第五百四十四夜 おっちゃんと武力鎮圧(前編)
翌日の昼にハレハレ村の庄屋がおっちゃんを訪ねてやって来た。
庄屋はがたいの良い四十代くらいの男だった。赤い髪をした髭面で、むすっとした顔で、おっちゃんを見る。
「俺はハレハレ村の庄屋でパシリオスだ。ここに代官のアキリオスが来ただろう。アキリオスはどこに行った?」
「アキリオスはんなら、早朝にやってきて、舟を出してくれ言うて来たな。何ぞ、急ぎの用みたいやから、ボーランドはんに頼んで、バレンキスト行きの舟を出したで」
パシリオスはおっちゃんの家の玄関から家の中をじろじろと見る。だが、家の中に入っては、こなかった。
パシリオスは厳しい顔で確認する。
「わかった。アキリオスは、いないんだな?」
「何ぞ、急ぎ用件でも起きたか? わいで良ければ相談に乗るで。隣村やし」
パシリオスは険しい顔で、ぶっきらぼうに告げる。
「いたなら是が非でも連れて行くところだが。いないなら、いい。面倒を掛けたな」
「そうか、せっかくやから、上がっていったらどうや。茶くらい出すで」
パシリオスは、おっちゃんお誘いを受けずに立ち去った。
その後、パシリオスと隣村の住人はホレフラ村の知り合いに、アキリオスの居場所を聞いていた。
だが、隣村の人間とワー・ウルフとは付き合いがないのでレヴァンの家を訪ねるものはいなかった。夕方前には隣村の人間はいなくなった。
(ふー、何とか誤魔化せたのう。さて、あとは国王軍が寄ってくれればええんやけど、果たして話がわかる人が来るかどうか、やのう)
五日後、砂糖を売りに商人がやって来た。商人は優しい顔で労わりの言葉を掛ける。
「この度は水害に遭われたそうで、大変でしたな」
「ウチの村は大した被害はないで。ジャムも喉飴も、生産しとる。いつも通りに買っていってや」
商人はほっとした顔で了承する。
「わかりました。平常どおりに取引させてもらいます」
「それにしても、今回の水害はあっちこっちで被害を出しておるそうやな。猊下の所領の情報は入ってくるけど、国王領の情報が入ってこん。どうなっているんやろう?」
商人が穏やかな顔で、情報を教えてくれる。
「それなんですが、税を減免したり、援助をしたり、兵を送ったり、八方、手を尽くしているようですよ」
(何や。全てにおいて兵を出して強制的に税を取っているわけやないのか)
「でも、援助と鎮圧って真逆の対応やろう。これが決まりいう方針ってないの?」
商人の表情が曇る。
「それなんですが、各地を預かる代官ごとに、国の対応が違うようです」
(なるほどのう。どこそこでは援助の手が来た。なのに、うちの村は兵隊が鎮圧に来る。それは、不満も出るわ)
商人が帰った三日後に、おっちゃんの家に伝令の兵隊がやって来た。
「ここが、村長殿のお宅と聞いて、やって来た。誠に勝手なお願いだが、この村の近くで宿営の天幕を張らせてもらいたいが、どうだろう?」
(ハレハレ村をいきなり攻めんかったか。兵を休ませて戦うから、指揮官は馬鹿ではない。また、きちんと、了解を求めてくるから野蛮でもない。これは、話が通じるかもしれん)
「ええですよ。村に寄ってください。村の者に命じて、少ないですが、温かい食事を提供させましょう。また、隊長さんは家に泊まっていってください。ボロ屋ですが、外でテントを張るより、休めるでしょう」
伝令の兵隊の顔が輝く。
「そうか。そう言ってくれると嬉しい。御好意に感謝する」
おっちゃんは村の人間に頼んで、山羊の肉と酒を用意し、簡単な酒宴の準備をしてもらう。
家では風呂の準備をして、隊長が到着するのを待った。
三時間後、おっちゃんの家に金属鎧を着た青年がやって来た。青年の年齢は二十歳くらい。短い髪は赤く、肌は白い。眉は太く、小さな顔をしていた。身長はおっちゃんと同じくらいだが、体格は良くない。
