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01

読むのは自己責任で。

会話のみ。

乙梨雛子おとなしひなこ

「ほあ……?」


 重たい瞼を無理やり上げて確認してみると目の前にいたのは、


「ほう、授業中に居眠りとはいい度胸じゃないか」


 笑っているけど目が笑ってない現代文担当の紫藤しどう先生だった。


「え、いまは授業中じゃないですよ? だってさっきまで私、お花畑で延々とダンスをしていましたから」

「よし、じゃあ前に来て踊ってみろ」


 そこまで言われたのなら仕方がない、私は教壇のところまで移動し先程のダンスを真似る――が、幅の狭さと思うように動かない体に先程のそれが夢だったことに気づいた。

 しっかり見てみるとみんなが私に注目している。

 その瞬間に感じたのは羞恥ではなく、みんなが私を見てくれているということだった。


「乙梨雛子です!」


 意味もなく自己紹介をしたらみんなが笑ってくれた。

 失笑でもなんでもいい、いまこの時だけは注目の的だから。


「乙梨、廊下に立っていろ」

「紫藤先生だけに指導ってことですか?」

「もういい、出ていけ」

「はい、分かりました」


 教室から出ると冷気が自分を襲う。

 体をブルブルと震わせながらも、言われたとおり立っていることに。

 にしても、廊下に立っていろなんていまの時代でも言われるんだって驚いていた。


「やっほー」

「あ、朔弥さくやちゃん」


 青葉朔弥ちゃん、クラスメイト。

 仲良くなくても基本的に名前呼びをするスタンスでいるため、怒られることも多いけど彼女は許してくれている。

 どうやら先程のダンスが面白かったらしく、ハイテンションで話をしてきていたんだけど……私的には目の前のお胸が気になって仕方がなかった。


「どうすれば朔弥ちゃんみたいにおっぱい大きくなれるの?」

「え? あー、牛乳かなー」

「ほー、カルシュウムが重要ということですか」


 よし、今日から毎日3杯飲もう。

 朔弥ちゃんは去り、私は大人しく教室に戻る。


「乙梨さんさっきのどういうつもりなんだろう」

「んー、だけどいつもぼうっとしてるよね」

「あ、私も話したことないなー」


 む、意外と人気者かもしれない。

 だけど自分のいないところでやってほしいという気持ちもある。

 これがもし悪口だとしてもあんまり気にならないけど、他の子の悪口だったら聞いたら気分悪くなるし。


「乙梨」

「はい?」

「放課後、ここで残っていろ」

「分かりました」


 放課後まで適当に過ごすことにした。

 休み時間も授業中も普通に過ごして、放課後になったら教室に残っておく。


「遅くなってすまない」

「別に大丈夫ですよ。それでなんの用ですか?」

「他の先生からも聞いたんだが、授業中に寝ているのはなんでだ?」

「なんでって、つまらないからです」


 どうしてこんなにつまらないことを聞くんだろう。

 

