第五百三十五夜 おっちゃんと発明家の恩返し
ボーランドが来てから村に変化が現れた。村によく冒険者がやって来るようになった。
おっちゃんは冒険者に気さくに声を懸ける。
「こんな辺鄙に村によく来てくれたな。お茶とお菓子でも食べていかんか」
おっちゃんの招きを断る冒険者もいた。だが、大半が、おっちゃんの招待を快く受け入れた。
今日のお客は冒険者の二人組だった。
「ボーランドはんのところに、よく冒険者が出入しているようやけど、仕事があるんか?」
軽装革鎧に身を包んだ若い男の冒険者が、愛想のよい顔で答える。
「冒険者ギルドからの配達の依頼だよ。ダンジョンの『古代神殿』や『詩人の霊廟』から出た品を、ここまで運ぶと報酬が出るんだ」
「ご苦労さんやな。でも、誰の依頼で品物を運んできているんやろう?」
赤い僧衣を身に纏った若い女性冒険者が、穏やかな顔で教えてくれた
「依頼票の依頼主はボーランドさんになっていたわよ」
「アルカキストやバレンキストの街にボーランドさんの後援者なり、同志がいるんか。品物を冒険者ギルドから買い取って、ここまで運ぶ依頼を出しておるんやろうな」
男性冒険者がここだけの話として語る。
「ボーランドさん、お金持ちらしいですよ」
「え、そうなん? だったら、こんな田舎に暮らさんでも街に住んだらええのに」
女性冒険者が冴えない顔で肩を竦める。
「なんでも、解呪組合や砂糖伯爵と喧嘩して街にいづらくなったんだって」
「なら、温かく迎えてやらんといかんのう」
数日が経過すると、具合の悪そうな顔をしたボーランドが、震えながら家にやって来た。
(なんや、ボーランドはん。風邪か。随分と具合が悪そうや。常備薬がまだあったはずやけど、どこにしまったやろう)
「すまない、おっちゃん。俺としたことが、品物に掛かっていた呪いに気が付かなかった。俺を街まで運んでくれないか。報酬は出す」
「街まで行かなくても、ええよ。わいが解いたるで」
ボーランドが、苦しそうな顔で意見する。
「無理だ。これは高度な呪いだ。普通の『解呪』では呪いが解けない。それに、下手に呪いを解こうとすると、おっちゃんまで呪われるで」
「大丈夫やで。わいは『上位解呪』を使える」
ボーランドは青い顔のまま、疑った。
「本当か? あれは簡単に使える魔法じゃないぞ」
「まあ、色々と冒険していたら、使えるようになった。でも、これ、秘密やで」
おっちゃんはボーランドを椅子に座らせると、『上位解呪』の魔法を唱えた。
ボーランドの顔が穏やかになり、震えが止まった。
「本当だ。俺から呪いが消えた」
「だから、使える、ゆうたやろう」
ボーランドが真剣な顔で提案してきた。
「おっちゃん、呪いの専門家として、俺と顧問契約を結ばないか。きちんと顧問料を払う」
「契約も顧問料も不要やで。また、呪われたら解いたる。今回も金貨は不要や」
ボーランドが渋い顔をして、反論する。
「それでは悪い。適正な腕を持つ者は評価されるべきだ」
「わいは元特認冒険者の村長。それで、ええねん。それでも何か報いたい心があるなら。村が困った時に助けてくれたらええ」
ボーランドは、むすっとした顔で意見する。
「でも、俺は機械弄りしかできない魔道技師だぞ」
「でも、何か役に立つ時があるやろう。ここは小さな村や。皆で助け合っていかな生きていけん」
ボーランドは真摯な態度で約束した。
「わかった。なら、今日の礼は必ずする」
ボーランドは頭を下げて帰っていった。ボーランドはそれからもちょくちょくおっちゃんの元に呪われた品を持ち込んだ。
おっちゃんは嫌な顔を一つせず、呪いを解いてやった。
お茶に誘っても断っていたボーランドだった。だが、そのうち打ち解けてくると、おっちゃんの招きに応じて、お茶を飲みに来るようになった。
ある日の午後、おっちゃんはボーランドに呼ばれて、メダリオス河に行った。
河にある船着場には全長十二m、幅一mの一艘の舟が泊まっていた。
舟の後方には、一辺が八十㎝ほどの箱型の機械が付いていた。
「何や、ボーランドはん。その箱は発明品か?」
ボーランドが、得意げな顔で説明する。
「そうだ。この箱では舟は浮かせることはできない。だが、河を遡ることならできる」
「ハウルはんの、水脈を利用した船のように、か?」
ボーランドは少しばかり残念そうな顔をする。
「あれほど、複雑な魔術を使用していない。高価な部品を使っているわけでもない。移動は、水面の上を進むだけだ。だが、これがあれば計算上ではバレンキストまで往復二日で行って帰ってこられる」
「本当なら便利やな。ちょっとした品を買いに街まで行ける」
ボーランドは意気揚々と舟に乗り込んだ。
「なので、俺が本当にできるかどうか試してくる」
おっちゃんは心配だったので、申し出た。
「一人で、大丈夫か? わいも一緒に行くで」
ボーランドは、笑って遠慮した。
「俺は子供じゃないから大丈夫だ。まず、俺が乗って安全を確かめないと、人に貸せない」
「なんや、村人に貸す予定があるんか?」
ボーランドは明るい顔で、元気よく語る。
「いつか、約束したよな。今日の礼は必ずすると。これは村のために開発した発明品だ」
「なら、発明が無事にいくように祈ってるわ」
「バレンキストの街まで行ってくるわ」
ボーランドは自信満々の態度で、河を下って行く。
おっちゃんは翌日、ボーランドが帰ってくるのを待った。だが、ボーランドは帰ってこなかった。
三日目の昼になるが、ボーランドは帰ってこない。
(これは何か、トラブルがあったのかもしれん。迎えに行ったほうが、ええな。今なら、まだ助かるかもしれん)
おっちゃんは捜索の準備を整えて、河に沿って下っていこうとした。
すると、河を遡ってくる舟が見えた。舟にはボーランドが乗っていた。
「なんや、ボーランドはん、無事やったんか。心配したで」
ボーランドは元気そうだった。
「なに、ちょっとしたトラブルだ。だが、この舟の欠点はわかった。欠点さえ改良すれば、この舟でメダリオス河を遡れる」
「ありがとう、ボーランドはん、これは偉大な発明や」
ボーランドが笑って謙遜した。
「俺もバレンキストまで足りない部品を買いに行くのに便利になる。だから、この発明は俺のためでもある」