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09

「良かった、これで学校を休むことができる」


 ――と、喜んでいた私だったが、自分の性質というやつを忘れてしまっていた。

 まず治るまでに最低3日は必要な上に、水木金+土日まで休むことになってしまい、今度は学校に行きづらい、行きたくないという弱い心が出てきてしまったのだ。

 あの状態で5日間も休んでしまうというのは致命傷でしかない。

 紫藤先生との別れ際があんな意味深な感じだったのも問題である。

 もしあおいさんや一色さんに余計なことを聞いてしまっていたら、今度こそ私の居場所は消えるだろう。

 いつの間にか居場所がなくなっていたのは自分の方だった、という因果応報な話ではあるが。


「お姉ちゃん今日も無理そう?」

「い、いや、今日はさすがに行くよ」

「そっか! お姉ちゃんが元気になってくれて嬉しい!」


 うぐっ……その笑顔がいまのお姉ちゃんにとっては痛いんだけど。

 父は仕事でいないので、母に頼んでみることにする。


「休みたい?」

「だ、駄目だよね……旭が元気良く通っているのに私がこんなんじゃ……」

「別にいいわよ」

「えっ……い、いいのっ?」


 旭の名前を出したのが正解だったのかな。

 とはいえ、私に一方的に厳しい母親というわけでもないか。

 

「ええ、だってあなた、顔色が凄く悪いもの。それを無理やり行かせる鬼母ではないわ。休むのなら電話するから逆に決めてちょうだい」

「や、休みたい」

「分かったわ」


 や、やったー……なのか?

 もう、完全に逃げの脳でいてしまっているわけだけど。

 ……休むと決めたからには部屋に戻ってベッドで転んでいないと。


「雛子ー、未々ちゃんが来たわよー」


 え……いや、家を知っているんだから来られてもおかしくはないけど……。


「あ、雛子は部屋にいるから」

「はい、ありがとうございます」


 居留守というのは最初から無理か。

 部屋の扉がノックされ、彼女が部屋の前に来たことが分かった。

 というか、どれだけここの家の壁は薄いんだろう。

 それとも、聴覚が敏感なだけ?


「乙梨さん、入ってもいいですか?」


 もしこんな場面をあの子に見られたらと思ったらなにも言えなかった。

 分かっている、別にここにあの子がいるわけではないことは。

 でももし鏡水さんを監視していたら?

