約束と火傷痕と、
※本作は、アンリ様企画『恋に身を焦がす夏』に参加させていただいてます。
※またもやリハビリ作ですが、読んでいただければ幸いです。
山の中の一本道を、自転車で登って行く。
煩いくらいの蝉時雨が風を切る音に混じって、俺の耳を突き抜けて。ふいに思いっきり叫び出したくなる。
ギラギラと殺人的な日光が、全身から水分を奪って、少し……本当に少しだけ、眩暈がした。
季節は、夏。
そう、夏のせいだ。俺が変になったのは、この夏の熱さに狂ったから。
……あの夏の余韻に、酔っているから。
七年前、俺は忘れられない恋をした。高二の夏、俺は――。
*
「あ、村澤」
彼女を見つけたのは、偶然だった。
夏休み、気紛れで立ち寄った本屋の奥の方。ラノベが置かれている本棚の前で、静かに立ち読みをしていた、村澤 葉月。
同じクラスだけど、ほとんど話したことがない。
お互い、男女の違いはあれども所謂地味グループに属していて。昼休みとかも、飯食ったら友達と駄弁るか、読書か。
まぁ、そんな俺たちに大した接点があるワケもなく。思わず出た声にパッと口を押さえた。――が、既に時遅し。
「……吉中、くん?」
ゆっくりおっとりと振り返る、彼女。
あ、俺のこと知ってるのかぁ~何て、一瞬思考放棄しかけた。マジ今、手汗ヤバい。
声かけたきり黙って固まった俺を見て、彼女がこてんと首を傾げる。
小動物みたいだった。打算も何もない、自然な感じ。うん、可愛らしい。
――って、そんなこと考えている場合じゃねぇよ俺!えーと、えーと……なんか言わなきゃ。
あ、そうだ!
「それ、面白いの?読んでるヤツ」
「え?あー、うん」
とっさに思いついた会話のネタ。本屋だから、本の話。
彼女は学校でもよく本を読んでる、文学少女(?)だった。これならイケるはず!
自慢じゃないけど、俺もけっこう読む方だし。
「ね、どんなヤツ?ジャンルは?」
「んー、乙女ゲーム転生もの」
「え」
何じゃ、そりゃ。そんなん知らないぞ、俺。こりゃ自爆ったか?
「ま、恋愛ものだよ。流行りは過ぎかけてるけど」
マジですか、恋愛ものですか。
俺なんてラノベはラノベでも、完全ファンタジー系しか読まないんだよ。恋愛なんて、ストーリーの隅でちょこっと出てくれば充分派なんだ。
昔、姉貴に読まされた自作の小説が恐ろしくドロドロ泥沼系で、トラウマでさ。恋愛ものは食指が働かないんだけど。でも、
「あー、男子は……読まないかな。この手のヤツ」
なんて言われたら、ちょっとムッとなった。何だよ、俺が読めないとでも?
……母さんにも姉貴にも言われる、俺は天邪鬼だって。なら、読んでやろうじゃないか!って、謎の対抗心がムクムクと。
「……読んでみよう、かな」
「えぇっ!?」
え、何今の。すごい、黄色い声。
そして、何だよその満面の笑みは。キラキラ、キラキラ。めちゃくちゃ嬉しそう。
彼女のこんなところ、初めて見たや。
……って、突然バッグの中を漁りだしたよ彼女。何してんの?万引きと勘違いされるぞ。おーい。
「じゃあこれ!」
はい、と手渡されたのは一冊の本。
表紙にデカデカと出ているのは、金髪吊り目の美少女と相手役らしい美男子。たぶん、制服っぽいの着てるから学園ものか。
最近のラノベらしい長めのタイトルは、口に出したら悶絶死する類いのやつ。よく思いつくよなー、こういうの。
で、これをどうしろと。
「読んでね!」
デスヨネー!本を渡されて、読む以外に何に使うんだって話だよな。精々カップラーメンの蓋代わりか、文鎮ぐらいか。
てか、よく持ってたな。
「布教用にいつも一冊は持ち歩いてるよ?」
おーう、彼女は中々のガチ勢ってヤツだったのか。大人しそうなのに、人は見た目に寄らんなぁ。まさかのヲタク様でしたか。
「フッ、こんなのまだまだよ」
……思ったより、ヲタクは奥が深いらしい。
まぁ、でも俺が言い出したことだし?ちょーど読みたいもんもなかったから。いいかなぁ~って、借りることにした。
「これ、いつ返せばいい?」
「ん?新学期でいいよ」
いやいやいや!まだ、夏休み始まって一週間経ってないし!そんな長く借りるのも悪いって。それに、学校で声かけるのは流石にハズいし。悪友らに絶対からかわれる。
それなら……
「スマホ持ってるだろ?読み終わったら、連絡するし」
そしたら、またここで集合して返せるだろう。だから、連絡先を交換できないかな?
