第五百四十六夜 おっちゃんと泥の王国(前編)
ボーランドは、空飛ぶ舟が完成間近という状況もあり、機嫌が良かった。
ボーランドの協力により、魔法の炭焼き機は完成する。解呪の炭焼きが村で行われる。
炭の材料の木は村の南にある森から伐り出されて運ばれて来る。解呪の炭はハウルを通して売りに出された。
炭で黒く汚れたパシリオスが、おっちゃんの家にやって来る。
パシリオスはおっちゃんから炭焼き事業を任されていた。パシリオスは穏やかな顔をしていた。
「どうや、パシリオスはん、炭焼き事業は慣れたか?」
パシリオスが明るい顔で答える。
「今のところは順調だ。この調子で行けば、年を越す前には利益が出る」
「それは、良かった。何があるかわからん世の中や。また金を貯めておかんとな」
「そうだな。法王庁の所領は助け合いの精神が基本だ。だが、何があるかわからないのが世の中だからな」
パシリオスが帰ると、ビアンカが機嫌の良い顔をしてやって来た。
「おっちゃん、今回も遺跡の調査に来たから、声を掛けさせてもらったわ」
「毎回、きちんと挨拶しに来てくれるとは感心やな」
ビアンカは、おっちゃんに挨拶を済ませると、枯れた森へと出かけていった。
四日後、再びビアンカが現れる。ビアンカは少し興奮していた。
「ねえ、おっちゃん。ひょっとして私たちは大発見をしたかもしれないわ」
「何を見つけたんや? 村に利益になる話やといいんやけど」
「あのね、あの森にある遺跡はメダリオス河が氾濫するたびに泥を溜め込む性質があるのよ。それで、溜め込んだ泥は魔力を持つのよ」
「魔力の籠もった泥ね。それ、何かに使えるん?」
ビアンカが元気の良い顔で教えてくれた。
「粘土ゴーレムを作る材料になるわ」
「何やて? それが本当なら、高く売れるで。村は一気に大金持ちやな」
「でしょう。アレキサンダーに報告するから、期待して待っていて」
ビアンカが明るい顔をして帰っていった。
おっちゃんは、村に金が入ったら今度は何をしようかと考えていた。だが、二週間後に暗い顔をしたビアンカが一通の手紙を持って来た。
(何や? ビアンカはんの表情が暗いな。これは何か良くない事件が起きたで)
おっちゃんは手紙を読む。内容は魔法の泥を国王に引き渡すとの内容だった。
「何や、これ? この手紙の内容だと、村に金がほとんど落ちん。それどころか、猊下かて、儲からんやん」
ビアンカが渋い顔をして内情を打ち明けた。
「そうなのよ。政治的な力が働いて、高価な魔法の泥が、二束三文で国王側に売られたのよ」
「期待して損したけど、法王庁の判断や。しゃあないわ」
おっちゃんは落胆した。
手紙が届いた三日後に冴えない顔のパシリオスがやって来る。
「おっちゃん、国王軍の兵士が来て森で作業をしていると、報告を受けたぞ」
「こっちには挨拶はなしや。泥もタダ同然で持って行くし、ほんま、やりたい放題やなあ」
パシリオスが目に力を入れて発言する。
「どうする? 抗議しに行くか? 行くなら、付き合うぞ」
「止めておこう。上で話が付いとるから、揉めると損や」
一週間もすると、国王軍の兵士はいなくなった。
(とんだ、糠喜びやった。でも、いつもいつも儲かるとは限らんのが世の中や。もう、魔法の泥の儲け話は忘れよう)
国王軍がいなくなってから五日後、血相を変えたクレタスが飛び込んで来た。
「国王軍が持ち出した粘土が、人々を飲み込んで化け物となって、こっちに向かっている!」
「何やて? どれぐらいの速度で向かっているんや?」
クレタスが真剣な顔で予想する。
「泥は人を飲み込んだ後に急激に速度は落とした。今は歩くくらいの速度でこちらに向かかっている。泥はボレボン村の辺りだと思うから、このまま速度を変えないと三日後にここに到達する」
「まだ、時間はあるか。でも、いつまた、泥の速度が上がるかわからん。よし、クレタスはんは、村人に逃げる準備をしておくように触れ回ってくれ」
「おっちゃんは、どうする?」
「魔法の粘土は遺跡からの出土品や。遺跡に行けば、止める手立てがあるかもしれん。わいは、遺跡に行ってみる」
クレタスは真摯な顔で、おっちゃんを送り出した。
「わかった、気を付けてな」
戦闘になってもいいように仕度を調えて、冒険者の格好に着替える。
遺跡のあった場所に行くと、以前は涸れた湖だった場所に、泥が堆積していた。
(何や? 河の水と一緒に、大量の泥が流れ込んどる)
おっちゃんが泥を調べていると、背後で気配を感じた。
振り返ると、十m後方にペトラが立っていた。
「こんにちは、村長さん。ここに何し来たの?」
おっちゃんは剣をいつでも抜けるように準備して、答える。
「何って、この先にある遺跡を調べに来たんや。人を飲み込む粘土の化け物を止めようとしているんや」
ペトラは柔和な笑みを浮かべて答える。
「止める必要はないわ。ここは、もうすぐ、楽園になるのよ。人々も、かつての楽園を思い出せば、再びこの地で暮らしたくなるわ」
「楽園? 何のことや?」
「知らなくていいわ。ホレフラ村もハレハレ村も、新たな王国の民となるだけよ」
おっちゃんの背後の涸れた池より、無数の蠢く気配がした。
振り返れば、沼の泥から数百もの人型をした化け物が生成されようとしていた。
(あかん! この数相手では、勝ち目がない)
おっちゃんは即座に『瞬間移動』を唱えて村に戻った。
村に戻るとパシリオスが村長宅に来ていた。パシリオスが険しい顔で訊く。
「どうだ、止められそうか?」
「あかん、かった。遺跡への道は、すでに化け物によって封鎖されていると見ていい」
パシリオスが難しい顔をする。
「そうか。なら、国王軍に期待するしかないのか」
「化け物の原料になっている泥は、枯れた森にまだ大量にある。それらが、すべて化け物になれば、軍隊でも取り込まれる。残念やが、ここは逃げの一手やな」
パシリオスが真剣な顔で教えてくれた。
「その件だが、炭焼き用の木を伐り出しに行った人間から聞いた話がある。森の奥には、喋る泥の巨人がいるそうだ」
「それは、襲って来ないんか?」
「道に迷った人間の話では、水を与えてくれた上に森の出口を教えてくれたと聞く」
「友好的な泥の巨人か。よし、何か事情を知っているかもしれん。もう一度、枯れた森に行ってくる」




