02
我がライバルはどうやら悪口を言われるようなことはなくなったようだ。
それはいつも側に朔弥ちゃんがいてくれているからというのが大きい。
だが、こちらの友達問題というのが解決していないまま、金曜日になってしまった。
「うーむ」
「どうしたの? 珍しく難しそうな顔しているね」
「うん、土曜日までに友達連れて行かないと困るんだよね」
朔弥ちゃんは違うし、プライド的に鏡水さんに頼むのも無理。
仮に無理に頼んで連れて行ったとしても、あっさり友達ではないことがバレて終わるだけだろう。
けれど余裕だと言ったのに連れて行かなかったことを考えると――そちらの方が面倒くさいような気がしてきた。
「やだなー、私がいるでしょ?」
「え、だって友達じゃないでしょ」
「ガーンッ!?」
どうしよう、父に煽られるルートだけは絶対に避けたい。
仕方ない、こうなれば多少のプライドくらい捨ててみせよう。
私は友達であろう人物と会話している鏡水さんのところに向かった。
人がいないということを利用し、席を少しどけてから土下座。
「家に来てくれませんか!」
「えっ!?」
頭を下げたまま事情を説明する。
友達のフリでもいいから、特に困らせないからと、珍しく他人に一生懸命お願いをした。
これで断れたのならもう諦めよう。
「あの、頭を上げてください、それと汚れてしまうので……」
「うん、それでどうなの?」
「私で良ければ乙梨さんにお家に行かせていただきますよ」
「え、ありがと! いやー、さすが我がライバルっ!」
「え……」
こっちの話だと話を終わらせて席に戻る。
しかし、まだ固まったままの朔弥ちゃんがそこにいた。
「今日はどうしたの? 珍しく固まってるけど」
「はっ!? というか、あなたのせいだからね!」
「あのね、なんでもかんでも他人のせいにすればいいってわけじゃないよ? あの3人にしたみたいに朔弥ちゃんにも怒るよ?」
「友達じゃないとか言ってくれるからでしょ!」
だって同じクラスで会話していただけだし友達ではないでしょ。
鏡水さんだってライバルなんだから友達にはなれない。
昨日の敵は今日の友なんて言葉はあるが、私敵には無理なことだと思うんだ。
それに私は利用しようとしているわけだから、友達認定しようとなんてしたら失礼だろう。
「あーうるさ」
「分かる、教室内で騒ぐなって感じ」
「よくあんなんで人のことグチグチ言えたよね」
ふーむ、どうやら対象を私に切り替えたようだ。
だが、それなら別に構わない、鏡水さんや他人の悪口を言わないのであればいくらでもやらせておけばいい。
「あ、もしかして私が言われてる?」
「違うでしょ、私だよわ・た・し!」
でもあれだな、もろに聞こえるように言うのは下手くそだ。
聞こえるか聞こえないか程度のボリューム調節が相手によりダメージを与えるというのに、それがまるで分かっていない。
ただ、私を選んだことだけは褒めてあげよう。
「な、なんでそんな嬉しそうなの……」
「どちらの意味でも注目されるのは嬉しいからね。それに退屈な学校生活がちょっとは楽しくなるかもしれないし」
紙にアプリのIDと電話番号を書いて鏡水さんに手渡す。
去り際ににこりと笑顔を浮かべて、怖がられないよう対策すれば完璧だ。
「あの、私にはくれないんですかねー?」
「朔弥ちゃんに? なんで?」
「はぁ……もういいよ」
ありゃ、なんか拗ねちゃったみたいだ。
まあ、そんなの自由だし、私には関係ない。
「鏡水さんいいなー、乙梨さんのID教えてもらえて」
「で、でも、事情があるみたいだから」
「それでもいいじゃん」
む、そういう会話も自分のいないところでしてほしい。
注目は浴びたいがなんともむず痒い、しかもそれに反応するかのように凝りない3人が舌打ちをかましているという流れ。
紫藤先生に指導してもらうか、なにより対象を複数にしようとしているところが気に入らない。
「ねえ、放課後残っててくれない?」
「はぁ? なんであんたのためになんか……」
「紫藤先生に指導されるのが手っ取り早いかなって」
「なにも悪いことはしていないじゃない!」
「だったらさあ」
さすがに全員に聞こえたら可哀相なので、「鏡水さんに構うな」と吐いてみせた。
