魔女として追放された聖女〜私を追放したせいで戦争に負けたんですってね。ただ私は戻りませんわ、隣国の王妃として幸せになるので〜
「聖女イレーヌ様、祈りの時間です」
私の朝は毎日、この従者の声から始まる。
「わかりました……」
神からの加護を受け、常人が持ちえない、特別な力を持った女性を聖女と言う。
私もその聖女の一人だ。
15のときに力を授かり、もう3年以上、この国で人々の病気やけがを治してきた。
ただ、人々が元気になった時の笑顔が好きで治癒を始めたのだが、最近うまく治せないことがある。
それに、目に見えて治癒速度が遅くなってきた。
「力を使いすぎたのかしら……」
このままだと全ての人を平等に助けられなくなる。
「もっと頑張らないと!」
すると突然ドアが開いた。
「祈りの前なのに悪いね、邪魔するよ」
低身長で小太りの中年。
そしてそこ体に似合わないほど煌びやかな王冠を頭にのせている。
「おはようございます、王よ」
私が丁寧に一礼して顔を上げると、隣に見たことのない女性がいた。
誰かしら?
「あの――」
「かしこまらなくていい。祈りの前に君の首に下がっているペンダントを見せてもらえるかな?」
私の発言にかぶせてそう言うと、王はゆっくりと私に近づいてきた。
「これですか……」
私はペンダントを外して王に見せた。
これは亡くなった母からもらったので、誰かに触らせるのはどうにも抵抗がある。
ただ王からの命令だ。
私に拒否権などない。
「どうぞ……」
「うん」
私が手渡すと、王はペンダントをろくに見もせずに隣の女性に渡した。
女性はルーペなどを使いまじまじとペンダントを観察すると、王に囁いた。
「間違いないですね。本物です」
え、なにが?
「そうか――、捕らえろ!」
私の疑問をよそに、王が右手をあげると、どこからともなく大量の兵士が湧いてきた。
天井、壁、床。
どうやったらそんなところにいられるんだという場所からわらわら出てくる。
そして、私が驚きのあまり固まっていると、たちまち組み伏されてしまった。
床に思いっきり押さえつけられたので、顔が痛い。
「ようやく見つけたぞ、魔女!」
王の声は先ほどと違い物凄く粗ぶっている。
魔女?
何のこと?
私は聖女よ。
「なにを言ってるかわからないという顔をしているな」
王はクックックと笑いながらそう言った。
「わかりませんわ! 私は主の加護を受けた聖女です。それを……、それを魔女なんて!」
私はただ、人々を治したいだけなのに。
「まあいい、魔女はみんなそう言う。いいか、このペンダントが魔女の動かぬ証拠なんだよ」
そう言ってさっき渡したペンダントを見せてくるが、私からしたら、母からもらったペンダントだ。
特別な力など何もない。
小さな石が付いただけのペンダントがどうして魔女の証拠になるの。
「いい加減諦めなさい、この国は私がもらい受けるって決めたの」
私が力なくペンダントを見つめていると、耳元で優しくそう囁かれた。
声の主はさっき王と一緒にいた女性だった。
もらい受ける?
どういうこと?
「そいつは北門から捨てておけ。あそこならすぐにくたばるだろう。肉体的にも精神的にもな」
また下品にクックックと笑うと、王は踵を返した。
まって、私は魔女なんかじゃない!
私はただ、病気やけがの人々が元気になる姿を見たかっただけなの。
お願い離して!
私の願いも虚しく、担がれて運ばれていく。
「では、聖女マギ。新聖女として国民への祈りをよろしくお願いします」
そうして私は、反論する間もなく、魔女として国から追放された。
◇
「なんで……、そんな……」
北門から放り出された後、私は大粒の涙をこぼしながらあてもなく歩いた。
母の形見も取り上げられたまま返ってこない。
泣き腫らしながら進んでいると、辺りから舐めるように見られているのがわかった。
非武装の少女が一人で歩いているのだ、いつ襲われてもおかしくない……。
ここにはもう人か獣か区別できないくらい変貌した人間が住んでいると言う噂だ。
物陰からはグェッヘッヘという粗暴な笑い声共に、汚らしい言葉が聞こえてくる。
「女だ……」
「女だな……」
「あれは高く売れるぞ」
「遊んで殺しちまおう」
もういやだわ!
こんなとこに居たくない!
