽な霊力』と『汚れた霊力』のことだった。

 やつら『公文屋』の一味は、『汚れた霊力』を必要としている。

 だから、ただカレンと晶紀を殺すのではなく、『汚れた霊力』を引き出しながら殺そうとしているのだ。

 カレンが怨念の炎で燃えていくのを横で感じながら、自分自身が児玉先生を恨まずにいられるだろうか。恨みや憎しみを感じずに、平静を保てるのだろうか。出来ない。出来ないことを知っていて、先生はカレンを先に燃そうとしているのだ。カレンも私を恨むだろう。当然、その力も取り込もうとしている。

 先生が両手で抱えている怨念の炎を消さなければ…… 自らの『清冽な霊力』が『汚れた霊力』になり、敵の力になってしまう。

「こちらの目的に気づいたとしても、もう遅いわ」

 児玉先生は、カレンの足元に『怨念の炎』を落とした。

 紫色の炎が燃え上がり、カレンの足のあたりでゆらゆら揺れている。

 カレンはまだ目を覚ましていない。

 晶紀は考えた。綾先生はなぜ私にそんなことを考えさせたのだろう。どういう目的で行動しているのかを教えるのは、敵に塩を送るようなものだ。だが、綾先生は堂々とそれをしていた。だから児玉先生に踏みつけられた。

 晶紀はさらに考えた。綾先生が、他に何か言っていなかっただろうか。思い出せ。この場を乗り切るヒントになるはずだ。

「!」

 確か、ここに十字架を立てる前に言っていた。『神楽鈴を使えば、誰でもスーパーマンになれる訳じゃない』と。つまり神楽鈴に力が備わっているわけではなく、神楽鈴がなくとも力を発揮することができるはずなのだ。それはつまり、どういうことだろう。

 このままの恰好でも怨念の炎に対処することができるというのか。

 消すのか、それとも吹き飛ばすか。

 しかしこの状態で明らかな反抗をすれば、児玉先生にバレてしまう。バレれば十字架に縛られた状態は不利だ。

 炎の効果を気づかれないように無効化するしかない。

 晶紀は頭の中で、カレンの足元で燃える炎の温度を下げるようにイメージした。

 しかし、足元から立ち上る炎の長さは全く変わる様子がない。

 晶紀の表情がゆがむ。

 児玉はそれを見て笑いながら、言った。

「いい表情だな。お前のその顔を眺めながら、ゆっくりと燃え尽きるのを待つとするか」

 児玉は、綾先生を四つん這いにさせ、そこに腰かけ、足を組んだ。

 晶紀は必死に炎の温度を下げるように考えた。

 手ごたえがない。温度が下がっているのだろうか。

 晶紀はカレンのほうにある左手の人差し指と親指を擦ると、炎が無効化されていることを感じ取ることができた。

 しかし、表情に表してはいけない。児玉先生に気持ちを読まれてしまう。

 晶紀は必死の表情を変えず、力を『怨念の炎』に向け続けていた。




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