「つまらない? なら、なんのために高校に来ているんだ?」

「そういえばそうですね」


 知り合いのお父さんは中卒で普通の会社に勤められているしあまり影響ない気が。

 だけど通っているのはお母さんに「少なくとも高卒ね」と言われているから。


「強いて挙げるとすれば、強制力があるからです」

「学校に来るだけでそれを果たせていると?」

「少なくとも私はそう思っていますけど、テストだって高得点をキープしていますしね」

「言っておくが、テストで高得点を取れればそれだけでいいというわけではないんだぞ?」

「回りくどい言い方はやめてください、紫藤先生の言いたいことっていうのは真面目にやれってことですよね?」

「そうだ、少なくとも寝るのはやめろ」


 それと今日みたいなこともやめろって言いたいんだろうな。

 ま、そんなのは簡単だし、こうして毎回くどくど言われるくらいだったら普通に授業を受けた方がマシか。


「分かりました」

「ああ、それならいい」


 先生と別れて学校をあとにする。

 だけどどうしたって学校はつまらない場所だ。

 だからああして少しでも面白くなるよう努力して、毎回周囲に受け入れられずに終わっていくだけの学校生活。

 そのため、いつしか誰かに気に入られたい、誰とも仲良くしたいだなんて思わなくなった。


「ただいま」

「おう、帰ったか」

「あれ、今日は休みだっけ?」

「そうだな、明日から仕事再開だ」


 ついでに言えば家も退屈な場所だ。

 ごはんを食べてお風呂に入って寝るだけの場所。

 特に家族と仲いいというわけでもないし、可愛いペットがいるわけでもない。


「雛子」

「珍しいね」

「黙って聞け。父さんもな、高校時代はお前と似たような生き方をしていたぞ」

「へえ、じゃあ寝てたりしてたんだ」


 なんでもかんでも100パーセントの姿勢で挑めばいいわけじゃないんだ。

 時には手を抜いて、大切な時にだけは本気になればいい。

 どれも完璧近くに、なんて姿勢でやっていたら1番大切な時に駄目になる。

 

「そういう意味じゃない。友達がいなくても平気だって考えて過ごしてた。どうせ分かり合えない、こちらが普通に生活しているだけで文句を言ってくるし面倒くさいやつらだって考えてた」

「お父さんらしいね」

「でもな、母さんと出会ってその考えは変わったよ」

「あー、つまりそういう大切な人と出会えって?」

「そうだ」


 そんなの「出会いたい」って思うだけでなんとかなる現実じゃないだろうに。


「ねえ、学校に行く意味ってなに?」

「俺的には勉強のためというよりも、出会いのためだと思っているぞ」

「なにそれ、学校に行く意味履き違えてるんじゃないの?」


 お母さんと出会ったからこそ考えた方を改めたということか。

 それか終わった後に後悔するから、娘にはそうなってほしくないということ?

 