う~ん、女子とこの手の話したことないから。俺、かつてないほど緊張してる。
「分かった。○INEでいい?」
「お、おぅ!」
やった!言ってみるもんだな、こういうのって。
女子の連絡先とか初めてだ。……姉貴?あぁ、持ってるけど。あれは女子じゃないから。怪獣だから。
「じゃ、感想。楽しみにしてるよ?」
フフッと、微笑む彼女。今度はフワフワ、周りに花が散ってる。やっぱり、可愛らしい。再従姉妹のカナちゃんを思い出す。和む感じの笑顔。
……カナちゃん、まだ四歳だけど。
結局、俺も彼女も何も買わなかったけど。中々楽しかった。
店を出て、帰り道は逆方向だからとそこで別れる。俺が、じゃあまた。って手を振ると。
「またね」
って、彼女もひらりと手をあげた。白くて華奢な手。
あれ?俺、今もしかして顔赤い……?
*
「はぁっ、あっちぃ」
まだ、目的地まで道半ばほど。視界の端に懐かしいものを見つけて、休憩がてらちょっと寄ってみる。
道の端、何でこんなところにあるんだろうといつも思う、地蔵。
俺が物心ついた頃に偶々見つけた、ボロボロのやつ。あ、久しぶりに見たら、首がもげてら。うーん、ホラーだ。
聞いた話によると、じいちゃんが子供の頃には既にあったらしい。すごい年季物。
バッグからスポドリを出して、ガッと喉に流し込む。……ものすっごく甘い。けど、何だか満たされる感じ。ただし、身体だけ。
本当はここの道、車も通れるんだけど。でも、今回はどうしても自転車で来たかった。
日光も、熱も、風も、蝉の声も。全部、直で感じたかったから。……って言う、我が儘。
特に深い意味は、無いのだけど。
見上げた空には入道雲。急がないと、雨が降るかもな。
*
「―――で、どうだった!?」
「ヤバい……これもホントいいヤツだったわ」
「でしょう!」
あれから、俺たちは大体週一ぐらいで本屋で会うようになった。いやぁ、ここらじゃ本屋以外に目立たず集まれる場所ないからな。田舎だし。
彼女に唆さr……いや、薦められたいくつかは、中々どうして俺の琴線に触れた。特に”剣と魔法“の要素が入っているのは、俺好みのファンタジー色が強くて主人公が活躍するパターンが多い。……まぁ、主人公が高確率で女の子なのだが。
おかげで苦手かなぁ何て思ってた恋愛シーンも、案外楽しんで読めたのだ。先入観だって、最初の一冊目で粉々だ。
そうして、何度も何度も薦められているうちに、俺も彼女に何か返せたらな……何て思うようになり。ついには、
「で、俺の薦めたヤツは?」
「フフフ……これを、見よ!」
「な、なにぃ!?それは……」
「私も買っちゃった☆しかも、書店特典付きぃ」
――ついには、俺からも薦めるようになった。てか、彼女の場合、薦めたヤツを気に入るとわざわざ自分用に買いに行ったりする。しかも、電車を乗り継いで遠出して限定品を買ってくる。で、俺に見せつけてすごいドヤァな顔。むぅ、羨ま……けしからん!
ちなみにお金は?と聞いたら、バイトで稼いでいるらしい。……俺なんて、正月にもらったお年玉で一年賄ってるんだが。ふむ、俺もバイトを始めるべきだろうか。
そんなことをボンヤリと考えていると、彼女が俺のTシャツをぐいっと引っ張った。おい、伸びるって!
