第五百三十三夜 おっちゃんと村の分水嶺
苺ジャムの売れ行きは人間の街で思ったほど、売り上げが伸びなかった。
西のバレンキストから商人が来たので訊く。
「南のゼネキストからさらに南にトランキストの街があるやろう。そっちに販路を伸ばすことは、できんかな」
商人は曇った表情で語る。
「西のバレンキストや、さらに北にあるアルカキストまでは、商品の販売網はあります。ですが、南のトランキストに行くには、関所を越えなきゃならないんですよ」
おっちゃんは疑問に思ったので、尋ねる。
「ジャムは関所を越えられんの? 単なる食料品やで」
商人が冴えない顔で告げる。
「関税ですよ。関税。関所では砂糖に多額の関税を掛けられるんですよ」
「南に行くと、砂糖に税金が掛かるの?」
「今はまだ、ジャムには関税が掛けられていません。ですが、いつ多額の関税が掛けられるかわかりません。そのため、砂糖を含む製品は南に持って行きづらいんですよ」
「苺ジャムを買ったはええが、多額の関税を掛けられたら、利益なんて消し飛ぶからのう」
商人は弱った顔で、心情を語った。
「そうなんですよ。だから、苺ジャムは西や北に持っていけても、南には持っていけないんです」
商人は砂糖を置いて苺ジャムを買うと、帰って行った。
(これは、猿人が蟻人に苺ジャムを売ってくれんと、村は苦しいで)
おっちゃんが考え込んでいると、気分も良さそうなレヴァンがやってくる。
「おっちゃん、朗報だ。ランテンの木に小さいながらも実が成ったぞ」
レヴァンが袋を開けると、五百gほどのランテンの実が出てきた。
(実はバレンキスト産のものと比べると小さい。問題は味と効能や)
おっちゃんが実を一粒、口にする。甘酸っぱくほろ苦い味がした。
「味は問題ないな。よし、レヴァンはん。このランテンの実を使って喉飴を作ろう」
レヴァンの表情は暗い。
「でも、この量じゃ大して数は作成できないぜ」
「実はこのランテンの実を使った喉飴は、高く売れるんや」
おっちゃんはそろっと価格を教えた。すると、レヴァンは驚いた顔をした。
「え、そんなに高く売れるのか!」
「そうやで。うまくいったら、喉飴で一儲けできるだろう」
レヴァンが難しい顔で考え込む。
「小麦や豆を栽培して、副業に喉飴作りができれば、生活は豊かになるな」
「秘密のレシピをこっそり渡すから造ってみて」
レヴァンは真剣な顔で請け負った。
「わかった。やってみるよ」
数日後、できた喉飴を貰う。『瞬間移動』で、バルスベリーの酒場を訪ねる。
酒場にいるダニエルを探した。ダニエルは八十近い頭が禿げ上がった老人だった。服装は簡素な緑色の上下の服を着て、サンダル履きだった。
「ダニエルはん、こんにちは。一曲、歌ってもらえるか」
ダニエルは弱々しい顔を向ける。
「誰じゃったかのう」
「これ、喉飴や。歌う前に舐めて」
ダニエルが震える手で喉飴を受け取って、舐める。
喉飴を舐めていると、ダニエルの表情が凛々しくなり、瞳に生気が宿る。
「おっちゃんか、また、喉飴を作ったのかい。いいだろう。一曲、歌ってやろう。何がいい?」
「なら呪術詩の『陽気な足踏み鼻歌』を一曲」
ダニエルが冒険者の酒場の隅にあったリュートを取ると、詩を歌い出す。
歌を聴いていると、足踏みをしたくなってきて、自然に足が動いた。
(よっしゃ、呪術詩が使えるようになった。ホレフラ村のランテンの木でも、伝説の喉飴が再現できる)
おっちゃんはダニエルと別れると、レヴァンに会いに行く。
レヴァンは、そわそわした顔で結果の報告を待っていた。
「おっちゃん、喉飴の評価はどうだ? 高く売れる飴だったか?」
「成功や。これも、苺ジャムに続く村の名産にするで」
おっちゃんは村に来る商人に、呪術詩を使えるようになる伝説の喉飴を売り込んだ。
「ホレフラ村で伝説の詩人が舐めていた伝説の喉飴を復刻したで。買わんか?」
「本当ですか?」と半信半疑だった商人たちだった。
だが、喉飴が認知症にも効くとわかると、高い値段にもかかわらず買って行った。
(なんか、本来の用途と違う使われ方やけど、ええか)
ある日、ハウルが家にやって来て、笑顔で告げる。
「蟻人には苺ジャムの評判がいいです。猿人のガガンボから、委託販売を正式に受託したいと、話がありました」
「よっしゃ。これで販路を開拓できた」
おっちゃんは紙に数字を書き込んで、計算をする。数字と睨めっこして、税率を弾き出した。
小麦の種蒔きの時季が迫ってきたので、クレタスとレヴァンを家に呼んだ。
クレタスとレヴァンは互いの姿を見ると、態度がよそよそしかった。
「なら、話を始めるで。まずは、苺ジャム造りや。これは、クレタスはんに任せたいが、ええか?」
クレタスは真剣な顔で質問する。
「呪いを解く方法があるみたいですから、呪われた苺栽培は請け負ってもいいです。ジャム造りもやりましょう。それで、取り分は、どうします。金額を折半ですか?」
「物納でええよ。村に納める分は、二割五分でええ」
クレタスは驚いた。
「そんなに少なくて、いいんですか」
「そうやで。そうしないと、転作が進まんやろう」
レヴァンが、むすっとした顔で意見する。
「俺たちは苺栽培から締め出しか」
「レヴァンはんには喉飴の権利を渡す。こっちは、喉飴を物納で二割や」
レヴァンの表情は厳しかった。
「ランテンの実はそんなに取れない。俺たちのほうが、ずっと収入は少なくなるな」
「普通に畑は使えるやろう。こっちは、麦なり豆なり、普通に植えてもええんやで」
レヴァンが厳しい顔で意見した。
「でも、麦や豆の税率は、五割だ」
「なら、税率も変える。こっちも、二割五分でええ」
レヴァンが不安な顔をする。
「大丈夫なのか? そんなに税率を下げたら村の税収は下がるだろう。あとから重税を適用されては、困るぞ」
「色々と計算した。わいが提示した税率でも、村の収入は微増や。ただし、人間とワー・ウルフ、どちらかが互いの事業の足を引っ張った場合は前提が崩れる」
レヴァンは眉間に皺を寄せて訊く
「どう言う意味だ?」
「その場合は税率を上げないかん。どちらの収入が減ってもや」
クレタスが渋い顔で確認する。
「つまり、互いに妨害しなければ税は低い。どちらか片方が他方の足を引っ張れば、税率はどんどん上がっていくわけですか」
「そうや。ここが村の分水嶺や。共存して共に豊かになるか、憎しみ合って貧しいままでいるか、好きなほうを選んだらええ」
クレタスは涼しい顔で、即座に決断した。
「おっちゃんの考えはわかりました。おっちゃんの案で調整を図りましょう」
レヴァンは、表情は険しかったが、同意した。
「こっちも、おっちゃんの案で村人を纏めてみる」
「そうか。なら、二人とも頼んだで」




