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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
シバルツカンド編
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第八十二夜 おっちゃんとウーフェ

 おっちゃんは魔術師ギルドに篭って調べ物をした。対象はシバルツカンドに残る『古代の巨人』についての情報だった。

(『夏の精』と『古代の巨人』については、関係があるはずや。『夏の精』を再封印する手懸かりも、きっとある)


 調べるのに十日間を要した。わかった情報は三つだけ。

①シバルツカンドには昔、アンディのような巨人がいて祀られていた。

②古代巨人は『変わり行く季節の鎖』と呼ばれるマジック・アイテムを持っていた。

③『変わり行く季節の鎖』は一万体の雪の精霊を集めて作られていた。


 おっちゃんは集まった情報を基に自室で推理する。

(『夏の精』を封印するのに必要な品は、『変わり行く季節の鎖』や。以前に見た『夏の精』を縛っていた白い鎖が『変わり行く季節の鎖』やろう。雪の精霊は普通にやったら一万も集められん。だが、ウーフェなら無限に湧く。代用できんやろうか)


 おっちゃんは腕組みして天井を見上げた。

「なんとなく、何をすればいいか、わかった。だが、一万頭のウーフェを、どうやって集めるか、やな。そんでもって、集めたウーフェで、どうやって『変わり行く季節の鎖』を作るかや」


 休息をかねて酒場に行った。吟遊詩人が『夏の精』の物語を作って歌っていた。歌は、なかなか良くできており、冒険者も街の人も聞き惚れていた。


 歌と演奏が終わったので吟遊詩人に近づいた。

「いいできや。今の歌を街の一般の酒場でも歌ってや」


 おっちゃんは金貨二枚を渡した。

「喜んで」と吟遊詩人が笑顔で金貨を受け取った。


 酒場に団長が来ていたので、エールを奢って話し掛ける。

「どうや? 芝居のほう、上手くできそうか」


 団長は、にこにこしながら陽気な口調で話した。

「芝居は明日から四日間を通して行います。公演は一日四回。旦那に言われた通り、無料で公開します。よろしかったら、旦那も見に来てください」


「わかった、よろしく頼むよ」

 翌日、夜の公演を観に行った。無料のせいか、お客は教会に満席だった。


 ベルゲがいたので、会場を提供してくれた礼を述べた。ベルゲは複雑そうな顔で愚痴るように発言する。

「私の説教も、これくらい熱心に聞いてもらいたいものです」


 公演が終わったので、冒険者の酒場に戻った。

 酒場のカウンター席に見慣れぬ馬丁がいた。近づくと、獣の匂いがせず、甘いハーブの香がした。

 飲んでいる物を見ると、似つかわしくない高級ワインだった。皿には、チーズを山盛りにしてあった。


 馬丁は森の魔女だと思い、隣の席に座った。

「こんばんは、森の魔女さん」


 森の魔女が機嫌よく、軽い口調で会話に応じる。

「今日は、街で説教臭くない芝居があるって聴いたから、見に来たのよ。まさか『夏の精』を題材にした芝居をやるとはね。あの芝居の脚本、おっちゃんが考えたの」


「古い物語を見つけましてね。それをアレンジして上演してもらいました。それでお願いなんですが、一万頭のウーフェを集めて『変わり行く季節の鎖』を作りたいんです。協力してもらえませんか」


