第五百四十五夜 おっちゃんと武力鎮圧(後編)
夜が明ける。朝食の席には、おっちゃん、ヨアンニス、副司令官、アキリオスが並ぶ。
朝食が始まると、ヨアンニスが難しい顔をして発言する。
「一晩、考えた。百姓に恭順の意を示す機会を与える」
副司令官が険しい顔で確認する。
「よろしいのですか、殿下。命令は鎮圧ですぞ?」
「よい。無駄な血を流す必要はない」
そこでヨアンニスはおっちゃんに真剣な眼差しを向ける。
「ただし、首謀者は別だ。首謀者には出頭してもらう。使いを出してもらえるだろうか?」
「わかりました。朝食が終わったら、すぐに使いの者を出します」
ヨアンニスは頷くとアキリオスに険しい視線を向ける。
「一揆が起きた件については何と申し開きをしようと、代官たるお前にも責任がある。責任は取ってもらうぞ」
アキリオスが青い顔で項垂れた。
おっちゃんは口添えをする。
「一揆の首謀者とアキリオスはんへの処罰ですが、軽くしてもらうことには、いきませんやろうか?」
副司令官が口出しに苦い顔をした。だが、ヨアンニスは興味を示した顔で訊く。
「よい。意見を聞くだけ聞こう」
「一揆の首謀者は、畑と財産を取り上げた上に村から追放。アキリオスはんについては代官の職を解くで、どうでしゃっろう?」
ヨアンニスは澄ました顔で訊く。
「首謀者を処刑しないのか? また、アキリオスについては解職だけか?」
「一揆かて、やりたくてやったわけではありません。アキリオスはんかて、汚職をした訳やあらへん。どうにか、寛大な措置をお願いします」
ヨアンニスは穏やかな顔で、すんなりと、おっちゃんの意見を取り入れた。
「わかった。明日の朝までに首謀者を出頭させられたら、妥協してもいい」
「ありがとう、ございます」
朝食を終えると隣村へ行く準備をする。おっちゃんは馬を飛ばしてハレハレ村へと急いだ。
ハレハレ村が見えて来た。村の畑は河の氾濫で木や石が溢れていた。家屋にいたっては、五分の一が潰れたり、押し流されているような現状だった。
村の入口には農具を手にした五十人以上からなる百姓の集団がいた。
おっちゃんが近づくと、百姓は農具を構えて、気の立った顔を向けてくる。
「隣村の村長のオウルや。今、うちの村に国王の軍隊が来ている。その件で庄屋のパシリオスはんに話がある。パシリオスはんに会わせてや」
軍が来たと聞いて、百姓たちがざわめく。
「俺なら、ここだ」と声がする。
百姓たちが道を空けるとパシリオスが出て来た。パシリオスは険しい顔をしていた。
「鎮圧に来た兵隊の隊長と話ができたで。やはり、一揆は許せんそうや。せやけど、首謀者が今日中に出頭してくれば、他の者は罪に問わんと約束してくれた」
百姓たちは、どよめいた。
パシリオスは険しい顔のまま言い放つ。
「一揆の首謀者は俺だ。俺は覚悟があって立ち上がった。だから、俺が処刑されるのはいい。だが、俺が処刑されて村はどうなる。このままでは、村は冬を越せない」
「さすがに、援助までしてくれんやろうな」
「なら、俺たちは戦うぞ」「そうだ、そうだ」と百姓は息を巻く。
「生きていれば、どうにかなる。せやけど、ここで戦ったら先がないで」
パシリオスは息巻く村人を宥めてから、おっちゃんに向き直る。
「残念だが、そういうわけだ。俺たちはもう未来がないんだ」
(参ったのう。完全に諦めておるな)
「わかった。なら、わいが食い扶持を作ってやると提案したらどうや?」
パシリオスの表情は、懐疑的だった。
「ホレフラ村が裕福なのは知っている。だが、俺たち全員を食わしていけるのか?」
「それは、やってみなければわからん。ただ、うちの村には仕事がある。堤防の改修と、炭を作るための木の伐り出し作業や。うまくやれば、半分は救われるやろう」
「駄目だ、全員を救え!」と誰かが叫ぶと「そうだ、そうだ!」と口にする。
パシリオスは振り返って、百姓たちを静める。
「少し、時間をくれ、皆と相談したい」
「ええけど、今日中には結論が欲しい」
パシリオスは主だった者を連れて行った。
おっちゃんは村の入口で待たされた。昼過ぎになっても結論は出ない。
百姓の顔を観察すると、空腹なのか血色がよくなかった。
(これは、しばらく碌に食事しておらん顔やな。今日、喰う物もないのかもしれんな)
おっちゃんは村に食べ物を取りに帰ろうかと考えた。
すると、馬に荷を積んだクレタスとレヴァンがやって来た。
クレタスが明るい顔で声を上げる。
「おーい、皆、差し入れの麦を持って来たぞ。粥にでもして食べてくれ」
麦の到着で百姓たちの表情が、いくぶん柔らかくなった。
麦はすぐに馬から下ろされて粥にされる。
「これはクレタスはんの差し入れか?」
「いいや。奥さんのキヨコさんがホメロスに掛け合って、村で備蓄してある麦を買い上げて持たしてくれた。お腹が空いていては、良い考えも出ないだろうとの話だ」
(キヨコの奴、わかっているな)
煮炊きの煙が上がり、麦を炊く匂いが辺りに満ちる。
二時間後、パシリオスがやって来る。
「結論が出た。俺を隊長の元に連れて行ってくれ」
パシリオスを連れて、ヨアンニスの元に行く。ヨアンニスは村長宅で待っていた。
「ヨアンニスはん、首謀者のパシリオスを出頭させました」
副司令官が苦い顔をして、おっちゃんに尋ねる。
「首謀者って、一人だけか? この手の騒動には十人は扇動者がいるものだぞ」
パシリオスは目に力を込めて、きっぱりと発言する。
「皆は俺の口車に乗っただけだ。一揆を画策した人間は俺一人だ」
ヨアンニスはじっとパシリオスを見て発言する。
「わかった。首謀者はパシリオス一人と認定する。パシリオスは財産没収のうえ、村から追放とする。よいな」
パシリオスは怪訝な顔をする。
「俺を処刑しないのか?」
「ホレフラ村の村長からの嘆願でな。追放で済ませるとした。さあ、どことなり、行くがよい」
そこで、おっちゃんはパシリオスに声を掛ける。
「あんな、パシリオスはん。パシリオスはんさえよければ、ホレフラ村に住んでもええんやで。まるっきり親類のいない土地に行くより、ここのほうが生活し易いやろう」
パシリオスは、おっちゃんの申し出に驚いた。
「いいのか? 俺なんか、村に住まわせて?」
「殿下も、言うたやん。どこへなりとも行け、と。なら、隣村でもええやん」
パシリオスは、済まなさそうに頭を下げる。
「すまない、村長。恩に着る」