10
2年生になった。
いいのか悪いのか未々とかなみと同じクラスで、朔弥ちゃんや一色さん達とは別のクラスになった。
そして担任の先生とは言うと、
「紫藤紗子だ、1年間よろしく」
意外な名前のような、そうじゃないような――とにかく、紫藤先生になった。
去年は担任の先生でもないのに大変お世話になったので、今年はもっとお世話になろうと思う。
「雛子、今日は早く終わったしどっか行かない?」
「かなみはひとりでいいの?」
「あ、鳴霞やあおいのこと? うん、どうせ隣の教室に行けば話せるし、なんならアプリあるしね」
そういうものか。
この子はあの時、本当の友達じゃないとかって言っていたけど、ふたりはどう考えているんだろうか。
「ふっふっふっ、来てやったぞ素敵なおね――下僕のところに!」
誰かの妹だろうか。
でも、仮にそうだとしても初日から先輩の教室に来襲とは凄い勇気のある子である。
「どうしましたか?」
「あっ、そ、その……」
そうそう、未々って大きいわけじゃないのになんかたまに年上のお姉さんに話しかけられた感じがして緊張する時があるんだよね。
「か、かなみ……」
「ああ、かなみさん、妹さんが来たようですよ」
「おー、我が妹である夏菜ではないか」
あれだけ大声を出していたんだから早く気づいてあげてほしいけども。
とりあえず姉妹が不仲というわけでもなさそうなので、私は未々に近づく。
「未々、この後どこか行く?」
「すみません、今日は早く帰って家にいないといけないんです」
「そっか、それならしょうがないね」
「雛子さん達はどこかに行かれるんですか?」
「うーん、どうだろ、かなみはそう言ってたけど」
妹さんと楽しそうに会話しているところを邪魔するのも悪いし、新学期早々出かけなくてもいいという気持ちも半分ある。
どうせこれから良くも悪くも高校生活は続くわけだ、焦る必要はないのではないだろうか。
「おい」
「なに?」
「貴様、私の下僕を泣かせてくれたようだな!」
泣かせた……? ああ……あの時のことか。
かなみって結構喋りたがりだし、なんでもかんでも言わなければ気が済まないのかもしれない。
「ごめんなさい」
「罰として肩車をしろ!」
「いいよ」
昔はよく旭にもお願いされた。
背が高いのが関係していたわけだが、頼られるのは悪い気はしなかったため嫌でもない。
「駄目ですよ」
「な、なぜだ!」
「かなみさんの妹さんは、敬語もろくに使えないようですね?」
そうそう、未々を舐めていると怖いからやめておいた方がいいよ妹さん。
「まあまあ、私は別にいいから。えっと……かなちゃんだっけ、よろしくね」
「ふんっ、貴様となど仲良くしたくないわ! ……です」
「ははは、なにそれ」
未々が早く帰らなければならないということなので学校から出ることに。
とはいえ、出しゃばるのはなんか違うと判断し、私は最後尾を歩くことにした。
体だけは大きいしなにかが来ても恐らく防げる――さすがに車とかは無理だけど。
「夏菜ー、あの小さいお姉ちゃんの前では気をつけた方がいいよー」
「な、なぜだ?」
「あのね、あの大きいお姉ちゃんよりも怖いから」
「余計なお世話です」
あの時からそうだが未々は大きく見えるもんだ。
もう精神が弱っているわけでもないのにこれが成長というものだろうか。
ただまあ、本人からすれば物理的な意味で大きくなってほしかっただろうけど。
「いいですか夏菜さん、私にならともかくとして、雛子さんにも同様の態度で近づくというのなら許しませんよ?」
「わ、分かっ……りました」
「はい。それではここで失礼します」
「ばいびー」
「じゃあね」
いや、体が小さいからこそ言葉に迫力があっていいのかもしれない。
「な、なんなんだあいつは」
「鏡水未々、昔はうーんと弱かった子かな」
一色さんが言っていたように相手にしていなかっただけなのかも。
その強さをいちいち出すまでもない相手だと判断していた可能性がある。
つまり、ぶつかる=分かろうとしていると捉えてもいいかもしれない。
「まあ……それもあたし達が悪かったんだけど」
「かなみ姉が?」
「うん……」
「そ、そんなことないでしょっ」
信頼している相手の前ではすぐに素を出してしまうあたり、可愛いと思う。
お姉ちゃんのところにすぐに来るというところは旭に似ている。
「いいこいいこ」
「な、撫でるな!」
「ははは。あ、そういえば結局どうするの?」
「んー、今日はいっかなー」
「そうだね、じゃあここで――」
「乙梨、かなみ」
訪れたのは一色さんとあおいさんだった。
あおいさんは私と目が合うと「ふんっ」と口にし目を逸らす。
こっちは全然仲良くなれていないようだなと内心で苦笑した。