「お前に言われたくないな。お前は勉強のためでも出会いのためでもなく、そもそも高校生活なんて無意味って考えてるんだろ?」

「よく知ってるね」


 なのに私はあの場所に毎日通っている。

 結局のところは大人に逆らえず無様に従うしかないというわけだ。


「ふっ、お前は俺よりも下だな」

「別にいいよ、見た目は優れてるし」

「母さんの方が上だな」

「ま、不仲で離婚される方が面倒くさいし、仲いいならそれでいいよ」


 会話を切り上げてお風呂に入ることにした。


「そのお母さんは弟の方に熱中してるけど、大丈夫なのかな」


 少年野球の練習を見に行っているため基本的に平日はいない。

 とはいえ、専業主婦でいられるのはお父さんの稼ぎのおかげだ。

 しかし、安定した稼ぎがあることから日々忙しい人でもあり、家族といられる時間というのは非常に限られているわけである。

 が、お母さんは弟を優先しているために最近会話しているところすらも見ていないのが現状だった。


「雛子」

「なにー?」

「か、母さんが最近冷たいような気がするんだが」


 先程までの余裕はなんだったのかとツッコみたくなるくらいには弱々しい父の姿。


「しょうがないでしょ、あさひは生意気ってわけじゃないし1番可愛い時期なんだから」

「くっ……実の息子に負けるとは……ぐぅ」

「というか、なにお風呂場に来てんの」

「別にいいだろ、俺は母さんにしか興味ない」


 やっぱり面と向かって言われるのは苦手だ。

 でも、私へのことであるならば全然マシではある。


「雛子、お前は友達を作れ。無駄なプライドはいらない、分かったな?」

「そんなの作っても無駄でしょ」


 過去の馬鹿だった私は友達がいることで喜んでいた。

 けれど、結局それも付いてこられないと分かった瞬間に、無意味なものだってそう感じてしまって、気づけば自分から友達やめようかって提案していた。

 周りも特に食いつくことはなかった、それどころか「乙梨さんといるのは無駄だから」ってはっきり言ってくれた。

 ありがたさしかなかった、だって相性の悪い人間といたって時間の無駄だから。


「おいおい、もしかして怖いんじゃないだろうな?」

「は? そんなの余裕ですけど?」

「ふっ、じゃあ今度連れてこい。ちなみに、次の休日は来週の土曜だからな。連れてこられなかったら、罰として1日俺の職場で働かせるから覚悟しろ」

「他の人に怒られないの?」

「当たり前だ、何故なら俺が社長だからな」


 社長だからあそこまで忙しいと考えるとメリットばかりではないと分かる。

 だけどあれだ、人に使われるより人を使えるような立場でありたいと思う。

 付いてこられない人間は切って捨てる、付いてこられると分かった人間にだけ普通に接する――友情なんて成立しないんだから。


「なら早速明日からな」

「はぁ……分かった」

「おう。……で、だな、母さんはいつ帰ってくるだろうか……」

「ママ友と飲食店にでも行くんじゃないの」


 もっと割り切った関係になればいいのにな。

 誰だって息子が1番、エースになってほしいと考えてるのにその母親と仲良くしてなんになるっていうんだろう。

 もし旭がエースになったらその中で勝手に恨む人が出てくるかもしれない。

 もしそうなったとしても母は、切り捨てることができないだろうが。


「じゃ、じゃあ、誰が飯を作るんだ!?」

「はぁ……出るからどいて」

「了解だ!」


 堅苦しそうな父となんでもかんでも支えようとしてしまう母親。

 私はそのどちらにも属さないで生きようと決めていた。




鏡水かがみずって鈍臭いよね」

「あー分かる。それに、いつも教室の端っこにいるしね」

「それに話しかけると『ひゃ、ひゃいっ!?』とか言うんだよ?」


 さて、友達を作るという流れになった翌日。

 教室内には面倒くさい雰囲気が漂っていた。

 まあ、ここであのうるさい3人をぶっ飛ばすことは簡単だが、担任でもない紫藤先生にまた怒られるのは面倒だ。


「やっほー」

「…………」


 あー……面倒くさいな、なんで私が友達なんて作らなければならないんだ。

 待てよ? もういっそのこと働いた方が楽ではないだろうか。

 いくら社長権限があろうとも重要なことを任せたりはしない。

 母絡みになると弱々しくなる父であったとしても、そんなことは流石にしない。

 で、あるならば、私はこのまま紫藤先生と約束した範囲で生活していればいいのだ。


「おーい」

「ん? あ、朔弥ちゃん」

「もー、無視しないでよー」


 彼女もよく話しかけてくるなって思う。

 雰囲気で分かりそうなものだが、それが分からないのだろうか。


「ね、鏡水さんのことなんだけど」

「あー! それねっ、いやー、なんか教室内でうるさいからさ!」

「ちょっ、雛子ちゃん!?」


 自分でやっておいてなんだが、ある意味スッキリする行為でもあった。

 彼女がどうしてそこまで驚くのかは分からない。

 だって間違いなく間違っているのはあの3人であり、鏡水さんや私達ではないだろう。


「ねえ、鏡水さん」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 あ、本当にそういう反応見せるんだなって少し感心。

 うーん、なんで同級生にここまでビクビクする必要があるんだ?


「なんであの3人に文句言わないの?」

「え、えっと……ま、間違ってない……ですから」

「ふーん、じゃあ本当に鈍臭いの?」

「は、はい……なにもないところで転んだりします」

「へえ、そうなんだ」


 少なくともみんなの前で踊ったりする私よりよっぽどマシだと思うけど。

 彼女は授業態度だって真面目だし、成績上位なのもよく知っている。

 テストの順位では勝っているものの、その他では彼女の方が圧勝というわけだ。

 なのになんであんな3人におどおどとする必要があるんだ?


「このっ!」

「あいた!? な、なにするの朔弥ちゃん」

「そんな聞き方ってないんじゃないの!」


 あれ、なぜかお怒りムードの朔弥ちゃん。

 ふーむ、これはつまり鏡水さんを守ろうとしているわけか。


「いや、だってさ、鏡水さんってあの3人より真面目だし順位上じゃん。なにをそんなにおどおどビクビクする必要あるのかなって思っただけなんだけど」


 紫藤先生的にはそれだけでは駄目だというスタンスではあるが、彼女はその他だって真面目にやっているんだし非難される謂れはない。


「ちょ、ちょっとあんたねえ! さっきから黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃない!」

「そうよそうよ! 少し見た目がいいからって調子に乗りやがって!」

「授業中に寝て急に変なダンスを踊りだすやつに言われたくないね!」


 おっと、私のことをよく見ているなこの子達。

 やっぱり自分は人気者かもしれない、母よりも実は美人なんでは?