おっちゃんから挨拶する。
「村長のオウルです。むさくるしいボロ屋ですが、外よりは、ましやと思います。どうぞ、今日は寛いでいってください」
年配の副司令官が隊長を紹介する。
「こちらは、ヨアンニス王子だ。失礼のないようにな」
(隊長は王子様か。皇太子ではないから世継ぎではないんやろうな。三男か四男かは知らん。この国では戦争らしい戦争がない。せやから、とりあえず、勝てる戦で経験を積まそうと、上は考えたか)
「そうですか、王子様ですか。なら、精一杯お持て成しをさせていただきます」
食後に当たり障りのない会話が終わったので、おっちゃんは風呂を勧める。
ヨアンニスが風呂から上がると、ヨアンニスが副司令官に声を掛ける。
「気持ち良かったぞ。お前も入ったらどうだ」
副司令官は一度、辞退したが、二度目を勧められると、風呂に入った。
おっちゃんとヨアンニスが二人で、リビングで向かい合う。
「王子様、ちとお願いがあります。隣村のハレハレ村のことです。村の人間を助けるわけに、いかんやろうか」
ヨアンニスの表情が曇る。
「反乱は許されない。許せば民が従わなくなる。それに、ハレハレ村の代官は殺されたと聞く。これは王家に対する反乱だ」
「実は秘密にしていましたが、代官のアキリオスはんはウチの村で匿っています」
ヨアンニスは驚いた。
「何、まことか。そんな報告は上がってきていないぞ」
「よろしければ、ここに呼びますが会っていただけますか」
ヨアンニスは真剣な表情で、即断した。
「村の情報が欲しいな。よし、会おう」
おっちゃんは村の若者をレヴァンの家に遣いに出して、アキリオスを呼びに行かせる。
アキリオスがやって来て、ヨアンニスの顔を見ると、平伏せんばかりに頭を下げる。
「申し訳ありません。殿下。このような事態になってしまい、何と申し開きすれば良いやら」
ヨアンニスは厳しい顔で命じた。
「包み隠さず、全てを話せ」
ヨアンニスは村の窮状と一揆が起きた経緯を事細かに聞く。
途中、副司令官が風呂から上がってきて、アキリオスがいるのにびっくりした。だが、ヨアンニスとの話の最中だったので、黙って成り行きを見守る。
全てを聞き終わったヨアンニスは、アキリオスに確認する。
「村は水害で、穀物倉が被害に遭い、満足に税を納められる状況ではなかった。それどころか、救援の手がなければ、冬も越せない。アキリオスはそこで父上に救援を求めたのだな」
アキリオスが弱った顔で説明する。
「間違いありません。畑も穀物倉も、水害で使い物にならない状況です。ですが、どこでどう間違ったのか、鎮圧の兵が送られる事態となり、村人の退路は断たれました」
ヨアンニスが苦い顔で副司令官の顔を見る。
「だいぶ、聞いていた話とは違うな」
「発言よろしいですか」と、おっちゃんは軽く手を挙げる。
ヨアンニスが頷いたので、おっちゃんは教えた。
「商人から聞いた話です。今回の水害対応に国の決まった方針がありません。救援物資が届いた村もあれば、軍隊が鎮圧に出たケースもあります。統一性のなさが、一層の不公平感を呼んだのだと思います」
ヨアンニスは、同情する顔で同意した。
「対応の統一性のなさについては、私も不平等だとは思っていた」
「なら、一度だけでええです。百姓に振り上げた拳を下ろすチャンスを与えてください」
アキリオスも神妙な顔で頭を下げた。
「私からもお願いします」
ヨアンニスは難しい顔をして告げる。
「わかった。一晩じっくり考えるとしよう」
本日より『ソロではありません独りぼっちです』の連載を開始します。
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