13
「な、なにそれっ、勝手言わないでよ!」
彼女は結局なにも支払わず店から出ていってしまった。
一文無しの私としてはもうアワアワとしてしまってしょうがない。
「大丈夫ですよ、私が代わりにお支払いをするので外で待っていてください」
「ご、ごめんね」
「心配しないでください」
店外に出て未々を待つ。
未々の気持ちは嬉しいけど、いまの私は……。
「お待たせしました」
「ありがと」
「いえ、帰りましょうか」
なんとなく並びにくくて少し後ろを歩く。
「気にしないでください、私が勝手に好きでいるだけですから。でも、私も側にいたいんです、それだけはさせてください」
この子、本当にどれだけ分かっているの……。
こんなに格上の子がどうしてここまで気にかけてくれるのか、私にはそれが分からない。
だって私は疑った、疑ってしまった、それを本人にぶつけてしまった。
その時点で終わっていたようなものなのに、それでも彼女はこうしていてくれている。
「まだ分からないんですよね。そういうものですよ、初めてなんですから」
「えっとさ……好きって特別な意味で?」
「どうですかね、私はまだ1度も特別とは言っていませんよ」
彼女はこちらに振り向いた。
その顔は笑顔で、眩しいものだったけ、ど。
他を優先するということは、つまりこの綺麗な花みたいに綺麗なものをぐしゃぐしゃに踏みにじるということだ。
「かなみさん――ふふ、そんなにビクビクしなくてもいいじゃないですか。かなみさんはいま、困っているんですよね。だけどあなたは私の時みたいに動こうとしている、素晴らしいことじゃないですか、それを邪魔しようとなんてできませんよ。どこに自分だけのために動いてほしいなんて考える人が……いるって……いうんですかね」
「い、いまはあくまでかなみ優先ってだけで」
「じゃあそれが解決したら私を優先してくれるですか、しませんよね……やめてください」
彼女は前を向き歩きだす。
どんな表情でいるのかは当然分からない。
分かったのはどっちつかずな態度は駄目だということだ。
というか今日の私には未々とかかなみとかじゃなく、それ以上の問題がある。
「それでは今日はこれで」
「月曜日お金全部払うから。未々に迷惑かけちゃったけど……かけないようにするから」
「かなみさんと仲良くしてくださいね」
「うん……そのつもりだよ」
伸ばそうとする手を無理やり掴んで止めて、反対方向へと歩いていく。
家には帰れない、だってあんなことしちゃったんだから。
そのせいで未々を巻き込んでしまった、許されることではない。
「頼むよベンチ君、君だけが頼りだ」
堅いけど寝られないレベルではない。
気温だって低いわけではないから、朝まで寝ても死にはしないだろう。
水飲み場だってある、お風呂は……まあ贅沢は言っていられない。
明日は父も母もいないため、適当に帰ってごはんでも食べれば解決だ。
「ワンッ」
「あひっ!?」
「こ、こらっ、鳴かないのっ」
「あ、あれ、あおいさ――」
「はぁ!? はぁ……なんであんたこんなとこにいんの」
なんでって私だってこんなところにいたくないわ!
だけど帰れないんだからしょうがないでしょうが。
旭を泣かせておいて、普通の面で帰ったらボコボコにされて終わるだけだ。
「き、奇遇ですねー……あははは……」
「ライネル、あいつを噛め」
「い、いやー! 怖い怖い怖い!」
「冗談に決まってんでしょ。本当に頭がいいくせに馬鹿だよね。どきなさいよ、休憩するから」
「ど、どどど、どぞ……」
ワンちゃんより飼い主が怖いよ……。
もうこれ人間じゃなくて獣だろ、狼とかそういうの。
「で?」
「で、とは?」
「なんでこんなとこで寝てんの。家出?」
「に、似たようなものかなー?」
「なんで疑問形なのよ!」
「ワンッ!」
ワンちゃんも怖い……しかも帰ればいいのにどうして律儀に付き合っているんだ。
「ねえ、かなみはどう?」
「仲直りしたいの!?」
「うるさいっ。……どうしても鳴霞が気にするから、段々と自分が悪いことをしている気分になってきたのよ」
「かなみは元気だよ。だけど」
言っていいのか? これを本人に言ったら余計に拗れるんじゃ……。
だって鳴霞にも言っていないことなんだよ? なのに私、ホイホイと喋ったら……。
「吐きなさいよ、ここだけの秘密にしておくから」
「鳴霞やあおいさんと一緒にいづらいって……言ってた」
……結局、流されて吐いていた。
彼女の反応は「でしょうね」と実にあっけらかんとしたものだった。
