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06

 自分でやっておきながら彼女の頑固さを前にして敗北した私ではあったが。

 あの後はちょうど紫藤先生の授業だったため強制的に解除されることとなった。

 だから放課後まで真面目に授業を受けて、放課後になったらすぐに帰る――帰るつもりだったのに……、


「乙梨さん」

「あー……えっと、なにかな?」


 この手強い人間を前にして帰れる強さは持っていないというジレンマ。

 抱きしめれば諦めてくれると考えていた私がアホだし、抱きしめ返されてドキドキしてしまった自分が恥ずかしくて仕方がない。

 彼女の嫌な点は油断しているといつの間にか己の1番大切な部分に踏み込まれそうになっているということだろう。


「私、ずっと諦めませんからね」

「だ、抱きしめたって無駄だから!」

「――? 抱きしめてきたのは乙梨さんですよね?」


 くそう……こういう時に限って一色さんや朔弥ちゃんいないし……。


「あの、どうしてそこまで他人を拒絶するんですか?」

「え、特にないよ、拒絶するというか昔からこんな感じだっただけで」


 家に帰れば落ち着くから学校が終わったらすぐ下校を心がけていただけだ。

 クラスでみんなが盛り上がっていても加わりたいだなんて考えていなかったし、みんなに遅れないために興味もないことを知ろうとなんてこともしなかった。

 朔弥ちゃんや鏡水さんに興味を示したことは過去の私からすれば意外だが、それ以外では通常通りなわけで。


「勝手なことを言わせていただきますけど、私だったらそういう過ごし方は寂しいから変えてあげたいって思ってしまうんです」

「なるほどね。うーん、確かに他の子からしたらちょっと違うかもだけどねー」


 自分より格上の子に心配されるのも嬉しいけど、鏡水さんは私じゃないんだから自分優先で生きればいいと思うんだけどな。

 だけどそれができないのが彼女の人間性であり、弱さでもあるわけか。

 優しいっていいことばかりでもないからね、時には切り捨てることだって必要なんだ。


「どうしたら鏡水さんは満足してくれるの?」

「あなたが私の友達になってくれたら、ですかね」

「友達になって鏡水さんにメリットあるの?」

「はい、いつでも格好良くて素敵なあなたといられることです」


 なんだっけ、こういう子のことを天然とかフラグ建造マシンとかたらしとかって言うんだっけ。

 結局こんなのは仲良くなりたい子がいれば誰にだって言うことだろう。

 だから馬鹿みたいに信じて行動することはできない、私じゃなければいけない理由が分からないから。


「ごめん、私はそう思えないから」

「分かりました、それならずっと私は諦めませんから」


 ――とはいえ、こういう付きまとわれ方をされるくらいなら認めてしまった方が楽なのでは? ということを考えている自分もいる。

 どちらにしたって彼女からは逃げられないし、彼女の話をこうして律儀に聞いてしまっている時点で終わっているようなものかもしれない。

 なら邪魔しているものってなんだろう? 内側にあるチンケなプライド?

 これまでひとりでやってきたから、これからもひとりでやっていくのが正しい、群れるのはださいとかっていう強がり?