ばっと耳を抑えて後ずさろうとするものの、椅子に座っていることを思い出しなんとか踏みとどまった彼女は、こちらを睨みつける。
「楽しくいこうよ、これ以上クラスでの居場所が失くなってもいいの?」
「あ、あんたになんの権限があるわけ!?」
「分かった分かった、もう少ししたらテストがあるでしょ? それで私が勝ったらやめてくれる? 教室で誰かの悪口を言わない、他の場所であったとしても聞こえるようには言わない、どう?」
思う分には縛ることはできないが、口にするのなら止めることはできる。
しかも私のライバルを愚弄するなど到底許せることではない。
「じゃ、じゃああんたが負けたらもう偉そうにしないでよ?」
「いいよ、ちゃんと約束守ってね? 守ってくれなかったら……ふふ、ま、言わなくていいか」
「ちっ」
だけどこうして毎回ぶつかり合うのも周りの子に迷惑か。
ま、それもテストが終われば終わるわけだし、それまでは我慢してほしい。
だって他人のでも自分のでも悪口なんて聞きたくないでしょ。
教室にだっていづらくなるし、こういう役割の人間が必要なんだ。
買い手に過ごせるんだったら私はなんでもするつもりだ。
「あ、鏡水さん」
「は、はい」
「明日来てほしいから、13時にここ近くのコンビニで集まろう」
「分かりました」
……友達ではないと思っているけど鏡水さん関連でお世話になっていることだし、朔弥ちゃんにも書いて渡しておいた。
「別にいらないんですけど」なんて言ってくれたので捨てようとしたら「いるいるっ」と真逆の行動を開始。
他の子といると自分だけでは見られない光景というのが見られて少しだけ楽しかった。
父が言いたかったのはこういうことだったのだろうか?
「乙梨ー、席に着けー」
「はい」
休み時間が終わり授業が始まる。
……なんか父に負けたようでその心の内側は複雑なままだった。
「お、お邪魔します」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
父はお昼ごはんを食べた後にどこかに行ってしまったので、それまで待ってもらうことになってしまった。
だから、実は私の方が緊張してしまっているという状況だ。
とりあえずは飲み物を提供しソファに座ってもらう。
「お姉ちゃんの友達?」
「あ、ああうん! 同じクラスの鏡水未々さん」
2階から下りてきたのは練習着を来た弟の旭。
母が見ていたくなる気持ちが分かる、抱きしめたいくらい可愛い。
「僕は乙梨旭です、よろしくお願いします!」
「お、お願いっ、します!」
「あ、すみません、いきなり話しかけたりしてしまって」
あとはこの対応力だろう、まるで中高生みたいなしっかりした態度。
これで悪口を言ったりもしないし、私と違って誰かのために動ける子なので気に入られて当然だった。
「行かなくていいの?」
「うん、まだもうちょっと家にいるよ。ほら、外は寒いから」
「確かにそうだね、もうそろそろ今年も終わっちゃうし」
「だ、大丈夫だよっ、お、お姉ちゃんはす、素敵だし!」
なんで今年も終わっちゃうということからそういう流れになったんだろう。
あと、私は弟になにを言われているんだろうか。
「旭、それって何気に私が年取ってるって言いたいの?」
「ち、ちがっ、時間が経過してもお姉ちゃんは魅力的なままだって言いたいだけで……」
「ふふ、ありがと、だけどお母さんに言っちゃ駄目だよそれ」
お世辞まで言えるなんて私達の家族っぽくないな。
どちらかと言うとなんでもかんでも口にするタイプしかいないこの乙梨家に旭はレアすぎる存在のような気がする。
「なんで?」
「あのね、それを言っちゃうとお母さんが鬼になっちゃうからねー」
「うそっ!? な、なら言うのやめる……あともう行ってくるね!」
「うん、気をつけてね、あとは野球楽しんで」
「うん! 行ってきます!」
さてと、旭の相手をしているばかりではいられない。
ソファに座って固まったままの状態の鏡水さんになんと言えばいいのか分からない。
同級生を家に連れてきたのなんて初めてなんだ、テスト勉強とかテスト本番で強くてもさすがに未経験のことに大しては私でもなあ……。
「可愛いですね」