「どうした、村澤」
「あのさあのさ、夏休み……あと、一週間ないでしょ?だから、一回くらい」
本以外のことで集まらない?何て、また可愛らしい笑顔。フワフワで、キラキラのヤツ。
……これ、は。期待しても良いんだろうか。
――彼女が俺に好意を持ってるって、思っても。
俺が彼女を想うのと同じ感情なんだって。疑いようなく信じていいんだろうか。
いや、だって。こう……女子と楽しく会話できたのは彼女が初めてでさ。免疫のない俺は、そこらのラノベのチョロインより簡単に彼女に恋をしてしまったわけで。うわ、単純だわ。
何せ俺はカノジョいない歴=年齢な、男だし。恋愛経験なんて片恋止まり。今まで一度も告白すらしたことない。
一見これも恋愛フラグっぽいけど、いくらその手の小説を読もうとリアルがそうかは分からないから。
現実は小説より奇なり――何て、使い古された言葉だけど。心が読めるワケじゃない俺が、”本以外“ってだけで彼女の真意が分かるハズもないわけで。
でも、でもさ。きっと、嫌われてはないハズなんだ。たぶんだけど。
なら、この機会に、俺も男を上げようか。
「いいよ、何する?俺、手持ち花火やりたい」
「それ、いいね!なら、うちから持ってこようかな~去年の」
「いや、それ湿気てるから!」
……ただ、結果がどうあっても。この関係が崩れてしまうのは、自明のことだけど。
それも寂しいって、今だけ思わせて?
*
全力で漕ぎ出して、シャアッと滑り込んだ駐車場には、この時期には珍しく車が一台もなかった。まぁ、真っ昼間だからかな。
この場所はいつ来ても心なしか、全ての音が遠い。まるで、俗世と切り離されたような気分になる。
広い、世界に独りだけ――って妄想がヤバい。俺、イイ歳して厨二病かっての。
自転車を降りて、じゃらじゃらと砂利の上を一歩ずつ踏み締めて。目的地を前にぐるりの周囲を見ると、やっぱり誰もいない。
刹那の逡巡の後。それから、人工的に均された土の上に出て。あぁ、今年もこの場所に来た。……来てしまった。
バッグからブーゲンビリアの花を取り出すと、そっとそこに置く。造花だし、この場にはちょっとふさわしくない花だけど。うん、自己満足なんだ。
なぁ、俺うまく笑えてるかな。それとも、まだまだだろうか。
「よ、元気してたか?村澤」
俺は、その場で軽くしゃがむと目の前の――墓石に声をかけた。
*
……あの日、約束の時間に。彼女は来なかった。
どうしたのかと送ったメッセージも、一向に返ってくる気配がない。確かに昨日までは、やり取りできていたのに。
待ち続けて、日が暮れて。やがて、空には分厚い雲が。
「どうしたんだよ……村澤」
俺がそう呟いた瞬間、ポツンと水滴が鼻先に落ちてきた。
雨、雨が降っている。
夏の雨、不思議と冷たくない。寧ろ、温かい……?
でも、それが。どうにも不快で、背筋を走る悪寒に俺は思わず身震いした。
「……帰ろ」
どのみち、雨が降ったら花火はできない。
何故かポッカリと心に穴が開いたような気分で、俺は自転車を押して帰った。
傘なんて持ってきてなかったから、そのままで。月明かりに輝いて綺麗だけど、どこか不気味な雨が、俺の全身をしとどにして包んでいく。
俺は会いたいと思ったのに、彼女はどうして来てくれなかったのだろう。
その理由が分かったのは、新学期が始まってからだった。
ざわつくクラス内。一つだけ空いた、誰もいない席。机の上には、一輪挿しに刺さる残酷なまでに真っ白な菊の花。
雨に当たりすぎたせいか。若干風邪気味で初日から寝坊しかけた俺は、ドアを開いた先にあったその風景に息を飲んだ。
半ば放心状態で席に着き、彼女の席を見る。
目に映る世界はまるで画面の向こう側、手を伸ばしても届かなくなったようで。
そこには、やはり彼女の姿はなくて。
沈痛な面持ちでやって来た担任の、苦しげな発表を遠くに聞きながら、俺の意識はフェードアウトしていった。
バクバク、ドクドク。あぁ、心臓が、煩い。