「あれ、あんた達まだ残っていたのね」

「一色さんこそ帰ったんじゃなかったの?」

「あたしは委員会の仕事があったのよ。あんた達も?」


 首を振ると「なるほど、鏡水に絡まれていたのね」と彼女は曖昧な笑みを浮かべた。

 呆れているようにも、鏡水さんの行動力に感心しているような類にも見えるそれ。


「乙梨、もう受け入れたらどう? 別に告白されているというわけでもないことだし、デメリットだってないでしょ?」

「でもさ……直前まで『ひとりでいい!』みたいなやり方していたのにさ、急に意見変えたらださいじゃん」

「そもそも他人に興味がないフリして強がっている方がださいわよ。あんた、青葉や鏡水といる時、凄く楽しそうな雰囲気を出しているわよ?」


 一色さんの言っていることは間違っていないと思ってしまった。

 この時点でもう答えが出てしまっているようなものか。


「大体、クリスマスに来てくれなくてあんたが拗ねてるだけでしょ?」

「だ、だってっ、初めてだったんだよ!? なのにふたりとも来ないし……風邪で寝込むし……」


 高校に入って初めてのクリスマスというのもあったし、他人に興味を抱き、家に来るのを許可した初めてのことだったというのに、結果があれじゃあね……。


「答えが出ているじゃない、要は寂しかったんでしょ? 青葉や鏡水が来てくれなくて」

「当たり前――」

「もう1度言うわよ? もう変な意地を張るのはやめなさい」


 やはり邪魔していたのはチンケで無駄なプライドってやつか。

 友達を作れというのはこういうことを指摘してくれる仲間が必要だってことなんだろう。


「……朔弥ちゃんと仲直りしたい」

「はい」

「簡単よ、友達だと言ってあげればあいつは――」

「そんなので許さないから!」


 今日初めて彼女をまともに見た。

 いつも整っている綺麗で長い髪はボサボサで、苛立ちの感情から髪をわあと掻き乱した感じだ。


「許さないって、あんたのそれはもはや逆ギレじゃない」

「それなら、どうしたら許してあげるんですか?」

「そんなの決まってるじゃん、謝ってくれたらだよ」


 以前までの私なら間違いなく謝る必要ない、そこまでの求めていないって思っただろうがいまは違う。


「ごめ――」

「駄目ですよ、悪いのは私達なんですから」

「ちょっ、別にいいんだよ? 謝ることで仲直りしてくれるんなら」


 しかし、鏡水さんに止められてしまった。

 彼女の頑固さはここでも発揮されるようだ。

 私がそう言っても「駄目です、原因は全て私達ですから」と言うことを聞いてくれない。


「未々邪魔っ、私はいま雛子と話してるの!」

「うるさいですっ、あなたこそいい加減にしてください!」


 こ、怖い……彼女は私の初めてをたくさん奪ってくれるなあ。


「なんだ今日も喧嘩か?」

「紫藤先生はお暇なんですね……」

「お前に言われたくないがな。――ん? あ、乙梨と青葉がというわけではないのか」

「はい……あの、怖いんで止めてくれませんか?」

「おいお前ら、喧嘩しかしないのなら近づくのはやめろ」


 さすが紫藤先生、先生にこう言われれば鏡水さんの方は少なくともやめるしかないだろう。


「けれど紫藤先生、朔弥さんは自分のことを棚に上げて乙梨さんのことを悪く言うんですよ?」

「青葉、一体どういうことだ?」

「え、わ、私はその……」


 こ、こういう流れになったらさすがの朔弥ちゃんだって落ち着かざるを得ないはず。


「雛子にむかついているんですっ、それをぶつけてなにが悪いんですか!」

「ふむ、結局原因は乙梨だということか、お前は一体どれだけ問題を起こせばいいんだ?」

「えぇ!? 紫藤先生だけは味方だと思ったのに!」


 というかふたりとも予想の反対をいくじゃん!

 私が騒いだわけでもないのにとばっちりを受けいているんですが……。


「あんたがいるから拗れるのよ、帰るわよ」

「はーい……鏡水さん、朔弥ちゃん、あんまり激しくしたら駄目だからね?」


 どうして仲直りがしたいという流れから鏡水さんVS朔弥ちゃんになっているんだよ。

 もう本当に自分が全て問題なんじゃないかとすら思えてきた、事実そうなんだけども……。


「はい、私は大丈夫ですよ。この方がきちんとしてくれるのなら、ですけども」

「ふんっ、未々は分かってないんだよっ、雛子の勝手さをさあ!」

「は?」

「は? なに? 間違ってること言ってる?」


 先生に頭を下げてから教室をあとにする。


「ごめんね一色さん、私達の方が迷惑かけてるよね」

「そうね」

「う、うん、だよね……」


 辞めたら? は自分に突き刺さる言葉である。

 あのふたりは名前で呼び合っているんだし私がいなければ仲良くなれる気がした。


「ね、私がいなくなれば――」

「そうしたところで無駄よ、いまだって結局来ているじゃない」

「でもさ、私が悪いなら――」


 彼女は足を止めてこちらを睨みつけてくる。


「無駄、あんたあたしよりも頭いいくせに馬鹿よね。そもそもあんたが友達じゃないとか言っていなければ起こっていなかったのは事実だけれど、だからってなんでもかんでも自分が離れれば解決~なんて考え方は傲慢というものよ」


 彼女こそ関係ない、知らないで片付けようとはしないのだろうか。

 寧ろ憎き私達が勝手に解散してくれれば、もう1度あのクラスで堂々といられる。

 だというのに彼女は私達のために動いてくれている、Mなのかな?


