悪役令嬢は婚約破棄したいので悪役らしくヒロインをいびりまくります!
【姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!】のスピンオフとなっております。こちらもよろしくお願いします。
*6/17 改稿しました。
*R-15は保険です。
私はアレクシア・フォルリーア。フォルリーア伯爵家の長女だ。下にはひとり、妹がいる。――妹の話は、またいずれすることにしよう。とにかく今は私の話だ。
私には幼い頃からの婚約者がいる。両家の間で取り決められたこの婚約は、言うまでもなく政略結婚と呼ばれるものだ。お互い好きで婚約を結んだわけではない、半ば強制的に結ばされた婚約なのだ。
そしてその肝心の相手は、クラジオ・ディ・アステア。アステアという国の第三王子だ。
そう。私はこの国の第三王子の婚約者なのだ。
しかし彼と婚約を結んだ私は「私」であって「私」ではない。正確に言えば、クラジオの婚約者は「アクレシア・フォルリーア」であって「私」ではないのだ。
何を言っているか分からないかもしれない。私自身、何を言っているか分からないくらいに混乱している。否、混乱していた。だからもっと細かく、詳しく説明するとしよう。
ことの始まりはつい先日――とある昼下がりのことだった。
◆◆◆
私は16歳の春を迎えた。
この世界では16歳になった年の春、紳士淑女の卵たちは、親の庇護を離れて社交界デビューをすることになっている。
だから私は、婚約者と共に王宮主催の舞踏会に行くことになった。――というのも、この舞踏会は社交界デビューの場として国が設けた国内行事であり、満16歳のものだけが集う舞踏会なのだ。そのため、紳士淑女の卵たちは、10歳になる頃から行われる厳しい紳士・淑女教育を乗り越え、華々しい社交界デビューを飾る。乙女たちは、白馬の王子様に見初められることを夢見て。紳士の卵は、理想の女性が現れることを願って。
私にはもう婚約者がいたので、夢も憧れもあったものではなかったのだが。
そんな舞踏会に参加するためのドレスの採寸をしているまさにその時、私は思い出した。
私……乙女ゲームの世界に転生したんだ!
まさか私が、いわゆる『乙女ゲーム転生モノ』の被害者になろうとは、思いもしなかったが。
呆然とする私の頭に、この世界にはあるはずのない、妙な景色やモノ、文化が一瞬にして脳内を駆け巡った。
◆◆◆
私は前世、『ニホン』という国で生きていた。
『ニホン』は、この世界よりも圧倒的に文化が進んでいる。差別が生まれるような身分制度もなければ、簡単に死刑になるような裁判制度もない。さらに下水道、電気、ガスなどの生活網はもちろんのこと、娯楽も整備されていた。控えめに言って『ニホン』は楽園であった。今の生活を思うと、だけどね。
私は『ニホン』で『中島 あずさ』として生きていた。
そして私は『オタク』として、日陰でコソコソと息を潜めながら生きていた。ラノベと乙女ゲーム(と時々BL)をこよなく愛する、恋に恋する乙女(中身と好きなものはさておき)だったわけだ。
私は前世、『ドキドキ!夢の花咲く王宮で』、通称『ドキ夢』という乙女ゲームをプレイしていた。このゲームは、プレイヤーが隣国のリエールの第一王女、ベルベットになって騎士から料理長から薬師から神官長まで、様々な見目麗しい攻略対象を言葉で陥落させる――言い方は悪いが、まさしくそのようなものであった。
そもそも乙女ゲームというものは、相手に投げかけるセリフが選択肢になっていて、選んだ選択肢によって、その人の好感度が変動する。彼の望む言葉をあげることで攻略、つまり好感度を上げて意中の彼を自分のモノにしていく――というものだ。
そして私はその次作、『もっと!ドキドキ!夢の花咲く王宮で』通称『もっとドキ夢』までプレイした。このゲームは、『ドキ夢』の主人公ベルベットがこの国――アステアに攫われるところから物語が始まる。攫われた先で出会った見目麗しい攻略対象と恋に落ちたり落ちなかったり……。余談だが、前作『ドキ夢』のデータ引き継ぎをすることで『ドキ夢』の世界で最後に攻略したキャラが攻略対象に追加されるというコンテンツがあった。『もっとドキ夢』の攻略対象が気に食わなくても、『ドキ夢』の攻略対象が最後に助けに来てくれるというエンディングがあったので、乙女ゲーム界隈ではかなり人気が高いゲームだった。
だが、私にとって大切なのはそこではない。
私はアクレシア・フォルリーア。本来なら『もっとドキ夢』世界における、いわゆる『悪役令嬢』という立ち位置なのだ。
ぽっと出てきた女(隣国リエールから攫われてきた第一王女)に、幼い頃からの婚約者を取られてたまるものかと、ありとあらゆる嫌がらせをする。前世では定番だったバケツの水をぶっかける系から転ばせる系まで、嫌がらせの種類は豊富だ。
私は(ゲームの設定、そして画面上ではクラジオのことが大好きなので)婚約者を奪われたくないが故に彼女に対して嫌がらせをしまくるのだが。
(私、婚約破棄したいんです、クラジオさん……!)
