04
あっという間に正月になり三が日も終わり冬休みも終了となった。
「ふぁぁ……ねむ……」
鏡水さんには解除していいよと言ったが、私の方は解除することなくそのまま残したままだった。
「お姉ちゃんおはよっ」
「うん、旭は元気だねー……」
「今日まで休みなんだっ、だから友達と遊んでくる!」
「いいね、私はもう登校日じゃよ……」
適当にごはん食べて制服に着替えたり歯を磨いたりして外に出る。
「くぅ……寒い」
あれから本当に引きこもっていた私としては、この冷気は体にとにかく響いた。
「あんたにしては珍しいじゃん、そんなやる気なさそうなの」
「んー……? ああ……うん、冬休みいいことなくてね」
話しかけてきたのは鏡水さんに悪口を言っていた3人組のひとり。
彼女は本当に約束を守ってくれているので嫌いとかそういうのは一切ないが、信用することもないんだろうなって内心で呟いた。
「あたしは冬休み旅行に行っていたわよ、そういう点ではあんたよりも上ね」
「どうせ下ですよー……テストの点数ぐらいでしか勝てないし」
そんな自慢をされても困る。
休みなんだからゆっくり家で過ごしてなにが悪い。
「というかさ、あんた青葉達と喧嘩でもしたの?」
「喧嘩? なんで?」
「いや、ただ気になっただけ」
なんでいきなりそんなこと思ったんだろうか。
別にまだあのふたりが来ているというわけでもないし、冬休み中に会っていたというわけでもないのだから分からないはずだが。
「あなたこそいいの? お仲間さんといなくて」
「……喧嘩した」
「えぇ……じゃあ人の心配なんてしている場合じゃないじゃん」
そういえばテストの勝負の時も一緒にいなかったか。
勝手に私との勝負に負けたら悪口を言うのやめると決めてしまった彼女に愛想が尽きてしまったのかもしれない。
「あたし達の方はいいの、あんたは仲良くしなよ」
「そう言われてもね」
そもそもあれは喧嘩と言うよりも事実を指摘しただけだ。
こちらが悪いとは一切考えていないし、向こうにとっても同じだというのなら分かり合えない存在として片付けるだけ。
そんな面倒くさいことをいつまでも考えていたところで時間の無駄にしかならないというのに、他の人は違うのだろうか。
「元気そうだな」
「おはようございます」
紫藤先生も変わらない。
ただなんとなく先生を見られただけで落ち着くのは、その変わらないことにホッとしているからなの?
「ああ。――ん? 鏡水や青葉はどうした?」
「私=あのふたりといるなんて思わないでください」
3人で1セットみたいな扱いをされても困る。
あの子達と私は対等の存在ではない、他人を信じて動ける分彼女達の方が上というわけだ。
「紫藤先生おはようございます」
「ああ。だが、一色と乙梨が一緒にいるなんて珍しいな」
「はい、ハブられ者同士仲良くしようと思いまして」
え、なんか勝手にハブられたみたいなことになってる。
どちらかと言うと私が切った立場にあるのに、同じような扱いをしないでほしいんだけど。
「喧嘩でもしたのか? 謝るのなら早めの方がいいぞ、完全に非がない人間なんていないんだ。私もな、高校時代に喧嘩したまま関係が終わってしまった人間がいるからな」
「でも、自分が間違っていないと思っている場合はどうすればいいんですか?」
一色さんは私の言いたいことを言ってくれた。
形だけの謝罪なんて余計に拗れるに決まっている。
さらに言えば、そこまで守り続けたいという関係性でもない。
一色さん達とは違って、そもそも友達ではなかったからだ。
「そういう場合はきちんとそれをぶつけろ。その上でどうしたいかを判断するんだな」
「なら、それでも無理だと思ったら?」
「そうしたらそういうものだと片付けるしかないな。けれど1ミリでも引っかかるのであれば諦めず近づいてみるべきだ」
「ありがとうございました」
それでも私は現状維持を続けることに。
「一色さんはどうするの?」
「……仲直りしたいわ」
「なら頑張って」
「……あんたのせいなんだから、あんたも責任取りなさいよ」
「じゃあどうすればいいの?」
言っておくけど人間関係に対しては全然力になれないぞ私は。
寧ろ進んで面倒くさい方向に向かっていく彼女達の方が羨ましく思えてくるくらいだ。
