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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
シバルツカンド編
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第六十夜 おっちゃんと狩猟

 夜が明けた。目が覚めた。外を見た。外ではちらちらと雪が降っていた。

流石(さすが)は雪の街として有名なシバルツカンドや。十月の頭なのに、もう初雪か、街の人の話やと、去年は記録的な大雪やったらしいけど、今年はどれくらい降るんやろうな」


 朝食を摂って、おっちゃんは外に出た。弓矢を買いに武器を扱う店に行った。


 店の名はグスタブ武器店。啄木鳥亭から歩いて五分のところにある武器を扱う個人の店だった。

 魔法の掛かった高級な武器は置いていない。けれども、職人との繋がりも強く、武器のオーダー・メイドが可能だった。


 グスタブ武器店のドアを開けた。主人のグスタブが出迎える。グスタブは頭頂部が禿げた七十歳になる小太りの男性だった。服装は萌黄色の厚手のシャツにズボン。革の靴を履き、毛皮のエプロンをしている。


 エプロンの毛皮は昔シバルツカンドを荒らした魔獣のものだった。毛皮はグスタブが倒して手に入れた品だった。グスタブも昔は冒険者だった。


「いらっしゃい、おっちゃん。今日は、どうしたんだい」

「弓矢を選んで欲しいんや。扱い易くて、当り易いの、ちょうだい」


 グスタブは笑って気さくな声で応じる。

「扱い易い弓矢はあるけど、当てるのは、おっちゃんの腕だから、保証はできないよ。それで、弓矢で何を狙うつもりだい。デッポウ鳥かい? 狐かい? 鹿かい? まさか、熊かい?」


 デッポウ鳥とは冬にシバルツカンドに渡ってくる体長が四十㎝ほどの鳥だった。肉質は、よく脂が乗っていた。この季節シバルツカンドの食卓にちょくちょく上る。名前の由来は泣き声が「デッポウ、デッポウ」と鳴くことから来ていた。


「弓矢をつこうた経験があまりないんだけど、狩猟は始めるのなら、何がええの」


 グスタブが腕組みして、温和な顔で進める。

「それなら、デッポウ鳥からだね。今の季節ならシバルツカンド近郊にけっこう数がいる。ここら辺の狩人の間では『狩りはデッポウ鳥に始まり、デッポウ鳥に終わる』って言葉もあるからね」


「シバルツカンドの狩猟は自由なん?」


「猟師の組合はあるけど、森は領主のエルリックものだからねえ。領主に税を払えば、子供でも狩猟ができるよ。でも、冒険者はギルドが肩代わりして、税を納めている。一度に十羽も二十羽も獲らないと、問題にならないよ」


「そうかー、いっぱい獲ったら、納めなあかんか」


 グスタブが笑って、やんわりと否定する。

「おいおい、いくら相手がデッポウ鳥だからって、初心者が十羽も獲れるわけないだろう。そこまでのろまだったら、デッポウ鳥は、とっくに絶滅しているよ」


「それも、そうやな。まずは、やってみよう」


 おっちゃんはグスタブの勧めに従い、革の胸当て、ショート・ボウ、矢筒、矢を一ダース購入した。


 さっそくデッポウ鳥を撃ちに『ダヤンの森』に出掛けた。森の入口で二人の子供とすれ違った。


 子供たちは右手に弓矢を持ち、左手にはデッポウ鳥を下げていた。

(なんや、デッポウ鳥は子供でも獲れるんか。案外と、おっちゃんでも行けるんやないの)


 森に入って三十分も歩くと「デッポウ、デッポウ」と鳴く声がした。

 木陰から、そっと覗いた。太ったデッポウ鳥が、ナナカマドの実を突いていた。


 おっちゃんは矢を番えてデッポウ鳥を撃つ。

 狙った場所とは離れた場所に矢は飛んで行った。デッポウ鳥が太った体を揺らして飛び立った。


「的が小さくて難しいな」


 おっちゃんはその後も、山を駆け回って、デッポウ鳥に矢を射た。

 日が暮れるまで頑張った。だが、その日は一羽もデッポウ鳥が獲れなかった。


「あかん、狩猟を簡単に考えとった。これ、慣れる頃には、夏になるんやないやろうか。なんか別の金策を考えたほうええかもしれんな。狩猟じゃ喰えんわ。雪が降り始めたら、ホワイト・ウィスプも消える、言うしな、どうしよう」


