第五百三十八夜 おっちゃんと詐欺師(後編)
夕方にはビアンカの仲間も戻ってきて、偽者ゴルカが逃げないように見張る。
おっちゃんは人に聞かれない場所で、ビアンカと密談する。
「村中に明日に処刑があると伝えた。せやから、詐欺師の仲間が今晩中に接触してくるやろう」
ビアンカが胸を張って断言する。
「安心して。並の犯罪者では私たち六人を相手に勝つのは不可能よ」
「力押しできんのは向こうもわかっとる。ここは交渉してくるやろう。金を半分返すから偽者ゴルカを解放せえって、具合にな」
ビアンカが気の乗らない顔で確認してくる。
「それで、もし、詐欺師たちが交渉してきたら交渉に乗るの」
「全額なら偽者ゴルカを返してもええ、だが、半額なら交渉決裂や」
ビアンカが真剣な顔で了承した。
「わかったわ。その線で交渉する」
「おっと、待ちいや。おそらく、詐欺師たちは半額で偽者ゴルカが帰ってこないとわかると判断を変える」
「有り得る展開ね」
「すでに金は使ったから、九割ないしは八割で手を打ってくれ、と再交渉してくる可能性がある」
ビアンカが厳しい顔で確認する。
「もし、頼んできたら、取引に応じる?」
「金額を上げてきた場合は、怪しい。金は贋金、ないしは払う意志がない場合がある。なので、こちらも騙された振りをして、尾行して詐欺師たちを一網打尽にしてくれ」
「なかなか難しい要求ね。でも、いいわ。それで、おっちゃんは一緒に来るの?」
難しいと発言したが、ビアンカの顔に不安の色はなかった。
「わいは一緒に行かん。詐欺師団の中に小狡い奴がいた場合が心配や。冒険者がこの家からいなくなった隙にこの家の金庫を狙いに来る。わいは万一の時に備えて残る」
ビアンカが明るい顔で尋ねた。
「作戦の概要はわかったわ。後は任せてもらうけどいいかしら」
「方針は伝えた。あとは上手くやってや」
おっちゃんはその日、仮眠を摂って夜に備える。
念のために金は金庫から出して二階に上げて、代わりに石の入った袋を入れておく。
石は『加重』の魔法を掛けて重さを四倍にしておいた。
日が沈んでから起きて金庫のある部屋に待機する。金庫のある部屋は縦五m、横五mと、それほど大きくない。
金庫のある部屋で静かに待っていると、外で数人の人間が動く気配がする。
(どうやら、詐欺師の仲間が交渉に動いたようやな。さて、ここに来るかな)
おっちゃんはじっと耳を澄ませて闇に潜む。
しばらく待つと、おっちゃんの耳が家の玄関ドアが開く微かな音を拾った。おっちゃんは『透明』の魔法を掛けて部屋の隅に潜む。
少しすると、部屋のドアがそっと開いて、身長百五十㎝ほどの小柄な人が入ってくる。
侵入者は十秒ほど警戒してから部屋の中に入り、金庫に向き合う。
おっちゃんは、そろそろと足音を立てずに、移動して部屋の扉の前に移動した。
金庫が開いたタイミングで、おっちゃんは『接着』の魔法を唱えた。
侵入者はおっちゃんが魔法を詠唱し出すと、すぐに危険を察知した。
金庫の中にあった袋を引っつかんで逃げようとした。だが、『加重』の魔法が掛かった石の袋は重くて簡単には動かない。
侵入者は袋が動かないと諦めて、窓を突き破って逃げようとした。
だが、そこで、おっちゃんの『接着』の魔法が完成して、窓が大量の粘着性のある物質で覆われる。
結果、侵入者は粘着性の物質に飛び込む形になった。
窓は割られたが、窓の外で侵入者は、身動きが取れなくなった。
(袋に固執せんかったら、逃げられたところやな)
窓の外で身動きが取れなくなっている侵入者におっちゃんは声を掛ける。
「魔法が使えんとその状態から脱出はできないで。観念しいや」
「待って、見逃してよ。私が捕まったら、幼い兄弟たちが餓死するのよ」
侵入者から若い女性の声がした。
「そんな、見え透いた嘘を吐いたかて駄目やで」
「わかった。なら、こうしましょう。仲間が隠している隠し金の有りかを教えるから、それで見逃して」
「そうか」と、おっちゃんは声を掛けてから『深き眠り』の魔法で侵入者を眠らせる。
侵入者がきちんと眠った状態を確認してから、『接着』の魔法を解く。相手はまだ十五歳くらいの、細面の黒い髪の少女だった。
おっちゃんは少女をしっかりと椅子に縛つて袋を頭から被せて、台所に監禁した。
夜明け前にビアンカたち六人の冒険者が、四人の詐欺団のメンバーを紐で縛って帰ってきた。
ビアンカの顔は暗かった。
「ごめんね。おっちゃん。詐欺団は一人を残して捕まえたんだけど、金の行方がわからないわ」
「ちょっと、中で話そうか」
リビングでビアンカと話す。
「残りの一人は夜に家に忍び込んできたから捕まえた。こいつは自分を助ければ金の有りかを教えると抜かしておる」
ビアンカが不機嫌だとばかりに非難する。
「それは、仲間を裏切るって話?」
「そうや。ビアンカはんが尋問してや。もし、本当に金の在り処を吐くなら、わいが捕まえた奴だけ解放しようと思う」
ビアンカは一人だけ助かろうとする態度を嫌っていた。
「仲間を売って、自分だけ助かろうなんて感心しないわね」
「それは、向こうの都合や。わいらの第一の目的は金の回収や。金が回収できるなら一人くらい取り逃がしてもええ」
ビアンカの表情は冴えなかったが、おっちゃんの提案を受け入れた。
「仕事の依頼人はおっちゃんだから、おっちゃんの指示に従うわ」
ビアンカたちが捕まえた四人は村人と冒険者三人の手により、街まで連行されていった。
ビアンカは残りの三人の冒険者と一緒に、少女を連れて金の回収に行く。
翌日の昼過ぎに、ビアンカと三人の冒険者は金が入った袋を回収してきた。
ビアンカがさばさばした顔で告げる。
「きっちり、奪われた金を回収してきたわ。それで、このお金はどうするの」
「なら、もう一仕事を頼むわ。全額をハレハレ村に返してきてや」
ビアンカが呆れた顔で意見する。
「さすがに、全額はお人よし過ぎると思うわよ」
「ええねん、それはアキリオスはんの金やない。村の皆から集めた金や。全額、返してやってや。お金は村のために使われてこそ生きる」
ビアンカが諦めた顔で感想を口にする。
「わかったわ。なら、そうするわ。でも、本当にお人好しよね」
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