 鏡水さんのことが好きなんだし、鏡水さんが私のところに来てしまうことだってよく見て知っている。


「入りますね」


 ――部屋に入ってきた彼女は普段よりも大きい気がした。

 あれか、私が心身参っているからそう思うだけなのかな。


「お元気ですか」

「あはは……ま、まだかな」

「ここ、座ってもいいですか?」

「え、が、学校は行かなくていいの?」

「そんなことより優先したいことがあります」


 なんか言い方が怖い……。


「来るのが遅くなってすみません。まさか3日間も休むなんて思わなくて」

「うん……風邪って滅多に引かないから引くとそうなるんだ」

「でも、今日はもう治っているんですよね」

「な、なんで? 調子悪いよ……だから移しちゃう前に帰って――」

「分かっていますよ、教室に行きづらいんですよね?」


 意地が悪いな……きっと鏡水さんは朔弥ちゃんの暴走ぶりなんて知らないんだろう。

 だから近づかれることを恐れていることを知らないし、こうして家にまで来てしまう。

 元来の頑固さも影響して、屋内に母が入れてしまった時点で終わっているようなもの。


「なに言ってるの、別にそんなんじゃないよ。ただ、調子が悪かったし、念の為学校を休んでおこうかなって思っただけでさ」

「かなみさんから聞きました」

「あはは……またなにかを言ったんだ」


 完全完璧に居場所を失くしてくれちゃった方が気が楽だな。

 もうほぼ2ヶ月くらいで1年生も終わるんだし、2年になれば落ち着いて生活できるはず。


「私、あなたのことを守りたいです」

「やめてよ……そこまで弱くないよ、馬鹿にしないで」

「なら学校に行きましょうよ、熱がないことはお母様から聞いて知っているんですよ?」


 かなみさんからなにを聞いたんだよ。

 そこを言ってくれないと簡単に行くなんて言えない、言えるわけがない。


「やめて……責めたいんだとしても学校でやってよっ、いいじゃん、味方ならたくさんいるんだから」


 受け入れられていないのはいまに始まったことじゃない。

 寧ろ自分が積極的に他者を受け入れようとしてこなかったのに、いざ本格的にそうされたら○○されたとかって被害者面するなんて悪すぎる。


「分かりました、乙梨さんが休むのなら私も休みます」

「なんで……」

「だって困っているじゃないですか、自分のために動いてくれた人が困っている時になにもしないなんてできませんよ」


 問題が一色さん達のそれだけだったらこれが1番嬉しい誤算だと言えるが、正直に言って彼女関連のことの方が恐ろしいのだ私には。

 それを聞いたのか聞いていないのか、いや、聞いてないからこそこんなこと言えるんだろうな。


「雛子ー、朔弥ちゃんが来たわよー」

「はっ!? ご、ごめんっ、もう帰ってっ」

「嫌です」

「未々の分からず屋! 一色さん達なんて正直怖くないんだよっ、私が怖いのは……」


 怖いのは朔弥ちゃんしかいない……。

 恋は盲目と言うし、なにをしでかすのか分からないからだ。


「朔弥さん、ですよね?」

「知ってるなら!」

「大丈夫です、待っていてください」


 彼女は最後まで優しげな笑みを浮かべたまま部屋から出ていった。

 今度は小声で話をしているのか、それとも家の中に入れていないのか話し声は聞こえてこない。

 ――どれくらい経っただろうかと確認してみたら、たった3分しか経っていなくて驚く。

 いままでこんなに時間が経つのが遅く感じることはなかったというのに、って。


「ふぅ、大丈夫ですよ」

「あ、あの子はっ?」

「いません、もし心配なら1階に行って確認してきたらどうですか? 私も行きますので」


 それでも怖いから部屋に閉じこもることにした。

 もうバレているようなので全てを説明する。

 これで彼女もグルとかだったらその時はもう学校へ行かなければいいだろう。

 前にも言ったが中卒で普通の会社に努めている人だって知っているのだから。


「――そういうわけだから、来てくれるのはありがたいんだけど……それが逆効果になってるっていうかさ……ま、まあ、気分を悪くさせたのなら謝るよ、ごめん」


 なんでこんな私がビクビクしなければならないんだ。

 こんな小さな子に、恐らく心配して来てくれただろう子に。

 好きでもなんでもないのに紛らわしい言い方をかなみさんにしてしまったこと。

 それを一色さん本人に聞かれてしまったこと。

 ――なんでもかんでも策略なんじゃないかって思えてくるけど、少なくともこの聖域内で彼女を疑うことをしてはいけない。


「学校行って、一緒に休んだら未々にも迷惑かけちゃうから」

「そのまま継続してくださいね」

「あ、な、名前呼び? ここでならね」


 盗聴器が仕掛けられているのでなければ問題ない。


「なら何回でも来ます、雛子さんが学校に来てくれるまでずっと」

「い、いや、それはやめて。駄目だよ、名前呼びもここに来ることも」


 まあ、それすらも許可しないんだけど。

 未々が帰ったら母にもう入れないようお願いするつもりだ。

 で、明日学校に行ってみて、無理そうなら茉冬先生に説明して長期間休ませてもらう。

 それも無理なら中退させてもらえばいい。

 バイトでもなんでもやって、かかったお金は少しずつ返していけば母だって納得してくれるはず。


「もしかして、疑われています?」

「へっ? な、ないないっ、疑うなんてするわけないじゃん」

「私が情報を流すような人間だと思われているんですよね?」

「仮にもしそうだと言ったらどうするの?」

「その場合は傷つきます」


 う、うん、そうだよねとしか言いようがない反応だ。


「もう気にしないでよ、朔弥ちゃんと仲良くしていればいいんだから。そうすれば未々だけは楽しい学校生活を送れる、余計なことをしなければ一色さん達だって不快な気分にならなくて済むからさ」