「謝りたいから手伝ってよ」
「なら一緒にいてあげるけど」
彼女を連れて早速移動開始。
そろそろSHRからの始業式なので悠長にしていられる時間はない。
「あ、あのさ」
「……なに?」
「なんでそんなやつ連れてんの……」
どうも、そんなやつですみません。
「勝手に決めてごめん! だけど、悪口を言うのはやっぱり駄目だって思ったのよ……それにいい機会じゃない? あのままだと完全に教室から居場所は失くなっていたわ」
「……だからってなんで乙梨といるわけ?」
「それは乙梨もひとりだからよ。元々、あたし達はひとりだったじゃない? だから気になって放っておけなくて」
ひとりでいることが悪いことだとは思わない。
でも、彼女達にとっては違うのかもしれない。
一色さんを弱いと判断するのは簡単だが、なぜだかそうしたくないと考えている自分がいた。
つまり、本当のところでは自分もひとりで寂しいと感じているということなのだろうか。
「ま、条件があるけどね」
「「「条件?」」」
「ちゃんと鏡水や青葉と仲直りすること」
「ふははっ、いいじゃんそれ! 乙梨仲直りしてきなよ~」
「もしかして怖いんじゃないの?」
おっと、分かりやすく調子に乗るおふたり。
……そこまでして一緒にいたいと考えているように彼女達には見えているのかね。
「邪魔、なんだけど」
「ふーん、あっそう」
いきなりやって来たと思ったら喧嘩腰。
一色さんはあからさまに「はぁ……」と溜め息をついてくれたが、結局やって来なかった上にこの態度を前にしたら私みたいな反応をされてもしょうがない気がするが。
「言っておくけどね、私は仲直りするつもりはないから」
「じゃあこっちも言っておくけど、そもそも友達でもないのに喧嘩できるわけないでしょ? なに一方的に絡んできてるの? あ、もしかして私に友達扱いされていなくて寂しいとか? ふふふ、どれだけ私のことが好きなんだって話だよね」
「はぁ!? そんなんじゃないんですけど!」
「ぷふっ、そうやってすぐ叫んじゃうところが図星ってことなんじゃないかな~?」
煽りに関しては私最強。
しかも最後まで余裕綽々で貫ける強さがある。
「言っておくけど、あんた達ふたりとも似たようなもんよ……頭が良くても幼稚ね」
「ぐはっ!? こんなのと一緒にしないでよ!」
「そうだよっ、雛子ちゃんなんかと一緒にすんな!」
「似ているわね……」
こうなったら大人に頼るしかない。
私は一色さんと憎き朔弥ちゃんを連れてこちらを見ていた紫藤先生のところに向かう。
「あれ? というか紫藤先生がなんでこの教室にいるんですか?」
「ああ、暇つぶしだ」
「そ、そうなんですか……あの! 誰が正しいと思いますか!」
いまこそ憎き存在に裁きを。
紫藤先生の指導を前にすれば朔弥ちゃんだって強気ではいられない。
そうすればわーわーぴーぴー泣いて無様に「ご、ごめんなさいぃ」と謝ってくるはずだ。
「一色だ。お前らふたりはガキすぎる、お前らは偉そうに一色達に色々と言っていたようだが、私からすればお前らは騒がしくてクラスメイトに1番迷惑をかけて存在としか思えんな。前も言ったがな、テストで高得点を取れればいいというわけではないんだ、例え頭が良くても周りを見ず暴れるやつであれば迷惑な存在でしかない、流石にこれくらいは分かるだろう?」
ぐっ、だけどこれは朔弥ちゃんや他の子と絡まれるからなんだ。
私ひとりであれば一切騒がないし興味だって示さない。
卑怯な子だ、こうなることを予見して近づいてきたということか。
「まあいい、そろそろ私は戻る。とにかくお前らはもっと静かに過ごせ、分かったな?」
「「はい……」」
違うか、私がもっと大人の対応をしてあげなければならないんだ。
相手に合わせるのは無駄だと考えているが、合わせなければこういう面倒くさいこともたくさん起きてしまうと分かったのなら。
「ごめん朔弥ちゃん」
「あ、わ、私も……」
「あなたは精神が成長してないんだよね、だったら合わせてあげなければならないんだよね」
この対応が必要だった。
差があったからこそ私でも気づけなかったんだろう。
「はぁ!? 調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