というのも、当の婚約者サマに問題があるのだ。
彼の性格は悪い。どのような性格の悪さかと言うと……
『おはようございます、クラジオ様』
『あぁおはよう、アクレシア。……今日も髪がはねてるぞ』
『んな……!なんでそんなとこばかり気が付くんですか!』
『アクレシアが髪をはねたままにするのが悪い』
『……ソウデスワネ』
何このオレ様キャラ。好きな人は好きだろうけどさ。たまたまはねてた髪の毛を、わざわざ指摘する性格の悪さ。……いやでも、こんなのは序の口だった。
『お茶を用意しましたわ、クラジオ様』
『あぁ、ご苦労。……何だこの茶は』
『えっ、何だとは……私が気に入ってる、マロウブルーティーというものですが』
『なぜ茶が青色なんだ……!?』
『いえ、これはそういう性質のお茶ですので……』
『そうか……本当にこれは飲んでもいいものなのか?』
『……イレナオシテキマス』
『……っ、ああいや別に変えてこなくてもいい。お前が入れてきてくれたものだ。せっかくだから飲んでやろう』
『(ならなんで飲めるものなのか疑ったのさ……)』
このようなことまで。
彼の性格の悪さが分かっていただけただろうか。とにかくウザい。その一言に尽きる。
そんなわけで私は、こんな性格がクソなイケメンと結婚なんてしたくない、いやむしろ婚約すら破棄したいのだ。相手は仮にも王族なのだが、第三王子であるが故にそれほど国王からの圧力はない。もし彼が第一王子だったのなら、私は確実に四方八方の外堀を埋められ、ガッチガチの警備のもとで逃げることの出来ない生活を強いられていたことだろう。国家繁栄のため、あるいは王族の義務として当然のことだ。
しかし彼は幸運にも第三王子。つまり。
(私が不祥事とか起こしちゃえば婚約破棄も夢じゃないのでは……!?)
不祥事を起こすような令嬢は第三王子の婚約者、ましてや妻に相応しくない、と判断されるのが自然なのではないか。そう考えた私は、とある案を思いつく。
(不祥事なら簡単ね。彼が好きになるであろう女――『ドキ夢』のヒロイン、ベルベットとやらをいびりたおし、彼から不興を買えばいいのよ!そうすれば私は円満に婚約破棄ができるのよ!)
このような結論に至ったわけである。
「……私、頑張りますわ……!」
右手を空に掲げ、私は強く意気込んだ。
「お嬢様!急に動かないでくださいませ!コルセットがより強く締めつけ……」
「痛たたたたたっ、えっちょっと待ってめちゃくちゃ痛い……痛い痛い痛い痛い!!」
――私の意識は一瞬だがここではないどこかに飛んでいた。川の向こうに死んだはずのおばあちゃんが見えた。怖い顔をして「まだ来ちゃかんに!はよ帰り!」と言っていた。それから少ししたら、私は意識が戻ってきた。きっとそこは三途の川だったのだろうとあとから気付き、「ってことは私死にかけたんじゃん!」と地団駄を踏んだ。
コルセット、許すまじ。
◆◆◆
なんて茶番はどうでもいいのだが――いや、これは茶番でも何でもなくガチで死にかけたやつなのだが――兎にも角にも、まずはヒロインの姿を拝んでやらねばならない。さぁ、どんなヒロインが出てくるんだろう。どんなストーリー展開が待っているんだろう!
