Prologue-謡姫
他にこんなのがお葬式にはあるといいよ、という役職があればお知らせいただけると後の話が膨らみます。
ご協力いただけますと幸いです。
若くして亡くなった少女がいた。
親しいものたちで葬式を行ったが、少女の両親や親類には慎ましやかな葬式を開くだけの金さえ用意できる者はいなかった。殆ど金をもたない家だった。
では誰が葬式を設えたのか。
少女が横たわる棺桶は、蔦の意匠が彫り込まれて高価だと見える。それは独学で木彫の創作を行っていた隣人が少女に贈った最初で最後の品だ。それまで誰も、その隣人の彫刻の腕前を知らなかった。
彼女がよく駆け回っていた庭園の管理人が提供してくれた花が、過ぎし日と同じように少女を囲み彩る。高い塀の向こうに広がっている誰も目にすることを許されない美しい庭園の存在が、この葬儀の列席者だけに示唆された。
少女はこの国では少数派に属する生まれつき色素の薄い髪を持ち、幼さ故の丸みを持った輪郭や紅潮した頬なども合わさって人目を惹いた。
街へ出ると自然と人が割れ喧噪の中をそこだけ時がとまったように不自由なく歩むことができた。
花や虫を見つけてはしゃぐ声すら透き通る高音で、不思議と心地よかった。
不意に母親の真似をして口ずさむ詩は通る者に耳を向けさせ心を奪った。
自宅の敷地内で森の声に包まれて作業をしていた無名の彫刻家に、少女の歌が届いた。美しい声の主を確認しようと敷地の外に出た彫刻家と、少女は親しくなった。界隈では人のよさが有名な若者であったから、両親は少女がなにに興味を持っているのかという疑問は抱いたものの、娘が若き彫刻家のもとを一人で訪ねることを止めることはなかった。彼は毎度、必ず少女に付き添って家まで帰してきた。
庭の手入れをしていた管理人が入り用のものを調達しに通用口から出てくるところに、少女が通りかかった。純粋無垢な笑顔と不思議な魅力のある声でちらと覗かれた庭園の花を褒める少女に、管理人はつい自慢の庭を披露した。それからというもの、少女は時々やってきてはその庭園で花と謡い蝶と舞って管理人を惚れされた。少女の両親は庭園の存在こそ知らなかったが管理人は佳き隣人であり、留守をせねばならないとき、少女をそこへ預けるような仲だった。
旅仕度は少女の遺体の所有権を代償に、とある男によって整えられた。男は辺りで最も信頼の篤い旧家の子息であり、変わり者ではあるが同時に信のおける者だった。
生前身に纏う機会などけっしてなかった美しい装いで、別れの時は迎えられた。
遺体が墓に埋められることはなかった。遺体の所有権を得た男は自身の所有する施設にそれを運び込んだらしいが、その後を知るものはない。