 啄木鳥亭に帰った。エールを飲みながら、どうしたものかと考えた。


 冒険者同士の噂話が聞こえてきた。

「おい、聞いたか。『氷雪宮』が出現したらしいぞ」

「初雪と共に解禁か。今年こそ、攻略してやるぜ」


『氷雪宮』は一風変わったダンジョンだった。シバルツカンドに冬の間だけ出現する、雪と氷のダンジョンだった。毎年、冬になると『氷雪宮』の宝を求めて、他の街から冒険者がやって来た。

(ダンジョンか。ダンジョンには行きたくない)


 おっちゃんは以前にダンジョンで冒険者と戦う仕事をしていた。なので、ダンジョンに潜ってモンスターと戦う行為に抵抗があった。それに、昔の知り合いにでも会ったら面倒だとも思った。


 依頼受付カウンターに行ってニーナに相談した。

「ニーナはん、ダンジョンに行かずに稼ぐ方法って、ある」


 ニーナが意外そうな顔をした。

「珍しいわね。シバルツカンドに来る冒険者で『氷雪宮』を避けるなんて」

「おっちゃんは、しがない、しょぼくれ中年冒険者や。下手にダンジョンなんか入ったら、死んでまう」


 ニーナが微笑み、親切な口調で教えてくれた。

「それなら、肉体労働ね。簡単な仕事は薪割りよ。林業ギルドに行って一日働けば銀貨六枚になるわ。あと、ラップカンドから塩や香辛料を運んでくる商隊の護衛かしら。薪も塩もシバルツカンドになくてはならない必需品だからね」


「他に、素人でもできる仕事はないの」


 ニーナが顎に手をやり考える仕草をした。

「過去に泥炭を掘る仕事もあったけど、今はないわね。あとは、お薦めしないけど、『氷雪宮』近くの『スワ湖』で釣りをしてアイス・トラウトを獲ってくるってのもあるわよ」


「なんでお薦めできないの」


 ニーナが身震いして注意した。

「この季節のアイス・トラウトは一匹で銀貨四十枚ほどには、なるわ。けど、よく釣れる『スワ湖』は『氷結宮』から近いの。『スワ湖』の付近は、モンスターの活動が活発なのよ。今の時季にアイス・トラウトは美味しくなるけど、危険よ。特にトロルは要注意よ。トロルに遭ったら、刺激したらダメよ。そっと逃げなさい」


 トロルは身長三m。岩の肌と逞しい筋肉を持つモンスターだ。寒さに強く、高い再生能力を持つ。中級冒険者でも命を取られる、危険なモンスターだった。


 おっちゃんの感想は逆だった。

(ほー、トロルが出るのか、好都合かもしれんね)


 おっちゃんは冒険者になる前にトロル・メイジで喰っていた。トロルに変身するのは、どの動物になるよりも得意だった。


 おっちゃんは釣り道具を買って『スワ湖』に向かった。人間にとって危険やと思うところでトロルに変身して腰巻きを装備する。トロルの姿で歩いて行った。


 ニーナが言った通りに、トロルに出くわした。遭遇したトロルは、おっちゃんを見ても、別段なんの反応を示さなかった。


 周囲長が三十五㎞の『スワ湖』に出た。釣りをした。トロルと二回ほど出遭ったが、向こうは気にしない。三度目に遭ったトロルは「ここ、人間が出るから。もっと奥で釣ったほうがいいですよ」と親切に忠告してくれた。

 おっちゃんは「ご親切に、ありがとう」と挨拶を返して別れた。


 三時間で小ぶりのアイス・トラウト五匹が釣れた。


 人間の姿に戻って、冒険者ギルドに戻った。

「ニーナはん、魚を釣ってきたでー。換金してやー」


 釣り箱の中身を見たニーナが驚いた。

「おっちゃん、これ、アイス・トラウトでしょ。『スワ湖』で釣ってきたの?」


「釣った場所は秘密や。おっちゃん、採取しか能がないやろう。でもな、なんていうかな、採取家の勘で、誰にもわからんような穴場がわかるんよ。人もトロルも来んような穴場で釣った」


 ニーナが疑いもせず、感心した。

「地元の人間も知らない穴場を発見するなんて、すごい特技ね。いいわ、目方を量ってお金に換えてあげるわ」


 アイス・トラウトは金貨一枚と銀貨八十枚に化けた。

(三時間で銀貨百八十枚相当か。時給にして銀貨六十枚やね。たった一時間で薪割り十日分の収入や。ええ金策を見つけたな)


 シバルツカンドの物価は高い。やりくり下手なおっちゃんの生活費は一日が銀貨四枚。それでも、三時間釣りをすれば四十五日は暮らせる。


 おっちゃんは、美味しい儲け話を見つけて、独り酒場の隅でニヤニヤした。


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