……とは言ったものの、私は『もっとドキ夢』まで全キャラの全ルートを回収した人間であるので、当然今後の展開はクッキリと覚えている。だが、ヒロインの姿は顔まではハッキリ出ないのだ。それゆえ、ヒロインの姿を拝むというのは『ドキ夢』シリーズのファンとして重要なことなのだ。
私が覚えている限りでは、公式サイトにヒロインの立ち絵があって……それはそれなりに可愛かった気がする。絶世の美女、あるいは絶世の美少女という程ではないが、それなりに。
思い立ったが吉日、私は早速婚約者サマのもとに向かうことにした。
彼は執務室にいると事前に人から聞いておいたので探す手間が省けた。
執務室をノックすると「入れ」と短く言われたので「失礼します」と扉を開け、彼にニッコリと笑顔を向けた。――おい、なぜ今思いっきり顔を顰めた。こっちだって嫌な顔のひとつやふたつしたいわ。いや、それだけじゃ足りないか。
「クラジオ様、ごきげんよう」
「あぁ。どうした、お前から俺を訪ねる時は面倒事が持ち込まれること多いから後回しにしたいのだが」
あら、さりげなくボロクソに言われてるじゃない。失礼な人ね。
「あなたはベルベット……隣国、アステアの第一王女のことをどこまで知っているのでしょうか?」
――どこか不自然な探り探りの言い方になってしまうのは致し方がないことだ。私はこの世界の人間ではないと思い出してしまったのに加え、前世の記憶までごっそり思い出したのだ。今まで誰とどのように過ごしたか、あるいは話していたかということに気を配りつつ転生者だとバレないようにするには骨が折れるというものだ。下手に諸々のことまで言ってしまったら後々面倒だろうからね。
というのも、転生者だとバレたらどうにかなるわけではないだろうが、そうなったらそうなったでまた色々面倒くさそうなので誰にも話さないでおこうと思っているのだ。あくまでこれは個人の感想だが。
「あぁ、知ってるぞ。彼女は結構可愛いらしいな。実際に見たわけではなく、ただ噂としてだがな」
「えぇ、そうなのですよ。ベルベットはかなり可愛く……ではなく、クラジオ様は彼女と婚約だとか、結婚だとかをする気はあるのですか?」
婚約破棄される未来が見えているのなら、私はそれに耐えうる資金やら何やらを下準備をして、いつ婚約破棄を突きつけられてもいいようにせねば。というか、婚約破棄が目的なのでそういった考えが彼にあるのかを聞きたいと思ったのだ。
このような考えがあっての発言だったのだが、それを聞いて彼はあからさまに表情を歪めた。
「……なんだ、俺が浮気をしているとでも言いたいのか」
そうとられてしまうのか。この偏屈が。
「……いいえ、違いますわ。私はただ、少しばかり気になったことがあっただけですよ」
「ほう?何が気になったんだ?」
乙女ゲームの今後の展開が気になるので!
……とは言えないので私は「まぁ、少し」とお茶を濁しておいた。
「俺はベルベットに興味はない。そもそも俺はベルベットじゃなくて……その、」
「そうですか」
……今のところは、だろ!?どうせすぐあなたはベルベットを好きになって私を捨てるんだ。――いや、もちろん捨てられる原因(クラジオと両思いのベルベットをいじめた)は自分にあるのだが。そして私はそれを推進する。「ベルベットとクラジオくっつけ隊」団長として最前列で応援していく所存です。
そして彼は何か言いかけていた気はするが、きっとどうでもいいことなのだろう。私はその言葉を遮った。
「分かりましたわ。それではまた」
「……おい」
「なんでしょう?」
私はこれから荷造りを少しでもしておきたいんだ。過去の私は悪役令嬢そのもので、性格はねじ曲がっていた。だから私室はもので溢れかえっているのだ。あれが欲しい、これが欲しいとねだりまくった結果だ。
自分の――否、アクレシアの荷物を一夜でまとめるのは骨が折れるのだ。特に高く売れそうなものを手荷物として、その他のものは適当に売ろう。だがそれにも荷物の選別が必要だ。しかも大量ときた。だから今のうちからしておきたいのに、なぜ婚約者サマは私を引き止めるんだ。
「……これから時間はあるか?」
あらあら申し訳ありませんこと、私はこれから荷造りをしますの。あなたに婚約破棄を突きつけられる前にね!
