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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バサラカンド編
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第八十八夜 おっちゃんと忘れられた荷物

 おっちゃんは金が入ったので、しばらく、ごろごろして過ごした。エールを飲み、ちょっと美味い料理を喰う。


 バサラカンドは金のある人間には優しい場所なので、居心地は悪くなかった。ベリーダンスや劇場にも足を運んだが、思ったほど楽しいものではなかった。


 瞬く間に十日間が過ぎた。今日は何をして過ごそうかと考えていると、エミネに呼び止められた。

「おっちゃん、イブリル討伐に参加する気は、ない? 参加するだけでも、銀貨三十枚が支給されるわよ」


 イブリルの噂は聞いていた。夜の砂漠に出現する怪物で、砂の中を自由自在に動き回る。大きな角一本の角を持ち、強い力を持つ恐ろしいモンスターだ。百年周期で砂嵐の時に大発生すると言われている。


 おっちゃんは手を振って答えた。

「やらへん、やらへん。おっちゃんは残り少ない人生を楽しみたい人間や。そんな、恐ろしい怪物と戦うなんて御免や。それに、見てみい、おっちゃんの、この貧弱な装備。強大な敵に立ち向かう装備やないやろう」


 エミネがふふふと笑う。ヴェールの奥のエミネの瞳に、懐かしさが滲む。

「私の父親も冒険者だった。おっちゃんみたいに革鎧に剣を()いて身軽にどこへでも出かけて行ったわ。でも、必ず帰ってきた」


「行きは極楽、帰りは地獄の世界やからな。必ず帰ってきたのなら、お父さんは有能な冒険者やったんやろう」


 エミネが思い出しながら、ゆっくりとした口調で語る。

「当時は、貧弱な装備しか着ていなかった父が哀れに思えた。けど、多くの冒険者を見てきた今なら、わかる。冒険者は装備じゃないのよ。おっちゃんだって、凄腕の冒険者の可能性だってあるわ」


「それは、買いかぶりや。おっちゃんは、エミネはんのお父さんとは違う。採取しか能がない。しがない、しょぼくれ中年冒険者や。身の丈にあった仕事をこなすだけや。だから、怪物退治は、どこぞの英雄さんに任せる」


 エミネが残念そうに息を吐いて、諦めた声を出す。

「惜しいわね。なら、こっちの仕事は、どうかしら、イブリルに襲われた商隊の荷物の回収。あらかた荷物は回収したんだけど、肝心な荷物が出てこないんですって」


 おっちゃんは素直に呆れた。

「そんな、砂漠で失くした物を探せって、どんだけ無茶な依頼人なんや。今頃は、荷物は砂の中や。見つからんて」


 エミネが軽い調子で、のんびりとした声で話した。

「私も他の冒険者もおっちゃんと同意見よ。引き受ける人はいないのよ」

「やろうな」


 エミネがお気の毒にといった調子で続けた。

「でも、依頼人は探した努力をした証が欲しいみたいね。依頼人は、けっこう切羽詰まっているわ。報酬は参加だけで、銀貨十枚。荷物を見つけたら評価額の一割を出すって約束しているわ」


「なんや、やけに勧めるな。この依頼は受けないと、なんぞ困ることでもあるんか」


 エミネが微笑を浮かべて、悪戯子(いたずらっこ)ぽく発言する。

「依頼人のドミニクには、ちょっと借りがあるのよ。だから、協力してあげたいな、と思っただけ。そしたら、偶然におっちゃんが通りかかった。おっちゃんにここで断られると困るのも事実なんだけど、内容が内容だけに、無理にとは言わないわ」


 バサラカンドには、長居するつもりだった。冒険者ギルドで長く過ごす以上は、ギルドの受付嬢に嫌われる態度は好ましくない。人情や付き合いは、大事だ。


(まあ、砂漠で失くした物を探すくらいなら、ええやろう。それほど目立つ仕事ではない)

「しゃあないな。誰もやらないなら、おっちゃんが引き受けたる。場所を教えてや」


「ありがとうね。おっちゃん」とエミネが微笑んで礼を述べた。


 商隊が襲われた場所は、バサラカンドからまる一日ほど南西に行った場所だった。

 おっちゃんは必要な品を買い、駱駝を借りた。銀貨十枚なら完全な赤字だが、付き合いと決めて、割り切った。


 夜になった。おっちゃんが小便を終えて休もうとすると、駱駝が急に立ち上がった。おっちゃんも立ち上がって火に砂を掛けて消した。


『暗視』の魔法を唱えると地鳴りと震動がした。遠くで何かが突き上げる音がした。駱駝が逃げないように、手綱を取った。


 二百mほど先に動く大きな物体があった。イブリルだと思った。

(でかいな。体長は七mはある)