「……行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」


 気にしないでと言ったくせになんでいちいち話したのか。

 周りが喋りすぎなのか、彼女が鋭いのか、ちょっとでもおかしいところを見せると簡単にバレるって恐ろしいなあ。




「雛子さん、ただいま帰りました」

「んー……あれ……え、な、なんでいるの」

「お母様にはきちんと説明しておきましたから大丈夫です」


 いや、私が大丈夫じゃないんだけど……。

 とりあえず体を起こして、真っ暗の部屋の中を見回す。


「やっほー」

「え、なんでかなみさんもいるの……」

「だってもう6日も顔見てないからー」


 数字で出されると初めてのことをしているなって思うけど。


「だって最後の日、鳴霞とあおいがあんな雰囲気だったからさ」

「そうですね、雛子さんの雰囲気もおかしかったです」

「まあでも、あんなに怒鳴られていたら誰だっておかしくなるよ」


 一色さんの方はトイレの扉をバンバンバン、あおいさんの方は最初からガチギレモード。

 私がそこまでのことをした? って思わず馬鹿な顔で聞いてしまいそうになるくらいには分からない。


「まだ休むつもりなの?」

「いや、明日行くつもりだよ。それで判断する」

「駄目そうならどうするの?」

「その場合は2年生まで休むかな」


 単位とか出席日数の縛りがあるから現実的ではないが。


「最悪の場合は両親には悪いけど高校中退かな」

「うーむ、弱くなったね乙梨は」

「うん……まあ、私も驚いてる」


 頼れる仲間ができてしまったから甘えるのが当たり前になってしまった。

 昔ならひとりでなんでもするのが普通だったのに、紫藤先生や教師に頼ろうとするなんておかしいな。


「あの、高校中退という言葉を出せるくらいなら行けると思いますが」

「うーむ、こっちは強くなったね。元々、こういう子だったのかもしれないけど」

「なにを言っているんですか? 単純に雛子さんが弱くなっただけですが」


 やはり敵だろこの子……学校に来てほしい相手に追い打ちダメージ与えるとか正気じゃない。

 ――表面上だけってことか、危ない、馬鹿みたいに信用するのはもうやめろ。


「明日は行くからもう帰って」

「分かりました」

「あーい」


 信じさせる、喧嘩、不信にさせる、実際に裏切り完全なものにする。

 これが私の周りで起こった全てだ、なのになにが素敵だよ私の馬鹿が。

 私はそれから寝もせずどう対応するのかを朝まで考えた。

 朝になったら他の誰も登校してこないであろう時間に登校し、1番を狙っていく。

 当たり前のように座っていれば案外私のことなんてみんなスルーしてくれるだろう。

 そして実際、茉冬先生や紫藤先生――つまり大人を除いて、私はクラスでいないもの扱いとなった。




 なんか人気があまりなさそうな(偏見)本にこんなのあったなと思い出す。

 別にだからって席に座ってくるとかでもないので、そこまで苦ではない時間となった。

 余計なことを聞いてくる人もいない、あの3人が絡んでくることもない。

 同調圧力なのか、そもそもグルなのか、未々や朔弥ちゃんだって近づいてこない。


「乙梨、ちょっと来い」


 本当にこの人は私のことが好きだなって苦笑する。

 気にしてないのに気にしているフリは滑稽だったが。

 ――あ、駄目だこりゃ、全部が悪に見える。

 でもこれは少し前までの自分が戻ってきているので、悪いことばかりでもなかった。


「お前、ずっと風邪だったのか?」

「水木金は風邪でした」

「教室に来づらくなったか」


 なんでここの連中は最初からスルーできなかったんだろう。

 つまり、幼稚だったことか、いちいち食いつかずにはいられないってやつ。


「今日来てなんで休んでいたのかって不思議に思いましたけどね。こんな屑共なんかのために休んで馬鹿みたいです」