「嫌よ、と断りたいところだけど。今日は気分がいいから、協力してあげてもいいわよ」

 森の魔女が肩から提げていたバッグに手を突っ込んだ。掌に収まるくらいの大きさの黒い磁器製の壺を取り出した。黒い壺には銀の蓋が付いていた。


「この壺を使えば、ウーフェを吸い込めるわよ。それで、万のウーフェを吸い込んだら、私が『変わり行く季節の鎖』を作ってあげるわ」


「それで、一万のウーフェなんて、どうやって集めたらいいんでっしゃろ」


 森の魔女が顔を(しか)めて、柔らかい口調で叱責(しっせき)する。

「もう、本当に、できない子ね」


 森の魔女が再びバッグに手を入れて小瓶を取り出した。

「この呪いの薬をブラリオスの(ねぐら)にある『古代巨人の石碑』に掛けなさい。一晩中、ウーフェがどんどん集まってくるわよ」


「何から何まで、すいませんな」


 翌日、おっちゃんは籠に豚肉を入れて背負った。森の魔女からもらった壺と小瓶を持ってブラリオスの縄張りに行く。トロルに姿を変えて、ブラリオスの塒へと向かった。


 洞窟に入ると、ブラリオスは、いなかった。洞窟内を見て廻った。

 高さ二m幅一mの石碑を見つけた。石碑に何か書いているようだが、字は読めなかった。


「何をしている」ブラリオスの声がした。

 振り返ると、ブラリオスがいた。機嫌はよさそうだった。


「お帰りですか。ちと、用があるので、待たせてもらいました。あと、これ、手土産です」

 おっちゃんは手土産の豚肉を地面に置いた。


 ブラリオスが愛想のない顔で、ぶっきら棒に述べる。

「なんだ、また、泥炭か。なら、勝手に掘っていけばいいだろう」


「違います。今日は別の用件があって、ここに来ました。この場所を一晩だけ貸して貰えませんか」


 ブラリオスが眉間に皺を寄せて問うた。

「何をする気だ」


「『変わり行く季節の鎖』言うのを作りたいんですわ。ただ、そのためには、ウーフェが一万頭ばかり必要ですねん。そのウーフェを集める作業を、ここでやりたいんですわ」


「断ったら、どうする」


 おっちゃんは頭を下げて頼んだ。

「どうも、こうも、ありません。おっちゃんは、ただ、お願いするだけです」


 ブラリオスが鼻を鳴らして、毅然とした態度で命じた。

「一晩だけなら、いいだろう。一眠りしたら、空けてやる。夜になったら来い」


 おっちゃんは夜に街を出、トロルの姿でブラリオスの塒に移動した。ブラリオスは言葉通りに塒を空けてくれていた。


「ほな、始めようか」


 森の魔女から貰った呪いの薬を石碑に掛けた。

 一分もしない内に、何かが洞窟の前に大量に集まってくる気配がした。


 壺を手に待ち、構えた。狼のような唸り声がした。

 入口から十以上のウーフェが走り込んできた。おっちゃんは壺を向けた。


 ウーフェが壺に吸い込まれた。次々とウーフェが走り込んできた。ウーフェの数が多すぎた。壺の吸い込みが間に合わなくなった。一頭また一頭とウーフェがおっちゃんの腕や足に噛み付いた。


 トロルの岩のような肌がウーフェの牙を防いだ。おっちゃんは齧られながら壺を振り回してウーフェを吸い込んだ。


 ウーフェの中には噛む力が強い個体がいた。牙が岩の肌を突き破って食い込む。おっちゃんは壺を向けた。ウーフェは吸い込まれた。おっちゃんの肌には傷跡ができていた。だが、トロルの再生能力で、すぐに傷は塞がる。


(これは、根性勝負やな。心が折れん限り、負けはない)


 何百箇所を噛まれたか、わからない。受けた傷は再生能力で塞がる。だが、傷つけば痛みはある。おっちゃんは、ただひたすら拷問のような痛みに何時間も耐え続けた。


 気が遠くなるような長い時間をただひたすら我慢した。おっちゃんは倒れなかった。壺を構えて、ウーフェを一心不乱に壺に吸い込み続けた。


 ウーフェの波が途絶え、気が付けば洞窟の外から明かりが射していた。

「やったんか」


 疲労感から両膝を地面に突いた。どれだけ、ウーフェを吸い込んだかわからない。一万頭以上も吸い込んだ気がするし、数千頭しか吸い込んでいないような気もした。


 壺が光った。壺から羽が生えた。手を離すと壺は飛んでいった。仕事をやり遂げたと悟った。

 おっちゃんは消耗した体を引きずって街に帰り、啄木鳥亭に着いた。おっちゃんは、玄関で意識を失った。


 目が覚めると、ベッド上だった。窓の外を見ると夜だった。腹が減ったので飯を喰いに酒場に行った。


 ニーナが心配そうな顔で寄ってきた。

「おっちゃん、大丈夫なの」


 おっちゃんは笑って誤魔化した。

「年は取りたくないもんやなあ。つい、若いつもりで飲みすぎた。反省する。もう、倒れるほど飲まんから、許してや」


 ニーナが不安気な顔で、真摯な口調で申し出た。

「おっちゃんが、飲みすぎたと言い張るなら、そういうことにしておくわ。でも、何か大変な仕事を独りで背負い込んでやろうとしているなら、教えて。私もギルド・マスターも相談に乗るから」


「たいしたこと、あらへん、飲みすぎや」と、おっちゃんは笑ってはぐらかした。

(『夏の精』は、まだ出ると決まった訳やない。余計な心配をさせる必要はない)


 ニーナが高さ三十㎝ほどの青銅の壺を取り出して、おっちゃんの前に置き、困った顔で伝えた。

「樵の人がこれを、おっちゃんに、って。名前は言わなかったけど、渡せばわかる、って」


(この中に『変わり行く季節の鎖』が入っているな。説明がないけど、使用方法は相手に向けて蓋を開けばええのかな)

「おお、これ、これ、これ、待っとったんや。ありがとうな」


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