第八十三夜 おっちゃんとこんなこともあろうかと
一週間が経った。『炎の剣』のメンバーが帰ってきた。『炎の剣』のメンバーは自信に満ち溢れていた。
『炎の剣』を構成する六人を観察すると、自信は実力に裏打ちされていた。立ち居振る舞い、姿勢を見ただけでもわかった。
『炎の剣』は上級冒険者の中でも、頭一つ跳び抜けていた。おっちゃんが見てきた冒険者の中でも、五本の指に入る実力者に見えた。
(なるほど、『氷雪宮』を攻略できるかもしれん。でも、『夏の精』には敵わん。『夏の精』を倒すには超級の腕前が必要や。『炎の剣』に、そこまでの腕はない)
『炎の剣』は二日間の休養を取ってから、装備を調え、山に向かった。『炎の剣』が山に向かった翌日にクレインがやってきた。密談スペースに呼ぶと、クレインが得意げな顔で報告書と地図を見せた。
「雪崩ですが、気温が一気に六℃まで上昇しないと、街を飲み込むような大雪崩が起きる可能性は、ありません。つまり心配は無用です」
「六℃以上なら、どうや、何℃なら、一日で街を飲み込む大雪崩が発生するか」
クレインが自信のある顔で滔々と説明する。
「もし、十℃まで上がれば、二十四時間以内に大雪崩が発生するでしょう。ただ、今の季節は夜が長い。仮に日中に十℃まで上がったとしましょう。夜は冷えるので、実際は十℃でも二十四時間以上掛かるでしょうね」
「では、十℃を超えて、夜も日が出ていた場合は危険なんやな」
クレインが面食らった顔で意見を述べた。
「何を想定しているかわかりませんが、そうなりますね」
「どこまで逃げれば安全なんや」
クレインが地図を示して、わかりやすく解説する。
「避難は比較的難しくない状況がわかりました。『ランサン渓谷』側に徒歩で三十分も逃げれば、大雪崩が起きても、巻き込まれません」
「呼び掛けに二時間、準備と避難に二時間。計四時間も見ておけば、逃げられるか」
クレインは頑として、大雪崩を否定した。
「そうなりますかね。計算上は、です。ただ、今の季節気温が十℃まで上がる事態はないです。夜中に太陽が出る状況もないですが」
おっちゃんは、約束の金貨二十枚をクレインに渡した。
「作った資料は年明けまで預かっていてくれ。年明けに取りに行く。それで、もし必要になる事態があったら、遠慮は要らんから、無償で公開してくれ」
「わかりました」と、クレインは不思議そうな顔で了承した。
四日後の夜。おっちゃんが寝ようとした時に事件が起きた。
酔った誰かが窓を開けた。窓から強く明るい日差しが入ってきた。
「酔っているのか。夜なのに太陽が見えるぜ」と冒険者が怪訝そうに声を出す。
(ついに来たか)
おっちゃんは窓に駆け寄った。
窓の外には太陽のような強烈な光を放つ物体が浮かんでいた。遠目だが、『夏の精』だと理解した。
「まさか、『夏の精』か」と、誰かが口にする。
(事前に情報を流布していた甲斐があったね。『夏の精』の情報が冒険者に刷り込まれとる)
おっちゃんは危機感を煽った。
「間違いない。『夏の精』やで。言い伝え通りだと、シバルツカンドが大雪崩に巻き込まれる」
「そうだ、危険だ」「すぐに、なんとかしないと」と酒場に危機感が広がった。
(あの吟遊詩人、やるやん。きちんと皆の意識に『夏の精』の危険性が伝わっている)
「ああでもない」「こうでもない」と冒険者が話し合う。
おっちゃんは黙って窓の外を見ながらエールを飲んで、事態が動くのを待った。
一時間後、ルーカスがやって来て、真剣な顔でおっちゃんに声を掛けた。
「一緒に領主の館に来てくれ」
馬を飛ばして領主の館に移動した。すぐに執務室に通され、エルリックが強張った顔で震える声で謝った。
「おっちゃんが以前に予言していた通りになった。あれが『夏の精』なんだろう。余は、どうすればいい。伝承によれば、このままでは、シバルツカンドが大雪崩に飲み込まれる」
「すぐに大雪崩は起きません。クレインいう学者の予測では、十℃以上になった時に二十四時間以内に大雪崩が起きると教えられました」
エルリックが緊迫した顔で確認する。
「まことか。まだ、猶予はあるのだな?」
「はい。また、『ランサン渓谷』側に徒歩で三十分も逃げれば、回避できると聞いています。詳しくはクレインにお聞きください」
エルリックは青い顔で慌てたように発言する。
「わかった。さっそくクレインを呼んで対策を立てさせよう」
「あと、おっちゃんには『夏の精』を封じる策がございます。こんなこともあろうかと、『夏の精』を封じる道具の『変わり行く季節の鎖』を作っておきました」
エルリックの顔が輝き、声が驚きで上ずる。
「なんと、シバルツカンドを、まだ救えるのか?」
「閣下。作戦に絶対は、ありません。もし、おっちゃんの作戦が失敗したら、そのときは、速やかに住民を避難させてください」
ルーカスが真剣な顔で意気込んで申し出た。
「おっちゃんよ、私にできる仕事があれば、言って欲しい」
「お願いがあります。冒険者を九人、護衛に付けてください。『夏の精』が黙って封印されるとは限りません。おっちゃんの護衛をお願いします」
ルーカスが真剣な顔のまま頷き、尋ねた。
「わかった。では、道中のウーフェは、どうする?」
「問題ありません。さらに、こんなこともあろうかと、ウーフェを避ける魔除けを森の魔女を通じて十個、作らせておきました。魔除けは林業ギルドに預けてあります。さっそく取って来ます」
エルリックは顔を綻ばせ、手を叩かんばかりに喜んだ。
「おお、頼もしい限りだ、おっちゃんよ。『夏の精』を見事に封印できた暁には褒美を取らせるぞ」
「それでは、準備がありますので、失礼します」と、おっちゃんは下がった。
ルーカスと別れて、林業ギルドに行く。林業ギルドには樵が集まっていた。
ハラールの姿もあった。ハラールがいつもと変わらぬ愛想のよい顔で、声を掛けてくる。
「おっちゃん、来る頃だと思ったぜ。あれが『夏の精』だろう。そんでもって、放っておくとシバルツカンドは大雪崩に飲み込まれる。そうだろう?」
「そうや、でも、おっちゃんが止めてくる。悪いけど魔除けを戻してくれるか。あれがないと、ウーフェが邪魔で『夏の精』に近づけん」
ハラールは優しい顔で魔除けを渡してくれた。
「魔除けがないと、仕事にならない。また、貸しに来てくれよ。おっちゃん」
「おう、期待して待っていてな」
おっちゃんが背を向けると、ハラールが威勢よく声を掛ける。
「死ぬなよ。おっちゃん」
冒険者ギルドに戻ると、冒険者の選抜は終わっていた。
「一時間で準備してや。一時間後に出発や」