12
バラバラのパーツから、再び組みあがった制服の悪霊の口は、あざ笑うようにゆがんだ。
かなえは竹刀を構えたまま右に回りこみながら言う。
「今度こそ」
仲井すずが知世の肩に手をかけた。
「無理だろ。さっきから、まともに当たってない」
「木村さんも疲れてきているみたいだし」
石原美波は、かなえの首筋に流れる汗を見ていた。
知世は二人が言うことはもっともだと思ったが、どうやって解決すればいいのか思いつかなかった。
「……」
私たちはなぜこんな組み合わせでB棟の探索を任されたのか。知世はそこから考えるべきだと思った。攻撃できる技を持った人は『かなえ』ひとり。A棟を探査する人たちは佐倉先生以外、全員なんらか武器が使えることが『確定』していた。
『私たちは一人一人、ここに来た意味がある』
山口あきなが言って、佐倉先生も肯定していた。
だから、それが見つかっていない私や、仲井さん、石原さんにもあるはずだ。知世はそう考えた。
「ねぇ、私たちも何か」
「どうしろっていうんだ」
と仲井が言うと、
「私の机には何もはいっていませんでした」
石原はそう言った
「わ、私にも分かりませんけれど、私を含めてきっと何か……」
かなえの竹刀を悪霊が受け止め、そのまま押し返している。
ずるずる後退するかなえは、耐え切れずに、体をひねってしまう。
力の軸をズラされた悪霊が、勢いよく知世達三人のほうに飛び込んできた。
「危ない!」
知世の声に石原が振り返る。
「いやっ!」
石原が、目を閉じ、大きな声を出す。
「!」
同時に、激しい振動が起こった。
三人の近くにあった教室のガラス、廊下のガラスが割れた。
風が起こったような感覚はあるが、ガラスは下に落ちただけだったし、誰の髪もなびいていない。
ただ、悪霊だけは、しびれたように空間に固定されたように止まってしまった。
「なに、今の」
仲井がたずねるが、誰も答えを持っていない。
知世は状況を判断して『かなえ』に言う。
「今、切って、あの時みたいに」
知世の頭の中に『かなえ』の竹刀が、晶紀の神楽鈴の剣のように白く光り、悪霊を切り裂く姿が思い起こされた。ついさっき、かなえに備わったのではないか、と思われる力のことだった。
三人が悪霊から離れると、かなえが飛び込むように入って竹刀を振るう。
知世のイメージの通り、かなえの竹刀が一直線に白く光った。
止まったままの悪霊は竹刀で切り離されると、粉々になって、粒子は光ながら消えていった。
「さっきの、光る竹刀。かなえ、すごいよ」
知世はそう言うが、かなえは否定した。
「違う」
首を横に振って、言葉を続ける。
「何度もこれを使おうと思ったけど、できなかった。何か違うんだよ」
「……」
「知世。この光る剣は、お前の力じゃないのか」
「えっ? なぜそんなことが、私はただ見ていただけですわ」
「……」
かなえは知世を見つめながら、黙り込んでしまった。
仲井が慌てたように口を開く。
「それより、悪霊の動きを止めたのはなんなんだ。もしかして、石原さん? 石原さんの力じゃないのか」
「そ、そうですわ。きっとあの『いやっ!』とおっしゃったのがきっかけではないかしら」
知世が言うと、石原は涙ぐんだ目をこすりながら言った。
「わからないけど、もうあんな怖い目にあうのはいや」
仲井が石原を抱き寄せ、頭をなでて落ち着かせ、
「とにかく、これで探索が進むな」
と言った。
「B棟の探査を終わらせられれば、A棟の方々に合流できます。そうすれば『かなえ』ばっかり戦わなくてもよくなりますわ」
知世が言うと、皆がうなずいた。
「つまり、こっちの霊力の方が結果として強い力を生み出せるってことだな」
綾先生が言い終えたとき、晶紀は強い霊力の存在を背後に感じた。
直後、綾先生はグランドから立ち上る雷を浴び、倒れた。
「!」
綾先生は痙攣したからだを抑え込みながら、必死に立ち上がる。
「す、すみません……」
「愚かな悪党は自らの手の内をバラしたがる。しかも自慢気にな」
言いながら児玉先生が姿を現し、立ち上がったばかりの綾先生の足をかけて倒すと、その頭をピンヒールで踏みつけた。
「準備ができたら、さっさと伝えに来ぬか」
「すみません」
声を出すために頭を上げるも、言い終わると同時にまた踏みつけられる。