これ以上あの汚い言葉を聴かないように耳を押さえながら駆け出すと、何かにぶつかった。
「キャっ!」
こんなところで立ち止まってなんかいたらなにされるかわからない。
「ごめんなさい」
形だけの謝罪の言葉を口にして、足早に去ろうとしたが、腕をつかまれた。
「なんですか!」
振り返ると、しわの全くないパリっと糊の効いた軍服姿の男性がいた。
「お待ちくださいお嬢さん。私の勘違いでなければ、貴女様は聖女で在らせられるイレーヌ様ですか?」
なぜ私のことを……。
いや、そんなことはどうでもいい、早くこの場から離れないと。
「知りません。離してください!」
振りほどこうとしても全く離れない。
「では、聖女様を探しているのですが、どこにいるかご存知ですか?」
なんで私のことを探すのよ。
「知りません! 王都に行けばなにかわかるんじゃないですか!」
なんですかこの人?
ずっと腕掴んでる……。
離して!
「失礼ながら、貴女様の格好が私の探している聖女様に似ているのですが」
そう言ってウォンテッドと書かれた紙を見せてきた。
そこには、ブロンズの長髪、金色の瞳、身長約140センチとまさに私のことを言っているかのような条件が並んでいた。
「いい加減離してください、私はもう関係ありません!」
「わかりました。ただ、この道を一人で歩いて行かれるのですか?」
そう言って男が指差す先には目が血走った獣のような男が何人もいた。
戦ったことのない私ですら、この状況がなにを意味するのか容易に想像できた。
このまま一人で行ったら確実に殺される……。
この男の戯れに付き合っていたせいで、いつの間にか包囲されていたんだろう。
「どうします、お嬢さん?」
男は満足そうな顔でそう私に尋ねてきた。
「安全なところまでお願いしますわ……」
この男の提案に乗るのは癪だが、今は身の安全の方が大切だ。
「では我々の祖国まで」
そう言って、手慣れた様子で私を抱えると、近くに止めてあった馬車に乗せられた。
上質なものを使っているのか、乗り心地は意外と悪くない。
なぜだろう眠くなってきた気がする。
この馬車に乗ったら緊張が解けたっていうの?
まさか?
取り押さえられてからずっと緊張していたけどそんなことが――。
◇
「イレーヌ様、起きていただけますか?」
んっ……。
「ここは……?」
「我々の祖国です。エドワード国王がお待ちなので、さ早く」
馬車から外を見ると、大分日が傾いていた。
何時間乗っていたのだろう。
見当がつかない。
「「「ようこそおいでくださいました、イレーヌ様」」」
促されて外に出ると、男と同じ軍服を着た屈強な男たちがそろって頭を下げていた。
「まってください、何なんですか?」
私が慌てていると、男たちを割るように、軍服をより一層高貴にしたような服を纏った男が出てきた。
「初めまして、イレーヌ様。私、国王のエドワードと申します」
そう言ってはにかむ姿はとても国王には見えない。
育ちのいいただの青年という感じだ。
「説明してください! なんで私がここにいるのか?」
「わかりました、その前に、この指輪を付けていただけますか?」
エドワードは大きなガラス玉がついた指輪を差し出してきた。
「わかりました、つけたら全て説明してもらいますわ」
こんなことさっさと終わらせてしまおう。
私を探していると言っていたが、どうせ人違いだ。
説明を聞いて誤解を解けば解放してもらえるはず。
適当な指に指輪を押し込むと、ガラス玉の部分がたちまち弾け飛んだ。
え?
なんで?
「あ、あの。ごめんなさい」
そう言って壊れた指輪を返そうとしたら、エドワードは私の手を取った。
「やはり貴女は私の運命の人だ!」
え?
ほんとになにが起こってるの?