「今年は別のクラスになったわね」
「そうだねー、そっちの雰囲気はどう?」
「そうね、1年生の時より平和に過ごせそうよ」
悪かったですね、平和に過ごせない理由を作っていて。
本当はこういう逃げでの形はできるだけ避けたかった。
とことんぶつかって、最終的には仲良しとまではいかなくても知り合いレベルで落ち着かせたかった。
でも、こっちにはかなみと未々しかいない。
あれから会話していない朔弥ちゃんがどうなっているのかも分からない。
「あたしは鳴霞さえいればいいけどね」
「ありゃま、あたしは嫌われていますなー」
「だって好きじゃなかったし。それに、鳴霞の相棒はあたしだけで十分」
「おぉ、熱烈な告白ですなー」
「からかわないで。あたしは本気で言ってんの。どこかの誰かが別のクラスになって助かった」
あるよねえ、こういう言い方。
私が別のクラスになって助かったって言えばいいのにさ。
「乙梨、去年は悪かったわね」
「去年というか今年だけどね。いいよ、そんなの」
「そう……ちょっとかなみと話したいから、いい?」
「うん」
あおいさん的には一色さんに誰かが近づくのが嫌ってことなんだろう。
けれど、肝心の一色さんはそう思っていないため、ヤキモキしているということか。
「乙梨雛子……先輩」
「雛子でいいよ」
「お姉ちゃんはあのふたりといる時、凄く苦しそうな顔をするんだ」
「そう? あの3人はずっと一緒にいるのが当たり前って感じだけど」
ちらりと確認してみたら夏菜ちゃんの顔も苦しそうだった。
なんとかしてあげたいけど、どう動けばいいのか分からないもどかしさがある……のかな。
彼女は小さく「鳴霞姉的にはだけどね」と呟く。
そうか、あの時もあおいさんと仲直りさせようとしていたし、拘っているのは一色さんだ。
だが、ふたりが――特にあおいさんがそう思っていないかもしれない。
「雛子先輩がお姉ちゃんを助けてくれたんでしょ?」
「ううん、逆だよ、かなみが私を助けてくれたの。さっきのお姉ちゃんもそうだけどね」
まだイマイチ微妙ではあるものの、結局信じてもいいかなラインまでは戻ってきた。
自分の言葉が軽いということは知っている。
でも、意固地になって、馬鹿みたいにひとりで居続けようとするよりかはマシだろう。
だから本当に恥ずかしいことをした、言ったって今度は悶えているわけだが……。
「ドーンッ!」
「「わっ!?」」
急な衝撃に耐えられず転けそうになった夏菜ちゃんをとりあえず支える。
お姉ちゃんの方は「ふたりが仲良くしてるなーって思ったら嫉妬しちゃったー」と呑気に笑っていた。
苦しそうには見えなくて少しホッとする。
こういうタイプこそ抱え込んでしまうと分かっているからだ。
「もういいの?」
「というかさー、先に帰ってても良かったんだよ?」
「別に先に帰る理由がないでしょ」
「え、でもさっき『じゃあここで』って言って帰ろうとしたでしょ?」
「だけど一色さん達が来たし、一色さんはちょっとって言ったからね」
彼女は俯いて少しだけ黙った。
どちらにしてもかなみの妹である夏菜ちゃんだからしょうがない話だ。
この沈黙がどういう理由からきているのかはしらないが、その内側ではなにを考えているんだろう。
「今日はもう帰るねっ、夏菜行こっ」
「わっ、ひ、引っ張らないでっ。雛子先輩っ」
「うん?」
「先程はありがとうございました!」
「怪我がなくて良かったよ」
中二的話し方をしたり、お姉ちゃんを心配したり、敬語を使ってきたり。
とにかくお姉ちゃんのことが気になって仕方ないんだろうなって私は思った。
「ただいま」
「お、おかえっ……り」
「うん? どうしたの旭」
「あ、あー……ちょ、ちょっと部屋にお友達が来てて……」
中学1年生になったというだけで大人びたように見える自慢の弟。
が、今日の旭からは余裕も可愛さも感じられない。
お友達……ねえ。
明らかに玄関に置いてあるのは女の子の靴であるが。
初日からいきなり女の子を部屋に連れ込むなんて、そんな不純な男の子になってしまったのか……。
「別に気にしなくていいよ」
「う、うん……」
微妙な態度とは裏腹にトタトタと軽快に階段を上ってすぐに見えなくなった。
「お母さんは聞いた? って」
リビング中央にて棒立ち及び天井を見上げて呆けている母の姿が。
「ひ、雛子……私の旭がっ、旭がぁ!」
「うーん、まあ落ち着きなよ。同じこと思ったけどさ」
「ま、まあでも、いいことよね」
「そうだね」
人を信じきれない私よりはよっぽどいい。
父も「早く大事な人を見つけろ」って言える時は旭に言っているため、賛成だろう。
「ま、まだ、キスも早いわ!」
