05
「てあ……なん未々とふたりきりにされてるの……」
明らかに私怒っていますって雰囲気なんだけど。
朔弥ちゃんめ、本当に憎き存在にグレードアップするぞ。
「ふぅ……とりあえず、言われた通りにしましょうか」
「そうだね、確か最初の目標は……」
「乙梨さんのお家にお邪魔させてもらいなさい、でした」
どちらにしても帰る予定だし不都合はない。
そういえば後で一色さんと来るとか言ってたけど、それならクリスマスの時に来いやー! って思うけども。
家に着いたら入ってもらって本当は怖い鏡水さんの対応。
「朔弥さんはどういうつもりなんでしょうか」
「いや……私にも分からないかな」
怖いんだよこの子、もう自分の格上だって分かっているんだから。
なのになぜ一旦でもふたりきりにするんだ。
「でも、やっとあなたとふたりきりになれました」
「な、なにをするつもり? 大晦日の夜、あなたを追い出したから怒っているの?」
他人にここまで恐怖を抱いたのは初めてだ。
逆に言えばこういう子こそ怒ったら手に負えない存在なんだ。
「いえ、ずっと謝りたかったんです」
「謝る? あー、一色さんとか朔弥ちゃんに?」
「あなたにですよ、だって私の方からお誘いしたのに当日、行きませんでしたから。それにあなたのお母さんから聞きました、3日間風邪を引いてしまったんですよね?」
いつの間にか母とも繋がってる!
旭にばかり構っていて私だって全然話せてないというのに、なんだこのスキルは。
やはり偽っていたんだ、実はコミュ力抜群の女の子だった。
「ま、まあ、それは私が馬鹿だっただけだし、大体私が変な風に期待してしまったのが間違っていただけだし、そもそも他人のことを信じようとすること自体がおかしかったっていうか、とにかく謝る必要はないよ」
「それは違うよ、他人に期待したくなるのは当然だし、他人を信じたくなるのは普通だよ」
む、敬語じゃなくなっていることに気づいているのか気づいていないのか――どちらかは分からないもののこちらを真っ直ぐと見つめてきている。
なんとなくだけどその瞳にグッと惹かれてずっと見続けて、そのまますっと、すっと顔を近づけてもっと見えるように……いぃ!?
「わっ、ごめんっ」
「大丈夫だよ」
そのタイミングで『着いた』というメッセージが、正に救世主到来というやつ!
「い、いらっしゃいっ」
「ん? なんでそんなに顔が赤いの?」
「もしかして鏡水といやらしいことでもしてたんじゃない?」
「ち、ちがっ、とにかく上がって!」
私以外にもいれば一切問題ない。
あの瞳を見つめてはならない、例え一色さんであったとしても吸い込まれる魔力があるだろう。
よくあれだけ絡んでいて効かなかったものだなと思う――というか、私が単純に影響されやすいだけなのか?
「それで、乙梨の家で集まった理由ってなによ?」
「え、普通に仲良くしようってだけだけど?」
「「はぁ?」」
「いいですね、どうせなら仲良くしたいです」
敬語に戻っている。
使い分けをするなんて卑怯じゃないか……。
「じゃあ改めて、あたしの名前は一色鳴霞」
「私は青葉朔弥」
「私は鏡水未々です」
なぜに自己紹介なんだ。
けれどまあこういうところから始めないと間が持たないんだ多分。
私達なんか微塵も友達でもなんでもないんだから普通のことだが。
「私は堂々と紫藤先生に名前で呼ばれたからいいでしょ?」
「「空気読めない……」」
「ふふ、乙梨さんらしくていいじゃないですか」
ああ、全部言い終えた後に(笑)が付いている気がする。
こんなに対応しづらい人は人生で初めて出会った。
まあ、踏み込むつもりなんかないんだからこれまでの周り人と変わらないと言えば変わらないんだけど。
「私はね、雛子ちゃんが気に入らない!」
「どうしてなのよ、1年生が始まった頃から付きまとっていたじゃない」
「だって……興味を持ってくれてないんだよ!? それにこれだけ一緒にいて友達じゃないとか言ってくるしさ!」
「なるほどね、これは乙梨が悪いわね」
「へへーん、やっぱりそうじゃん、雛子ちゃんのばーか!」
そもそも私は頼んでいないし、期待通りの人間じゃないと分かったのなら大人しくどこかに行けばいいのに。