「おいおい、いきなり過激だな」

「だってそうじゃないですか、それに大人は頼りになりませんから」

「は? お前もう1度言ってみろ」

「だから、大人は頼りにならないですよねって言ってるんです」


 頼らない、けどなにも対策をしていない辺りがおかしいわけだ。

 生徒の自主性(笑)にお任せしてるんでとかって馬鹿なことしか言わないんだろうけど。


「そうだ、どうせいない者扱いされているのなら鬱憤を晴らしておこうかな」

「なにをするつもりだ」

「ちょっと見ててくださいね?」


 私は教室に戻ってまずこちらが悪くないのに適当やってくれた朔弥の机とあおいとかっていう年中ピリピリ女の机を蹴っ飛ばす。

 それでも面白いことに無視を続けられる強さがあったので適当にぶん殴っておいた。


「やめろっ」

「なんで止めるんですか?」

「それは――だからだ」

「え?」


 肝心なところが聞こえないんだけど……。


「雛子さん」

「だからその呼び方やめてって言ったよね、どうせあんたも裏切り者なんでしょ?」


 そもそもあの強さと頑固さがあって言われ放題のまま維持し続けたのはおかしい。


「雛子っ」


 ああもうむかつく、全員ぶっ飛ばしてやろうか!


「お前がその呼び方で呼ぶんじゃねえ! ……え?」


 どう考えても私は天井を見上げている。

 慌てて手で確かめてみると、ベッドの上に寝転んでいることに気づいた。

 ついでに言えば馬鹿みたいに汗かいて、ぐしょぐしょで気持ちが悪い。

 日付を確認しようとしてみたが、残念ながらずっと家にいたせいで未使用だったため充電切れのようだった。


「あ……なんという夢を見てるんだ……」


 1階に行くと父が仕事に行く準備をしているところで、「早いな」と話しかけてくる。


「まだ時間ある?」

「おう、まだ30分くらいはな」

「じゃあちょっと話聞いてくれない?」

「いいぞ、たまにしか聞いてやれないからな」


 色々と説明してどうすればいいのかを聞いた。

 ちなみに日付は普通に翌日で、異質な夢を見ただけだったらしい。

 どれだけ狂気に満ちているんだって話ではあったが。


「なるほど、疑心暗鬼なんだろうな」

「うん……こんなの初めてで、どうすればいいのか分からなくて」

「参考にならないかもしれないが、堂々としていればいい」

「そうだよね、結局そこだよね」


 だけど、家族以外の人間を信じるべきではないのかもしれない。

 こういう思いを何度もするくらいなら、ひとりでいた方がマシだ。


「おう、雛子なら大丈夫だ」

「ありがと。仕事、頑張ってね」

「任せておけ!」


 夢の中の自分みたいに早めの登校を心がけた。

 夢とは違って、席に座っていたら「やっと来た」と言ってくれた子が多かった。

 未々に至っては、こっちにやって来て抱きしめてきたりなんかもしたし。

 当然のように朔弥達は話しかけてこなかったけど。


「乙梨、元気になったか?」

「あの、すみませんでした」


 いや、本当に好きすぎかよ紫藤先生よ。

 だけど、夢の自分と違ってそれだけで安心してしまうんだから問題だよな。


「ん? なんの話だ?」

「いえ、今日夢に先生達が出てきたんですけど、馬鹿にしたりぶん殴ったりしてしまいましたから」

「ふっ、怖い生徒だ。でも、いつも通りって感じで安心するがな」

「えぇ……暴力女みたいに言わないでくださいよ」


 言葉では責めるかもしれないが物理的手段に出たことはない。

 そこまで弱く屑な人間ではないし、そこまでするくらいなら諦めたほうがマシだと思う。


「冗談だ。鏡水がうるさかったからな、乙梨が来てくれて助かったぞ」

「鏡水さんが?」

「そりゃそうだ、お前が計6日も休んだんだからな」

「初めてですよ、こんなことしたのは」


 私が6日休んでなんで未々がうるさかったのかは分からないけど。

 

