第五百三十九夜 おっちゃんと水害の予兆
ビアンカが金を返しに行った二日後、アキリオスが非常に申し訳なさそうな顔をして、やって来た。アキリオスが畏まって詫びる。
「その、先日は取り乱して、すまなかった」
「気にする必要はないで。誰かて、大金を奪われたら混乱する」
アキリオスは弱々しい態度で申し出る。
「あんなに酷く怒ったのに許してくれるのか」
「許すもなにも、わいは怒っとらんよ。でも、今度から美味い話には気を付けることやな」
アキリオスはしゅんとした態度で弁解した。
「真に面目ない。でも、村の収入をどうにか上げないと私も苦しいんだ」
「なしてや? ハレハレ村ではここより小麦が穫れる。開墾かてしたって聞いたで」
「そう呑気に構えてもいられないんだ。国全体の水事情が改善しつつある。おかげで、どこの村でも小麦が穫れるようになって、小麦価格が下がる兆しがあるんだ」
(そうやったのか。国王の代官であるアキリオスはんの元には、国政の情報が入ってきているんやなあ)
「小麦価格の下落か。それはお百姓さんには辛いのう」
アキリオスが気落ちした顔で、話を続ける。
「そうなのだ。我が村は開墾で収穫量を増やした。だが、税収は前年度と変わらない。そこで養蚕に手を出したら、詐欺に遭った」
「そういう事情やったか。なら、その他の村はどうしているんやろうな?」
「メダリオス河周辺のどこの村も小麦栽培では厳しいと聞いている。陸稲に手を出したり、綿花の栽培も始めたりした村もある。だが、どこも上手く行っていない。上手く行ったケースなんて、このホレフラ村ぐらいだ」
(助けられるものなら、助けてやりたい。せやけど、簡単には行かん話や)
「ここの苺ジャムも喉飴も、簡単には他の村に転用できる話やないからなあ」
アキリオスはしおらしい態度で帰って行った。
アキリオスが帰ったあとで、ボーランドが世間話をしに来た。アキリオスとのやりとりを話すと、ボーランドが難しい顔で話し出す。
「なるほど、どこの村も苦しいな」
「そうやねん。できれば、ハレハレ村にも解呪の泉の水を分けてやりたい。せやけど、欲に駆られて水を薄めるような真似をすればきっと災いが齎される」
ボーランドが複雑な顔で申し出る。
「実は解呪の泉の水を薄めずに増やす方法はある」
「初耳や。詳しく教えてもらって、ええか」
「魔法の炭焼き機で作った解呪の炭で水を濾過すれば、解呪の泉の水と同等の効果がある水ができる」
「そんな便利な物があるなら、早く作って。その解呪の炭で濾過した水を使って、隣の村の養蚕を助けたろう」
ボーランドはあまり気の進まない様子だった。
「魔法の炭焼き機を作る図面は、ある。部品もビアンカに頼めば調達できるだろう。ここなら機械を動かすのに必要な解呪の泉の水もある」
「何や。なら、できるやないの。何が問題なんや?」
「俺は昔からアキリオスを知っているが、奴は嫌いだ。国王も好かん。そんな国王の所領の村も助けたくはない」
「わかった。なら、このホレフラ村のために魔法の炭焼き機を作ってや。解呪の炭をこの村の輸出品にする。それなら、どうや?」
ボーランドは、それでも渋った。
「でもなあ、国王の所領に利する行為はなあ」
「そこを何とか頼むわ。隣の村のお百姓さんを助けると思って、手を貸してくれ」
「少し考えさせてくれ」
ボーランドが帰ると、今度はハウルがやって来てにこにこ顔で切り出す。
「今日はお互いに儲けになる話を持ってやって来ました。解呪の水を使った新規事業をやりませんか?」
「どんな話や? 利益になるなら聞くで」
ハウルがほがらかな顔で話を進める。
「苺ジャム栽培を止めて、解呪の井戸水で呪いの品から呪いを解く事業をやりましょう」
「その話なら、解呪組合から前にあったが断ったで」
ハウルが明るい顔で、なおも勧める。
「そうですか。でも、私が提示する条件は解呪組合のものより、もっと良いものですよ」
「なら、質問するわ。苺ジャム栽培をしている人間には、どう話を持って行く?」
ハウルはこともなげに提案する。
「それなら解呪事業で出た利益から補償金を払って、手を引いてもらいましょう。翌年度もお金が必要なら、農業に補助金を出したらいい」
「なるほどのう。商人らしい考え方やな。でも、ダメや。働かずに得た金は人をダメにする。労働による喜び、これも人が生きて行く上で必要なもんや。金には換えられん」
ハウルは媚びるような笑顔で話を続ける。
「そうでしょうか? 苺栽培を止めて畑を元に戻すだけでお金が貰える。翌年から補助金も出るなら村人は納得すると思いますよ。村人だって、呪われた苺を触る仕事は嫌でしょう」
(いいたい内容はわかる。せやけど、ハウルはんの申し出は村を駄目にする可能性があるのう)
おっちゃんはきっぱりと断った。
「見解の相違やな。ここは歩み寄れんで」
「なら、補助金は止めて公共事業に舵を切ってはいかがでしょう。河に堤防を作るのです。解呪事業に協力してくれれば、私が公共事業に必要な資金を引っ張ってきましょう」
おっちゃんは不安になったので、尋ねた。
「そういえば、メダリオス河の氾濫で村は一度、住めなくなったと聞いたな」
ハウルはにやりと笑って促す。
「でしょう。だったら、早期の公共事業は是非にも必要です」
「何や? 何か河の災害に関する情報を持っておるんか?」
ハウルがしれっとした態度で、簡単に述べる。
「ありますよ。有料ですが」
おっちゃんは即断した。
「わかった。なら、情報を買うわ。ただし、支払いは、解呪の炭を作る炭焼き機の図面でどうや。解呪の井戸水の水やないで」
ハウルはおっちゃんの提案に興味を示した顔をする。
「また、面白い品を持っていますね。いいでしょう、では、まず簡単に教えますよ。私が得た情報だと、今年の秋に九割の確率で、メダリオス河で大きな氾濫は起こります。ここも、被害を受けるでしょう」
おっちゃんは段々と不安になった。
「どの程度の被害が出るんや」
ハウルが半笑いの顔で、やんわりと情報提供を拒否する。
「ここから先は図面をいただかないと教えられませんね」
「わかった。一週間したら来てや。図面を渡す」
おっちゃんはボーランドの家に行く。
「ボーランドはん、折り入って頼みがある。魔法の炭焼き機の図面の精巧なコピーがほしい」
おっちゃんはハウルとの遣り取りを話した。
ボーランドが渋々の態度で了承した。
「なるほどな。あまり、いい気はしない。だが、村が河の氾濫に巻き込まれれば、俺の家も被害を受ける。図面のコピーを渡すくらいならいいだろう」