「それはそっちでしょうが! 大体ねえ、朔弥ちゃんはクリスマスにドタキャンしておいてなにを怒ってるんだよ!」
「ふたりとも」
「「なに!?」」
そこに訪れたのは怖い顔をした鏡水さん。
「うるさいので静かにしてください。周りの人に迷惑がかかっているということが分からないんですか? それとも鳥頭なんですか? 紫藤先生にいま言われたばかりだというのにアホなんですか?」
「「え、めっちゃ口悪い……」」
ま、この方が対応しやすいけど……。
「なにさっ、大体ふたりがクリスマスの時に来てくれてれば3日間も風邪で寝込まなくて済んだんだから!」
全てはこれに尽きる。
複雑さを感じながらも初めて友達と過ごせるということで地味に楽しみにしたんだ。
だというのに結局来ない、おまけに風邪を引いて冬休みを浪費及びケーキさえ食べれずあっという間に年越し。
今年の私ほど惨めな冬休みを過ごした生徒というのはいないだろうと言いたくなるくらいには最悪だった。
なにが最悪ってスタンスを崩してまで友達といることを望んだのに蓋を開けてみれば連絡さえなく当然のようにふたりは来ないなんて結末だぞ。
「ということはあんた、拗ねてるということね」
「違うもんっ、一色さんの馬鹿!」
「もんってなによ、似合わないからやめなさい」
ぐぅ、いきなり正しい人間になったみたいにチクチクと言葉で刺すのはやめてほしい。
担任の先生が来た上に鏡水さんが怖いため退却。
初学校は実に微妙な気分のまま終えることになったのだった。
「乙梨、そろそろ機嫌直しなさい」
「別に怒ってないし、というか今朝からなに? いきなり私のところにやって来て、地味に言われたこと傷ついていたとか?」
「煽るのはやめなさい。いいの? あのふたりと喧嘩したままで」
私は席から立ち上がって彼女の両肩を掴む。
「なんでそんなに気にするの? 私とあのふたりが仲良くないと不都合なの?」
彼女は憎き朔弥ちゃんのようにも狼狽えず、意外と口の悪い鏡水さんのようにビクリともせずこちらを見ていた。
「そりゃそうでしょ、鏡水はともかくあんた達ふたりはあたし達にグサグサ言葉で突き刺してくれたのよ? なのにあんた達がそんなんじゃ調子狂うじゃない」
「別にいいじゃん、普通に過ごしていれば。あの子達とだって仲直りできたんでしょ?」
私達のいないところで悪口でも言っていればいいんだ。
所詮仲が悪いとか、鬱憤を晴らすために自分達に攻撃していたとか、結局同じような立場なんだなとかそういうの。
そこまではさすがに止められる権利はないため、好き勝手やってくれればいいんだ。
だから変に口出しするのはやめていただきたい。
「雛子」
「なに呼び捨てで呼んでるの」
「いいからちょっと来て。あ、一色さんもね」
「分かったわ」
しかし、教室には鏡水さんが残ったままだ。
今日は早く終わっているのだからもう帰ればいいのに、なにをやっているんだろう。
「ね、鏡水さんって本当は怖いんじゃない?」
「ちょっ、教室内にいるんだよ?」
「だってそうでしょ。なのに私達は勘違いして守るようなムーブをしたけど、本当は必要なかったんじゃないかなって」
私よりも他人を信用していないだけだとしたら、……それはもう怖い子でしかない。
だって普段はあんなビクビクという感じなのに、仮に怒っていたとしてもああいうことをスラスラ言えちゃう子なんだよ? 信じちゃ駄目だ、それで踏み込もうとしたら痛い目を見る。
「あたしはそう思わないけどね、もし怖いやつならあたし達に自分の力でぶつかってきているでしょ」
「おー、説得力ある!」
「余計なお世話よ!」
「あの、うるさいんですけど」
「「「ひゃあ!?」」」
朔弥ちゃんに怒っているのか私に怒っているのか、それとも全員に怒っているのか。
でもまあ一方的に被害者面はやめていただきたい。
大体、先程も言ったが連絡もなくキャンセルさえしていなければ私だってここまで意固地になってない。
「それから乙梨さん」
「え、私だけ!?」
「ぷふっ、ださーい!」
「ふふ、そうね」
この面倒くさい茶番を終わらすにはこれしかない。
「全部とは言わないけど未々も悪いんだから!」