「っておい、ズル休みだったのか?」

「最初の3日間は風邪でした。でも、長引くごとに行きづらくなりまして……駄目ですね」

「紫藤先生、ちょっと乙梨借りていってもいいですか?」

「おう」


 っておい、来たの一色なんですけど。

 またトイレでバンバンバンってしてくれるのか?

 あの時と違って驚いたりしないぞ。


「あんたなにいっぱい休んでんのよ」

「それは一色さんやあおいさんのせいだけど」

「はぁ? あたし達のせいにしてるんじゃないわよ」

「だってそうでしょ? 生理かってくらいイライラしてたじゃん。どんな理由から発生したのかはわからないけどさ、そのイライラをぶつけられても困るんだよ!」


 全面的にぶつかっていこう。

 やられっぱなしは私らしくない。


「落ち着きなさい、なにをそんな怒っているのよ」

「てめえ!」

「だ、駄目ですよっ、落ち着いてください雛子さん」

「私は未々だって信じられないんだよ!」


 信じようと頑張っていたのを邪魔してくれたのはこいつらじゃないか。

 なのになぜ駄目なのか、私だって積極的にこういうことがしたいわけじゃないんだ。

 けれどやむを得ない事情がある場合は別だ。


「ふぅ、乙梨は久しぶりの学校で少々興奮気味のようだ、空き教室に連れて行くからお前らは安心して授業に集中してくれ」


 くっそっ、自分が原因じゃないみたいな言い方しやがって!


「離せっ」

「駄目だ、いいから付いてこい」


 連れて行かれたのは外の自動販売機前だった。

 先生は躊躇なく投入口にお金を入れて、いちご牛乳を購入する。


「ほら、飲んで落ち着け」

「いらないっ、どうせみんな敵なんだから」

「お前の敵でいてなんのメリットがあるんだ?」

「そ、そんなの知らないよ、悪口とか言えればいいんじゃないの?」


 敵側の気持ちなんか分かるわけないだろうが。

 分かることと言えば、絶対に仲良くなれはしないということだ。

 それだけで私にとってはもう害悪の存在、いるだけで邪魔というやつ。

 

「私はそんなのに興味ないぞ。ほら早くしろ、せっかく冷たいのが温くなるだろ」

「いらないっ」

「強情なやつだな……いつからそんな面倒くさくなったんだ」

「好き好んでこんな感じになるやつがいるか! 大人は結局表面上しか見てないんだ! 偉そうに説教してきやがって!」


 叫びながらあれは正夢だったんだなーなんて考えていた。

 ぶっ飛ばせばちょっとは落ち着くかな、散々好き勝手しくれたんだから私もする権利があるよね?