――――なんて言ったらどうなるかということくらい私はよく分かっているつもりだ。心の中にしまっておいた方がいいだろう。言いかけた言葉を飲み込み、私は代わりに「えぇ、少しなら」と言っておいた。本当は御遠慮したいところなのだが、拒絶してしまうとしつこく理由を聞かれそうな気がしたので少しならと言ったのだ。
「一緒に茶でもどうだ」
丁重にお断りします――と言えないのがつらい。
「ありがたくお受けしますわ」
頑張れ私の表情筋。鉄壁の笑顔を保つんだ。
婚約者サマは書類とペンを机に置くと、卓上にある小さなベルをチリンチリンと鳴らした。すると、1分も経たずに「失礼します」と一声かけ、侍女が入ってきた。
「なんですか」
あからさまにイライラした表情を浮かべて侍女。……おい、こんなんでいいのか?侍女ってもっとお淑やかな――なんて言っても仕方ないか。
「茶」
短くそう告げると、彼女は「はあぁぁぁ……だる」と大きな溜息をついた。それから私の存在に気がついたようで、少しだけ背筋が伸び「……失礼します」と言ってから出て行った。
「…………クラジオ様、彼女は?」
思わず尋ねると、婚約者サマは困り顔を浮かべた。
「ちょっと色々あってな。剣の腕も立つみたいだからメイド兼護衛ってことで雇った」
「へぇ……」
「アイリスといってな、色々な事情を抱えながらリエールからはるばるやってきたメイドだ。不慣れなことばかりだろうから優しくしてやってくれ」
「えぇ、そのつもりですわ」
ふむ、彼女はアイリスというのか。リエールからはるばるやってきたのならこちらの作法なども知らないのは仕方ない。
――――ってレベルじゃない!何あれ!?本当にメイドとしてこの先やっていけるの!?
……いや待てよ、アイリスってどこかで聞いたことのある名前だな。どこで聞いたんだっけ?
「…………あーーーー!思い出した!」
「おぉ、急にどうした。驚かせるな」
「申し訳ありません、私用事を思い出してしまいましたの!今日のところはこれで失礼しますわ!」
バタバタと忙しく私は執務室を辞した。
――アクレシアが執務室を辞した入れ違いでアイリスが執務室に入ってきた。
「すまんな、アイリス。用意してくれたところだが、どうも俺の婚約者は用事を思い出したらしい」
「つまりわたくしの淹れた紅茶がひとつ無駄になったということですね。……はぁ」
以前、砕けた口調で話していいと言ってしまったがために、かなり生意気なメイドが爆誕してしまった。こちらとしては些か不本意ではあるが、時折それを楽しいと感じてしまう。だから野放しにしてしまうのだ。俺は、こいつを甘やかしてしまうんだ。
――――いや、だがそれ以上に。
「……可愛いとこあるよな、アイツ。今まで見たことないくらい目キラッキラだったな」
忙しく部屋を出て行った彼女を思い浮かべながらポソリと呟かれたそれは、誰にも拾われることなく虚空を漂っただけだった。
◆◆◆
私は思い出した。アイリスって、アイリスって……
「ベルベット付きのメイドじゃん!」
そう、今クラジオ様のメイドをしていた彼女は、隣国リエールの第一王女、ベルベットのメイドだった。少なくとも『ドキ夢』の世界では。
『ドキ夢』では、ヒロイン(ベルベット)かサブヒロイン(アイリス)のどちらかしか幸せになれないという、なかなかに理不尽なゲームシステムが採用されていた。ヒロインが幸せ――つまりハッピーエンドを迎えると、サブヒロインは不幸になっているのだ。
「……アイリスがこっちの国にいるってことはベルベットのハッピーエンド……となると相手はディラス、かな……?」
『ドキ夢』では、ディラス、ドドリー、クローム、ヴェロールという4人の攻略対象がいる。その中でも誰とハッピーエンドを迎えたかによって、もうひとりのバッドエンディングの内容が違ってくるやだ。いわゆる『マルチエンディング』というやつだ。
ベルベットがディラスとくっつけばアイリスは隣国に飛ばされる……はず。確かそんなエンドだった。
「……ま、そんなこと関係ないか。何はともあれ、明日から早速決行するわよ……『アイリス撲滅計画だと思った?残念、目指せ婚約破棄の精神で自身を火祭りにあげよう計画』!」
――――前世からネーミングセンスはなかったのだ。自覚していることなので私はもういっそ開き直ることにした。いい名前だろう。
