第七十四夜 おっちゃんと泥炭
翌日、おっちゃんは西門に行って、びっくりした。
西門には百を超える人間がいた。馬が引くタイプの橇も、形は様々だが十二台あった。
「なんやの、この人数」
ハラールが申し訳なそうな顔で謝った。
「すまねえ、おっちゃん、泥炭を掘る話が漏れた。林業ギルドだけでなく、木工ギルド、建築ギルド、猟師ギルド、漁師ギルド、採取家ギルド、それに、鍛冶ギルド、馬車ギルド、旅館ギルドまで、話が拡がった」
(完全に氷塊とウーフェで仕事がなくなった人たちの集まりやね。精々十人か二十人も集まればいいと思ったのに、これは誤算やわ。エルリックのことを言えんな)
おっちゃんが面食らっているとハラールが取り繕った。
「大丈夫だ。皆は俺の指示に従うと約束している。現場の指揮は俺が執る。おっちゃんはブラリオスの無力化だけに注力してくれればいい」
(今さら帰すわけにはいかんしな、しゃあないか)
「ほな、行くで。静かに従いてきてや」
おっちゃんは『巨人木』を探しながら歩いた。『巨人木』の近くを通るのでウーフェとは遭遇せず、ブラリオスの縄張りまで来た。
一行を『巨人木』の麓に残して、ブラリオスの塒に急いだ。ブラリオスの塒を念のために確認した。当然のようにブラリオスはいない。おっちゃんは、豚肉を洞窟の奥に置いて戻った。
「よし、ブラリオスのやつ、眠り薬入りの肉を食うた。これで、夜まで目を覚まさんはずや。もし、ブラリオスが目を覚ましたら、おっちゃんが命を懸けて止める」
歓声が上がるので、すぐに「静かに」と注意した。
おっちゃんの先導でブラリオスの塒の五百m前まで来た。
ジェスチャーで「掘れ」の合図をした。百人以上の人間が一斉に泥炭を掘り出した。おっちゃんは掘っている間に、『巨人木』を見つけて小枝を切っておいた。ソリの御者役に『巨人木の小枝』を渡しておいた。
橇は昼前には一杯になった。まだ掘れるので橇を往復させた。橇が戻ってくるたびに『巨人木の小枝』を渡す。掘っては橇に積む。橇は現場と街を三往復した。
四回目の詰め込みが終わった時には日が落ちるまで一時間しかなかったので、そのまま帰った。ブラリオスの縄張りを過ぎると、人々は互いに労を犒った。
ハラールが笑顔で、気分も良く声を掛けてきた。
「おっちゃん、上手くいったな。怪我人なしで。大猟だ。これだけの泥炭があれば、凄い儲けになるぜ」
(それはそうやろう。なんせ当初の十倍規模の人数や。大型の橇だけで四十八台分。儲けを考えると怖なる)
翌日、おっちゃんはトロルの格好で、老トロルと一緒にブラリオスを迎えに行った。
(ブラリオスが移住する場合は、今回の泥炭の儲けをかたに、金を借りればいい。あの調子なら金貨五百枚かて、すぐに稼げるやろう)
おっちゃんが着くと、ブラリオスはすでに待っていた。ブラリオスの怪我はすっかり回復して、以前よりも元気そうだった。
「ブラリオスはん、それで、どうします。移住しますか?」
ブラリオスが平然と拒絶した。
「移住は不要だ。やっぱり元の場所がいい」
老トロルが残念そうに口を開く。
「そうですか。いい土地やと思ったんですけどね」
老トロルと別れた。ブラリオスと塒の前まで来る。
地面が大量に掘削されている状況にも、ブラリオスは何も言わなかった。
「ほんじゃあ、また、機会があったら寄らしてもらいます」
ブラリオスと別れると人間の姿に戻って、啄木鳥亭に戻った。
啄木鳥亭の酒場は以前のように暖かかった。暖炉では赤々と泥炭が燃えていた。
ニーナが近くに聞いたので訊いた。
「さっそく、泥炭を買ってきたん」
ニーナは笑って、ハラールの声を真似て教えてくれた。
「ハラールさんが言うには、俺は冒険者ギルドに薪を売らんとは言った。だが、泥炭を売らないとは言っていない、だって」
「素直やない親父やなー」
ニーナが微笑む。
「これも、おっちゃんのおかげですよ」
おっちゃんはテーブルに着いてシチューを注文する。
「塩っ辛いシチューに、暖かい酒場。これが、冒険者の、ささやかな幸せかの」
酒場を見渡せば、どこか皆ホッとしていた。酒場で歌う吟遊詩人の声も晴れやかだった。