第九十八夜 おっちゃんと北方賢者
翌晩には包みを持ったフルカンがやって来た。おっちゃんは、自室にフルカンを招いた。
フルカンが包みを開けた。直径五十㎝厚さ十五㎝で翡翠のような光沢を持つ円盤型の物体が、姿を現した。
「これが砂避けの宝珠だ」
砂避けの宝珠には見覚えがあった。ダンジョンで使われる環境調整型の一般的な品物だった。
「よく、持ち出しを許可してくれたな」
フルカンが、さばさばした顔で教えてくれた。
「『月下の刃』から見れば城の警備はザル同然だ。黙って機能が停止した砂避けの宝珠を拝借するくらい、わけはない」
おっちゃんは綺麗な綿の服に着替える。頭にターバンを巻いて、ベッドの上に大き目のシーツを一枚余分に敷く。ベッドの上に座って、砂避けの宝珠を目の前に置き、上端に触れる。
「これ、魔法でがちがちに閉じてあるね」
おっちゃんは『開錠』の魔法を掛ける。一度で開かないので、三度『開錠』の魔法を掛けた。再度、宝珠の上端に触れると、上端が廻って蓋のように開いた。
中を見ると真っ白だったので、『空気』の魔法を唱える。空気を発生させて、内部の白い粉を吹き飛ばす。
中身は目立った破損がなかった。中に魔法文字で「耐用年数、百六十年」の記載があった。
蓋をして『施錠』の魔法を掛けると、宝珠が淡い光を放ち始める。
「ほら、直ったで」と砂避けの宝珠をフルカンに渡した。
フルカンが驚いた顔で発言した。
「こんなに簡単に直るのか。だとしたら、大勢の犠牲を出した先の『ガルダマル教団』への攻撃はなんだったんだ」
言いたい内容はわかるが。知識があると、マジック・アイテムでも簡単に直ったりする。ダンジョンにいた時に、メンテナンスの仕事もしていたので簡単な清掃ぐらいできた。
「簡単な作業やけどわからん人間には、わからんもんよ。それと、さっき気になる記述を見つけたんや。この砂避けの宝珠は、いつから使こうてる」
「伝承によれば、スレイマン様が二百年前に『黄金の宮殿』から持ち帰った宝、となっている」
スレイマンについては知っていた。大量発生したイブリルを倒し、『黄金の迷宮』から大量の宝を持ち帰った冒険者的人物で、バサラカンドの領主になった。また、悪魔のバストリアンを壺に封じた話でも有名だった。
「あのな、砂避け宝珠にも寿命ってのがあってな、それが百六十年なんよ。なんで、今回は清掃で直ったけど、いつ寿命を迎えて動かんくなってもおかしゅうないで」
フルカンが愕然とした顔で、考え込むように口にした。
「スレイマン様のように『黄金の宮殿』に挑んで持ち帰るしかないのか、難題だな」
「または、買うかやね」
環境調整型のアイテムは需要があるので、ダンジョン通販で買える。人間はダンジョン通販を利用できないが、今回は事情が違う。グラニは『黄金の宮殿』に、出入り商人として認められている。グラニを経由すれば、購入可能だ。
おっちゃんの出した答にフルカンが困惑した顔をした。フルカンが疑問の篭った声を出す。
「砂避けの宝珠なんて、市で出品されているところを見た覚えがない。砂避けの宝珠って買える物なのか?」
「おっちゃんなら、蠍人と取引できる。『黄金の宮殿』にある物なら買えるかもしれん。値段を訊いてこようか?」
「頼んでいいか」
翌日、砂嵐が軽い時にグラニのいるサドン村に移動した。今回は村に入れてもらえた。
グラニの村は入口に見張り塔があり、砂を固めた丘のような壁があった。壁の内側に、泥レンガでできた円形の家がある。
村の入口近くに、一際ぐんと大きい泥レンガの家が二つ連なって建っていた。グラニの家と店だった。人間の店では見られないような品が、グラニの店にはところ狭しと並んでいた。
「グラニはん、仕事の話があるねん。『黄金の宮殿』経由で、砂避けの宝珠って買える?」
気軽な調子でグラニは請け負った。
「いいだろう。明日に納品で行く予定があるから、扱えるかどうか聞いてやろう。明日の夕方に来てくれ」