◆◆◆
それからというもの、私はアイリスをいじめにいじめ抜いた――はずだった。
悪役令嬢らしく「あらあら、ごめんあそばせ!手が滑ってしまいましたのー!」とバケツに入った水をぶっかける。――――何故だかアイリスはそれを見越していたかのようにスルリと避け、勢いをつけすぎた私は、水がぶっかかったモフモフの絨毯に顔面から突っ込むことになったのだが。
「えぇい、次よ次!」
私は彼女の足元にツルツル滑るワックスを塗った。ヒールを履いていることだし滑ってコケるだろうと見越したのだが……彼女は体幹が化け物級だった。ツルツル滑る床でも難なく歩ききった。――ワックスを取るためにモップがけをしていたら取り切れていなかったワックスで私がコケた。
「……次」
私は決して諦めなかった。私の思いつく限りの嫌がらせは全てした。
はず、なのに。
「何故アイリスは何にも引っかからないの!?」
かけた罠かけた罠、全て引っかかるのは私。自業自得としか言えない。――いや、引っかからなかったアイリスが悪いのだ。私は悪くない!
「絶対なんか裏があるわ……」
私は彼女に直接話を聞くことにした。
何故私の罠を全て避けた――避けきれたのか。絶対裏を暴いてやる、と私は意気込んだ。
◆◆◆
だが、その意気込みも儚く散ることになる。
「裏?やだなぁ、何もありませんよ。わたくしはしがないメイドです。たまたまでしょう」
彼女はたまたま私の罠を全て避けたのだと語った。なるほどそれならば仕方がない――――
「ってなるか!ありえないじゃない!」
「……ですよね、わたくしも思いました」
うっすらと笑みを浮かべると、アイリスは私にゾッとするほど冷たい視線を向けた。
「あなた、何がしたいんです?」
「……っわ、私は……」
怖い。恐ろしい。怖い怖い怖い。
「……ごめんなさい、そんな怯えさせる気はなかったんです。あなたは何者なんですか――あなたに前世の記憶があるからこのような態度を取るのか、と聞きたかったんです」
「ぜ、前世……?」
ある。私には『ニホン』で暮らしていた時の、前世の記憶がある。そう言っても信じてもらえないと分かっているはずなのに。
「何だかわたくしと同じような雰囲気を感じまして。勘違いだったら申し訳ありませんが……あなた、この世界を知っていますよね?」
それが普通の質問ではないことくらい、私にでも分かった。
きっとこの人にも前世の記憶があるんだ。直感だが、そう思った。
「…………私は前世、『ニホン』という国で生活していたの。その記憶が、今の私にあるのよ」
と言うと、彼女は目を丸くした。
「……『ニホン』?」
目を見開いた彼女の顔を見て、私の見当違いだったのだろうかと不安になった。彼女は同じ転生者ではないのかもしれない、と。
「ご、ごめんなさい。急にこんなこと言ってしまって。忘れてちょうだいな」
「いえ……それはいいのですが、まさかあなた……『ドキ夢』や『もっとドキ夢』をプレイしたことが……」
「『ドキ夢』!?」
まさかあなたも同志か!
「わたくし、『もっとドキ夢』をやる前に死んでしまって……」
「わ、私……『もっとドキ夢』まで全員のルートを回収しましたわ……」
無言で見詰め合うこと数秒。
私達はひしと抱き合った。
「まさかここで会えるとは……!」
「ね、私もビックリ。まさか日本人がここにもいるなんて思わなかったわよ」
推しのキャラは違えども、異世界で会えた同胞。私たちは直ぐに仲良くなった。
◆◆◆
それからというもの、私は毎日クラジオの執務室を訪ねてはアイリスと会話の花を咲かせるという日々を送った。
悪役令嬢としての威厳?婚約破棄?なんかもうどうでもいいです。
この世界で同胞に会えたんだから、私はそれで満足。
政略結婚だろうと甘んじて受け入れる。クラジオならまぁいいかな。時々……いやかなりイラつくことがあるが、それもご愛嬌だ。そう思えるようになっただけ私の器が大きくなったのだ。
悪役令嬢になりきれなかった私は、ヒロインと仲を深めまくりました。
◆◆◆
それから幾月か経ったある日。突然に爆弾は投下された。
「あ、1週間後に俺たちの結婚が決まったからな」
「………………え?」
ケッコン、けっこん……血痕?
