第五十四夜 おっちゃんと二枚舌(前編)
夜に、関係者を集めて、冒険者ギルドで緊急会合が開かれた。おっちゃんの説明の後、リントンが計算結果を伝える。場は静かになった。
(当たり前か。せっかく助かると思うとったのに、やっぱりできませんでした―では、落胆も大きい)
沈痛な面持ちで、ゲオルギスが口を開く。
「何か手は、ないのか」
リントンが悔しさの滲む発言した。
「私の放熱機では対応できません。時間がなさ過ぎます」
バネッサが険しい顔で、苛立った声で意見を出した。
「おっちゃんはダンジョン・コアのある部屋に入れるんだろう。なんかこう魔法で、ダンジョン・コアを破壊できないのか」
パズトールの前では、一命を賭しても破壊は不可能に思われた。
「無理や。侵入が精一杯や。破壊なんて、とてもとても」
ピエールが苦い顔で、苛立たしげに発言する。
「何かを用意すれば、どうにかなる、レベルの問題ではないのですか?」
「残念ながら」とリントンは下を気弱に向いて答えた。
サワ爺が残念そうな顔で短く言葉を発する。
「逃げるしかないの」
その後も色々と意見が出た。だが、ことごとく、不可能の結論になる。時間だけが経過した。
クロリスが飲み物を持って入って来た。飲み物は温かい甘酒だった。
「なんや、甘酒か」
クロリスが柔らかな顔で、やんわりと発言する。
「ええ、私の実家では夏の風物詩なんですよ。たまには、いいかな、と思って」
「空気を入れ替えますね」クロリスが窓を開けた。
涼しい潮風と波の音が窓から入ってくる。おっちゃんは思いついた。
「海や。海にダンジョン・コアを入れられたら、冷やせるんと違うか」
バネッサが即座に馬鹿にしたように否定する。
「できるわけがないでしょう。発熱する巨大なダンジョン・コアを、どうやって『暴君テンペスト』の目を掻い潜って、運び出すのよ。不可能よ」
手の中のカップの温かさが、次なるアイデアを出した。
「なにも、ダンジョン・コアを移動させる必要はなかい。熱は伝わる。熱だけ逃がしたらええんや」
リントンが暗い顔で否定した。
「確かに熱は伝わります。でも、それでも、熱を移して運ぶ大量の媒体が必要です。とてもではないですが、ダンジョン・コアを冷やすだけの海水を運べません」
「ダンジョン・コアがある部屋に、二箇所トンネルを掘る。下から海水を入れてダンジョン・コアを冷やす。上から蒸気を出す。蒸気で水車を廻して、海水を汲んで下の穴に入れる。これなら、最初の海水を入れてやれば、冷めるまで使えるで」
リントンが困惑した顔で否定する。
「理論的には可能ですが、ダンジョン・コアのある部屋に入って、誰がそんな大工事をするんですか?」
希望が湧いた。
「理論的は可能と言うたな。工事ができれば、冷やせるんやな」
ピエールが馬鹿にしたように発言する。
「だから、それが無理だと言うんですよ。モンスターが、マサルカンドを救うために工事をさせてくれるわけ、ないでしょう」
「おっちゃんに秘策がある。うまく行けばモンスターを騙して穴を掘らせられるかもしれん」
「本当なの?」とバネッサが疑いを隠さず、声を上げる。
「リントンはん、大急ぎで、魔術師ギルドと協力して、海水でダンジョン・コアを冷やす計画を作って」
「でも、さすがに、それは」とリントンは否定的な顔で渋った。
「もう、マサルカンドに残った道は二つや。座して噴火に飲まれるか、おっちゃんに賭けるかや」
サワ爺が目に強い光を宿し、立ち上がった。
「やるしかないの。とんだ大事になったもんじゃ。死ぬにしても、やるだけやってから死んだほうがいい。冥途の土産話にはなるだろう。ワシは、やるぞ」
ゲオルギスが決意の篭った顔で力強く発言する。
「俺が経験した中で、こんなに途方もない作戦はないだろう。だが、冒険者ギルドは、おっちゃんに乗る」
バネッサが、やれやれの顔で立ち上がる。
「逃げるはずが、逃げそびれたわ。いいわ。こうなったら、最後まで付き合うわよ」
ピエールが複雑な顔をして立ち上がる。
「十倍儲けたれば作物に投資しろ。百倍儲けたければ宝石に投資しろ。千倍儲けたいなら人に投資しろ。先代の言葉を思い出しました。なかなかリスクの高い投資ですが、リターンも高い。投資しますよ」
リントンがブチ切れ気味に立ち上がった。
「理論的に可能であって、本当はどうなるかなんて、知りませんよ」