「そんな段階にはいないでしょ」
なんというか初そうだし。
どちらかと言えばヤキモキとした女の子の方から迫りそうだけど。
最近はそもそも興味を抱かないか、ガツガツと肉食系の子が増えているみたいだし。
「雛子はどうなの!?」
「私?」
そういえば未々から好きとか言われていたんだっけ。
かなみからのあれは……いや、未々からのそれだってそういう意味じゃないか。
「仮に付き合うとしても異性はないかな」
「はぁ!?」
「声大きいっ」
「最近よく聞く、LGBTというやつからしら?」
「うーん、単純に仲良くしたいだけだよ」
そういう総称に縛られてしまうのは嫌だ。
私が単純に気に入った人と仲良くして、いつかはそういう風になれたらいいなって思ってるだけ。
「ひ、雛子が他の子と仲良くしたい……なんて」
「う、うるさいなあ……とにかく、旭の邪魔しちゃ駄目だよ?」
「ええ……分かっているわ、もうお母さんは必要ないってことは」
いちいち大袈裟だなぁ……。
まだまだ中学生も始まったばかりなんだし、それ以降も家族なんだから必要に決まっているのに。
部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。
「かなみ、大丈夫かな」
察する能力が高くないから分からないままだけど、もし無理してあのふたりといるのならなんとかしてあげたい。
とは言っても、私が動くと間違いなく1年生の時の悪い状態に戻ってしまうため、側にいてあげようと決めたのだった。
今日行けば休みがくる。
できればここまで春休みを延長していただきたいものだったが、それを言ったところでどうにもならないわけなので黙っておくことにした。
「雛子先輩こんにちは!」
「こんにちは」
夏菜ちゃんが教室に来てくれるのは嬉しい――だが、友達を作らなくていいのかなって思ってしまうのは私だけはないだろう。
お前が言うなと指摘されてしまったらどうしようもないものの、友達がろくにいなかった私だからこそ説得力があると考えているわけだ。
「さすがかなみさんの妹さんですね、きちんと敬語を使えて偉いです」
「ふふーんっ、当たり前ですよこんなのは!」
元気なところはかなみによく似ている。
あっという間に馴染んでしまうところもかなみにそっくりだ。
「かなみ」
「あ、鳴霞! ……っと、あおい」
「あからさまに嫌そうな声を出さないでくれる?」
――意味はないかもしれないがかなみの側を陣取る。
「なにあんたも来てんの」
「別にいいでしょ、寧ろなにか問題ある?」
いち早くというか、相変わらず突っかかってくるあおいさんに冷静に対応。
あの時の私はどうしてあそこまでビクビクしていたのかが分からないな。
「ちっ……鳴霞、あたしは先に戻っているから」
「あたしもすぐに行くわ」
いま気になるのはかなみに対しても反応が露骨になってきたことだ。
「かなみ、明日集まろうと思うんだけど、あんたも来るでしょ?」
「メンバーは?」
「あたしとあおいとあんたの3人ね」
「ごめん、あたしは雛子と約束があるから」
えっ!? な、なんか勝手に出かけることになってしまった。
……ま、無理して行かれるよりはいいと割り切る。
「じゃあ一緒に行かない?」
「ごめん……あおいがいるなら……」
「そう……分かったわ、次にどこか行く時はふたりきりか乙梨も連れて行けばいいわよね?」
「うん……雛子がいるなら」
あれだけ衝突してきていた一色さんやかなみの様子が弱々しく見える。
あおいの存在が良くも悪くも影響を与えているんだということなんだろう。
一色さんは戻っていき、かなみがこちらの裾を掴んで「ごめん……巻き込んで」と言った。
彼女関連のことなら巻き込まれ上等でもあるため、謝られると逆に困ってしまうもんだ。
「別にいいよ、それよりどこ行く?」
「え……行ってくれるの?」
完全にその場しのぎの言い訳だったらしい。
それかもしくは、私が誘いを断り続ける女だと思われているのか。
「うん、どうせ暇だしね」
「じゃあカラオケ」
「え゛」
「だ、だめ?」
か、カラオケなんてこっちは行ったことないぞ。
歌声だってどんなものになるのか分からない、もしかしたら後悔羞恥プレイになるのでは?
かなみが上手すぎたらどうする? その場合は恐らくあるであろう机の下に潜って耐えることに……。
「い、いいよー、わ、私もねー、か、カラオケー、行きたかったんだよねー」
「めっちゃ棒読み……」
「い゛っ、やいや……本当だから。じゃあ、駅前のあそこでいいよね?」
「うん、13時からで」
「りょ、りょうかーい」
……最悪の場合はかなみの独唱会ということにしておこう。