それより誰か。誰か、嘘だと言って―――……。
次に気づいたとき、俺は保健室のベッドの上にいた。
気絶した原因は、風邪の高熱……と、思われたらしい。もう微熱になってるけど、確かにあの瞬間身体は熱かった。
先生たちも、まさか俺が彼女がいなくなったショックでなんて思わないだろう。だって、夏休みに会うまで俺たちに繋がりはなかったのだから。
その日は結局早退した。母さんが車で迎えに来て、家路を走る中。俺の頭には、今朝の担任の言葉がリフレインしていた。
彼女は、死んだ。俺と会う約束の前日に、車に撥ねられて。
その事故の死者は二人いた。彼女と、運転手。
調べたところ、運転手が運転中に具合が悪くなってそのまま死んでしまい、それでもアクセルは踏まれたまま。つまり、車は走り続けていて。ついには彼女を背後から撥ね飛ばした……ということらしい。
完全なる偶然の、事故。
誰も悪くない。……悪く言えない。だって、加害者も被害者も死んでしまったから。
やりきれないのは、どちらの周囲も同じこと。
でも、俺は思うのだ。理不尽だと思っていても。
「どうして、死んじゃったんだよぉ……」
俺の微かな呟きは、静寂した車内に消えた。
*
俺は話していた。
この一年の出来事を、彼女に聞かせるように。
彼女の好きだった作家の新刊のこと。
先日、同級生と偶然再会したときのこと。
あと、飲み会で酒を呑みすぎて潰れてしまったときのことも。
四年前、成人したから酒を飲めるようになった。
今年、社会人になって、ようやく大人になれたと思った。
でも、それは外身ばかり。俺の心は、あれから全く変わっていない。まだ、理不尽で天邪鬼なままの青臭いガキ。
十六のまま、大人になれず死んだ彼女。
二十四になって、図体ばかり大きくなっても大人になりきれない俺。
酒の味を知っても、大人の付き合いを知っても。あの日々以上に楽しいとは思えない。
恋愛にも満たないような。小さな世界の、もどかしい思い出。
高校卒業してから田舎を飛び出して、広い世界に出たけれど。彼女以上の存在はまだ、見つかっていない。
きっと、それはこれからも――
*
数日後、俺は担任にこっそりと呼び出された。
がらんと広い会議室に、俺を含めて三人だけ。俺と担任と、知らない女性。でも、何となく察しがついた。
どことなくにている雰囲気、彼女の身内だろう。
「吉中 純くんでしょうか。初めまして、村澤 葉月の母です。
今日はあなたにこれを渡そうと思って」
彼女の母は、少し寂しげに微笑むと俺の前に封筒を差し出した。シンプルなデザインの、白い封筒に踊る彼女らしい丸まっちい字。俺の名前。
だけど、それ以上に俺の目を引くのは、封筒を閉じるために使われたであろうシール。どこで買ったんだよ、こんなの。って、思わず涙が出てくる。
貼られてたのは、ピンクのハートのシールだった。
「あの子ね、誕生日がもうすぐだったの。それでその日に、好きな子に会って、これを渡すんだって笑ってたのよ……」
読んでみて、と促され。俺はハートのシールをそっと剥がして、中から便箋を出した。便箋は淡い桃色をしている。
――――――――――――
Dear,吉中 純
どう?突然の手紙、ビックリした?
私も、ビックリ!だって、手紙書くのなんて幼稚園以来だしね!
だからレターセットも新しく買ったんだよ。ほら、例の本を買いに行ったときに。偉いでしょ?
で、ここからが本題なんだけど……。う~ん、ごちゃごちゃするのもアレだし?やっぱり単刀直入に書くわ。
私、村澤 葉月はあなたが好きです。付き合ってください。
……どこに?何てボケはしてないでしょうね?そしたら、許さないんだから!
え、口で直接言えって?ムリムリ!だって私、いざ口にすると思うと恥ずかしくって真っ赤になっちゃうんだもの。これが精一杯よ。……照れてるのよ、察してよね!
返事は新学期に、体育館裏で待ってるから。(←ベタだけどw)
これから数日、じ~っくり考えてね!私のこと。
それじゃ、またね!!