「あたしは鳴霞が好き、言っておくけど特別な意味でだから。だから、鳴霞が気にかけていることが気に入らなかった。好機だと思った、偶然にもふたりでだけ同じクラスになれた。でも、鳴霞は気にする……あたし達のリーダーだったし、無理もないと思うんだけどさ、なんか特別に意識しているみたいで嫌なんだよね」
「鳴霞は多分、普通に仲良くしたいだけだと思う」
「だからそう言ってんじゃん。分かってるんだよそんなのは……それでかなみに八つ当たりするなんて最低ってことも分かってる! だけどさっ、好きな子が他のやつと仲良くしてたら嫌でしょうが!」
――類は友を呼ぶ、じゃないけども……みんな似ている。
未々、彼女、朔弥ちゃん、3人は同じ状態にいるんだ。
「あたしは鳴霞に馴れ馴れしくするかなみが嫌いだった。呆れつつも対応する鳴霞も嫌だったけど……もしああいう性格じゃなければそもそもあたし達はずっとひとりぼっちのままだったし、感謝もしてる。だけどそれとこれとは話が別、かなみには当たりにくかったからあんたにっ……」
「かなみに八つ当たりするのはやめてあげて。あの子も私にとって恩人だから」
「じゃああんたが引き取ってよっ、そうすれば安心して3人で過ごせるから!」
「それはかなみ次第だし……」
この件に限ってはあおいさんが望んでいるからって動くことはできない。
「私はいま、かなみ優先動いてる。なんの力になれるのかは分からないけど、側にいられればなんらかの形で支えられるんじゃないかって思ってる。でも、そういう気持ちがあるのかと問われれば、私の中には別に――」
「じゃあ逆に聞くけど、ないの? そういう気持ち! あんたさあ、支えてあげたいって気持ちは素晴らしいけどさ、適当に褒めたり唆すようなことをしてんじゃないのっ?」
ぐっ……思い当たることはあった。
暴走状態だった時はともかく、それ以外ではあおいさんの言っていることは酷く正しい。
「した……かも」
「だったら!」
「もう少し静かに会話しなさい、入り口まで聞こえていたわよ」
こういう急襲スタイルが好きね、そう内心で呟く。
いや実際呟いていないとやっていられないんだ、これは。
「そうだよー、アオインは最近ピリピリしすぎー」
「あ、んたっ、なに勝手に鳴霞といてんのよ!」
「あたしが誘ったのよ。ライネル」
「ワンッ」
鳴霞に懐いているのか尻尾をたくさん振って感情を示している彼……彼女?
「安心しなさいあおい、あたしがかなみを好いているということはないわ」
「うっはぁ……す、ストレートに言ってくれるじゃないですかー」
「だって本当のことだもの。あたしは3人で仲良くしたいの、駄目かしら?」
「べ、別に駄目なんて……あたしは言ってないし」
そりゃそうだ、3人でいる喜びを知ってしまったんだからあおいさんだって本望ではなかったはず。
これで戻れるのなら、謝罪だってなんだってするだろう。
「じゃあほら、ここで仲直りしなさい」
「ごめんよアオイン、あたしも別にそういうつもりはなかったんだよー」
「こ、こっちだって……ごめん」
「よし、仲直りできたわね。さてと、あたしはあおいを連れて帰るから。後はよろしく、乙梨」
鳴霞があおいさんを連れて歩いていくのを見送っていたらあおいさんの耳が真っ赤になっていることに気づく。
実は杞憂で、本当はあおいさんのことを好きでいたんじゃないだろうか。
「やあ、また会ったね」
「またって……まあ間違ってもいないか」
あまりにも学校の子と会いすぎて、休日ではないんじゃないかと思えてくるくらいだけど。
「さっき聞いたんだけど、鳴霞はあおいのことが好きみたい」
「そっか」
良かったね、あおいさん。
これでもう3人が仲悪くなることもない。
あとは、私が一緒にいる理由も失くなったってことか。
「横、座ってもいい?」
「どうぞ」
彼女は座っただけではなく、こちらに寄りかかってきた。
甘えているのかは分からないが、触れている場所がやけに熱く感じる。
「さっきまで朔弥や未々といたんでしょ」
「うん、いたよ」
「……あおいがいなくなったから言うけどさ、あたしも本当は鳴霞のこと……」
これにはさすがに驚いた。
いつもの余裕はもうなくて、彼女は涙を拭うこともせず前を見つめている。
「でももう終わりだなー……」
「……これからどうするの?」
「ごめんね、雛子」
「え、な、なに?」
実はそれっぽいことを言われてその気にさせられていたのは私だったってことなのかな。
「いや、支えてくれてありがとって言うべきか。でも、捨てられないから簡単に、付き合えないけどあたしの心は鳴霞に……」