「おいどこに行く」

「ちょっと一色達をぶっ飛ばしてきます」

「行かせるわけがないだろ、そのために連れてきたんだ」

「ふっ、ということは生徒を信用してないってことじゃないですか」

「ああ言えばこう言う、いまのお前になにかを言っても無駄だな」

「それは大人だって同じだっ」


 瞬間、ぱしんと乾いた音が響いた。

 少ししてやってくる鈍い痛み、数十秒してから叩かれたことに気づく。

 クビになることを覚悟して手を上げるなんて、とかって美談に持ち込もうとする人間がいるけど。

 これは単なる暴力でしかない、私がやろうとしたのことの一部でしかない。


「落ち着け」

「はは……はぁ……いいんですか、こんなことをして」

「勿論悪いことだ」

「じゃあなんで」

「お前が悪いことをしようとしているからだ。なにをそんなに怖がっている?」


 堂々といればいいよね、そう言った私はどこかに消えてしまっていた。

 夢の自分に引っ張られているというより、なにもかもリセットしたかったんだろう。

 回りくどいやり方が面倒くさかったというのもある。


「お前はひとりか?」

「そうですよ、誰も信じられません」

「鏡水はどうだ?」

「無理です……信じようとしたのにみんな……」


 私だって頑張った。

 これまでの固定概念を覆し、歩み寄ろうとした。

 だが、私がそうやっと行動すると、他人は自分の想定と逆の行動を取る。

 なにが悪いって、内側でなにを考えているのかも分からない人間を信じようとした私だ。


「他の人間も駄目なのか?」

「どうせ無理ですよ、誰も私のことなんて分かってくれないっ」

「学校、嫌いか?」

「嫌いっ」


 どうせ言ったって無駄だけど休みたいって紫藤先生に伝えた。

 先生は少しだけ悩む素振りを見せてから、「無理そうなら仕方がないな」と口にした。

 そうだよ、面倒くさいものは小さな世界に隔離し、蓋をして見えないようにすればいい。


「帰るか?」

「最後にぶっ飛ばすっ」

「それは生憎と叶えてやれないことだ」

「じゃあどうしたらこの複雑な気持ちは!」

「堂々とするしかないだろう。休むということは逃げでしかない、そして逃げている内はスッキリなどしないさ」


 この人と話していても時間の無駄だ。

 授業中ではあったが教室に戻って席に座っておくことにした。

 適当に机の中を漁ったら紙が入っていて、他の誰にも見えないよう確認してみると、放課後に教室で待っていてほしいという旨の内容。

 どうせ帰ろうとしたところで止められるんだからこんなの無駄だ。

 なんて無駄なものばかりに囲まれているんだろうか。

 そんな益体もない同じ問いばかりを繰り返して、放課後まで過ごした。


「雛子さん」

「これ、あんたなの」

「はい、駄目ですか?」

「別に、誰も駄目なんて言ったないじゃん。で、なに?」


 本当のMとは彼女みたいな人間のことを言うんだろう。


「雛子さんっ」

「わっ……ついに暴力ってわけ?」

「違いますよっ、抱きしめてるんです!」


 もう後ろに朔弥がいるとか、一色達がいるとかどうでも良かった。

 それどころかあいつから取っちゃおうという嗜虐敵な気分になって彼女を抱きしめる。


「しょうがないよね、未々が求めてきているんだから」

「苦しいのでやめてください」

「じゃああんたもやめなよ」


 って、やめんのかーい……。

 なにこの茶番……めっちゃ恥ずかしい。

 今度は別の意味で部屋に引きこもりたいくらいだった。


「落ち着きましたか?」

「ん? あー、いや、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だよ」

「ふふ、雛子さんらしいですね」


 だから私のイメージ!

 暴力的だとか、恥ずかしくて痛いやつだとか、あまりにも散々すぎる。


「元に戻ってください、私は以前までのあなたが好きなんです」

「それって告白?」

「はい」

「嘘っ、だよね、そんな言葉で惑わされないよもう」


 ズタボロなんだよこっちの心は。

 そもそもの始まりはクリスマス。

 柄にもなく楽しみにしてたんだよ、家族と過ごせないのは寂しかったけど、友達が家に来てくれるってなってさ。

 でも実際は違かった、アホみたいに信じて待ってプレゼントは風邪3日って最悪な日だった。

 神社に行かないかって誘われた時もチンケなプライドで断った。

 その後仲良くしたいってことで部屋に集まったときも、こいつらは自分を責めたいだけなんだって早々に判断して追い出した。

 言葉だけでとはいえ元いじめっ子が一緒にいてくれて嬉しいとか、笑顔が素敵とか馬鹿みたいに思った。

 好きって言ったわけでもないのに振られて、なぜか向こうの方がイライラしていて怒られて。

 その取り巻き(笑)も便乗して死体撃ち。

 こんな連続でどうやってそいつらを信じろって言うんだよ。

 あれだけの強さがあってなにかされることを恐れて誘った本人がクリスマスに来ないってどういうことだよ!