 おっちゃんはイブリルの風下にいたので、じっと動かなかった。

 駱駝が震えるのがわかった。駱駝を落ちつかせようと、そっと撫でる。駱駝が身を寄せてきた。


 イブリルは出現地点でしきりに匂いを嗅いでいた。

 おっちゃんは動かず、注意して見守った。


 イブリルが地面を掘って地中に消えた。震動が伝わってきたが、遠ざかるのでホッとした。

 その晩は駱駝に凭れ掛かるように、浅く眠った。


 翌朝、商隊が襲われたと思われる場所に着いた。荷物は袋に入っていると思ったので、袋を対象に指定して『物品感知』の魔法を唱えた。


 二㎞ほど北に行った場所で三箇所の反応があった。北に移動してスコップで掘った。皮袋の水筒が出てきた。要らない品だと思うが、仕事をした実績を残すために拾った。


 次に掘り出した袋には着替えが入っていた。これも、価値のない品だが、拾っておく。

 三つ目の反応した場所で掘ると銀貨が二十枚入った財布が出てきた。これも取っておく。


「これは、ゴミ拾いしているのと変わらんの」

 次に木箱を指定して『物品感知』を唱えた。これも三箇所の反応があった。二つは壊れた木箱だった。中身は、すでになかった。


 残りの一つは長さが三十㎝、縦横が十㎝ほどの木箱だった。こっちは頑丈で中身があった。だが、箱の蓋が開かなかった。

「これは、魔法で封がしてあるね」


 中身を見ようかどうか迷ったが、開けるのを止めた。

「魔法で封がしてある状況からするに、人には見られたない品物やろう。それに、やばいものやったら、まずい。このままにしとこう」


 日が暮れる前にイブリルの縄張りから出た。帰りは駱駝と一緒に無事に戻れた。

 冒険者ギルドの受付カウンターで拾ったゴミと、開かない木箱を並べた。


 エミネが困った顔で確認してきた。

「おっちゃん、どうする。約束では一割ってことになっているけど、中を開けて確認する?」


「借りが有る依頼人なんやろう。報酬の額は依頼人を信用する。開けたない言うたら、向こうの言い値でええよ。エミネはんの顔の立つようにやって」


 エミネが感謝した。

「そう言ってくれると、助かるわ」


 ほどなくして依頼人のドミニクがやって来た。ドミニクは黒い髪と瞳を持つ細身の男性だった。肌は褐色で顔は面長。短い髭を生やしており、愛想の良い顔をしていた。服装はフードの付いたクリーム色のガラベーヤを着ていた。


 ドミニクは閉じた箱を見ると、しきりに喜んでエミネに報酬を渡した。ドミニクがゴミは置いて、閉じた箱だけを持って冒険者ギルドから出ようとした。


 後ろから追い越すように早足でやって来た男性とドミニクがぶつかった。

 ドミニクが転んで箱が地面に落ちた。箱の蓋が開いて、布に包まれた中身が飛び出した。


(なんや。開かないはずの箱が開いたで)

 おっちゃんは歩いていって箱の中身を拾い上げた。


 中身は銀製の像だった。像は人の形をしていた。だが、腕が四本あり。額に目のような大きな窪みがある像だった。

(なんや。なにかのモンスターか、異形の神様の像か)


 ドミニクが慌てた様子で寄ってきた。

「ほら、落ちたで」と、おっちゃんはドミニクの像を渡した。


「ありがとう」と口にして、ドミニクはおっちゃんから像を受け取った。

 像を見られたくなかったのか、ドミニクは手早く布に包んで箱に入れた。


 ドミニクが立ち去ろうとして冒険者の店の入口を見て固まった。

 入口にはお城の兵隊が六名いた。ドミニクは、おっちゃんに像の入った箱を渡した。


「すまない。ちょっと預かってくれ」と小声でドミニクがお願いし、突き出すように箱をおっちゃんに渡した。


 おっちゃんは直感的に危険な物を渡されたと悟った。

 ドミニクが入口に向かうと兵隊に声を掛けられた。ドミニクと兵隊が話している間におっちゃんは動いた。ごく自然な態度を装って、依頼報告カウンターに移動した。


 黙って、カウンターの上に箱を置いた。エミネが流れるような態度で箱を受け取ってしまった。

 エミネは通常の業務のようにドミニクが置いていった報酬を渡してきた。


 おっちゃんは座っていた席と別の席に移動して、エールを注文する。

 兵隊の一人がおっちゃんの傍にやってきた。おっちゃんをじろじろ見ていた。されど、箱がないと何も言わなかった。兵隊は店の中を見回したあと、ドミニクを連れて出て行った。


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