「……そっか、頑張ってね……は正しくないかな」
「ううん、これからは戦いだから。延々と叶わないことを追いかけ続けなければならないから」
そうだよね……だって自分の幸せを追求するってことは相手の不幸を願うってことだ。
そんなことできるわけない、だから未々はああいう対応をしたんじゃないか。
「なんかごめんね、紛らわしい言い方をしちゃって」
「ううん、友達になってほしい、側にいたいって言ってくれたのは嬉しかったよ」
「うん。これからは3人で仲良くしつつ、ちょっかい出していくからさ。もう、雛子とかといるのはやめるけど」
「あ……うん、かなみ……さんがそれを望むなら」
寂しいな……結局これもなにも力になれなかったってことだし、そもそも必要とされていなかったってことなんだ。
つくづく自分の無力さを実感する、高校生活って苦いんだなあ。
「やめてよ、同じクラスなんだしどうしても班とかで一緒になったら普通に話しかけるからさ」
「分かった。かなみ、今日までありがとね」
「うん! じゃ、あたしは帰るよ、早く帰りなよー?」
「うん、ばいばい」
未々、いまはなにをやっているのかな。
お金、早いところ返しておきたいけど、家に帰りづらいしなあ……。
「はぁ……はぁ……や、やっと着きましたっ」
「え、未々……?」
どんな理想的なスポットだよここは。
願ったら、それかもしくはここで喋っているだけで関連性の高い人物がやって来るのか。
「もう、なにをやっているんですか」
「なにをって……いままで鳴霞やかなみと話をしていたんだけど……」
「知っていますよ、あおいさんから聞きましたから。あと、誰かさんがお家に帰ることができなくて困っているとも」
それで慌てて来てくれたのか。
私はまだ彼女の家に行ったことがないから分からないけれど、この様子だとそこそこ距離があるんじゃないかって想像することはできる。
どこに反応して来てくれたのか、それをいまから確かめよう。
「未々、めちゃくちゃ最低なこと言っていい?」
「いいですよ」
「かなみは鳴霞が好きだったし、あおいさんとの問題も解決したよ。だからさ、いまから未々のこと、優先してもいいかな」
彼女は少し驚いたような表情のまま立っているだけだった。
息はもう乱れてはいない、ちょっと冷える風がそんな彼女の髪に当たって消えていく。
「本当、ですか?」
「うん、本当」
屑だけど、消去法みたいに聞こえるかもしれないけど。
「もしかなみさんが鳴霞さんのことを好きでなければどうしていましたか?」
「それでもし私が好きだって言ってくれたんなら受け入れていたかもしれない。だから言ったでしょ、最低なことを言うって」
「けれど実際は違かった、それどころか鳴霞さんのことが好きだった、だからあなたは私を優先する、ということですね?」
こくりと頷いて立ち上がる。
代わりに彼女を座らせて、ブランコに乗ることにした。
「最低ですね」
「でしょ。ま、いまに始まったことじゃないけど」
元々、いい人間なんかじゃない。
誰がどう見たって自分勝手のクソ女だ。
「ひとつ聞かせてください。かなみさんのこと、どう思っていたんですか?」
「弱々しく見えたから支えてあげたいって思った。さっきも言ったけど、求めてきたら受け入れるつもりだった」
「私のは断ろうとしたのにですか?」
「断ろうとはしていなかったよ……未々が勝手に言ってただけでしょ」
こういうことに限っては極端であれということ。
こう! と決めた人にだけ集中するのが大切なことだった。
「……けれどいまは私に、なんですよね?」
「うん、今度こそ絶対に」
だから、これからは未々だけを見る。
邪魔するやつはみんなつぶす――のはできないけど、きちんと牽制と戦いをしようじゃないか。
「なら許します。とりあえず家に行きましょうか、ここでは風邪を引いてしまいますから。どこかのお馬鹿さんは、風邪を引くと最低3日間も完治までにかかってしまいますからね」
「ありゃま、よく知ってるね! もしかして、私を好きな子だからかな?」
「そうですよ。だって私だけがずっと、あなたの側にいたじゃないですかっ! これが当然の流れなんですっ。もしかなみさんのところに行っていたら、藁人形を使って呪っていましたよ!」
「はははっ、怖い怖いっ。何気に未々が1番怖いよ!」
「ふふ、私に怖いことをさせないようにしてくださいね」
「うん!」
さて、当面の問題は間違いなく朔弥ちゃんになるわけだが。
今度こそ、私は怯えず堂々とやってみせるぞ。




