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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
シバルツカンド編
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第六十六夜 おっちゃんと塩

 朝に起きて、外を見た。空は曇り、昨日から降り出した雪が積もっていた。


 遠くからは子供たちの歓声が聞こえた。

「子供は、いつも元気やな。さあ、朝食を食べに行こう」


 酒場に朝食を食べに行く。


 朝の酒場が騒然としていた。ニーナも忙しそうに駆け回っていた。

 酒場では、しきりに「氷塊がー」「氷塊がー」の声が聞こえた。


 給仕の青年を捕まえる。

「なんかあったの?」


 給仕の青年が、待っていました、とばかりに口を開いた。

「氷塊ですよ。氷塊。巨大な氷塊が『ランサン渓谷』を塞いだんですよ。おかげで、ラップカンドと街の交通が断たれて、もう、大変なんです」


「へー、そんな自然現象があるんやね。凄い場所やね、シバルツカンド」


 給仕の青年が口を尖らせて述べた。

「自然現象なわけないでしょう。俺がこの街に生まれてから、初めてですよ。噂では、幅二十五m、高さは六十m、距離は三百mにも及ぶって話ですよ」


「そんなにでかい氷の塊が『ランサン渓谷』を塞いでいるの?」


 給仕の青年が情けなさそうに発言する。

「もう、シバルツカンドは、春まで陸の孤島ですよ」


 給仕の青年は別の客に呼ばれて立ち去った。

(まあ、起きてしまったもんはしゃあないか。必要とあれば、誰かがなんとかするだろう)


 雷が鳴る大きな音がした。雷は光ってからすぐに音がしていた。

(冬の雷か。近いな。これは、どこぞに落ちたな)


 少しすると、誰かが急ぎ飛び込んできた。

「大変だ、街の倉庫に落雷した。倉庫が燃えている。手の空いている人間は消火を手伝ってくれ」


 おっちゃんは朝食のパンをエールで流し込む。おっちゃんと冒険者の集団は街の南西にある倉庫街に急いだ。

 木造の倉庫は勢いよく燃えていた。皆で街の井戸から水を汲み、消火活動を行った。


 火は二時間に亘って燃え続けた。倉庫街の倉庫二棟と民家四軒を焼いた。焼けた家の中にはアントンの家もあった。


 煤で真っ黒になった顔で、啄木鳥亭に帰った。サウナに入って汗を流した。冷たい水で体を流に付いた汚れを落とした。


 疲れたので一眠りした。お昼に起きて、酒場に昼食を食べに行く。

 デッポウ鳥のシチューを頼んだ。シチューを口にすると、塩気が足りなかった。


 塩を振ろうと、塩の容器をテーブル上で探した。塩の容器がなかった。

「あれ、変やな。塩の容器がない。朝はあったんやけどな」


 給仕の青年に頼んだ。

「塩をちょうだい」


 給仕の青年が困った顔で、言い辛そうに断った。

「塩はお出しできません」

「え、なんで、そんな意地悪するん。塩を出してよ」


 給仕の青年が困った顔のまま説明した。

「塩を貯蔵していた倉庫が焼けたんです。氷塊の影響で、ラップカンドからの商隊も通れない。このままだと、春までには塩不足になる状況は目に見えています。だから、塩を節約しなくちゃならないんです」


「塩がないって、それ、まずいやろう」


 おっちゃんもそうだが、冒険者は塩辛い味付けを好む。冒険者は汗を掻く職業だ。塩分は体が常に要求する。塩は「ない」では済まされない。


 給仕の青年は頭を下げると、奥へと戻った。

「困ったね、春まで減塩食か。おっちゃんには辛いわー。塩くらい自由に使いたいわー」

「塩がないだって」他のテーブルの冒険者の叫び声が聞こえた。


 ニーナを捕まえて聞く。

「塩がないって聞いたんやけど、入荷の目処が立たんの」


 ニーナは申し訳なさそうな顔で切々と詫びた。

「ごめんなさい。氷塊のせいで、まったく目処が立たないわ。特に冒険者の酒場で塩をよく使うから。倹約しないと、春まで保たないのよ。魔術師に『瞬間移動』で塩を買ってきてもらうわけにもいかないし」


 おっちゃんがやろうとしていた行動を先に制限された。

「なんで? できんの? コストの問題?」


 ニーナが弱った顔で粛々と説明した。

「違うわ。『氷雪宮』が出現する間、強い魔力場が発生するの。魔力場のせいで『瞬間移動』ができないのよ。無理に使うと、どこに出るかわからないわ」


(『瞬間移動』できんとは知らなかったな。となると、空輸か)

「魔術師に『飛行』で空を飛んで氷塊を飛び越えても、塩を運んでもらうのはダメなん?」


 ニーナが頭を振った。

「空もダメよ。渓谷は風が強いの。特に上空は危険よ。下手に飛べば岸壁に叩きつけられるわ。さっそく一人が試して、大怪我して危うく死ぬとこだったわ」

 そうなんか。試す前でよかったわ。


「それに、渓谷にはアイス・ワイバーンがいるのよ。魔術師が一人で飛んでいるところを狙われたら、格好の餌食よ」


 ワイバーンは飛竜とも呼ばれる。体長が四mほどの、空を飛ぶ、龍に似たモンスターだった。

 龍と違い、手は退化して存在しない。だが、鋭い爪と毒のある尻尾を持つ。知能は低いが、力が強く、牛だって持ち上げて飛べる。


 一部地域では乗用として使っている地域もあるが、気性が荒く飼い馴らすのが非常に難しい。アイス・ワイバーンはワイバーンの亜種で全身が白く、非常に寒さに強い種だった。


 アイス・ワイバーンは、冬は『ランサン渓谷』で過す。春から秋に掛けてはランサン山脈の全域で活動するモンスターだった。


「これは、春まで減塩食を喰うしかないのかのー」


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