「運命の人とかなんのことですの……?」
「予言ですよ。前から気になっていた人が今日北門から出てくると出たので、不躾とは思いましたが、呼びつけさせていただきました」
まあ、あんな人ならざる者が住んでいる場所に王様がいかないのはわかるけど。
それにしても、予言だなんて……。
馬鹿らしい。
「私がその運命の人でない可能性はないのですが? それこそ、他人の空似とか?」
「いえ、それは絶対にありえません。先ほどつけていただいた指輪ですが、ガラス玉の中に悪魔の力を閉じ込めておいたのです。聖女が身に着けると壊れてその存在を知らせてくれるようにね」
そんな仕掛けが。
だからはじけ飛んだのね。
「エドワード国王!」
私たちがこんなやり取りをしていると、どこからかエドワードのことを呼ぶ声が聞こえた。
「アイザック!」
エドワードが振り返った方を見ると、一部の隙もなく礼服を着こんだ初老の男性がかけて来るのが見えた。
「どうしたんだい? そんなに急いで?」
息を整えながらアイザックと呼ばれた男は勢いよく私を指差した。
「どうしたじゃなりません、エドワード国王、何ですかその女は?」
「私の妻になるイレーヌだ!」
彼に紹介されたので、一応礼儀にのっとり一礼してみた。
「国王様!」
アイザックはその細身の身体からは想像できないような大きな声を出した。
「どうした?」
「その女が本当に隣国の聖女なのですか? 間者にしか見えません」
「なら、見比べてみたまえ。紙に書いてある通りじゃないか?」
そう言ってエドワードはウォンテッドと書かれた紙をアイザックに見せた。
「そっくりだから怪しいと言っているのです。ただエドワード様がそこまで引かないならわかりました。このアイザックが取り調べをしたのち、問題がなければ妻として迎えましょう」
「なあアイザック、私は彼女を妻として、王妃としてこの国に迎え入れたいんだ。取り調べなどせずにね」
「わかりました。でしたら、隣国の聖女は回復に長けていると聞きます。本当に怪我や病気が治せるのであれば、間者ではないとしましょう」
アイザックは苦虫を噛み潰したような顔をすると、渋々提案してきた。
私たちは兵舎に案内された。
床一面、傷だらけの兵士達で埋め尽くされている。
「ここには約1000人を超える傷病兵がいます、そのすべてを完治させたら貴女が間者ではないと認めましょう」
1000人……。
時間をかければ不可能じゃないけど、時間的猶予は与えてもらえないだろう。
となると、全体を一斉に治すしかないわね。
「できるかしら?」
普段やるように祈ってみたが、目の前の兵士すら治る気配がない。
どうしましょう……。
このまま取り調べを受け、間者と言うレッテルを張られるのかと思うと恐怖で体が震えてきた。
治れ!
治れ!
治って!
目をギュッとつぶり手を顔の前で組んで祈るが何も感じない!
すると突然。
なにかがあたしの手に触れた。
予想外のことに、慌てても目を開けると、エドワードが私の手を包み込んでいた。
「落ち着いてイレーヌ。大丈夫、私がついてる」
今度は、彼の手をしっかりと握りながら「お願い、治って!」と祈ると、私の力が兵舎の隅々までいきわたる気がした。
するとあちこちから驚きの声が聞こえてくる。
「嘘だろ! 治っている」
「おい見ろよ! 軍医に切るしかないって言われた足が動くぞ!」
「奇跡だ!」
私が喜びの声に聞きほれていると、エドワードがそっと頭を撫でてきた。
「お疲れ様」
「あ、ありがとう。ただ、なんで突然治せるようになったのかしら?」
私一人だけではきっと全ての兵士を治すことは出来なかった。
いや、今の私では数時間かけて一人治すのがやっとだろう。
「私の君を思う気持ちが力になったんじゃないかな?」
そう言ってエドワードははにかんで見せた。
まさか、ね……。
「ねえエドワード、正直に言うわ。私、多分主の加護を失いかけてるの。それに魔女の疑いをかけられ追放されたのよ。こんな女が妻でいいの? きっと周りからなにか言われるわ」
それに、国王と言う立場ならば妻は選び放題のはずだ。
それならば、私なんかより王の働きを支えてくれるような人を選んだろうがいい。
「大丈夫気にしない、私は他人からの評価で人の良し悪しを決めるほど愚かじゃないからね。それに、好きになってしまったんだ、一目見た時から君のこと」
「だって予言でって……」
「すまない、あれは嘘だ。そうでもしないと君はここまで来てくれなかったろ?」
確かに、あんなこと言われ無ければついてこなかったかもしれない。