翌日、グラニの店にもう一度、出かけていく。
グラニが浮かない顔で教えてくれた。
「砂避けの宝珠は買える。ただし、金額は十㎏の金塊百本だ。立て替えてやりたいのはやまやまだが、そこまでの資金は、俺にはない。なので、金塊一tを用意する必要がある」
金額はどうでもよかった。どうせ、おっちゃんの金ではない。
「あと、もう一つ教えて。『黄金の宮殿』にも砂避けの宝珠ってあるでしょう。誰が守っているん?」
グラニが怖い顔で忠告した。
「盗むにしろ、奪うにしろ、力任せは止めたほうがいいぞ。砂避けの宝珠を守っている人物は、名将と名高い木乃伊使いのハルク将軍と、ハルク将軍の軍だ。よほどの知恵者がついていないと、不可能だろう」
「わかった。ありがとうな」
おっちゃんは宿屋に戻って、フルカンに会った。
「値段を訊いてきたで、金額は十㎏の金塊百本や。金額は負けられないよ」
フルカンは値段を聞いて驚嘆した。
「そんなにするのか、と言いたいところだが、物が物だからな。わかった。城の人間と相談して見る」
フルカンは帰って行った。
(おそらく、取引はないな。額が額や。それなら、冒険者の前に人参をぶら下げて『黄金の宮殿』に取りにいかそうと考えるんやないやろうか)
おっちゃんは期待せずに、酒場で時間を潰した。ドミニクから送られてくる金があるので、生活には余裕があった。
五日後、フルカンが現れた。フルカンは、おっちゃんを密談スペースに呼んだ。
「城の方針は決まった。領主ハガンは、金塊百本で砂避けの宝珠を買いたいと申し出ている」
フルカンの言葉は、おっちゃんの予想とは違った。
「なんや。よくOKしたな」
「バサラカンドは金だけはある街だ。金塊百本くらいなら用意できる」
「金額のこともあるけど、モンスターとの取引やぞ。蠍人との取引は禁止やないの」
フルカンがおどけた調子で、軽い口調で話した。
「そこは、それだ。北方から来た賢者たる人物の進言と仲介だからな」
初めて聞く存在だった。
「バサラカンドに、そんな凄い人がいるんや。だったら、おっちゃんより先にそっちを頼ったらええんちゃう? 頼りがいありそうやね」
当然のことだと言わんばかりに、フルカンが口にする。
「おっちゃんのことだよ」
「なんやて」
フルカンが悪びれることなく説明する。
「お偉いさんには、肩書きとか権威が必要なんだよ。おっちゃんの素性については、お城には北からやって来た賢者だとして説明している」
「よく、お城の人間は、そんな与太話を信じたな」
フルカンは、さばさばした顔で簡単に言ってのけた。
「おっちゃんはすでに蠍人と交渉して人質を解放させた。大砂竜を追い払った。貧しい人のために飲み水が湧く不思議な絨毯を持って現れた。それに、砂避けの宝珠を修理、だ。後は尾鰭を付けてやれば北方賢者のできあがりだ」
「そういう風に話を大きくする行為は、止めて。おっちゃんの活躍は秘密にして、って言ったやん。おっちゃんは有名になりたくないんや」
「大丈夫だ。おっちゃんの顔を知る人物は、俺だけだ。おっちゃんはお城では北方賢者として呼ばれているが、正体は不明になっている。迷惑は掛けない」
(なんか、迷惑を掛けないって言葉が怪しいな。借金する時に絶対に迷惑を掛けん言う言葉を口にするやつほど信用が置けんもんや)
「なんか、この仕事、急にやりたくなくなってきたな」
フルカンは困った顔で、非難するように口にした。
「そんな、今さら、梯子を外すような言葉を口にしないでくれ。新しい砂避けの宝珠を買わないと、バサラカンドはいずれ砂に沈む。バサラカンドを助けてくれ、おっちゃん」
(引き受けたら、街にいられなくなるパターンや。だけど、引き受けんと砂避けの宝珠が壊れて、数年後には街を捨てなきゃならなくなる。そうなったら、おっちゃんはええけど、街の人間が可哀想やな。しゃあないなー)