「あ、旭のこと? うん、凄くいい子なんだ、この家の天使って感じで」
だからいつまでも汚れない存在でいてほしいと思う。
そういう点ではあまり接するべきではないのかもしれない。
ただまあ、どうしたって学校に行ったり野球をしていれば様々なタイプの人と関わるようになるわけだし、距離を置くのは意味ないかもしれないが。
でも、もしかしたら鏡水さん、小さい子が好きなのかもしれない。
旭のことを可愛いと言っていた時、その顔は凄く可愛らしかった。
最近のネットなんかでよく言われてる、可愛いと言う君の方が可愛いというやつである。
「ただいまー」
「あ、おかえり」
「おう。ん? あ、君は雛子の友達か?」
「は、初めまして、鏡水未々と言います!」
「おう、よろしくな。ふーん、なるほど、君が雛子の友達か」
「は、はい」
我がライバルをジロジロと見てほしくないため間に入って距離を作らせる。
「これで文句ないでしょ?」
「駄目だな」
「なんで!」
連れてきたのにきちんと約束を守らないとか大人としてどうなんだ。
まだあの3人方が信用できる気がする、ああいう子はプライドが高いから意地でも守ろうとするだろう。
もし守らない場合は――ははっ、その時はその時だが。
「だって君、友達ではないだろ?」
「そ、そんなことはっ、前々から仲良くさせていただいてますよ?」
「前々からねえ、だったらなんでそんなに手を震わせているんだ?」
「それはお父さんがいるからでしょっ、鏡水さんは臆病なの!」
なにが不満なのか分からない。
けれどこのままだと鏡水さんに迷惑をかけることになる。
これじゃあの悪口3人少女と変わらない、来てもらっておいてこの仕打ちは最悪だ。
「ふむ……まあいいか、約束はきちんと守らないとな」
「うん」
良かった、少なくともこれ以上は彼女に負担をかけなくて済む。
「母さんは?」
「多分もうママ友と行ってるんじゃない?」
「そうか……たまには俺も見に行くかな。じゃ、ゆっくりしていってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「いや、娘がいつも世話になってる、ありがとう」
そういうことにしてくれたようだ。
一応これ以上したら鏡水さんを追い込んでしまうとセーブしたのかな。
「ふぅ、今日は本当にありがとね。あと、ごめん」
「だ、大丈夫ですよ。それよりも……ライバルとはどういうことでしょうか?」
「あー、それは鏡水さんの方が私より上だからだよ、私が負けてるの」
「そ、そんなことっ、私は乙梨さんと違って自分で動くこともできませんでしたし……少なくとも私に負けているなんてことはありませんよ!」
……やはり彼女が悪口を言われるような存在ではない。
なんでそのことが分からないんだろうか。
「送るよ」
「あ……すみません、私が偉そうに」
「ううん、もうこれ以上ここにいてもらったって鏡水さんの時間の無駄だからさ」
「そうではないですけど……解散ということなら今日はこれで」
「うん、だから送るね」
外に出てその寒さにふたりで体を震わせる。
迷惑をかけてしまったのでコンビニでピザまんを購入し渡しておいた。
「それじゃあね、もう多分こういうこともないから安心して」
「ま、まだですよ」
「どういうこと?」
実は文句を言いたりないということならいくらでも付き合おう。
あの3人にではなく私を不快な存在だと扱っているのなら、1対1で相手をしてあげよう。
「て、テストで勝負するんですよね? なら、まだ私とあなたは関係が保たれたままといいますか……」
「なるほどね。ふふ、今度も鏡水さんに勝つからね」
「私は負けませんっ! ふふ、失礼します、これありがとうございました」
彼女と別れて帰路に就く――ことはせず、たまには旭が野球をしているところを見ることにした。
小学校に行くと私達だけではなく他にも父親や母親、兄らしき人達も来ているようだった。
「お父さん、旭はどう?」
「お、来たのか。そうだなあ、普通だな」
「へえ、エースとかってわけではないの?」
「そうだな、だけど、実際よくやってるよ」
下に薄い長袖を着ているとはいえほぼ半袖みたいなもの。
お姉ちゃんからしてみればそれだけで十分頑張っているんだと思えたのだった。