第五百三十四夜 おっちゃんと変人発明家
お昼過ぎに家で寛いでいると、外からガシャガシャと音が聞こええてきた。
(はて、何の音やろう? 金属を擦り合わせるような音や)
家の外に出る。黒光りする全長二mの牡牛型ゴーレムが荷車を牽いていた。
(牛車や。牛型ゴーレムが牽く牛車や。荷物の量からすると、引っ越しか)
牛車はおっちゃんの隣の家の前で止まる。牛車には御者がいた。御者はがっしりした体格の男で、年齢が四十代。瞳の色は黒、髪は茶色で濃い茶の顎鬚を生やしている。服装は茶色のだぶだぶのズボンを穿き、茶色の袖の短いシャツを着ていた。
(何や、ゴーレムを使っておるから魔術師なんやろう。せやけど、見た感じ土建屋の親方みたいやな)
おっちゃんから先に近づいて、挨拶をする。
「こんにちは。わいの名はオウル。特認冒険者時代はおっちゃんの名で親しまれていた者で、今はこの村の村長です」
男はジロリとおっちゃんを見てから、顔を綻ばせる。
「貴方が、おっちゃんか。ビアンカさんから聞いたとおりの人物だな。隣に引っ越してきた、ボーランドだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしゅう頼みます。引っ越しの手伝いに人手は必要ですか? 何なら安い手間賃で村の若い者に手伝ってくれるように、手配しましょうか?」
ボーランドは頑とした態度で拒絶した。
「引っ越しの荷物は、どれも俺でなければ、よくわからないものばかりだ。下手に他人が触って、どこにしまったか、わからなくなるのも困る。また、壊されるといけない」
「そうでっか、なら、今日は、ご挨拶だけにしておきますわ。でも、お隣同士やから、手が必要やったら、いつでも声を懸けてください。ああ、あとウチの畑の苺は呪われているから、それだけは食べんようにしてください」
ボーランドは驚いた。
「何と、呪われた苺を栽培しているのか」
「へえ。でも、うちの井戸水は特殊なんで、これに晒すと、呪いが解けるんですわ。それで、砂糖と一緒に煮てジャムを作っています」
「俺も変わり者だと指摘された。だが、呪われた苺でジャムを造るなんて、おっちゃんも相当な変わり者だな」
「何もない辺鄙な村ですから、色々と頭を使わな、やっていけませんわ」
ボーランドとは一旦そこで別れて、昼食時になる。
キヨコに、ボーランドについて話しておく。
「お隣さんが、引っ越してきた。ボーランドさんや。自分でも変わり者やと公言していたから、何ぞ珍妙な仕事をするかもしれん。だが、ある程度は大目に見ようと思う」
キヨコは明るい顔で興味を示す。
「そうなの。ボーランドさんて言うのね。なら、あとで引っ越し祝いに、パイを持っていこうかしら」
「却って気を使わんかな」
「私のいた実家では、引っ越してきた家にパイを持っていく風習があるの。そういう口実にすれば、受け取りやすいでしょう」
「そうか、なら頼むわ」
二日が経つと、ボーランドの家に、牛車三台分の荷物が届いた。牛車の二台分は何かのパーツのようだが、最後の一台分は家具だった。
(何や? 生活に必要な家具より先に、奇妙なパーツを運んできよった。普通は逆やろう。変わった手順を踏むもんやなあ)
パーツが届くと、ボーランドは一日中ずっと納屋に籠もる。納屋からは日が暮れるまでトンテンカンテン音がする。
ボーランドは納屋にはいるようだが、何をしているか、全く不明だった。
おっちゃんの家の苺畑の手入れをしに来ている老婆が昼休みに不安な顔で訊く。
「村長。今度、村にやってきたボーランドさんだけど、何をしている人なんだい? 話しかけても時折、上の空だよ。こうして音だけ聞こえてくると、奇妙でしかたないよ」
「芸術家なのか、魔術師なのか、知らん。せやけど、悪い事をしているわけやない。夜には音を出さん。せやから、あまりわいは気にしとらんな」
老婆の表情は暗い。
「本当に大丈夫かい? 私は何やら、良からぬ事件が起きる気がするよ」
キヨコがおっちゃんのお代わりのお茶を持って来て、にこやかな顔で説明する。
「ボーランドさんは魔法を使える機械技師よ。つまり、魔道技師なのよ」
「何だい、そりゃ?」と老婆が困惑した顔をする
おっちゃんは知っていたので頷く。
「何や。魔道技師さんやったのか。それなら、納得やな」
おっちゃんは老婆に言い聞かせる。
「魔道技師は、機械を操る技術に長けた魔道士や。ほれ、法王庁があるバレンキストの街があるやろう。あの街には、よういるで」
「え、そうなのかい?」と老婆は驚いた顔をする。
「そうやで。バレンキストには、砂糖伯爵がおるやろう。砂糖伯爵の家には技師が何人かおって、常に機械の開発をしているんや。機械のおかげで砂糖をより効率的に絞れるようになった発明品を開発して、役に立っておるんやで」
老婆は興味を示して尋ねた。
「ボーランドさんは、何を発明しようとしているんだい」
キヨコが笑顔で答えた。
「先日にパイを持っていったら、教えてくれたわ。空飛ぶ船を造りたいそうよ」
老婆が顔を歪めて、否定的な意見を口にした。
「空を飛ぶ船なんて、できるわけないだろう」
「そうとは限らんで。西大陸の北に、ハイネルンと呼ばれる国家あるねん。その北に古都アスラホルドと呼ばれる廃墟がある。そこで、わいは見たで、空飛ぶ船を」
「本当かい、村長?」
「わいも特認冒険者になる前に、色々な冒険をしてきた。そんで、世の中にある不思議なもんを仰山と見てきた。人から聞いた話も多いけどな」
老婆は感心した顔で頼む。
「時間のある時に子供たちを集めて、冒険譚を語ってほしいね。こんな娯楽の少ない村だから。珍しい話は、喜ばれるだろうさ」
「そうか。なら、近々、考えるわ」