それで鏡水さんを巻き込んでクリスマスに来ないとか大人げないしあれは私を私らしくいさせる原因になったことを知らないんだろう。
いまだから言うが、私は間違いなくふたりと友達になりたいと思っていた。
そんなことはこれまで一切なかったし、かなりレアな思考――けれど、その思いを粉砕してくれたのも彼女達だったというわけだ。
「ところで、クリスマスに一緒に過ごそうと誘ったのは誰?」
「私です」
「で、行かなかったのね?」
彼女は一瞬だけ朔弥ちゃんを見てから「はい、申し訳ないことをしてしまったと思います」とあくまで自分に非があるような言い方をした。
「あんた達、本当は仲良くないんでしょ」
「そうだよ、誰かさんが裏切ってくれたせいで余計に信じられなくなったからね」
それこそ一色さん達にしたように上げて落とされたってわけだ。
おまけに鏡水さんの本性も知ることができた、分かり合うなんてどだい無理な存在なんだ私達は。
「乙梨さんは悪くないと思います」
「いや、そんなことはないでしょ、鏡水や青葉だけが悪いというわっけではないわ」
仲良くするとはなんだったのかという話である。
結局こうして集まってもみんな私を責めたいだけなんだ。
……少なくとも退屈な日々を更に退屈にさせてくれるのが彼女達の存在だった。
「分かったよ、はぁ……どうせ私が悪いんでしょ」
「そんなこと言ってないでしょ」
「いいっていいって、どうせ分かり合えないんだから。もう帰ってくれる?」
3人を追い出して、だけど今回は自分も下に行くことに。
「あの、私のせいということも分かっているんですけど、本当にもう駄目ですか?」
「私的に言わせてもらうと時間の無駄だよ、やめておいた方がいい」
本性を知ってしまった後じゃもう遅い。
アホとか平気で言えるような子だし、いまだってその内側でなにを考えているのか分からないんだから。
「あなたのそういうところ大嫌い!」
「あの時ちゃんと来てくれてたらこんなことしなかったよ」
「……今日は連れて帰るわ」
「うん」
……自分が原因を作っておいてこちらばかり責めてくる彼女よりは鏡水さんの方がマシか。
なにをしたいのかが分からないというのが気持ち悪いし面倒くさいし鬱陶しいしで大変だから。
隙を見せないように出ていったらすぐに鍵を閉めた。
「あーもーうざーい!」
「うるさくしない、紫藤先生からも怒られたでしょ」
うざいとまで言うとは思わなかった。
よほど参っているのか、元々の性格があたし達似なのか。
「なんなのあいつぅ!」
「あのねえ、仲良くしたいと思っているのならその態度は良くないわよ」
「ふんっ、誰があいつなんかと! 未々も近づくのやめなよ、あんなやつになんて」
少し前までの自分達を見ているようで不思議な気分になった。
ここで重要なのは鏡水の気持ちだ、彼女も同じように感がているのなら――あたしは乙梨の味方でいたいと思う。
「全ては私達のせいではありませんか?」
「知らないよっ、どうせクリスマスに行ってたって遅かれ早かれああいう態度を取られていたに違いないし!」
「じゃあ、あなたはやめたらいいじゃないですか」
「はぁ!?」
結局自分の思い通りにならない人間とはぶつかるようだ。
自分が言うのもなんだがこんなやつに付きまとわれて、乙梨はよく普通に対応していたと思う。
「乙梨さんが意固地になってしまう理由は、あなたが面倒くさい絡み方をすることも影響しています。なのにまるで被害者面――恥ずかしくないんですか?」
……乙梨の言う通りだ、鏡水の方が自分達よりも遥かに格上。
さすがの青葉も「ぐっ」と小さく声を漏らして固まるだけ。
「勝手にやっていてください、私は私の意思で乙梨さんと仲良くなってみせますよ」
そのタイミングを見計らっていたかのように別れ道がやってきた。
「ま、少しは落ち着きなさい」
「うるさい!」
追うような仲でもないし鏡水と歩いていく。
「言い訳でしかないんですけど、クリスマスの夜、朔弥さんから乙梨さんのお家に行かないでくれって連絡がきたんです」
「あんたはそれに従ったってことね」
「はい……なんだかんだ言っても誰かに悪く言われるのは堪えます。ですから、聞くしかないと思いました……」
先程ハッキリ言えたのはいい加減頭にきた、ということか?