「すみませんで済むか。何度目だ。まったく」
返事をしようと頭を上げようと力を入れるが、児玉先生の足が何度も押し返し、顔に傷がついていく。
何度かやった後、気が済んだのか足の力を緩めた。
綾先生は声を出して謝った。
児玉先生はそれを無視して、晶紀のほうに進んでいく。
「ふん。さて。さっそく、こいつらの処理をしよう」
そういって、胸の前で手を合わせると、何か、小さく光るものが手の中で生まれた。
手の間にできた、紫色に光るボールのようなものが次第に大きくなっていき、両手で抑えるように力が入っているのが見てわかる。
先生の頭ほどの大きさになったとき、晶紀に言う。
「この『怨念の炎』でお前らを焼いてやる。焼いてやるが、まず、お前を直接焼くか、先にこっちから焼くか。さあ。どっちがいい?」
晶紀は視線や考えを読まれないよう、目を閉じた。
「やるならやれ」
児玉先生が突然、大きな声で笑った。
笑い声を聞いて晶紀が目を開けて睨み返すと、先生は言った。
「わかりやすいな」
手で光る怨念の炎を抱えながら、カレンのほうに移動していく。
「こっちを先に焼く方が、自分を焼かれるより辛いんだな。わかったよ」
寝ているカレンを眺めるように見回した後、
「この女も晶紀のせいで先に焼かれれば、怨念の炎もより激しく燃え上がるだろう」
晶紀はなぜすぐ殺すのではなく、十字架に縛りつけ、怨念の炎で燃そうとしているのか、理由に気づいた。
それは綾先生が言っていたことだった。
『清冽な霊力』と『汚れた霊力』のことだった。
やつら『公文屋』の一味は、『汚れた霊力』を必要としている。
だから、ただカレンと晶紀を殺すのではなく、『汚れた霊力』を引き出しながら殺そうとしているのだ。
カレンが怨念の炎で燃えていくのを横で感じながら、自分自身が児玉先生を恨まずにいられるだろうか。恨みや憎しみを感じずに、平静を保てるのだろうか。出来ない。出来ないことを知っていて、先生はカレンを先に燃そうとしているのだ。カレンも私を恨むだろう。当然、その力も取り込もうとしている。
先生が両手で抱えている怨念の炎を消さなければ…… 自らの『清冽な霊力』が『汚れた霊力』になり、敵の力になってしまう。
「こちらの目的に気づいたとしても、もう遅いわ」
児玉先生は、カレンの足元に『怨念の炎』を落とした。
紫色の炎が燃え上がり、カレンの足のあたりでゆらゆら揺れている。
カレンはまだ目を覚ましていない。
晶紀は考えた。綾先生はなぜ私にそんなことを考えさせたのだろう。どういう目的で行動しているのかを教えるのは、敵に塩を送るようなものだ。だが、綾先生は堂々とそれをしていた。だから児玉先生に踏みつけられた。
晶紀はさらに考えた。綾先生が、他に何か言っていなかっただろうか。思い出せ。この場を乗り切るヒントになるはずだ。
「!」
確か、ここに十字架を立てる前に言っていた。『神楽鈴を使えば、誰でもスーパーマンになれる訳じゃない』と。つまり神楽鈴に力が備わっているわけではなく、神楽鈴がなくとも力を発揮することができるはずなのだ。それはつまり、どういうことだろう。
このままの恰好でも怨念の炎に対処することができるというのか。
消すのか、それとも吹き飛ばすか。
しかしこの状態で明らかな反抗をすれば、児玉先生にバレてしまう。バレれば十字架に縛られた状態は不利だ。
炎の効果を気づかれないように無効化するしかない。
晶紀は頭の中で、カレンの足元で燃える炎の温度を下げるようにイメージした。
しかし、足元から立ち上る炎の長さは全く変わる様子がない。
晶紀の表情がゆがむ。
児玉はそれを見て笑いながら、言った。
「いい表情だな。お前のその顔を眺めながら、ゆっくりと燃え尽きるのを待つとするか」
児玉は、綾先生を四つん這いにさせ、そこに腰かけ、足を組んだ。
晶紀は必死に炎の温度を下げるように考えた。
手ごたえがない。温度が下がっているのだろうか。
晶紀はカレンのほうにある左手の人差し指と親指を擦ると、炎が無効化されていることを感じ取ることができた。
しかし、表情に表してはいけない。児玉先生に気持ちを読まれてしまう。
晶紀は必死の表情を変えず、力を『怨念の炎』に向け続けていた。