 ――って、いまはそんなことどうでもいいか、見ていて、というか聞いていて不愉快だしここで潰しておこう。


「いやいや、見た目の良さだけじゃなくて頭もあなた達よりいいんだけど? って、そもそも鏡水さんに勝てないような人達がその人の悪口言うなんてねえ、うーむ、変なのはあなた達と方だと思うけどねー」

「このっ!」


 朔弥ちゃんと違って全力で振りかぶってきた手を掴んで止める。


「おー、意外と綺麗な手だね、悪口言わなければモテるんじゃない? あ! だけど朔弥ちゃんや鏡水さんみたいに可愛い子がいるし無理か。悪口を言うような子じゃ見向きもされないもんね? だってそうでしょ? そんな子と一緒にいたら自分も言われるんじゃないかって怖くなるもんね?」


 簡単で効果的な上げて落とす作戦。

 1対1だったら効力はあまりないが、幸いここは教室のど真ん中。

 鏡水さんの席は確かに端っこなはずなのに、彼女達が陣取った場所は教室中央――その周りの子からは微妙な視線で串刺しにされており、どうしたって心理的な意味で追い込まれる羽目になる、と。


「実力がないからやっかんでいるんでしょ? 本当は鏡水さんにも己が劣っていると分かっているからどうしようもなくむかつくんでしょ? でもさ、なにひとつ勝っていないのによく教室でそんな大きな態度が取れるね、流石に私でもそんな恥さらしみたいな生き方はできないよ」


 こういうタイプは逆に打たれ弱い。

 だから涙目になっていると分かっても止めることはしない。

 物理的な手段にも出ないから、やり返すこともできずただ固まるだけ。


「ねえ、なんのために学校来てるの? 自分より優れている人を妬むため? それとも、教室内の雰囲気を悪くするため? だったら辞めた方がいいんじゃないかな」

「あ、あんただって……全然やる気ないじゃない!」

「少なくとも今日から寝ないつもりだし今日は寝ていないけど? で、あなた達より高得点取れるけど? 人の悪口言わないで過ごせるけど? ほら、あなた達は鏡水さんより下な私にも勝てないんだよ? だからさ、もう少しくらい謙虚に生活したらどうかなって言ってるんだけど、まだ文句あるかな?」


 決まった、流石に父でもこの対応は褒めてくれるだろう。

 ここまで言われても尚、彼女達が続けるつもりなら逆に凄いと褒めてあげよう。


「こらっ」

「えー、私が怒られるの?」

「雛子ちゃんだってあんまり人のこと言えないからね?」

「えー、少なくとも大声で同じクラスの仲間の悪口を言う人達よりかはマシだと思うけど!」

「だから、それをいま雛子ちゃんだってしているじゃない」

 

 これって悪口なの? 事実を指摘しているだけなのに。


「あー、鏡水さん」

「はい……?」

「困ったら朔弥ちゃんに言いなよ、なんか私の対応じゃ駄目みたいだから」

「あの……ありがとうございましたっ」


 机に額をぶつけるんじゃないかってくらい頭を下げられてしまった。

 そういうところは嫌いじゃないけど、もっと強気な態度でいいと思う。

 私達は話すにしろ関わらないにしろ同級生で仲間だ。

 鏡水さんももっと対等な存在であるべき。


「え? うーん、これはあれだよ、だって悪口なんて聞いたら嫌な気分になるでしょ? だから鏡水さんのためじゃなくて私のためだから。じゃ、席に戻るね、あ、その人達のことは後は任せるよ」


 そもそも勝ち目のない人が優しすぎたり変な遠慮をするタイプだと下の人間としては悔しい。

 正直に言ってテストの合計点だって抜かれそうだし、正直に言ってライバルだと思っているんだ。

 だというのにあんな3人に言い返せずにおどおどとされるとむかつく。

 こちらがライバル認定なんてレアなんだから!

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