けれど一方的に青葉を責めることだってできないもどかしさがあるわけだ。
「でも、大晦日の日――乙梨さんのお家に行ってから気づいたんです、ああ、私はなんて馬鹿なことをしてしまったんだろうって」
乙梨のことだから今日みたいに追い出したんだろうな。
少なくとも誘った鏡水や、一緒に来たがっていた青葉のことは信じようとしていたのに、本人達は来なかったとなればそりゃ落胆だってする。
「それを言ったの?」
「いえ、無駄、友達じゃない、登録解除してくれと言われて……無様に帰るしかできませんでした」
鏡水だけでも行っていれば状況は全然違った。
しかし、せっかく変わろうとした彼女のそれをぶっ壊してしまったわけだ。
しかもそれが高校に入って初めてのクリスマスとなれば影響も大きい。
おまけにあいつの性格上、友達と過ごすのなんて初めてだっただろうし……。
「あいつにとって去年のクリスマスは苦い思い出になったでしょうね」
「あのっ、どうすればいいでしょうか!」
「それをあたしに聞くの? そもそもあたしとあんたがこうして一緒にいられること自体がおかしいんだけどね」
物を隠したりはしなかったものの、言葉での攻撃を繰り返してしまった。
許してもらおうなんて考えていない。
でもだからこそ乙梨には感謝しているし、あいつが困っているのならできる限り力になりたい。
「それも乙梨さんのおかげですよね」
「普通はあんなに堂々と言えないわね」
今度は自分が対象にされるんじゃないか、いまの鏡水みたいに恐れたっておかしくない。
けれど乙梨は違かった……と、言うよりも、周りに興味がなさすぎたからかもしれない。
単純に周りの言葉などに意に介していないだけなのかもしれないが、中々どうして簡単にできることではない。
「私はそんな乙梨さんを格好いいと思いましたし、このままでは駄目だとも思いました」
「だけどどうするのよ、乙梨はいま固めに固めていてちょっとやそっとの言葉じゃ届かないわよ?」
「だ、抱きしめて……とか」
「あたしとあんたでそれをするの?」
ちんちくりんといじめっ子だった人間がして効果あるか?
もしそれで直るのなら面倒くさい人間なんて存在していないだろう。
「私、放っておけません!」
「ふっ、少し前まで守られる側だったくせに」
「だからですよ!」
「あーはいはい、そんなに大きな声を出さないで」
少なくともあたしの仲間ふたりには青葉の名字を出させないようにして。
あたしはあたしで乙梨に近づいてみようと決める。
「あいつ、凄いわよね」
テストで勝負を仕掛けてきて実際に勝って鏡水を守る。
そんな主人公っぽいことを平気でやってのけて、だけど裏切り同然のことをされて信じられずにいる。
ひとりだったあたし達だって最初はそうだった、乙梨ほど優秀ではないけど似たような考え方をして生きていたのには違いない。
「ちょっと偉そうですけど、協力してくれたら過去のことは全て水に流します……なので、協力していただけませんか!」
「あんたに頼まれなくてもあたしはそもそも動くつもりだったわよ」
「ありがとうございます!」
お礼なんか言われても困る。
乙梨もそうだけど鏡水だって同じくらいおかしかった。
「乙梨さん!」
「んー」
ふーむ、これだけの意地があれば一色さん達なんか簡単に退けられただろうに。
自分で言うのもなんだがここまで拒絶オーラの出している人間に近づくなんて素直に凄いと思う。
「私はあなたと仲良くさせていただきたいです」
「私はしたくないから」
「諦めませんよ、私は絶対に」
しつこいな、変に助けるべきなんかじゃなかったか。
違うか、鬱憤を晴らすために一色さん達を利用するんじゃなかった。
彼女の両脇に両手を突っ込んで持ち上げる。
「なんでそんな私にこだわるの?」
「あなたが格好いいと思ったからです」
格好いいねえ……私は確かに自分のために動いたと言ったはずだが。
「こういうことされても嫌じゃないってこと?」
そのまま抱きしめたらまさかのそのまま抱きしめ返された。
当然のようにクラスメイトがザワザワとし始める。
ここは女子しかいないし、いきなりなんだと気になるのだろう。
「はい、嫌じゃありませんよ。寧ろ、あなたを近くに感じることができて嬉しいです」
昨日のことを思い出して慌てて彼女は離そうとしたができなかった。