「もう勝手にやってろよ……どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだよっ」


 初めて誰かの前で涙を流した。

 悔しさ、怒り、悲しみ、あとはよく分からないものからきているやつ。

 見回してみれば今日に限ってアホみたいに人間が教室に残ってるしアホくさくてやっていられない。

 1番のアホはこんなやつらに感情的になって涙を流している自分だけれども。


「こいつらの中だったら未々が1番マシだったけどさっ」


 努力をしてないとかそういうのではなく、この人間達の群れに加われるようなスキルは持っていなかったんだ。


「ま、あいつと仲良くしなよ。ほら、悔しそうに見てるよ、可愛がってあげなよ」


 殴るのは簡単だが、そんなことしたら同類になってしまう。


「乙梨」

「なんですか?」

「暴力で解決しようとしなかった点、それだけは褒めてやろう」

「ありがとうございます。でも、これで終わりですよ……もうそこに私の居場所はないから」


 悪影響を与えないように旭と会うこともなくさなければならない。

 けれど、未々と一緒でお節介焼きだからなあ、どうすればいいんだろ。


「――ということなんですけど、紫藤先生ならどうしますか?」

「そうだな、家の中でいいお姉ちゃんでいてやればいいんじゃないのか?」

「不登校の女が会うだけで悪影響を与えるでしょうよ」

「寧ろ完全に引きこもってしまうことの方が問題だと思うが」

「ふむ、旭が元気じゃなくなるのは嫌だしなあ……」


 だからって不登校のまま自信満々でいるのはなあ。


「私の家に来ませんか!」

「未々の家に? 無理でしょ、あいつの邪魔になるじゃんか」

「なりませんよ」

「なにを根拠に?」

「私があなたのことを好きでいるからです。あなたを困らせるような人を近づけさせません」


 まーた言ってる、別にいいのにな、じゃあねで終わらせてくれれば。


「というかさー、なんかめっちゃ青葉を敵視してるね」

「当然でしょ、そもそも私がこうなったのあいつが原因なんだから」

「そのあいつさんがそこにいるけどいいの?」

「別にいい、物理的手段に出てきたら警察に言うだけだし」


 つか、こいつも結局一色の仲間なんだろ。

 特に信じられねえんだよこいつらは。

 なんたって年中イライラクレイジー女達だからな。


「乙梨、1回だけ泊まらせてもらってみたらどうだ?」

「なんでですか、そんなの意味ないでしょう」

「いやいや、意外といい結果になるかもしれないだろ?」

「なりませんよ、こいつらの中ではマシってだけで、信用できてはいないんですから。信用しようとしたところをぶち壊してくれたのがこいつらですからね」

「まあまあ、1度だけだ。私から鏡水の家に連絡しておく、だから安心して向かうといい」


 ついにイカれたか、恋愛未経験女さんが。

 いやでも、こういう頑固さだけは似ているのかもな。


「行きますよー」

「離せっ」

「駄目です、両親には連絡がいくんですから」

「お前むかつくんだよっ」

「別にいいですよ、これからじっくりと時間をかけて評価を改めてもらいますから」


 こんなやつと長時間一緒にいるとか絶対に寝られない。

 第一、服とかだって持っていかなければならないだろ――って、乗り気なのかよ……。


「ああもうむかつくっ、消えろよお前!」

「あ、なんか語気が弱くなった」

「うるせえ! 一色達と仲良くしていろスパイがっ」

「え、もしかしてあたしが悪い情報を流しているとか思ってるの?」

「そうとしか考えられないだろうが! あおなんとかさん見たか? いきなり完全ガチギレモードだぞ。リーダー(笑)はトイレの扉に八つ当たりするしよ!」


 頑張って父の喋り方を真似ているが似合わない。