「一色さんはMなの?」

「は? はぁ……あんたが馬鹿なだけでしょ。あたしが言うのもなんだけど、青葉はともかく鏡水のことは大切にしてあげなさい」

「鏡水さんかあ……あの子も律儀だよね、私が助けたみたいに考えているようだけどさ」


 前も同じようなことを考えたが、あれは自分でも他人のでも、とにかく悪口を聞きたくなかったんだ。

 でも、実際はその願いとは逆に教室内にはそれが漂っていて、苛ついて、八つ当たりをした。

 所詮、彼女はライバルだ、少なくとも先程まではそうだったんだから助ける義理はない。


「実際にそうでしょ?」

「助けたって大袈裟じゃん、私は余計なことまで一色さん達に言っちゃったし」


 ――じゃあなんであんなことをしたのかと問われれば、自分の鬱憤を晴らしたかっただけでしかないだろう。

 それをなにを勘違いしたのか鏡水さんは格好いいとか思っちゃって、困るのはそう言われて悪い気はしないということなんだが。


「ははは、褒められ慣れていないのね」

「うん、悪口ばっかりというわけでもなかったけど、あんまり他の子と親しくしてこなかったから」


 それでも多少変化したのは旭が生まれてきてくれたからかもしれない。

 あんな私でもこの子のお手本になるような人間になりたいって思えたわけだし、だからこそ旭にはなんでもしてあげたいと考えている。


「いいじゃない、あんたは鏡水と関わることで初めての体験をたくさんできるのよ」

「……あの子が求めてくれるのなら、私はあの子の側にいたいって思うよ」

「さっきまで『ださくない?』とか言っていた人間の言葉とは思えないわね」

「い、いいじゃんっ、言わないでよ……恥ずかしいんだから」


 彼女が歩きだしたため私もそれを追う。

 ――溶け込めないだけだったのに私は周りの子と違うとか考えて線を引いていた自分は馬鹿だったな。

 ま、まあ、実際学力では勝っていたわけだけど、それ以外では他の誰よりも下だった。

 分かろうとしていない人間を分かろうとしようとする人間はかなりレアだ。

 つまり、朔弥ちゃんも鏡水さんもレア、この先、似たような人が現れるかも分からない。

 そこを変に意地張って無駄だと切り捨てられるような強さは、いまの私にはもうないんだろう。


「鏡水さんはああ言ってくれたけどさ、私は朔弥ちゃんに謝るよ」

「いいんじゃない? そうやって学んでいくしかないのよ、知らないことなら尚更ね」

「あとごめんね、巻き込んで。それと、助けてくれてありがとう」

「あたしがあんたを助けたって?」

「うん。あ、別に一色さんがそう思っていなくてもいいんだよ、これは自己満足だから」


 自分勝手と言われても構わない。

 いつだって自分のために動いているのは事実だし、実際に私はそれを鏡水さんにぶつけてしまったから。


「じゃあこっちからもう言うけど――ありがと、あんたのおかげでやめることができたわ」


 興味がなかった頃やぶつかり合った時には見ることのできなかった柔らかい笑み。

 私はなんとなくそのままでいてほしくて、彼女の頬に手で触れる。


「なによ?」

「……ううん、素敵だなって思っただけ」

「そういうのは鏡水や青葉に言ってあげなさい。あたしはこっちだから、それじゃあね」

「うん、ばいばい」


 彼女の背中が視界から消えるまで見送って、私も歩きはじめる。

 いや、落ち着かなくて家まで走って帰ったのだった。




「あーもーうざーい! 未々の馬鹿!」

「すみません、あなたの横にそのうざいのがいるんですけど」

「そうだよ、だって未々がいるからこそ言ってるんだから」

「最低ですね……」


 対雛子ちゃんの時よりもむかつく気がする。

 それはなんでだろう、小さいのに生意気言いやがって! ってやつだろうか。


「乙梨さんと仲直りしてくださいね」

「でも……もう雛子ちゃんは求めてないかもしれないじゃん」

「そんなことありませんよ、自分からそう口にしたんですから」


 またむかむかしてきて、それをどこかにやりたくて手を振りかぶったら未々に止められた。


「どうですか? 落ち着きましたか?」

「あ……」


 小さくて柔らかい感触、止めるだけでなくこちらの手をしっかりと握って微笑んでいる彼女。

 それを自覚した瞬間、なぜか意味もなく心臓がドクンと1度だけ強く跳ねた気がした。


「ね、ねえ、未々って雛子ちゃんのことが好きなの?」


 わっ、な、なに聞いてんだよ私っ!

 が、友達のつもりなんだし、こういうこと聞いたりするのなんて普通だと割り切る。


「そういうのではありませんよ、私はただ、自分のために動いてくれた乙梨さんになにかを返したいだけなんです。というか、どうして急にそんなことを?」

「い、いや……気になった、から」

「私のことが好きってことですか?」

「は、はぁ!? ち、違うからっ……」


 こんな言い方をしたら未々じゃなくても恐らく同じようなことを聞くだろう。

 慌てて否定した私に「ふふ、分かっていますよ」と彼女はどこまでも余裕そうだった。

 それがなんとなくどころかかなりむかついて、握るだけではなく指も絡ませる。


「こ、恋人ができた時の練習っ」

「ふふ、私はまだなにも言っていませんよ?」

「う、うるさいっ、いいから帰ろ!」

「はい、帰りましょうか、ゆっくりと」


 なんか全部見透かされているというか、そのゆっくりとってどういう意味なのって聞きたくなるけど……勇気のない私には聞くことができなかったのだった。

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