PS,実は私、今日が誕生日だったの!プレゼント、良い返事を期待してる!
from,村澤 葉月
――――――――――――
「バ、カやろぉ……俺だって、俺だって……っ!」
好きだ、好きだ。大好きなんだ。
全身を駆け巡る熱い熱い感情が、苦しいぐらい。息が詰まって、喉の奥がくぅっと鳴って。痛い、痛いよ。心が、痛いんだ。
ボロボロ落ちてく涙が、机の上に水溜まりを作っていく。
俺の胸の中に、ポッカリと穴を作って彼女は消えた。
なぁ、遅すぎたのかな。
俺は、あの日に告白するつもりだったんだ。誕生日だったなんて知らなかったけど、伝えようと思ってたんだよ。
それなのに、それなのに。
「死んだら、言えねぇじゃん……!」
もう、届かない声。叫んで、泣いて、狂ったように。俺は、枯れるまで、涙を流し続けた。
ねぇ、本当に大好きだよ。
*
「あ、そうそう。これも渡そうと思ってたんだ」
俺はバッグから紺色の箱を取り出して、パカッと開いた。中にはゴールドチェーンのネックレス。
横一列に小さい七つの石が付いている。左から金剛石、翠玉、紫水晶、紅玉、翠玉、青玉、黄玉。コツコツ貯めた給料で、ようやく買えた念願のアクセサリーだ。
これは、彼女が薦めてくれたラノベで知った特別なもの。
Diamond(金剛石)のD
Emerald(翠玉)のE
Amethyst(紫水晶)のA
Ruby(紅玉)のR
Emerald(翠玉)のE
Sapphire(青玉)のS
Topaz(黄玉)のT
並べてDEAREST――”最愛“という、古くから伝わる贈り物。愛しい人、恋しい人へのメッセージ。
前に、彼女はこのアクセサリーへの憧れを話していた。だから、俺は最初に自分の給料で買うならこれにしようと決めていたのだ。
「……って、ちょっと押しつけがましいか」
そう言いつつ、俺はこっそり石板をずらして中の骨壺の上にネックレスを置いた。
そう、俺の自分勝手な願いなのだ。これは。
彼女以上に想う相手ができないのは、彼女が故人だから。
故人との思い出は、例え色褪せても想像で修復されて、美化される。否定する相手がいないから、綺麗なままなのだ。
現に俺の中の彼女の姿は、写真の中に映る者とは別物になっていた。先日、同級生と会った後に。久しぶりにアルバムを捲ったとき、その事実に愕然とした。
もし、彼女が生きていて。付き合えたとしても。長く続かなかったかもしれないし、逆に今や結婚していた未来もあったかもしれない。
でも、それはシュレディンガーの猫のようなもの。生か死か。結果は開けて見るまで分からない。
まぁ俺の場合、その重複する可能性に手を伸ばす前に消えてしまったのだが。
だから、せめて。あの世か来世は縛らせてほしい。
このネックレスは、彼女へ贈る次への約束。縛めの印。
本当にあるかどうかは分からない先の世界で、また会えたら今度こそは捕まえてみせるから。
だからどうか、受け入れて。
「またな、葉月」
この約束は、必ず果たそう。
熱い夏に焦がれた俺は、その胸の真ん中に刻まれた傷をこれからも負い続ける。
誰に何と言われても、癒すつもりはない。……忘れるつもりはない。
俺の傷痕、それは火傷。
あの夏、熱情に焼かれた俺が、たしかに彼女に恋した傷痕なのだから。
END
↓↓↓設定など↓↓↓
◎登場人物
吉中 純(二十四歳、会社員)
一度夢中になると、後々まで引きずるタイプ。若干病み気味?
大学以降、数人とお付き合いするも長続きしない。そのため、周囲には男女交際はドライなヤツと思われている。
名前の由来は六月生まれ設定→June→ジュン→純
村澤 葉月(十六歳、故人)
誕生日の前日に亡くなった。普段は大人しいが、気を許した相手にははっちゃけるタイプ。
恋愛小説が好物で、ドロドロ系も余裕。作中描写にはなかったが、純の姉(萌依)の作品も読んだ。かなり好みだったらしい。
名前の由来は、八月生まれ設定で八月に死んだから。
純と葉月の担任
体育教師。二人の関係を知ったとき、号泣していた。情に篤い人。
葉月の母
穏やかな人。娘の恋を応援していたのに……。
純の姉
名前は萌依。豪気なお姉さまで、弟はパシりだと思ってる。実は有名作家。
名前の由来は、五月生まれ設定→May→メイ→萌依
◎ブーゲンビリアの花言葉
「情熱」「あなたは魅力に満ちている」「あなたしか見えない」
なお、今回は『あなたしか見えない』の意で使用しています。
読んでいただき、ありがとうございました。