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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
シバルツカンド編
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第六十一夜 おっちゃんと遭難者

 金が入ったので、おっちゃんはご当地グルメを満喫した。軽い気持ちで、十日間ほど狩猟をやってみた。結果は、デッポウ鳥に馬鹿にされただけだった。


 おっちゃんを尻目に大勢の冒険者が『氷雪宮』に出かけて行った。年を取ったおっちゃんを仲間にしようという冒険者はいなかった。おっちゃんからも冒険者に声を掛けたりしなかった。


 おっちゃんは朝食を食べ終わって「今日は何をしようか?」と、ぼんやりと考えていた。


 ニーナが困った顔で寄ってきた。

「猟師ギルドからの依頼で、遭難者の捜索の仕事が来ているわ。報酬は銀貨五枚と少ないんだけど、行ってもらえないかしら」


 冒険者は、街の困りごとを解決する、便利屋の側面がある。だが、シバルツカンドに来る冒険者は『氷雪宮』の攻略が目当てで来ているので、この手の依頼は受けない。


 依頼料が安いなら、なおさら引き受け手はない。されど、地元に拠点を置く冒険者ギルドには地元との付き合いがある。誰も行かないでは、格好が付かない。


 おっちゃんは冒険者ギルドの事情を心得ていた。

(ニーナはん、困っておるようやから、手伝ったろ)