 子どもが無理して大人ぶっているのと変わらないなこれじゃあ。


「その喋り方は似合わないよ。それにあたしはそれ知らないよ、ついでに付いていくからね」

「ふんっ、勝手にしろ!」

「うん、勝手にしまーす」


 仮に泊まるとしてもその先はどうなるんだろう。

 学校は? 日常生活は? 知らない大人の下で生きられるわけないんだ。


「え、えっと、おいこら未々の馬鹿やろう!」

「ぷふ、明らかに無理してんじゃん」

「う、うるさいっ。あのさ、やっぱり家に来ない? それなら泊まってもらった方が楽かなって」

「やっぱり無理してたー」

「どうせかなみも来るんでしょ!」

「行く! あたしはあのふたりと違って乙梨が嫌いってこともないし」


 つか、私、嫌われていたんだな、まあ当然のことかもだけど。


「未々もいいでしょ?」

「雛子さんはいいんですか?」

「うん……未々の両親にお世話になるくらいだったら家の方がいいかな。旭もまた未々に会いたいって言っていたし」

「それならお邪魔させていただきますね。その前に荷物を取りに行きますけど」

「付いていくよ、運ぶの手伝う」


 また変なの連れてこられても嫌だし、しゃきっとぱきっと全てを終わらせたい。


「ねえ乙梨、なんで急に態度が変わったの?」


 未々が荷物を取りに行っている間、かなみが聞いてきた。


「うん? あー……ま、さっきも言ったけどさ、未々とかなみは周りと違うんだよ。それにあの喋り方や態度は疲れるし、この方が楽だなって。省エネモードってやつ」

「でも、信じられないんでしょ?」

「うん……だって信じるの怖いし……私が信じようとすると駄目になるんだよ」


 矛盾しているし悲しみたくないから昔みたいにそうなんだって片付けたいんだ。

 弱いからこういう極端な行動しかできないことは分かっている。


「……なにか証拠がほしいってことだよね、言葉ではなく」

「そうだね」

「あたし、髪そこそこ長いけどさ、これ切ったら信じてくれる?」

「ま、待ってよ、かなみはどうして私に信じてほしいの?」


 それは重いし、こっちが信じたからってなにかしてあげられるわけでもない。

 伸ばすのには時間がかかっても切ったらすぐだ、そんなの「それならいいよ」なんて言えないだろ。


「だってあたし、乙梨のこと気に入ってるもん」

「私のことを?」

「まともに対応してくれたの、乙梨が初めてだった」

「いやいや、一色さんやあおいさんはどうなの?」

「あれは違うよ、あたし達は本当の意味で友達なんかじゃない」


 そんなこと言ったらこっちはもっと友達ではないわけだが。


「別に乙梨と鏡水のことを邪魔するつもりはないからさっ、あたしと友達になってほしい! それでいつでも側にいたい!」

「ま、まあ、それでかなみが満足するのならいいんじゃない? でも、やっぱりすぐには信じられないからね? 悲しい気持ちになりたくないなら――」

「そんなのいいよっ、あたしが乙梨――雛子の側にいたいだけだから!」

「ふふふ、なんか告白みたいだね。だけどあれだな、今日はあんなこと言っておいてなんだけど、なんかすっごくうれしっ……」

「わっ、な、泣かないでよ雛子!」


 しょうがない……あおいさんの言うようにメンタル雑魚なんだから。

 変なところで意地張って、怒って、悲しんで、泣いて。

 人間なんだから私だって人並みにそういうこともあるってだけなんだ。


「かなみさん? なにをしているんですか?」

「ち、違うから! なんか知らないけど……うわーんっ」

「えっ、あなたも泣くんですか!?」


 結局、1時間近くふたりで泣いたせいで家に着いた頃にはもう真っ暗だった。 

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