「やだ、クラジオ様ったら。それじゃあまるで私たちが来週には死んでるみたいじゃないですか。血祭りに上げられるのは私なのに、クラジオ様まで血祭りに上げられるなんて」
「は?」
「え?」
――――しばらくお待ちください。
「お前まさか……結婚を血痕だと読み違えたのか!?」
「えぇそうですわ、だって私には全く縁のない話でしたからね!」
半ばやけっぱちでそう言うと、婚約者サマはクルクルと表情を変えながら私に食ってかかった。
「いや、まさかそんな間違いをするとは思わなかった……いや待て、それ以前になんか『血祭り』って言葉が聞こえたんだが!?」
「えぇ、私もまさかあなたの口から結婚なんて言葉が飛び出すなんて思いませんでしたよ。あぁ、血祭りのことはお忘れになって。おほほ」
「それはこっちのセリフだ!誰が結婚を血痕と勘違いするんだ!それに何だ、忘れられんわ!本当になんなんだ血祭りって!」
「現にここに私がいるではないですか!結婚を血痕と勘違いした乙女が!」
「あぁそうだな、勘違いしたというところは認める!だがお前が最初で最後だ!それに乙女ってのもよく分からん!どこにそんなのがいるんだ!?」
「はぁ!?あなたの前にいるじゃないですか、温室に咲く可憐なマーガレットの如く清純な乙女が!」
「すまないが俺には見えないな!」
「はぁ??これは全面戦争しか解決の道はないみたいですね!よろしい、ならば戦争ですわ!」
「戦争ってなんだ!?」
――と、なんとも色気もクソもない会話をした。いや、色気の代わりに馬鹿っぽさがあったか……いらないなその要素は。
今の私にはもう気にならなかった。婚約者サマの性格がクズであろうと、クソであろうと、私はそこも含めて全て好きなのだと気づいてしまった。
そして、彼のムカつくと思っていた行動全てが、いわゆる『小学生男子は好きな女の子にいじわるしたくなる』心理からきているんじゃないかとアイリスに言われたのだ。
そう考えてみると、確かにそうかもしれない……と思い始め、それから私は彼をかなり意識するようになってしまっていた。完全なる失策だ。
あぁ、何故私は――
「なんで、こんなヤツを好きになっちゃったんだろ……」
思わず漏れた言葉を聞き逃さず、彼はそれを拾って私に笑顔を返した。彼は顔が赤くなった上、笑顔は、照れたような笑顔を見せたのだ。
「……ああ、俺もだ。何故こんなヤツを好きになったのか俺にも分からん。だが、俺たちは運命だったのかもしれないな」
「……ちょ、しおらしくなるのはやめてください!い、いたたまれないですわ……!」
お互い初心なようで、たった一言でお互い顔を真っ赤に染め上げた。前途多難な恋路になりそうだが……それも悪くない。
――――相変わらず性格はクソだが、それも受け入れられそうだ。前世でこんなこと(俺たちは運命云々発言)が厨二くさくて鳥肌が立っただろうが、何故だろう。クラジオにはよく似合って、むしろときめきすら覚えてしまう。
すっかり私もこちらの世界に馴染んでしまったのだな……と今更ながら思う私であった。
◆◆◆
そして今日は結婚式。血痕式にならなくて良かった。危うく国を挙げて血祭りを決行することになるところだった。
「綺麗ですよアクレシア様」
「その口調はやめなさい、寒気がするわ」
「あっそう?……すごく綺麗。本当、言葉にできないくらい」
私はあれから――結婚するという話が上がった時から今日までに様々な礼法を叩き込まれ、国母になるに相応しい人間になれるようにと教育を施された。『ニホン』のスパルタ教育よりえげつない。怖い。
勉強を全て終えると、私は決まって彼の――クラジオ様の執務室を訪れるようになった。癒しが足りんわ!