「ええよ。おっちゃん、暇やし、森にも慣れてきてから、引き受けたる。猟師の家族も心配しているやろう」


 ニーナが安堵した顔で告げた。

「引き受けてくれて、ありがとう、遭難している人間はイサクさん。今年二十二になる猟師さんよ。デッポウ鳥を撃ちに山に入って、昨日から帰ってきていないのよ」


 イサクを見つけた時に吹く笛を、ニーナから貰った。

 用心のために、保存食とエールを買って外に出た。


 外では昨日の晩から降り出した雪で地面が薄っすら覆われていた。

 雪は今も小降りに振っていた。


「本格的に降る前に見付けないと大変やな」


 おっちゃんは街の西門から、『ダヤンの森』に入った。

 森では、すでに捜索が始まっており、イサクの名前を呼ぶ声があちこちで聞こえていた。


 おっちゃんは闇雲に森を捜索しなかった。おっちゃんは『物品感知』の魔法を使った。対象に死体を選択する。


 街の外れから十五分ほど行った場所に反応があった。

「あかん。これ、助からんかったケースや」


 夜の森は暗い。慣れた人間でも迷うケースは珍しくない。街には灯りがあるが、暗い森の中からは見えない。寒さは体力を奪う。雪が夜から降っていた状況も、運が悪かった。


「やりきれんな、散々に森の中を彷徨(さまよ)った挙句、街の近くまで来たが、力尽きたか」


 おっちゃんは暗い気持ちで死体を確認に行った。イサクは地面に倒れ込むような姿勢で死んでいた。


 最初に不審に思った点は、イサクがデッポウ鳥を一羽も所持していない状況だった。


 死体に触れた。死体は氷のように冷たく硬かった。おっちゃんは死体を仰向けにした。

 顔に死斑がなく、不審に思った。開いているイサクの口の中を『明かり』の魔法で照らした。

 口から喉にかけて氷が付着していた。


「昨日の晩から深夜にかけて遭難して死んだにしては、喉の中まで凍っている状況はおかしい」


 手袋を脱いでイサクの指を触った。指は硬かった。だが、死後硬直の硬さではなかった。

「指先まで凍っている。気温からして、これも凍り過ぎや、もしかして」


 おっちゃんは『魔力感知』を唱える。イサクから魔力の反応を示す青い光が感じられた。

「イサクは遭難して凍死したんやない。氷の魔法か、なんらかの魔法薬で殺されたんや。厄介な事件になるで」


 おっちゃんはイサクを見つけた状況を知らせる笛を吹いた。


 笛の音を聞きつけて、捜索に当っている猟師ギルドの人間がやってきた。

 おっちゃんは猟師ギルドの人間に尋ねた。

「この仏さんは、イサクですか」


 やって来た猟師組合の人間は、沈痛な面持ちで答えた。

「まちがいない。イサクだ」


 おっちゃんは笛を吹き続けて人を集めた。

 猟師ギルドの人間がタンカを持ってきた。イサクを街の教会に運んでいった。


 おっちゃんは冒険者ギルドに一度、帰った。

「ちょっと、ええ?」とニーナに声を掛け、密談スペースに連れて行った。


「イサクさんの捜索から帰ってきたんやけどな。イサクさん、死んでたんや」


 ニーナの表情が曇った。ニーナがイサクの死を悼む。

「そう、残念だったわね。イサクさん、よくここの酒場にも来てたのに」


 おっちゃんは声を潜める。

「あんな、おっちゃんがイサクはんを最初に発見したんやけど、あれは事故死やないで。他殺の可能性がある」


「エッ」とニーナの顔が驚きに歪んだ。ニーナは下を向いてから、困った顔で、おっちゃんに向き直った。

「もしかしてだけど、イサクさんを殺した人間は冒険者かも知れない」


「なんやて」

 殺人は問題だが、犯人が冒険者なら大問題だ。

 冒険者の技量はピンからキリ。中級冒険者クラスが殺人犯なら、街の衛兵では取り押さえられないかもしれない。捕り物の時に街の人間に犠牲でも出ようものなら、冒険者ギルドは苦しい立場に置かれる。


 ニーナが神妙な顔で、静かな声でお願いしてきた。

「とりあえず、殺人の可能性については内密にして。ギルド・マスターに知らせて判断を仰ぐから」


 おっちゃんはニーナと別れ、銀貨を入れる小さな袋を買った。袋に献花料として銀貨十枚を入れておく。 


 平服に着替えて、イサクの死体が運ばれていった教会に行った。

「このたびはご愁傷様でした」と声を掛けて挨拶した。献花料の入った袋を遺族に渡した。


 教会で葬儀の準備をする司祭のベルゲを探した。

 ベルゲは金髪の短い髪をしている。青い瞳を持った五十代の男性で、細い眉をしている。ベルゲの体格は大柄で、茶色の祭服を着て修道帽を被っていた。


「イサクさんの捜索に当った冒険者で、おっちゃんです。これも、何かの縁や。葬儀で手伝える仕事ありませんか。力仕事でもお茶汲みでも、なんでも手伝いますよ」


 ベルゲは感心した顔で、優しく発言した。

「葬儀の準備をするにも、参列者の体を温めるにも、薪が必要です。ですが生憎(あいにく)と男手が少ない教会なので、薪が不足しています。薪割りをお願いできますか」


「喜んで」とおっちゃんは快諾した。おっちゃんは薪を割って、暖炉に(くべ)る役を買って出た。おっちゃんは薪を割った。調理場や礼拝堂の暖炉に薪を運んで燻た。寒い季節、火の回りには自然と人が集まる。


 おっちゃんは薪を燻る傍ら、噂話に耳を立てた。

「夜に亡くなったとしても、体の中まで凍るなんて、おかしい。『氷の王女』の仕業では?」


『氷の王女』の話は知っている。『氷雪宮』にいるダンジョン・マスターである『氷の女王』の娘だ。

 地元では、男を攫っていっては氷の中に閉じ込める逸話があった。


 人間に近いモンスターは人間に化けて人里に来る。そうして、人間と恋に落ちる話は国中どこにでもある。だが、今回に限っていえば、『氷の王女』の線はなかった。


(『氷の王女』は、すでに別のダンジョン・マスターに嫁いどる。シバルツカンドには、いない)


『氷の王女』の結婚式がド派手だっただけにモンスターの間ではけっこう有名な話だった。


 別の男が噂した。

「いや、ここだけの話、俺はイサクが入れ込んでいた冒険者のビクトリアが怪しいと思う。イサクが死んだのに、ビクトリアは顔も出さないぞ」


 ビクトリアについては知らなかった。この時季は冒険者が多く、出入りも激しい。

(ニーナが犯人に心当たりがありそうやったな。もしかすると、ビクトリアだったのかもしれんな)


 他には、目ぼしい噂話が訊けなかった。

 おっちゃんは二日目に行われる埋葬まで付き合ってから、冒険者ギルドに帰った。


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