「君は覚えてないだろうが、26度線休戦協定に署名するときに君を見てからどうしたら私と結婚してくれるかずっと考えていた。そして今日貴女が北門から国外退去処分を受けたと聞いて飛んで行ったんだ。君に会うためにね」
そんなことがあったのね。
「よかったらこの国の王妃となって最期まで一緒に暮らさなか?」
聖女から、王妃――。
「報告!」
いきなり兵士が飛び込んできたと思ったら私の思考を全て吹っ飛ばすような大声で話し始めた。
「北西湿原地帯に挙兵を確認! その数約8万! 休戦協定を無視した一方的な進軍と見られます」
「迎え撃て!」
報告が終わるとエドワードは先ほど私に囁いていた甘い声からは考えられないような頼もしい声に変わると兵士たちに指示を出し始めた。
◇
あれから8時間ほど経ったが戦場に変化はない。
いや、非常にゆっくりとではあるが、戦線が後退してきた。
時間がたつ程に負傷兵の数も増えてきている。
「ねっ、ねえエドワード、私にもできることはないかしら? 戦い方なんて全く知らない私でもこの状況がよくないってのはわかるわ」
「なら、またさっきみたいに負傷兵を治してくれないか?」
「わかったわ。また手を握ってもらっていい?」
「ああ」
先ほどと同じようにエドワードの手を握り祈ると、またも私の力が行き渡る気がした。
「これでまた戦える!」
「行くぞ~!」
さっきまでうめき声を上げていた兵士が別人のように元気な声を出して飛び出していく。
「ありがとう、イレーヌ。実のところ隣国との兵力差が5万ほどあるので厳しいと思っていたんだ。ただ、君のおかげで何とか戦えそうだ」
◇
私が治療を初めて何時間ほど経っただろう、ようやく戦況が好転したらしい。
「報告! 北西湿原地帯からの撤退を確認! わが軍の勝利です!」
「「「うぉ~!」」」
そこら中から兵士たちの喜びの声が聞こえてくる。
「ありがとうイレーヌ、君のおかげだ」
そう言ってエドワードが私に抱きついてきた。
よほどうれしいのだろう、目から涙があふれていた。
「君に渡したいものがあるんだ。これ、君のだろ?」
そう言ってエドワードは小さな袋を渡してきた。
「これは?」
なにかわからず彼を顔を見ると、開けてごらんと微笑んできた。
「え! 嘘!」
袋の中には奪われた私のペンダントが入っていた。
「なんで?」
驚きのあまり、エドワードとペンダントを交互に見てしまった。
「君が形見のペンダントを盗られたと聞いていてね」
「ペンダントは王都にあるはずじゃ……」
「数日前、アイザックが君を間者と疑ったのは覚えているかな?」
「えっ……、ええ」
あの時の恐怖を忘れられるわけないわ。
「実は私の国は間者を重宝していてね。彼らがいかに危険でいかに有益か知っているから、外からくるものに対して神経質になってしまうんだ。すまなかった」
エドワードは深々と頭を下げた。
「もう大丈夫ですから、頭を上げてください。それで、ペンダントと間者に何の関係が?」
「君の元住んでいた国にも我々の間者がいるんだが、そのものが戦争の混乱に乗じて取り返してくれた」
「長らくあの国にいましたが、全く気が付きませんでしたわ」
「それもそうさ、誰かに気が付かれるようでは、間者は務まらない」
エドワードは私の言ったことがおかしかったのか、楽しそうに笑う。
「あとそうだ、そのペンダントを持ってきた間者の報告では、君を捨てた王は戦争の混乱の中殺されたらしい。今まで君の力を使って兵力を維持していたのが、追放したせいで戦略が狂ったんだろう。この戦いに勝てたのは君のおかげだよ!
本当にありがとう」
「私、エドワードと結婚してもいいわ。いえ、結婚したいわ。指揮する中で色々な貴方を見て好きになってしまった。こんな私でよかったら結婚してください」
「いいのかい? 連れてきた時はあんなに嫌そうにしてたのに?」
そんなに嫌そうだったかしら?
確かに嫌だったけど。
「ええ、戦争中だからこそ私生活ではわからない貴方が見れたの。勇猛な司令官の姿。ただ決して冷徹な兵士を道具として見ているわけではなく、戦死した彼らや彼らの家族を憂い悲しみ、時に兵士を笑顔にするために国王という肩書を感じさせないくらい一生懸命な貴方を好きになってしまったの。だから、私と結婚してくれないかしら?」
「ああ、ありがとう。結婚しよう」
私たちはそっと唇を重ねた。
「ねぇ、イレーヌ」
「なに? エドワード」
「君が王妃になったお祝いに星を上げるよ」
「ありがとうエドワード、たとえ一つでも頑張ろうって思えるわ。ただ、私は貴方からなにか一言もらえるだけで十分嬉しいのよ」