そんな日々を5日ほど過ごし、そろそろ逃げてもいいんじゃないかと思い始めてきた頃。それを見計らったかのようにクラジオ様から届けものがきた。
早速外装を取り、中を見るとそこにはウェディングドレスがあったり。純白のドレス、所々に散りばめられたホワイトパール、そして繊細なレースに緻密な刺繍。意匠が凝らされた一級品なのだろうと、素人目でも一目瞭然だ。
これを結婚式の前日に試着――するのも怖かったので私は当日だけ着ることにした。
着付けはアイリスに任せることにした。いや、着付けだけではなくここ最近は色々任せていた。お茶やらお菓子やら。彼女の作るものは何もかもが美味しかった。さすが前世持ち……いや、この味はこの世界に来てから特訓して出せるようになったものだと言っていたのだから、これは前世の有無ではなく彼女の努力の賜物なのだ。
おっと、話が逸れてしまった。
とにかく今は私のウエディングドレスの着付けをしているのだが――
「えぇー、アクレシア様には赤が似合うわよ」
「いいえ、青よ!」
「花嫁らしく白の方が!」
アイリスを筆頭に、何人かのメイドも集まり――そこまでは良かったのだ。着付けも難なく済んだ。が、ただひとつ残った問題はネックレス問題だった。
ルビーが似合うか、サファイアが似合うか、ダイヤモンドが似合うか。そこが問題らしい。
自分のことなのに他人事のように聞きながら、私はネックレスの入った箱をぼんやりと眺める。
「……あ」
「ん、どうしたの、アクレシア様」
アイリスに問われ、私はとあるネックレスをひとつ手に取った。
「……私、これがいい」
そう言うとメイドたちはほんの数秒顔を見合わせ、「……あー!そういうことですのね!」と口を揃えた。
「何、どういうことよ!?」
そう問えば、代表してアイリスが口を開いた。
「だってこれ、クラジオ……様から頂いたものでしょ?それを結婚式に……って健気すぎる。それにこれ、クラジオ様の瞳の色じゃん。好きな人の瞳の色の何かを身に纏うと恋が叶う、みたいなジンクス信じてたんだね。意外」
「うるさいわね」
ネックレス問題も解決し、あとは婿を待つだけになったところで扉がノックされた。
「は、入って大丈夫です」
そう言うと扉は平生よりゆっくりと開いた。チラッと覗かせたクラジオ様の顔が可愛い。さすが私の推し。白い燕尾服を身に纏った彼は、神々しいほどに輝いていた。そして何より目を引いたのは、綺麗に整えられた彼の美しい茶髪に輝く金色のピン。ネクタイピンは水色。――金は私の髪の色、水色は私の瞳の色。
私の色を彩った彼。
「…………とても、綺麗だ」
ぼんやりと、思わず口をついたように言う彼。
私は思わず頬を赤らめた。しかしなんとか「あ、あなたも」と返すと、彼は顔を赤らめた。今日来ている服が白色なだけに、尚更その顔色は目立つ。……それにしたって綺麗な人だな。本当に男なの?
ぽやーっと彼に見とれていたら、不意に声がかけられた。
「…………あのー、自分たちの世界に入るのは式挙げ終わってからにしてくださいね」
「……だ、そうだ。式が終わったら楽しみにしておけ」
「……っ、はぁ!?」
――――あぁやはり、この結婚は前途多難な予感しかしない、が。私は彼と紡ぐ未来が楽しみにたなってきた。どんな未来が待っているのだろう。この世界を攻略した私も知らない、特別な私だけのクラジオ様。
「……さぁ、行こうか」
窓から差し込む光がクラジオ様を柔らかく照らし、そらはまるで後光のよう。
「……えぇ」
差し出された手のひらに自身の手を乗せ、私は結婚式会場へと向かった――。
――――悪役令嬢は婚約破棄を目指していたはずなのにいつの間にか婚約者、そして隣国のメイドに絆されてしまったみたいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。話がゴチャゴチャしてたりよく分からなかったりとあったかもしれません。思いついたことを思いついたままに書いたばかりに…すみません!
もしよろしければ本編もよろしくお願いします。
本当に、ありがとうございました!